79話 ソティルの本
夢の中を抜け出したユーリは魔法の修行を続け、ついにトランスを習得する。
魔法の修行の中、属性魔法に氷が無いことを知ったユーリはそれを作ることを考えるのだが?
ナタリアは僕へと振り返ると口を開き、その言葉を口にした。
「まぁ、ユーリこの場で教えられる魔法と言うのは……これぐらいだ」
「お、教えるってかなり駆け足だったよ?」
というか、まともに練習したのは変身しかないよ?
「魔法を見て、どの様な魔法があるか知るかが、ユーリの為になると思っただけだ」
「なるほど、確かに合成魔法のためにはなるけど……」
「うむ……それに、ユーリは見ただけで水槍を使っただろう。見るだけでも十分習得できるはずだ」
褒めてもらえるのは嬉しいけど、僕としてはしっかりと教えて欲しかったなぁ……
「分かっている、だからこれを作っておいた」
ナタリアはそう言うと、ぼくに新品の本を手渡してくる。
「これは?」
「全ての魔法と大魔法と言われる物を書いておいた、大魔法に関しては見せられないのが心苦しいが……」
「分かった、平原とかに行って自分で練習しろってことだね」
「うむ……」
その時はフィーに一緒に行ってもらえばナタリアも安心だろう。
…………
「ユーリ、その時々落ち込んだ様なるのは何故だ」
「いや、うん……なんでもないよ?」
「そして何故フィーのような口調になっている」
「うぅ……」
と、とにかく……今は呪いを解くことだ。
それが、フィーの願いだし、ナタリアを救うことにもなる。
だから、今はあの時のことを考えるのはやめよう。
ほぼと言うか……まったく、優勢に立てなかったことを恥ずかしく思ってる暇は無いよね。
「…………所でユーリ、氷の魔法についてだが」
「今、心読んだよね? 凄い哀れみの目で見てきてるし、絶対読んだよね!?」
ナタリアの前で考え事をしたら駄目だって分かってても、人間にそれは難しいんだ……
「あー、まぁ、そういう時もある……それで魔法の方はどうなっている」
「深く触れないだけマシだと思っておくよ……氷の魔法だけど、合成とは違った感じになりそうなんだ……」
最初は水の魔法と風を応用して、魔法を作ろうと思ってたのだけど……失敗した。
そもそも、氷と言うのは温度の減少で水が変化して、出来る訳だし……温かいタリムの風で温度を奪うには至らなかった訳なんだけど。
そうなると、今度は初めから作るしかなくて……今、魔法陣のことを勉強中だ。
幸い、ソティルはあの部屋にある書物の位置は記憶してるから、魔法陣の本はすぐ見つかった。
「ふむ、私がその部屋に行ければ手伝いも出来るのだが……」
「うーん、あれはどうやら、僕の精神の中にソティルが作った部屋みたいだから……僕とソティル以外入れないらしいよ」
それに、その精神の主である僕もソティルが連れて行ってくれない限り、行くことが出来ない。
つまり、僕自身は自由に行き来出来ないんだよね……
「また、面倒な物になっているな」
「それでも、可能性は残ってるから良いんだけどね」
そう、可能性は残っている。
あの多数の本の中、僕は試しに精霊について調べてみた。
すると、僕たちがいる地域メルンとは別の地域、フロルと言う場所で氷を自在に操る森族がいたって言う物語があって。
それを信じた研究者が実際に足を運び、見たという証言を書き残した本もあった。
同じ森族であるフィーはいないと言っていたし、妄言の可能性もあるけど……自然現象として存在するなら精霊もいる可能性はある。
これも、精霊の生態という本に書いてあった。
「なるほどな、しかし……精霊がいたところで、その現象を引き起こせるとは限らない」
「分かってる、でも……ナタリアの転移魔法は精霊が存在してないのに作られてるでしょ?」
「ほう、それが理解出来たのか……大変興味深い本があるみたいだな」
「うん、以前にも世界を渡ろうとした人がいたみたいなんだ」
因みにあの無数の本は所有者になりうる可能性を持った人の記憶らしい。
ただ、正式に所持者になったのは僕が初めてだと言っていた。
なんでも、最初に本を見つけた人は……
『私の持つ記憶と記録に耐え切れず、脳の処理が追いつくことが出来ずにその者は絶命いたしました』
とか恐ろしいことを言っていた。
もしかしたら、僕もそうなっていたのかもしれない……そう思うと僕はぶるりと身を震わせた。
とにかく、その所持者になりうる人物が読んだ……というか記憶していた内容をソティルは本にしてあそこに貯えていた。
彼女はそこから知識を引き出し、魔法を作る。
っていう流れになっているみたいだ。
ただ、記憶だから抜けている所がある、そこは別の人の記憶で補っている所もあるらしい。
お陰で大体のことは分かったんだけど……
「ねぇ、ナタリア魔法を作るコツってないの?」
「魔法を作るコツか……諦めないことだな」
大雑把というか、アドバイスになってないよナタリア……
「仕方がないだろう、本当にそれだけなんだ創意工夫はユーリ次第だ……失敗しても諦めないことが重要としか良い様が無い」
「せ、せめて……その創意工夫のコツとかは?」
「特にない」
ばっさりだった。
当然と言えば当然か……ナタリアは魔法の天才。
彼女のイメージがそのまま魔法に転化されてる訳だし、なおかつイメージ次第では手加減もお手の物。
あの投射も、僕たちを殺さない程度の手加減はしてたんだし……ナタリアに聞いたのが間違いだった。
「何故か……微妙に褒められいない気がするな」
「僕は人の心を覗く人に、言われたくない気がするよ」
「く、癖で覗いてしまうのは仕方がないだろう、所で……」
ん? どうしたんだろう……ナタリアが急に扉の方へと顔を向けたけど……
「フィー、聞き耳を立ててないで入って来い、鍵は開いている」
「え、フィー?」
僕が名を呼ぶと扉がゆっくりと開いていき、ちょっと困った様な笑みを浮かべた彼女がいた。
あれ? でも……まだご飯には早いと思うんだけど……
そう思って僕は彼女の持つ物に視線を向ける。
そこにあるのは、不恰好だけど……ガレット?
