77話 夢の外へ
フィーたちのいる外へと戻る為、恐怖を振り払い進むユーリ。
だが、彼女自身が生み出した亡霊たちはそれを許さず彼女の前に立ち塞がる。
果たして、ユーリはフィーたちの待つ現実へと戻ることが出来るのだろうか?
僕たちの目の前にいる、僕自身が作り出した罪の亡霊。
彼らは地上はもちろん空にもいる。
その数は……数え切れないほどだ。
「ご主人様、いかがなさいましょう?」
「…………っ」
無理に突破しようと突っ込んでも、あの数だ……捕まってしまう。
だからと言ってソティルの魔法は使えないし、体力を使う合成も使えない……
手が……ない……
「フィー……」
嫌だ……ここで死にたくない! 戻ってフィーに会いたいんだ。
手を考えろ……どうにかして、亡霊を押しのける方法を……
魔法はイメージだ、出来ると思ったらそれをしっかり想像すれば……苦手な僕でも使える。
火球じゃ駄目だ、巨大な炎を作れないし、仮に魔法が暴走して倒しきれても……僕たちが突破出来なきゃ意味がない。
「ご主人様、報告します。部屋の前に居た者たちも追いついてきました」
「くっ……」
駄目だ囲まれる――!!
なにか、なにか……彼らを退かしながら、僕たちが真っ直ぐ進む方法は……いや、まてよ?
魔法の暴走?
「……そうだ!」
危険だ、でも……捕まるリスクは減るはず。
「ソティル、僕に捕まって!」
「承知いたしました」
彼女が左腕に捕まったのを確認し、僕は覚悟を決める。
下手をしたら死ぬ、でも……他に方法が見つからない。
「撃ち放て水魔の弓矢、ウォーターショット!!」
僕は後ろを振り向き、壁に向かって魔法を具現化させる。
魔力を必要以上に多く注ぎ込んだ水矢は形を成さず、僕たちに襲い掛かる。
「今だ!! ――!!」
息を大きく吸い、再び身を翻した僕は流れに乗り、水の中を駆ける。
浮遊は変な話だけど、水の中を飛ぶこと出来るみたいだ。
空を飛ぶより難しいけど、普通に泳ぐより早い……おまけに流されているから余計だ。
「――っ!!」
彼らは僕へと手を伸ばすが、勢いよく流れる水に邪魔をされ、僕をつかめない……これで、この場の突破は出来た!!
流され続けること、数十秒といった所だろうか? 顔をあげると僕たちの目の前にあの空が広がっていて……
「ご主人様、無事抜けることが出来た様です」
ソティルがそう呟き、僕たちは空へ放り出された。
「けほっ、ちょ、ちょっと飲んじゃったよ……」
「無茶をなさいますね」
ソティルは呆れた様な声を出し、真顔で僕にそう言ってきた。
恐らく呆れるという感情を読み取って声色を真似されたのかな?
でも、他に方法が無かったのだから勘弁して欲しい。
「そ、それで、これからどこに行けばいいの?」
話をそらすのも含め僕はソティルにそう聞いた。
「これから向かう先はあの光の先です」
光? ああ、なるほど……あの太陽みたいな光のことかな。
なら早く行かないと、そろそろ追いついてくるんじゃ……
あれ? そう言えばやけに静かだ……追って来ない?
「あの人たちは、ここまで追ってこないんだね?」
僕がソティルにそう聞くと彼女は頷き。
「はい、あの者たちはここには来れません、ご安心ください」
「よ、良かった。よし……じゃぁ、行こう!」
「承知いたしました」
皆の……フィーの所に戻ろう!
太陽へ向け僕たちは真っ直ぐ飛ぶと……近づくにつれ、僕は太陽に引き寄せられる感覚がした。
「な、なに!?」
「後は、その力で皆様の所に戻れますよご主人様」
え? 僕が振り向くと風に揺れる空色の髪をなびかせ、ソティルはその場に佇んでいた。
「ソティル!?」
「私は部屋へと戻ります……ご安心下さい、私には手を出さない者たちなので」
そうか、それでフィーたちに僕のことを伝えることが出来たんだね……
「分かった、ソティルここまで、ありがとう! これからも頼りにしてるよ」
だから、僕は彼女にそう言った。
彼女は無表情のまま頭を一度下げると、上げ僕を真っ直ぐに見て……
「その言葉、大変ありがたく受け取っておきます、我が主ユーリ・リュミレイユ様」
ゆっくりと瞼を開ける……
僕の前にはフィーが顔を覗き込む様にしていた。
その顔は疲れているのがすぐ解るほどだった……先ほど夢の中で聞いた声では元気がないような感じがしたけど、やっぱり……具合悪いみたいだ。
「……ユー、リ?」
「ごめん……心配させちゃったね」
僕は身を起こし、彼女にそう言葉をかけると彼女は柔らかい笑みを浮かべ……
「ほんとだよ……」
そう呟いた。
すると、彼女は安心したのか僕にもたれかかり……
「フィー?」
「本当、心配したんだよ?」
「ごめん……」
戻れてよかった……フィーの顔を見れただけで凄く嬉しいよ……
今僕の中にあるのは、僕に残った。
いや芽生えた男性だった頃の感情なのかな?
