75話 眠り姫
修行に励むユーリ、彼女はナタリアの提案で合成魔法を使う。
しかし、ウォータージャベリンを再現しようとした所……彼女は強烈な眠気に襲われた。
夜一度目を覚ましたユーリはそれでも、まだ眠気に襲われ再びまどろみの中へと落ちていくのだった……
「ナタリー!!」
フィーナは朝早く、ナタリアの部屋へ尋ねていた。
その両手にはユーリという少女を抱え、部屋の前でナタリアの愛称を叫ぶ。
「なんだ、騒々しい……」
「なんだ、じゃないよ!? ユーリが目を覚まさないの、私より早起きなんだよ?」
そう彼女が起きた時に必ずユーリは目を覚ましていて、こう言う。
『おはよう、フィー』
だが、今日はそれがなかったのだ、それどころか起こそうとして揺すっても、すやすやと寝息を立てているだけで、なんの反応もない。
心配になった彼女はこうしてナタリアの部屋を訪ねてきた。
「疲れているだけだろう、じきに起きる」
「で、でも……なんかおかしいよ、耳元で名前呼んでも反応ないんだよ?」
「だから、疲れて熟睡しているだけだ。ちゃんとベッドで寝かせてやれ、風邪を引くぞ?」
「う……」
屋敷の主はそう言うと、フィーナに手で帰れと合図をし……扉を閉める。
とぼとぼとユーリの部屋に戻っていくフィーナは、いまだ眠り続けている少女を見て、一言呟いた。
「なんか、嫌な予感するんだよ?」
彼女の予感は的中した。
翌日になってもユーリが起きないのだ。
「これは、一体どういうことだ?」
「わからん……」
「心を読めば……、良い」
「だから、さっきからやっている! だが、夢さえ見ていない……これでは思考盗聴さえ出来ん」
「なにか、魔法でどうにか出来ないの?」
「元々魔法は攻撃の手段だ! ユーリの様な特別なものならともかく、私では無理だ」
なんだろう、凄い……”外”が騒がしい気がする。
「恐らく、ご主人様がお目覚めになら無いことを、ご心配しているのでしょう」
「へ? だ、誰……」
僕の傍から声が聞えた。
その声に当然のことばを投げかける僕の前にその女性はその姿を現すと……僕の前に跪き……その顔を僕に向ける。
髪色は透き通る様な水色だけど、見る角度によっては銀色にも見え……整った顔立ちに目立つサファイアのような瞳。
その姿は若干違うだけで、僕の見慣れた人物。
「ナ、ナタリア!?」
「? いいえご主人様、私はソティルでございます」
ソティル? でも、どう見たってナタリアだ。
髪の色が違うけど……ただそれだけで……
「ご主人様、今回はこの様な場所にご足労頂き、光栄でございます」
「この様な場所って……言われても」
僕は今空に囲まれてる。
そう、言葉通り上も下も右も左も、空……なんと言うか、変な感じ……でも、ちょっとすがすがしいぐらいだ。
そんなことをぼんやり考えていると、辺りの景色はぐにゃりと曲がり、見たことのある部屋に変わっていく。
「ここ、は……ソティルを見つけた部屋?」
「はい、左様でございますご主人様……失礼ながら、あの場所からご主人様の精神へ部屋を移しました」
「ん? 移した?」
「はい、同調が進みましたので、ご主人様のサポートをより出来るよう、貴女様の精神に部屋を移したのです」
へ!? そ、それって大丈夫なの?
「え、えっと……」
「ご安心をなにも問題はございません、私はご主人様の忠実なる魔法です」
「あ、うん……分かった。それはそうと、なんで僕……ここにいるの?」
僕は部屋で寝てたはず、横にフィーがいたのは間違いないから……それは確かだ。
「はい、今ご主人様は体力を消耗し切っています……理由はあの水槍です」
「水槍……合成のウォータージャベリンのこと?」
僕の問いにソティルは頷く。
うん、確かにあれを使って体力がごっそり無くなった感覚があった。
でも……炎壁の時は一回で体力がなくなるってことは……
「もしかして、変身の影響とか?」
「いいえ、理由を申し上げますと、合成で現在存在する魔法を使うことが出来ないのです」
ん? どういうことだろう……
「以前、ご主人様が使われた炎壁は通常の火壁と異なります、つまり、貴女様のオリジナルなのです」
「う、うん……それは聞いたよ」
「現在ある魔法をそのまま再現しようとすると、通常の手順である詠唱に魔紋の共鳴の過程を無視することになり、その影響が身体的疲労に繋がります、そして……」
「そ、そして……?」
なんだろう、嫌な予感がする。
「魔法が不発に終わりれば運が良く、発動してしまえば失敗となり、体力の浪費その疲労から永遠に眠り続ける可能性が――」
「ちょっと待ってよ! じゃぁ、僕……このままなの!?」
そんな……それじゃ、フィーとの約束が!
