78話 変身魔法
無事、夢の世界を抜け出ることが出来たユーリは、フィーナへと告白をし……フィーナは自分が言おうとしていたのにと頬を膨らませるが、彼女を受け入れた。
その後、部屋へと訪れるナタリアに夢の中ソティルより聞いた話を師である彼女へと告げるユーリ。
合成魔法に致命的な欠点があることを知った師弟は、翌日から修行を再開するのであった。
僕が戻った翌日から、魔法の修行が再開された。
合成魔法を使いこなすには、今存在する魔法を知らなければいけないからだ。
そこでナタリアに再び教えてもらっていると、新たに分かったことがある。
「つまり、氷属性の魔法は無いってこと?」
「うむ……あるのは水、火、土、風。そして光、幻、闇と言った属性だな」
うーん、自然現象として凍ることはあるのに属性としては無いんだ。
「疑問か?」
「うん、だって凍るのも自然なんだから、精霊がいて魔法が出来てもおかしくないんじゃ?」
「うーん、精霊もその場にいる子たちのバランスだから、氷の精霊はいないんだよ?」
僕の疑問に答えてくれたのはフィーだ。
いや、それよりも氷の精霊がいない?
「うむ、だがユーリの言うことも確かなんだ……以前魔法で氷を作ろうとした者がいた」
いたってことは出来なかったってことだよね。
つまり、回復魔法と同じで存在しない……ソティル、氷の魔法って作れるかな?
『それは、私の魔法で作るということでしょうか?』
いや……僕の魔法でだよ。
ソティルの魔法は頼りになる……でも、その分回数と言う絶対的な制限が掛かってしまう。
現状は色んな魔法を覚えてきて、これだけでも十分戦えると思う。
だけど、僕は一般魔法使いよりは魔法の威力が低い。
ナタリアとの戦いの時、彼女は屋敷を全壊させない為に手を抜いていたというのに敵わなかったんだ……
そんな一般魔法使いとの差、火力不足それを補うのが合成魔法だ。
だけど、これにも欠点がある。体力の浪費が激しい。
だから、まったく別のただの魔法を作り出せれば……その分、戦略に幅が広がる。
これから戦わなければならない相手は……呪いの使い手だ。
準備をしすぎってことは無い。
『氷の原理はご主人様の知っている通りです、恐らくは可能でしょう』
よし、じゃぁ早速取り掛かろう!
『でしたら、私の部屋が良いでしょう、記憶の本はご主人様も閲覧可能です』
……で、でもあの亡霊たちがいるよ? 流石に何度も行くのは怖いんだけど……
『ご心配には及びません、あの者たちはご主人様が弱っていなければ、襲ってきません、例え襲われても私がお守りいたします』
そっか、それなら……って、いるのは変わらないんだね……
『はい、彼らは存在します……寧ろ、彼らがいなくなった時は……ご主人様が罪を感じなくなった時です』
そ、それはそれで嫌だ。
はぁ、怖いけど……資料は多い方が良いよね……仕方ないか。
「ユーリ、氷の魔法を作ると言うのか?」
「……うん、あれば便利だと思うんだ」
僕はそう口にし、それから昼間の魔法の修行と夜にはソティルの部屋での魔法制作に明け暮れた。
制作にはいろんな人の記憶を見てはいるのだけど、魔法を一つ作るって言うのは……思っていたよりずっと大変な作業みたいだ。
それなのに、ソティルは比較的短時間とも言える日数で魔法を作る……凄いなぁって素直に感心した。
でも今回は僕自身の魔法だ、彼女の手は借りれない……幸い時間は掛かりそうだけど、なんとかなりそうだ頑張ろう!
昼間は勿論、あの魔法も練習をしている。
以前とは違いフィーも僕の練習風景を見ていて……
「トランス!」
僕の背丈はナタリアと同程度になり、彼女は変わってない僕の一部分を睨むとその顔を僕に向けた。
「……よし、大分良くなってきたな」
うん、でも……さっきみたいに睨まないで欲しいなぁ……
「んんっ! ユーリ、もう一度だ、今度は男になって見ろ」
「へ? もう?」
それで戻れなくなったりしたら怖いんだけど……
「よくよく考えれば、ユーリは本の魔法で意図的に魔力切れが出来たからな……さぁ、その忌々しい胸……早く男になってフィーを喜ばせてやれ」
「いや、今確実に胸って言ったよね?」
「黙れ、その容姿でその胸は反則だろう? 早く萎ませろ永遠にな」
「え、えっとナタリー? 変化前のユーリはユーリのままが良いなぁ?」
フィーはそう言ってくれてるけど、なんでだろう。
抱き枕として、そのままが良いと言われてる気もするよ?
「……とにかく、トランスをしてみろ」
「わ、分かった……」
僕はナタリアの雰囲気に気圧されながらも、魔法を一回解き、再び変化を唱えた。
体が徐々に変わっていくのが分かり、魔法は上手くいったのかな?
