80話 フロル地方へ
氷魔法を作るのに難航するユーリ。
そこでナタリアはユーリをフロル地方へ連れて行き知人に合わせると言う、しかもその知人はユーリと同じく異世界からの来訪者らしいとのことだ。
当然その前にはフィーナの雇い主であるゼルに許可を取る為、ユーリとフィーナはタリムへと足を向けるのであった。
僕とフィーは月夜の花に行く前にリーチェさんの店へと来ていた。
どうやらフィーはゼルさんに休暇届けを出す時に武器のメンテナンスと防具新調をお願いしていたらしい。
「はい、お待たせフィーナ……それにしても鎧があんなにひしゃげて良く生きてられたね」
「あはは……死にかけたけど、ユーリのお陰でね?」
「ふーん、で、ユーリだったけ? あんた武器は結局弓にしたの?」
リーチェさんは僕が背負う弓へと目を向け、そう質問をしてくる。
「はい、譲り受けて……そのまま使うことにしたんです」
「まぁ、使いこなせるなら文句は言わないけど……私にはアンタがそれを使いこなせる所を思い浮かべられないよ」
相変わらず、手厳しいなぁ……
「ちゃんと使えてる? それに調整もしてるの?」
「え、えっと……一応……」
僕がそう答えると、彼女は深く溜息をつき貸してと手を出してきて、僕が弓を手渡すと更に溜息をつかれた。
「弦が古くなってる、これじゃ数回使ったら切れるよ? ちょっと待ってな」
「え……でもそれ、リーチェさんの武器じゃないですよ!?」
「うるさいな、防具は家で買ってるでしょ? どこの武器だろうと、ちゃんと調整するのが私のやり方なの」
そう言いながら、手早く弦を解くリーチェさんは新しい弦を張りなおし……何度か弾いた後に僕に返してくれた。
「張り方は解るの?」
「え、ええ一応、数回ぐらいは自分で……」
「なら、これを買って行って」
差し出されたのは弦の束……商売上手いなぁ……
お金を支払い僕たちは店を後にして、酒場へと向かう……ゼルさん許してくれると良いんだけど……
リーチェさんの店を出て、真っ直ぐに月夜の花へと来た僕たちの目の前には、怖い顔をしている店主が一人、バルドは今仕事中らしくいないみたいだ。
「で、またフィーを連れて行くって訳か?」
「う、うん……でも、今回はちゃんと依頼を出すよ、それにナタリアが先払いにしておけって、言ってくれてお金もここにあるよ」
僕はあらかじめ渡されていた布袋をカウンターへと置き、ゼルさんはその中身を確かめる。
因みにフィーだけど……店に入ってくるなり、ゼルさんに休暇が長いと怒られて、怖かったのか僕の後ろに隠れている。
「……依頼にされたら仕方がねぇ! フィー行って来い!」
「い、良いの?」
僕の後ろから、多分覗くように顔を出したフィーは囁く様に言う。
あの……くすぐったいです。
「ああ、ただし……戻ってきたら、今まで以上に働いてもらうからな! ユーリお前もだ!」
「へ!? 僕も?」
「あったり前だろ!! お前どこの冒険者になったと思ってるんだ!」
あ……、そうだった僕もここの冒険者なんだよね? 一応……
「で、でも……そうしたら、ユーリと別で仕事をしなくちゃ、いけないのかな?」
う、それは嫌だなぁ……
「なんで二人とも嫌な顔になってるんだ……安心しろ、ユーリはフィーにつけてやる!」
「よ、良かった……ね、フィー」
「うん、そうだね? …………迷子になっちゃうからね?」
うん、それもあるけど……今フィー、なにか別のこと言おうとしたんじゃ……
僕としては、そっちの方を聞きたかったんだけどなぁ。
まぁ、ゼルさんの前では、まだ言わない方が良いのかな。
「なに今度は顔を見合ってるんだ? おかしな奴らだな」
「な、なんでもないよ! そうだ……ナタリアの呪いのことを聞きたいんだ」
僕がそれを口にすると、ゼルさんは怖い顔をさらに怖くし。
「今なんて言った……」
