番外編 ドゥルガとシア
屋敷のメイド、シアは今日も忙しく走り回る。
新たに増えた客人シュカとドゥルガに無礼なマネは出来ないと、主ナタリアの目が向かないことを良いことに休息をせずに仕事に没頭していた。
ユーリが連れて来た客人、ドゥルガはそんな彼女を見て、疑問を抱いていた。
何故一人だけ休息を取らず、顔色を悪くしながら働いているのかと……
屋敷のメイドであるシアは日夜仕事に明け暮れる。
別に人が足りないという訳ではなく、彼女の性分で必要以上に働いてしまうのだ。
だが、彼女も人間……いくら元々が冒険者と言っても限界は来てしまう。
いつもなら主人であるナタリアの命で強制的に休ませられたりするのだが、ユーリが屋敷に戻ってから数日彼女は師としての仕事に没頭していた。
そして、注意され無いことを良いことに休むことをしないシアは大きな荷物を抱えながら今日も働く。
「…………?」
視野の狭くなってしまった視界の端に大柄の男が見える。
シアの主、ナタリアの弟子、ユーリが連れて来たドゥルガと言う男だ。
「どうなさいましたか?」
屋敷の客人である大男にシアは質問を投げかけるが、彼はなにも答えずにシアから荷物を取り上げた。
「な、なにを!?」
「顔色が悪いぞ、これはどこに運べば良い」
手伝うと言っていることに気がついたシアは慌てて荷物を取り返そうとするが、ドゥルガは彼女の届かない所へ荷物を掲げる。
「いけません、お客様に手伝ってもらうわけには……」
「それに、足元がおぼついていない……いずれ誰かにぶつかるぞ」
「そ、それは……分かりました、倒れてしまっては皆様に迷惑が掛かります……それは食料庫の方へ運びますので、ついて来て頂けますか?」
「分かった、すまないな……助かるまだ屋敷には慣れてなくてな」
そう、ドゥルガは忘れていた。
目の前にいる女性はお礼を言われることが無いことを、そして、それが決して悪い意味ではなく……たった一つの原因がある為に言われないことに……
シアはみるみる内に赤くなり、顔をふせ身を翻すと、走り去ろうとする。
「お、おい……そっちは――」
「――っ!?!? きゃ!?」
だが、彼女にとって誤算だったのはそちらには道が無く、壁へと顔をぶつけたことだった。
「大丈夫か?」
ドゥルガは女性へと声を掛けるが……反応がなく、荷物を床に置くと彼女をゆする。
「……気絶しているのか、そんなに強く打ったようには見えなかったが」
彼が辺りを見渡すと、一人シアと同じ格好をした女性が通りかかったのを見つけ彼は声をかける。
その声に気がついた女性は廊下へ座り込んでいるドゥルガを見て、慌てて彼に駆け寄ってきた。
「どうか、したですか? ……シアさん!?」
「すまない、荷物を食料庫に運んでくれるか? それとユーリはどこにいる? 一応この女性を診せたいのだが……」
「え、あ……はい、ユーリ様なら、地下室で魔法の修行中だと思うです」
「それはどこにあるんだ」
女性から道を聞いたドゥルガは両手でシアを抱き上げると、地下室へと向かう。
「ユーリ、いるか?」
「ん? ドゥルガさん?」
夕焼け色の髪、翠の宝石のような瞳を持つ少女は大柄の男を眼に移すと首をかしげながら、彼が抱きかかえる女性へと視線を下げる。
「シアさん!?」
「どうした、ユーリ……シア!? なにがあった?」
駆け寄る少女とは対照的に、ドゥルガへと目を向ける女性の髪の色は銀や白、そして、青く透き通る瞳で射抜かれる様に見られたドゥルガは思わずたじろぎそうになるが、踏みとどまりことの経緯を説明した。
「つ、つまり……いつものって、ことだねナタリア」
「はぁ、シアには困った物だ……あれほどちゃんと休めと言ったのに」
「見た所、外傷はないみたいだけど、一応ヒールを使っておくよ?」
ユーリはそういうと詠唱を唱え始めた。
「傷つきしものに光の加護を……ヒール」
彼女の手が暖かい光に包まれそれをシアの顔へと当てる。
暫らくその状態が続いたかと思うと、光が消えユーリは顔を上げた。
「後は部屋で休ませてあげて……多分働きすぎだよ、後起きたらすぐ働こうとするはずだから止めてくれるかな?」
「うむ、そうしてもらえると助かる、頼めるか?」
「分かった、任せろ」
ドゥルガは再びシアを抱え、二人に彼女の部屋を聞くと地下から出て行き、部屋へと向かう。
