76話 本の精霊
ユーリが気がつくとそこは空だった。
だが、そこは上も下も左右さえも青に被われるという奇妙な場所。
そこでユーリは自身をソティルと名乗る女性に出会う……すると、辺りは一変しソティルを見つけたあの部屋へ変わっていた。
彼女の言うことではユーリは合成魔法の影響で体力を極端に失い、今部屋を出ると危険だとのことだ。
ここでも魔法は使えるということで、ユーリは仕方なくソティルの部屋で休息を得ながら修行を再開するのだった。
「フレイムボール!!」
僕は魔法の特訓をしながら、砂時計が落ちきるのを待つ。
本当ならトランスを練習しておきたかったんだけど……
「トランスは、体力に支障をきたす魔法の一つです、使用することは許可出来ません」
っとソティルに釘を刺されたのでやめておいた。
こっそりやりたかったけど、外に僕の現状を伝えてくれた恩もあるし、ここは我慢だ。
そういえば……折角ソティルがそこにいるのだし、聞いて見たいことがあるんだよね。
「そろそろ、練習は終了でしょうか?」
「うん、ちょっと休憩するよ、ところで……ソティルちょっと良いかな?」
「なんでしょうか」
ナタリア似の女性は僕の前まで来ると、膝をつく。
な、なんか……落ち着かないなぁ。
「え、えっと……なんで僕はソティルの魔法なら使えるの?」
「攻撃魔法ですね、ご説明出来ますが……お伝えしてよろしいですか?」
んん? 僕が聞いたのになんで質問で返すんだろう……
まぁ、気になってることだし、彼女は知っているみたいだから聞くしかない。
「うん、教えて」
「私の魔法はご主人様の魔力を使い私が構築しているものです。ですので正しくはご主人様ではなく、私が使用している、と言った方が良いでしょうか。その際、通常の魔法とは異なった経路……つまり魔紋から、本を通し発動させますので、魔力の消耗が激しくなっております」
「え……つまり、僕の魔法だけど、僕だけの力で使ってる訳じゃないの?」
「肯定します」
そ、そうだったんだ……なんか凄いガッカリした。
ソティルは僕の魔法だって、思ってたのになぁ……はは、は……
「ご主人様、どうなさいましたか?」
「いや、うん……ちょっと、ね……」
「もし、私の魔法に関してショックを受けているのなら、それは違います。私はご主人様しか、扱えませんので」
「でも、僕だけでは使えないんだよね?」
「はい、しかし……同時に私はご主人様の魔法です。ご主人様無しでは、書物としての価値もございません」
そう言えばナタリアがソティルを見た時、ただ無意味な文字が並んでる本にしか見えないって言ってたよね。
それに……回数制限はあるとはいえ、回復魔法は僕だけが使える切り札だ。
今まで通り、彼女は頼りになることは間違いない。
「それと、最初ソティルと会った時、僕の名前が日本語で刻まれていたのは……なんで?」
なぜか、最後のページにあった文字【朝日野悠莉】は僕の本名だ。
だけど……この前見た時は【ユーリ・リュミレイユ】になっていた……
理由が分からない。
「はい、それですが……私がご主人様の名前を調べた際に浮き上がった物です」
「なんの為に……」
「私が貴女様の使う言葉を理解する為です、私を使役するにはまず、言葉を理解していただく必要があります」
なるほど、確かに言葉が分からないんじゃ本は無意味だ。ん? でも……
「僕が見た時、この世界の文字で書かれてたはずじゃ?」
「はい、ですので……その文章をご主人様の身近な言語に変換し、脳内に流しました……もう一つ、名前が刻まれていた理由としては」
「ま、まだあるの?」
「はい、私は特別なアーティファクトになっており、所有者を自ら決め、その名を刻みます。そして、ご主人様が認めた人間以外に継承することが出来ません」
ん? 継承って受け継ぐってことだよね?
「アーティファクトって継承するものなの?」
「ええ、他にも普通は奪い取られたり、手に入れた物を売買することもあります、ですが、私はなにがあろうとご主人様の手元に戻ります……ご主人様が直々に譲渡するまでは」
そうか、だからナタリアもフィーも大事にした方が良いって言ってくれてたのか。
確かにナタリアは言っていた。
名を刻むアーティファクトは聞いたことが無いって……それだけソティルは特別なのか。
「じゃぁ名前が変わったのは?」
「ご主人様の心の影響です、冒険者ユーリ・リュミレイユとして覚悟を決め、ご主人様自身が無意識の内に名を刻み変えました」
僕の意思で?
「名前が変わったことに意味は……あるの?」
「いえ、朝日野悠莉であろうとユーリ・リュミレイユであろうと、ご主人様に違いはありません、恐らくは気持ちの問題だと思われます」
気持ち……か、つまり名前が変わろうとソティルはさっき言った通りのまま、なにも変わらないってことだよね。
「分かった、最後に読めない部分を読もうとした時に起きた頭痛は?」
「それでしたら、まだ思い至っていない魔法を無理やり作ろうとし、その結果思考の高速化、及び、脳へのダメージに繋がったのだと予測します」
「……へ?」
脳へのダメージってそれ、大丈夫なの!?