「ッ!! の、呪いのことなんだ……僕の魔法で解けるかもしれない」
「ああ!? アイツには話したのか? 話してないなら話をつけてから言え、分かったら帰れ!!」
ゼルさん、急に人が変わった。
いや、きっとナタリアのことを思ってだろう。
戻ってきた時、先にこっちに来なくて良かったかもしれない。
「ナタリアには許可を貰ったよ、それでアーティファクトは杖って聞いたけど……」
「なんだと……」
彼は僕を見て、驚いた様に声をあげる。
「あの、ナタリアがか?」
「うん、それで、杖って言うのは本当なの?」
「本当ってお前、それナタリアから聞いたんじゃねぇのか!!」
僕は頷く、どうやら本当に杖だったみたいだ。
「……フロムに行くのもそれ関連か?」
「関係はあるかな? ユーリの魔法のことだから」
僕が口を開くとフィーは先に答えてくれ、ゼルさんはそうかと呟く……
「分かった、そういうことならしっかり学んで来い! 二人とも行って来な!!」
「「うん!」」
僕たちはゼルさんへと礼を告げ、屋敷へと戻る。
出かけている間にナタリアが転移魔法陣の準備をしてくれているので、帰ったらそのままフロルへ出発って言うことになっているんだけど……
屋敷へとたどり着いた僕たちは、目の前の出来事に首を傾げる。
「これは……」
「どういうことなんだろうね?」
目の前にはドゥルガさんとシアさんが一緒にいて、薪割りをしてる。
それ自体は良いんだけど、どこか仲が良さげだ……いつの間にこんなことになったんだろう?
「む、ユーリとフィーナか……」
「あ、うん……ただいま?」
「お帰りなさいませ、ユーリ様、フィー」
僕らの方に気がついた二人はそう一言言うと、お互いに疲れてないか気遣って……なんというか、恋人……同士?
「シア……どうしたの?」
「ああ、これですか? 以前ドゥルガに助けていただきまして、その後も色々……」
恥ずかしそうに顔を朱に染め、逃げ出そうとするシアさんを止めるドゥルガさん。
以前、助けた?
ああ、そう言えば顔面強打して……目を回したシアさんをドゥルガさんが連れて来たことがあったけど……それかな?
「あの時はユーリ様に魔法をかけていただいたみたいで、ご迷惑をおかけしました」
「い、いや……僕の魔法はそのためにあるんですから、気にしないで下さい」
頭を下げる、シアさんにそう言うと……また二人してイチャイチャしている。
「四人も、暑苦しい……」
「うわぁ!?」
「きゃぁ!? ユ、ユーリ!?」
び、びっくりした……思わずフィーに抱きつく位、ビックリした……
僕たちの後ろから声を発したのは、シュカだ。
だけど、彼女はいつも通りぼそりと呟くから余計に驚く……
シュカは一つ溜息をつくと……
「ナタリア、呼んでる……」
「あ、うん……あ、ありがとう……」
なんか、シュカが機嫌悪そうだけど……
深くは突っ込まないでおこう。
多分、うん……僕もシュカの立場だったら、ちょっと気が滅入っているかもしれないし。
「え、えっと……ナタリーはどこにいるのかな?」
「こっち……」
僕たちはシュカの後を追い、ナタリアの所へと向かう。
着いた先はいつも僕が修行をしていた地下室。
そこには巨大な魔法陣が描かれ、淡く光を帯びていた。
「早かったな、二人とも」
「ただいま、それで準備は終ったの?」
僕がそう聞くと彼女は頷き、魔法陣を指差す。
「それで……本来ならユーリたち四人と私とシアで行くつもりだったんだが……」
「ん? 別に良いと思うけど、なにかあったの?」
フィーの言葉に腕を組みもう一度頷くナタリアは、唸って困っているみたいだ。
「……えっと、ドゥルガさんと仲良くなってたことに関係するとか?」
「そうなんだ、シアは今まで色恋沙汰に恵まれなかったからな……少しは二人っきりにしてやりたい、だが……」
ん? ナタリアの世話をする人ってことかな?