僕は彼女……フィーが好きだ。
ナタリアのあの言い方だとフィーもそう思ってくれてるのかな?
でも……なんだろう、フィーの様子がいつもと違う?
「その、ね? 私……ユーリの――」
具合が悪そうながらも、ほのかに染まった頬を見てフィーがなにを言おうとしているのか察した僕は彼女の口を手で塞ぐと、代わりに声を発した。
「フィー! 僕、フィーが好きだ!」
そう、彼女が言おうとしたことを僕は彼女に告げる……
元男の意地とでも言うのだろうか? とにかく、僕が先に言わないといけない気がしたんだ。
でも、その言葉を受けたフィーは若干頬を膨らませ。
「わ、私が言おうとしたのに……」
そう文句を言われてしまった。
「う、ごめ――ふぇ!?」
気まずくなり謝ろうとしたら、フィーの顔が間近に迫っていて、僕は思わず声をうわずらせる。
ちょ、ち……近いよ!?
段々と彼女の顔は更に近づいてくる、フィー相手に逃げることも思いつかずに僕はただ固まっていて……
静かな部屋の中に、フィーの吐息と僕の心臓だけがバクバクと聞こえ……その唇が触れるか、触れないかの所で扉の方からガチャリと言う音が聞こえた。
「「ひゃい!?」」
「フィー! ハチミツ入りの――ほほう」
完全に不意をつかれた僕とフィーは声を上げ、慌てて離れるも時すでに遅し……部屋へと入ってきた女性――
ナタリアは意味ありげな笑みを浮かべ、テーブルに飲み物を置くと椅子へと腰をかける。
「構わない、続けて良いぞ」
続けて良いぞ、じゃないよ!?
「ふむ、そうは思われてもな二人とも……私としては喜ばしい現場に出くわした訳だからな、見ておこう」
「また……人の心を無断で覗いて……」
まったく……なにを考えてるんだろう、ナタリアは……
「…………」
呆れる僕とは別にフィーは僕へとその身を預けてきた。
「ふぇ!?」
「ほほう」
ちょ、え? ま、待ってよ……フィー!?
ひ、人が……それも、あのナタリアが見てる前でなにを……!?
「……すぅ……んぅ……」
「って……あれ?」
「……なんだ、ユーリの顔を見て安心したのか、眠ってしまったようだな」
そうか、顔色が悪かったし、きっと、寝てなかったんだよね……
僕はフィーを魔法でベッドに横にし毛布をかけて、そのまま寝させてあげることにした。
「それで、ユーリ……フィーの話ではお前の身体を」
僕へと問いかけるナタリアはいつもより、僕をじっと見つめてきた。
話からして、心配してくれてるんだね……
「ソティルのことだよね? 大丈夫、僕が頼んだんだ。一週間起きれないことを伝えてって」
そう事実を告げると、ナタリアは一つ息を吐き、安心したような顔になった。
「そうか、それなら良い……しかし、一体なにがあったんだ……起きてはいないのに意識はあったのか? だが、いくら覗いても」
「それは……多分ソティルの部屋にいたからだと思う、あそこには結界が張ってあるみたいだし……そうだ、合成魔法についてなんだけど……」
ソティルから聞いたことをナタリアへと話す。
そう、合成魔法では既存の魔法を作ることが出来ないという事実。
そして、僕はまだ魔法を全部教わった訳じゃない。
つまり、偶然にも世の中にある魔法を作る可能性がある以上、合成は諸刃の剣だと言うことを師匠である彼女に告げた。
「なるほどな、ユーリはソティルといい、合成といい……よくもまぁ、厄介な魔法を覚えるものだ」
うぅ……でも、ソティルの魔法はこの世には無い唯一の回復魔法なんだけどなぁ……
「しかし、それが事実なら……やはり魔法の修行はして損は無いな。ふむ」
僕はナタリアを見て、思う……
髪の色は白髪……光の当たり方によっては銀の様に見える髪だけど……やっぱり、どこかソティルに似ている。
二人には、なにか関係があるのかな?