「もしかして、フィーが作ったの? その、ガレット……」
「う、うん……ほら、修行で疲れてるかな? って……」
うん、良い匂いだ。
思えば修行中になにかを食べたことってないし、お腹が空いてきた。
「ほほう、ではちょっと休憩にしようか」
な、なんか……ナタリア、フィーの心読んでるんじゃないかな?
まぁ、休憩には賛成だよ。
「じゃぁ、早速……」
僕はフィーが作ってくれたガレットへかじりつく。
タリムで食べた物よりも蜜がいっぱい入っていて、ちょっと食べづらいだけで味は……
「おいひい! ……んくっ、これ美味しいよフィー!」
「うむ、食べづらさはともかく、味は良いな」
「ほ、本当?」
僕とナタリアはほぼ同時に頷き、それを見たフィーはほっとしたような顔になる。
そういえば……僕、フィーの手料理食べるの初めてだ……作ったことはあったけど。
「ほう、良かったなユーリ」
「うん、フィーまた今度作ってよ!」
「分かった、また作るね?」
なぜかナタリアに睨まれた気がするけど、僕とフィーがこうなるのを望んだのはナタリアだと思うんだけど……
「そうだな、ユーリの世界の言葉を借りると……末永く爆発しろだったか?」
「……あながち間違ってないよ、それ」
確かあれって一応は幸せを願ってるはずだし……使い方は間違ってないはず?
「ふむ……まぁそれは置いておいて、ユーリそろそろ教える魔法も少なくなってきた」
「う、うん、そういえばさっきこの場ではって言ってたよね」
「ん? そんなに早く終ったの?」
僕たちの言葉にナタリアは頷くと残っていた人かけらのガレットを口に放り込む。
「外で教えるってこと? でも、ナタリアは屋敷から出られないよね? だから、この本をくれたんじゃ?」
僕は先ほど渡された新品の本をナタリアに見せる。
「ああ、そのつもりだったが、一つ思い出したことがあってな」
「思い出したこと? ナタリー外に出れる訳じゃないよね?」
フィーの言葉に頷いたナタリアは少しの沈黙の後に口を開く。
「……ユーリ、先ほどフロルのことを考えただろう」
フロル?
「氷魔法のことで考えたけど……それがどうしたの?」
「そっか、あの地方は雲が厚いから、ナタリーでも動けるんだね?」
そうなんだ……って……
「いくら雲が厚くても危ないよ!?」
「普通は、な……だが、私にはローブがある安心しろ、それに氷魔法を作るとしたら、精霊魔法を実際見るのが一番だ」
「うぅ……わ、私は使えないよ?」
「分かっている、だから……」
ナタリアは僕にその目を向けてくる。
……僕? いや、でも僕も精霊魔法は使えないし……ん? 僕?
「も、もしかして、別世界から連れて来た人?」
「そう、その通りだ、アイツは森族になっている、協力もしてくれるだろう」
それなら、精霊魔法を見ることは出来そうだ。
「でも、どうやって行くの……」
本で読んだけど、その地域に行くには海を越えないといけない。
流石にその間、日に絶対当たらないで移動するなんてことは難しい。
「転移魔法を使う、あれなら向こうの別荘に直接繋がっているからな」
「転移ってユーリを連れて来た魔法?」
フィーは首を傾げ不思議そうな声をあげる。
うん、前もだったけど一層可愛く見えてしまうのは心情の変化の所為なのかな?
「うん、多分そうだね、一瞬で移動する魔法だよ」
「へぇ、ユーリも物知りだねー」
「まぁ、異世界に渡る方の転移では無いが、そういうことだ……数日は向こうに滞在になってしまうだろう、フィー、ゼルたちには話を通しておけ」
「え……でも、流石に怒られそうだよ?」
そういえば、フィーは結構無理を言って屋敷に滞在してるんだよね……それなのに、別の地方に言ったら確かに怒られそうだ。
「それもそうだな、ならユーリ一緒に行って……私の護衛という名目で依頼を出してくれるか? 勿論、こちらが指定するのはフィーだ。ゼルには言い値を出すと伝えておけ」
「分かった、それならきっと納得してくれると思うよ」
僕は頷き、翌日フィーと共にタリムへ向かうことにした。