今の所、内面になんの変化も感じられない。
「……ふっ」
「な、なに?」
あ……声もそのままだ。
いや、それよりも……ナタリアに笑われたけど、僕どこかおかしいかな?
「本当に変わっちゃったの?」
「ああ、見ろあの情けない姿を、背丈見た目そして声、どれも同じなのに胸だけがない!」
「ナタリア……」
というか、そこまで胸に拘る必要性がないと思うんだ。
「な、なんだ……二人共、そ、そんな目で見るな!」
いや、そんなこと言われても……
「……えっと、ナタリー取りあえず、今日はもう魔法の練習は終わりなの?」
「そ、そうだな、そうしよう、では……実はこの部屋には、私が魔法の研究に没頭する為にベッドを置いてある」
ん?
「ちょっと、ナタリア……なにを言ってるの?」
「まぁ、ちょっとしたお節介だ、気にするな」
彼女はそう言うと部屋の外へと向かっていき、扉の閉まる音がした。
……ちょっと待て! なにこの展開!?
「ナ、ナタリア!? ッ!? あ、あれ?」
僕は慌てて、ナタリアの後を追うけど……扉はその場に固定されている様に動かない。
なんで?
「ど、どうしたの、ユーリ?」
「扉が開かないんだ……」
「開かない? ちょっと良い?」
僕はフィーと入れ替わり彼女に扉を開けてもらうことにした。
彼女なら、力が僕より強いし開くはずだ。
…………
「フィー?」
「あ、開かないよ?」
フィーは困ったような笑みを浮かべ、頬を掻く。
これって、もしかして――
「閉じ込められた?」
「う、うん……多分結界かなにかだと思うよ?」
ど、どうしよう……
「ん?」
僕が狼狽しているとフィーはなにかに気がついた様で小首を傾げた。
「フィー?」
「なんか甘い匂いがするよ? 蜜……みたいな」
へ?
甘い匂い? ……そ、それって!?
「フィー! 嗅いじゃ駄目だ!!」
この状況で甘い香り、ナタリアの奴なにを考えてるんだ。
「嗅いじゃ駄目って言われても……窓ないんだよ?」
「ぅ……」
この部屋には窓は無い、恐らく空気を運ぶ通気口はあるだろうけど……息を止め続けるのは無理だ。
当然、僕たちは香りを嗅ぐことになり……
「と、とにかく、ナタリアが来るまで寝て過ごそう」
寝れば、なにも起きない。
僕はそう安易な考えをし、ベッドへと向かうと――
「うわぁぁっ!? わぷっ!?」
突然、後ろから押されベッドへと倒れこんだ。
「ひ、酷いよ!? ……フィー?」
僕は起き上がり、この部屋にいるたった一人にそう言うと……彼女の顔を見て事態を改めて把握した。
「フィ、フィー?」
「ユーリ……」
「ちょ……むぐ!?」
彼女の目は怪しく輝き、僕は仰向けになるように再びベッドへと押し倒され……彼女の唇に僕の唇が重なった。
「「…………」」
結論から言うと……僕たちは今、非常に微妙な空気になってしまった。
お互いに初めてだった訳だけど……なにかが悪いって訳じゃなく、終った後に二人して背を向けながら服を着た訳で……
いや、悪いと言ったらナタリアだ!
なんで変な薬を準備してたの!? もしかして、全部その為の茶番だったとか言うんじゃないよね?
確かに僕はフィーが好きだ。
でも、こんな……
「え、えっと……ご、ごめんね? ユーリ……」
「フィ、フィーが謝ることないよ! それに、その……」
僕たちが互いに次の言葉を言い淀んでいると、ガチャリと言う扉の開く音がした……
「「~~!?」」
「どうした、二人とも……ふむ……その様子だとうまくいったようだな?」
「う、うまくいったって……ナタリア! いくらなんでも薬を焚くなんて酷いよ!」
そりゃ話の流れでいずれはってことになってたけど、心の準備って物があるじゃないか!
「う、うん、その……いきなり過ぎたかな?」
「二人共なにを言っている」
「「ふぁ?」」
ニヤリと笑うナタリアに対し、僕とフィーは同時にマヌケな声をあげた。
「あれはただの蜂蜜香だ、二人が勝手に媚薬と勘違いしただけだ」
へ? 勘違い……?
「で、でも……私も……ユーリも、おかしかったよ?」
「それは、フィーたちが媚薬を嗅いだと錯覚したからだ。そもそも、そんな薬は無い。その証拠に香が充満しているのに私には、なんの変化もないだろう?」
「じゃ、じゃぁ僕たちは……薬の所為でああなった訳じゃないの?」
「うむ、そういうことだな、思い込みは時折薬よりも厄介なものだ」
…………
「さて、食事に行こう……ユーリなにを落ち込んでいる」
「あはは……え、えっと、なんでもないよ?」
「なぜ、フィーが答える……まぁ、良い」
もう一度、結論から言おう、僕は……僕だったよ。