「別のメイドさんじゃ……駄目なの?」
「それでは、数人は連れて行くことになるシアが休めないだろう」
ああ、なるほど……仕方ない、一肌脱ぐしかないか。
「なら、僕も手伝うよ……これでも昔は一人でこなしてたんだから、料理とかぐらいは出来るよ?」
「ユーリの料理は美味しかったね?」
「ほう……なら、そうしよう」
ナタリアはそう呟くと近くにいたメイドさんに後二人呼んでくるように告げると、魔法陣の中へと足を踏み入れた。
「ちょ、シアさんたちには言わなくて良いの!?」
「ああ、すでに告げてある」
そ、それだったら良いけど、彼女は厚手のコートを着込みながら僕たちへと向き直り……
「ユーリ、それに二人ともコートを着ておけ」
……それ、早く言って欲しいよ、ナタリア。
「部屋に取りに行ってる時間ってあるかなー?」
「ないな、すぐに行くぞ」
「ちょ……僕たち帰って来たばっかりなんだから、準備ぐらいさせてよ!?」
「寒い、嫌……」
僕たちはそれぞれ、文句を言った所でメイドさんが戻って来て……魔法陣は輝き始める。
ほ、本当にもう行くつもりなんだ!?
なんか、急いでる気がする。
「ナタリア! やっぱり二人に告げてないでしょ!?」
「案ずるな、ちゃんと別のメイドに伝えてある」
「それ二人に言ったって言わないよ!?」
「うるさいぞ、フィー……お前たち三人を方陣の中へ入れろ!」
ナタリアがメイドさんへ向けそう告げると、遠慮がちに僕たちは後ろから押され……魔法陣の中へと足を踏み入れる。
すると光はより一層強まっていき……
僕たちはタリムという地方を後にした。
段々と光が薄まっていき……僕が次に見た景色は……
「変わってないよ?」
「うん、そうだねー」
「魔法、失敗……した?」
「ほほう、私が魔法を失敗したと言うのか? 三人は……」
獲物を捕らえるような鋭い瞳が僕たちを射抜き、僕は思わずたじろぐ。
でも、仕方ないよ……だってまったく同じ部屋だし、変わってないって思っても仕方ないよ。
「ユーリの師匠、怖い……」
うん、僕もそう思う……?
「所で三人とも……」
「な、なに?」
「寒そうだな」
うん、凄く寒い……と言うか段々と寒くなってきた。
「ナ、ナタリー……あのね、一回戻ってコートを……」
「なにを言っているんだ? なにも変わっていないのだろう……なら部屋に行って取ってくれば良い」
ナタリアが拗ね始めた!?
魔法が失敗したって言われたのが余程イヤだったみたいだ。
体を暖めるにはミーテを使うって方法があるんだけど、ナタリアの前じゃ使えないし……
「ね、ねぇナタリア……お願いだから、なにか……このままじゃ凍えそうだよ」
「大丈夫だ、上に行って暖炉をくべよう」
ナタリアはそこまで言うと視線をメイドさんたちに移して。
「これで、人数分の食事、それと三人の防寒具を買ってきてくれるか?」
メイドさんたちが去り、暫らく待っている間……僕たちは毛布を被って寒さを凌いでいたのは言うまでもなく、一人だけ温かそうなナタリアは文句を言われ続けたのも言うまでもなかった。
僕たちが三人が寒すぎて身を寄せ合いどのぐらいの時間が経ったのだろう。
帰って来たメイドさんの手には、それはもう、暖かそうな服が握られていて……僕たちは半分それを奪うように取ると着始めた。
メイドさんが少し怯えていたけど、ごめん、もう……寒すぎて限界だったんだ。
「ふぅ……ぽかぽかだねー」
「うん、暖かいよ」
「寒い、苦手……」
「さて、準備も整った様だ。上に出ようか」
ナタリアはそう言うと地下室の扉を抜け、歩いていく……
初めて行く場所だから、勿論僕はフィーに手を繋いでもらっている。
「……ねぇ、ナタリー?」
「なんだ?」
暫らくを歩き、地下を抜ける階段に足をかけた所で、フィーはおもむろに口を開く。
言いたいことは大体予想がつく、僕も言いたいことだと思う。
「ここ、タリムの屋敷と同じ?」
「ああ、内装も外装も全く同じだ」
ああ、やっぱり……これなら、迷子になることは少ないはず。
僕の場合絶対、迷子にならないって言えないから、悔しい所だけど……
「皆、外を見てみろ」
少し落ち込んでいた所、ナタリアにそう言われ、僕は顔を上げる。
そこには、窓があり……その先には……
「「「うわぁぁ~~」」」
一面の雪景色が広がっていた。