僕が呆然としていると、ソティルはなにか気がついたのだろう、僕に一度頭を下げると再び口を開いた。
「ご安心下さい、脳へのダメージと申しましても、頭痛を起こす程度です」
「ほ、本当? 大丈夫なんだね……?」
「肯定します」
ま、まぁ……嘘は言ってないよね?
僕は、ちょっと怖くなってソティルから目を逸らすと砂時計を見る。
「もう、少し……か」
ほとんど落ちた砂を見て、僕は呟く……
そういえば、外に僕を狙うものがいるって言ってたけど、夢の中の魔物なんているのかな?
そう考えていると……最後の砂が落ちた。
「ご主人様、お時間です、外へまいりましょう」
「うん!」
ソティルはそう言うと、部屋の扉を開く……
「っ!? あれは……」
腹部……いや、胸へと一本の矢が刺さった男はでっぷりとした体を揺すり、僕へと近づいて来ようとしている。
だけど、見えない壁の様な物に遮られその場でもがいていた。
その口からは、泡のような物を吐き、僕の知るゾンビそのものの肌の色をしている。
そして……その後ろには……
「なん、で……この世界には幽霊とか、そういうのはいないんじゃないの!?」
「以前、夢を見たかと思われます……これらはご主人様が作られた罪の意識。強い思いで作られた彼らは、ご主人様を喰らおうと必死で襲い掛かってきます。魂を喰われぬ様……しっかりとついて来てください」
僕の作った罪の意識だって?
確かに、あの時目の前の男に首を絞められる夢は見た。
でも……いや、もしかして――
「もし、あの時……」
「肯定します、体力が十分でなかった場合、喰われていたでしょう」
そんな……ゆ、幽霊が……相手なんて……
「む、無理だよ……」
「…………」
僕の膝は折れ、その場に座りこむ。
無理だ……幽霊は怖い……無理なんだ! いくら僕が作ったって言っても、あれは幽霊そのままじゃないか!
そんなのと戦ったり、避けたりして外に出る? 出来る訳がない!
「ですが、扉は開きました……すぐに、こちらに来ます」
「――っ!?」
怖い、怖いんだ……
僕は頭を抱えなにも見ないように自身の膝へと顔を埋めた。
真っ暗になった視界の中、目の前に浮んだのは……フィーの笑顔だった。
もう、会えないのかな?
約束を……果たさなかった僕を怒るのかな? いや、きっと悲しい顔はしても怒らないよね……
悲しい顔……あの顔は嫌だ。
「ご主人様様、早く行きましょう、もう持ちません」
「『フィー……』」
僕の声に重なる声が聞え、僕は顔を上げる。
なにも見えない……でも、今確かに……ナタリアの声?
『フィーまだ起きていたのか? ユーリは朝には目覚めているはずだ、寝たほうが良い』
『うん、でも……もう起きるかもしれないから、ちょっとだけ起きてるよー』
フィー……
『分かった……だが、無理はするなよ。シアになにか飲み物でも持ってこさせる』
『ありがとう、ナタリー……でも、ナタリーこそちゃんと寝たほうが良いよ?』
『…………私はユーリの師だ、弟子が起きん以上、その様子を知る必要がある』
『……素直じゃないね、ナタリーは……ね、ユーリ?』
本当、そうだね……。
それに、フィー……声に元気がない……もしかして、ずっと?
ナタリアもそうだ、心なしか声に張りがなかった。
…………
「ご主人様、奴らが結界を破ります、ご注意を……」
ソティルの警告が終ると同時にガラスが割れる音が鳴り響き、ゾンビ、いや亡霊は僕たちのいる場所へと入り込んできた。
怖い……でも!
「戻らなきゃ! ソティル!! あれに魔法は効くの?」
「はい、あれは、心の生み出した魔物……倒すことは出来ませんが、一時的に動きを制することなら出来ます」
なら、一応効くってことだよね……
「ですが、私の魔法を使用するのはおやめ下さい、体力の浪費に繋がる可能性があります」
「ッ……分かった」
ミーテで退散させようと思ったけど、通常魔法を使うしかないのか。
体力を使ってしまう合成も駄目だ。
「なら! 我らに天かける翼を、エアリアルムーブ!」
走るよりは飛んだ方が早い! 僕は自身とソティルに魔法をかけ、次の詠唱を唱える。
「焔よ我が敵を焼き払え! フレイムボール!!」
作り出した火球を目の前にいるものに向けて投げる。
いくら、自分が作り出したとは言っても、これは人だった者たち。
怖いし、気分が悪い……
「ご主人様、急ぎましょう」
「うん……」
僕は彼女の後を飛び、ついていく……見覚えがある風景からして、ここはあの洞窟なんだろう。
それにしても……
「どのぐらいいるの、その……僕が作り出した亡霊」
「罪の意識の深さから、その数が決まります、ですので……」
ソティルはそこまで言うと口を閉ざす。
理由はすぐに理解出来た……
「どうやら、ご主人様の意識は相当、傷ついておられた様ですね」
「…………」
ソティルは無表情でそう告げる。
そう、僕たちの目の前には視界いっぱい……僕が作り出した亡霊たちがいた。