着いた先でベッドへと横たわらせたドゥルガは扉の前で腕を組み立つと、そのまま眠りへと着いた。
どの位時間が経ったのだろうか、物音に気がついたドゥルガは目を覚ます。
「なにをしている?」
物音の正体は他でもないシアで彼女はベッドから起き上がり、扉へと手をかけている所だった。
「仕事がまだ残っていますので……」
顔を合わせないよう、明後日の方へと返事をする彼女にドゥルガは一つ溜息をつくと。
「ユーリとナタリアから伝言だ、今は休め……働く様なら止めろとも、言われている」
「そうですか、ですが私が直接聞いたのではありませんので」
そう言い扉を開けようとするシアの手を掴むドゥルガ。
「ナタリアはお前の主人だろう、仕えている者の話が聞けないのか」
「ですが、残っている仕事は荷運びに薪割りと力仕事なので、私が……」
「なら、俺がしよう、それぐらいなら容易い物だ」
男の申し出に一瞬ぽかりと口をあけたままにするシアだったが、すぐに我を取り戻し――
「で、ですがドゥルガ様はお客様であら――」
「客人だろうと仕事を手伝ってはいけない理由は無い、それに雨風を防げる場所を提供してもらっている手前、なにもしないと言うのは苦手でな」
ドゥルガはそう言うと、シアの手を取り……
「な、なにを……っ!?」
「安静していろ」
抱きかかえるとベッドへと再び横たえた。
「場所はこの前、見回りをしていた時に把握した、荷はどこにあって、どこに運べば良いんだ?」
「え、あ……う、馬小屋に……フィーの馬車に乗ってます、運ぶ場所は……ナタリア様の部屋です」
「分かった、すぐにやって来よう。しっかり休んでおけ」
そう言い残すとドゥルガは部屋を後にした。
残されたシアは一人物思いにふける。
今まで彼女が会ってきた男性と言うのはバルドやゼル、それに冒険者だった頃その場に居た者だ。
誰も彼女を手伝おうとはしない。
(いえ、ゼル様は色々世話はしてくれましたね……バルドは手間がかかりましたけど……)
だが、ゼルの場合も彼女が頼むこと前提だ。
彼の様に自分から手伝ってくれる男性はいなかった……理由としてはシアはなんでもそれなりにこなせてしまったことが原因となっているのだが、本人がそれを知るはずも無く手伝ってもらえないなら、自分で頑張るしかないと今までやってきてしまった結果。
一人で事足りる様になってしまったのだ。
だからだろうか、彼女はドゥルガに対し、男性というのはこういう者なのだろうか? と考えさせられた。
男性と言えば、もう一人……ナタリアから伝え聞く、ユーリが元々男性だったということだが、それも彼女にしてみればそうは思えなかった。
何故なら、会った時からあの見た目で可愛らしく、なにより頼りない様に見え、恐らく今でも街の中で手を離して歩いてしまえば彼女は迷子になってしまうだろう。
「やはり、ユーリ様が元が男性と言うのは信じられませんね。手のかかる妹と言うのはああいった人を言うのでしょうか?」
シアがそう、呟くと扉がゆっくりと開き……今迷子になった姿を思い浮かべていた少女、ユーリが顔を覗かせる。
いや、それだけでは無い、彼女の主ナタリア、それにフィーナまで部屋へと来ていた。
「皆様? いかがなされたんですか?」
「いかがってシアさん倒れたんだよ?」
「まったくだ、少しは休めと言ったろう……」
その言葉に「そうだよ?」っと頷くフィーナは部屋を見渡し、首を傾げる。
「あれ、ドゥルガが一緒だったんじゃ?」
「先ほど、仕事を代わってくれると言ってくださり、部屋を出て行きました」
「ふむ、なるほど……ならシア、今日から力仕事はアイツに任せろ」
ナタリアはそうシアへと告げる。
仕事を客人に任せろと言う主人の無茶な要求にシアはベッドから飛び上がる様に起きるが……
「僕からもドゥルガさんにお願いしておくよ、シアさん朝から晩まで休み無しに働いてるでしょ……」
「ユーリ様まで……それはいけません、ドゥルガ様はあくまで客人、今回だけでも無礼に値します!」
「んー、でも……ドゥルガってオークだし、ただもてなされるのは苦手のはずだよ?」
「……は? フィー、なにを言っているのですか? どう見たって魔族じゃないですか」
シアの言葉にフィーナははっとし、苦笑いをする。
その様子に納得がいかないシアは訝しげな表情を浮かべ……主人の弟子であるユーリへと目を向けた。