でも、ソティルって元々……恋人を助ける為にソティルと言う男性が書き記した医学ノートだよね?
…………それなのに、なんで男性じゃなく女性なのか、いや……それよりも、なんで……
「どうした、ユーリ」
「え? い、いや……その」
ナタリアの様子から、心は覗かれてなかったみたいだ。
「ん? なんのことだ……ああ、私は止めておけ? ユーリのことは手のかかる弟子にしか思えん」
「ナタリアこそ、なんのことを言ってるのか分からないよ……僕には年齢不詳の師匠にしか思えないし」
というか、出会いがしらがあの姿だからなぁ……
…………出会い、か……
「なんだ、なにが気になっている、言ってみろ」
「じゃぁ、失礼を承知で一つだけ、ナタリアって元からその髪の色なの?」
水色の髪ならリラーグで会った天族の姉妹が思い浮かぶ。
だけど、ソティルはそうじゃない、空とか……うん、そうだ空の色みたいだった。
「なぜ、髪のことが気になった?」
「ソティルの部屋で、彼女に会った……その、髪の色が違うけど、ソティルがナタリアにそっくりなんだ」
「ふむ……確かに私の髪は後天的なものだ」
後天的……ということはやっぱり呪いの影響?
「元はユーリの様な髪色でな、自分でも気に入っていた。……だが、ユーリ……恐らくお前が考えていることの通りだ、これは忌々しき呪いの象徴……呪いをかけられるとその証としてなにかしら失う、私の場合髪の色だったと言う訳だ」
「……ご、ごめん、嫌なこと思い出させて……」
自慢だった髪の色を失って、ショックじゃないはずがないよね……
でも、水色じゃない? ってことは僕の考えすぎで他人の空似だったのかな?
「いや、気にするな、手入れは大変になったが、これはこれで気に入っている」
彼女は微笑みながら自分の髪を摘んでみせる。
「だが、そのソティルとの関係性については分からんな……」
「そうか……」
世の中に似てる人はいるって言うし、それなのかな?
気にしても呪いが解ける訳じゃないし、これは後で考えよう……そうだ、呪いと言えば……
「そうだ、もう一つ重要なこと聞いて良いかな?」
「なんだ? 言ってみろ」
「呪いのアーティファクトは……どんな形だったの?」
これは重要だ……トーナで聞いた話だと魔本はもう一つある。
だけど、ナタリアは知らなかった。
でも、もしかしたら……呪いに関する記憶が曖昧なのかもしれない。
「杖だ。武器として持つには珍しかったからな、記憶に残っている」
「つ、杖? 本じゃなくて?」
「なにを言っている、本のアーティファクトはソティルだけだ。少なくとも私が知っているのではな」
あれ? てっきり憶えてないとか、帰ってくると思ってたのに。
「なんだ、その顔はなんならゼルに聞いてみろ、フィーは憶えてないはずだが、ゼルなら確かだ」
「う、うん……分かった」
でも、なんか……納得がいかないなぁ、ソティル!
『はい、お呼びでしょうかご主人様』
杖のアーティファクトってあるの?
『肯定します、杖のアーティファクトは全部で五つ、この世界エターレで確認されております』
その中にナタリアの呪いに関する物は……ある?
『申し訳ございません、五つ全ての情報が不足しております。その魔法がなんであるか私には分かりません』
う~ん……そうか、分かった……ありがとう、ソティル。
「ユーリ?」
「え? あ、なんでもないよ、今度ゼルさんの所に行って聞いてくるよ」
「ああ、そうしてくれ」
ナタリアはそう言うと持ってきた飲み物を飲み干し、部屋を去ろうとする。
「今日はゆっくり休んでおくと良い」
「うん、おやすみ、ナタリア」
ナタリアが去ったのを確認した僕は、再びベッドへと潜り込もうとする。
実は眠くは無いんだけど……辺りは暗いし、横にはなってよう。
それにしても、フィーが寝てるベッドにスッと入れる様になるなんて、慣れと言うのは怖いなぁ。
「そうそう、フィーにイタズラはするなよ?」
「しないよっ!?」
まったく、なにを考えて……そりゃ確かに、フィーは美人で可愛いけど寝てる所をなんて……
「…………」
「すぅ……ん……」
その後、僕がまったく眠れなかったのは言うまでもなかった……