「ご安心をご主人様、もし、その場合はこうして私と話すことも不可能です。……ですので、そうなる前に魔力の供給を私が絶ちました。今は体力が極端に少なくなり、回復している最中です」
「ほ、本当? 僕は大丈夫なの?」
「はい、私が護りました……」
彼女は僕の方を見つめそう言葉にした。
そ、そっか……良かった。
「ですが、この部屋からは暫らく出ないでいただけますか?」
「え? なんで……」
助かったのなら、早く外に出てフィーたちを安心させてあげたいんだけど……
「まだ、体力が完全でないのと、部屋の外には、まだご主人様を狙う輩がいます」
「僕を狙う人?」
「はい、ですが、それも体力さえ戻れば突破で来ましょう……しばしのご辛抱を」
とは言ってもなぁ……
「魔法の練習もしないといけないし、なんとか戻れないのかな?」
「魔法でしたら、この部屋で行えます、ここは結界が張ってありますので」
「で、でも……火球とか使ったら、本が燃えちゃうんじゃ?」
印刷技術がないこの世界では、本という物は貴重だ。
つまり、本の部屋であるここはすでに一財産であって、部屋自体が宝の山みたいな物なんだけど。
「この本たちは私の記憶です、いえ、正しくは私に触れてきた人間たちの記憶……魔法を始めとし医学、武術、建設……数多な記憶の結晶、ですので決して損傷しません」
「へ、へぇ……」
じゃぁ、ここで魔法の練習はしても大丈夫っと……
それにしても、いつまでいれば良いのかな?
「ソティル、一つ良いかな?」
「はい、なんでしょうかご主人様」
「この部屋にはいつまで、いれば良いの?」
僕がそう、質問をすると彼女は砂時計を取り出し、それを逆さにする。
「ここには日、つまり時間と言う概念がございません……ですが、あえて言いますと、この砂が落ちるまで、です」
「お、落ちるまでって……」
砂はなにか詰まっているのだろうか? ってほどゆっくり落ちていく……
「これ、外の時間でどのぐらいか分かる……かな?」
「はい、それでしたら……一週間ですね」
「一週間!? ど、どうにかして、皆に教えることは出来ないの!?」
流石にそんなに寝てたら……心配どころの騒ぎじゃなくなっちゃうよ。
「皆様に、ですか……一応方法があるには……」
「あるならお願い!」
彼女は困ったような表情をするが、何度かお願いをするとやっと承諾をしてくれた。
「承知いたしました、では……暫らくお待ちくださいませ……」
ユーリはいまだ眠り続け、時はすでに夕刻になっていた。
部屋にはフィーナの姿しかなく……彼女はユーリの横で座り、心配そうに見つめる。
だが、その先には静かに寝息を立てる少女の姿が映り続け……
「…………」
「……え?」
その少女は目を開いた。
「ユーリ!」
「…………? ――――」
「ユ、……ユーリ?」
口を開きなにかを訴え続ける少女にフィーナはより一層不安な顔を見せる。
それも、そうだろう……ユーリは声を発していなかった。
ただ、必死に口を開いてフィーナの方になにかを語りかけているようだ。
「なに? どうしたの……? ユーリ」
「――――ま! ああ、やっと、声帯を操れました、失礼致しました……フィーナ様で宜しいでしょうか?」
「だ、だれ?」
雰囲気の違う少女が瞬時にユーリでは無いと、気がついた森族の少女はユーリに成り代わるソレを睨みつける。
「私はソティル、我が主……ユーリ様の命により、伝言を伝える為、無礼ではありますが、ご主人様の肉体を使わせていただいております」
「命……伝言?」
「はい、私が定着する前に申し上げます、今、ご主人様の療養の為、一週間ほど眠り続けます……ですが、ご安心下さい、必ず私がお守りいたしますので」
「お守りって! ユーリは大丈夫なの!? それに、なにから守るの……」
「…………」
フィーナの問いに少女は答えず、再び瞼を閉じていく……
「待って、ユーリは? ユー……」
「どうした、フィー……ユーリが起きたのか? ってまだ寝てるじゃないか」
そして、フィーナの目に再び寝息を立てる少女の姿が涙越しに見えた。
彼女は袖で涙を拭うと……ユーリを見つめたまま語る。
「あのね、ナタリー……」