「え、えっと……ドゥルガさんは本当にオークで……エルフに僕たちについて来るって言ったら――」
「魔族になったって言ってたよ?」
二人の話についていけなくなったシアはその瞳を今度は主人へと向けると……
「嘘は言っていない、だが……元はどうであれ、悪い人物では無いのは確かだ、いる間だけでも仕事を持ってもらえ」
「ですが……」
「そんなに気になるなら、私もユーリもなにも言わん……だが、私たちの見ている前で本人に仕事を持ってもらえるか聞いてもらうぞ……これは命令だ」
命令だと言われてしまえば、シアには拒否権が無い。
客人に手伝ってもらうという、彼女にしてみれば納得いかない条件は恐らく通るのだろう。
だが、シアはいつも通り主人へと頭を下げ答える。
「……かしこまりました。ナタリア様」
ドゥルガが仕事を済ませたことを報告に来たのを見計らい。
ナタリアはユーリたち四人とシアを部屋へと呼び寄せていた。
「さて、シア……聞いてもらおうか」
「はい……」
シアの表情はまだ、納得いかないようで暗く。
見方からすれば体調がまだ優れていないかのように見える。
「病人を働かせるのか?」
「黙って聞け、今から答えが解る」
ナタリアは文句を言うドゥルガを言葉だけで制すると、シアへと顎で催促をした。
「ドゥルガ様、本日はありがとうございました」
「気にするな」
「それで……その、……ですね」
やはり、もてなす側として仕事をしてくれと言いづらいシアは言葉を詰まらせ、話は一向に進まない。
そんな様子に疑問を感じたドゥルガだったが、話を進ませないシアから目をそらし、夕焼け色の髪を持つ少女へと問いかける。
「ユーリ、俺はこの女性シアの手伝いをしても構わないな?」
「「……え?」」
ドゥルガに聞かれたユーリは完全に不意をつかれ、シアは聞こうとしてたことを言われ同時に声をあげる。
それとは違い、ナタリアはにやりと笑い、フィーナはどこか「やっぱりか」と言う顔を浮かべた。
ただ一人、現状を把握し切れていないシュカはぽかんとしているが、ドゥルガは話を続ける。
「誰から見ても、働きすぎだ……一日の中で彼女が仕事をしていない時間が殆ど無い。休ませる時間が必要だ」
「その通りだな……シア、本人がそう言っているが……どうする」
「え……で、ですが……」
「約束通り私たちはなにも言っていない、シアも聞いてはいないが本人がやると言っている以上、拒む理由も無いのではないか?」
ナタリアはそう、呆れたように自身に仕える女性へと告げ……シアは小さく口を動かす。
「ド、ドゥルガ様、大変無礼かとは……思いますが、お願いいたします……」
小さくもはっきりと聞えた声に満足したナタリアは空色の瞳をドゥルガへと向けた。
「任せろ、それぐらいは当然だ」
「よし、では話は終わりだ……ユーリ、修行に戻るぞ」
「う、うん」
「あ、待って、私も行くよー」
「シュカも、つまみ……、仕事してくる」
四人はそれぞれをそう言うと部屋を後にし、シアとドゥルガは二人だけ残される形になった。
沈黙が流れる中、ドゥルガは口を開く。
「後はなにをすれば良い?」
「え、あの……今日はもう力仕事はございません」
「そうか、では……部屋まで連れて行こう、栄養のある物を食べて休んだ方が良い」
この日からドゥルガはシアの仕事を手伝い始め、体調が戻った頃には一緒に仕事をすることになる。
シアの体調を気遣いながら仕事を進めるドゥルガにシアが心を開くのはそう、遅くは無かった。
そして、ある日シアはドゥルガに休憩をさせようとお菓子とお茶を持って行く……
ドゥルガはそれに失念をしていたのだろう、またうっかりとお礼を言ってしまい、案の定彼女はカラになったトレーで顔を伏せ走ろうとするが……
「待て、急に走るな」
それはドゥルガが彼女の腕を掴んだことで止められた。
「~~~~!?」
予想外の展開にますます顔を赤くするシアにドゥルガは……
「また、倒れたらどうする。まだ病み上がりだろう」
ドゥルガは顔を赤くしたまま固まっているシアにそう言い、返事が無いことに疑問を感じつつも会話を続ける。
「これが終ったら休息を取るぞ、適度な休憩は大事だ」
「は、はぃ……かしこまりました」
そうやって、シアの身を案じるドゥルガに彼女が好意を抱くのも、そう遅くはなかった。




