73話 一つの可能性
ナタリアが口を滑らせてしまったことで、ユーリが元々男だったことがフィーナへとばれてしまう。
だが、彼女はそれを受け入れ……ユーリを拒絶することはなく、ユーリはそれに安堵する。
それを見たナタリアもまた安堵をし、お詫び代わりになにかを教えてくれるらしいのだが?
「実はなユーリ、一時的にではあるが男に戻れる方法がある」
「……へ?」
ナタリアが口にしたのは、僕が最初この世界に来て望んだ物。
「とは……言っても……」
頼んだのは僕だけど、フィーとの関係は壊したくないし……このままでも良いんだけど……
「うむ、二人が望むならそのままで良いだろう、だが……ユーリもフィーも見た目が見た目だ。その内、金持ちに騙されて変な虫につかれるのは気に喰わん」
「へ、変な虫って……私たち、お金積まれてもそんな人とは――」
「騙されてと言ったろう、そこでユーリに変身魔法を教えよう」
「変身って前に言ってた魔法だよね、でも……」
あれは一時的な物で、完全に変わるものじゃないって言ってた筈だよね?
それに、魔力だって消費し続けるらしいし……
「ああ、その通りだ。ただ、興味深い文献があってな……嘗て、同性同士で相手の子を身ごもった者が居たらしい」
「へー……え?」
いや、物理的に無理でしょ!?
最新医学技術を駆使しても、それは無理だ。
「でも、仮にそれが出来たとしても、ユーリの見た目が変わっちゃうのはちょっと……」
そして、フィーなんで、ちょっと乗り気なの!?
「ああ、文献にも……相手の姿がまるで違うことに嫌悪を抱いて別れた、とあるな」
「……それ、意味無いよ」
僕は絶対にフィーと喧嘩するのは嫌だ。
「うん、意味無いね?」
「だからユーリ、出来なかったらそのままで諦めろ」
「どういこと?」
「攻撃以外の魔法が得意なユーリなら、そのままの姿で男性化することが出来るかもしれないということだ」
いや、いやいや……それ、かなり無茶苦茶な要求だよね?
「変身ってことは変わるってことだよ、このままの姿で男性って……」
「だが、ユーリは元々男だろう? 男女共に自分自身で見てきているはずだ……他の者がやるより可能性がある、他の者がやっても意味が無いがな」
確かに、元々の僕は筋肉質では無いし、想像しやすいかと言われると、まぁ見慣れてるから出来る。
でも、このままの姿で男って……完全に男の娘だ。
「ユ、ユーリがそのままなら見てみたいかな?」
「フィー、顔を赤らめて言われても困るよ……」
大体出来るかも分からないのに……
「ああ、言い忘れていた。私は二人がどこぞの馬の骨を連れてくるようなら、容赦なく魔法の実験台にしよう」
「「……………」」
ナタリアさん、貴女は僕たちの母親か、それとも父親ですか?
「なんと言われようが、二人がくっついてくれた方が私としては好都合だ」
どう、好都合なのか全く分からないよ、ナタリア……
困惑する僕を手招きするナタリア。
疑問に思いつつも僕がナタリアへと近づくと、こっそりと耳打ちをして来た。
「他の男にフィーを取られても良いのなら、私は構わんぞ? 実験台にするだけだしな」
「っ!?」
フィーが、他の人に?
いや、でも僕は今女の子な訳だし、それは……仕方が無いことで……
でも、魔法を使えば、このままの姿で男になれる訳で……
「そうすればフィーも喜ぶんじゃないか……なぁ、フィー?」
「へ!? え、えっと……」
ちょっと困った様子のフィーの顔を見て、ふとクロネコさんを思い出す。
以前、彼がフィーのことを好きなんじゃないか? なんて考えたことがあったけど、もし……そうだったら、フィーとクロネコさんが付き合うなんて可能性が……
「ナ、ナタリア」
「どうした、ユーリ」
「……その魔法、教えてください」
「う、うむ? 何故敬語になったのか解らんが、早速食事の後から教えよう、良かったなフィー」
「ふぁ!?」
いや、男になっても、フィーに拒否されたらそれまでなんだけど、なんと言うか……その……
「ふむ、二人とも満更ではなさそうだな」
「「なに言ってるの!?」」
ナタリアの発言に僕たちは揃って声をあげた。
食事を済ませた僕とナタリアは再び地下室での魔法の特訓をしていた。
している魔法は、先ほど話に出た変身魔法。
フィーは魔法の完成度が高くなるまで、待ってもらうことになって今ここにはいない。
というのも、ナタリアが言ったからなんだけど、彼女もそれに従ったみたいだ。
「良いかユーリ、少々普通の魔法より難しくなる」
「うん、つまり、僕のまま男になるってことだよね?」
「ああ、部分的に男性化させる、声帯や背丈、顔など見てユーリだと解る場所には変化は起こすな、良いな」
見て僕だと解る場所……
「そこは、小さくして良い、いや寧ろ戻らなくても良いと思うぞ」
「……まだなにも考えても、言ってもいないけど」
ナタリアはどこを想像したんだろう?
「うるさい、とにかく詠唱だ……我と否定する我に幻創の身体を与えん……トランス」
魔法を唱えたナタリアの体は見る見るうちに変わっていく、一部が、だ……
因みに今彼女は結構大きな服を着てたけど、これの為だったのかな?
う、うーん、なんと言うか、ナタリアはあれで完成された美人さんだと思うんだけど。
「そこ、そんなに気になるの?」
「うるさい! 少しぐらいは良いだろう」
「いや、うん……でも、さ……それはちょっと……なんと言うか見栄張りすぎな……」
だって、明らかに大きさおかしいよ。
すらっとして背が高いから、少し大きいならまだ綺麗だけど……あまり大きすぎても邪魔になるんだよ?
実際、弓引く時に結構邪魔だったりするし……
ああ、こう考えるとやっぱり僕は多少なりにも女性的思考も入っているのだろうか?
「くっ……戻ってきた時に更に成長していて、素直にえぐってやろうかと思ったぞ?」
「さらっと怖いことを言わないで欲しいな」
まぁ、とにかく練習だ。
男、男ねぇ……ってそう言えば。
「ねぇ、ナタリアこの魔法のデメリットってなに?」
「ああ、そうだな、失敗すると、魔力が尽きるまで戻れなくなることだな……ユーリの場合少なくとも一ヶ月はそのままだ」
…………うん、最初から男になるのは止めておこう!
とりあえず、ナタリアより背が高い感じにしてみようかな。
「我と否定する我に幻創の身体を与えん」
右腕にある、魔紋が淡く光だし、イメージをする。
なんか、懐かしいな……昔に戻ったみたいだ。
「トランス!」
「さて、ユーリ……なんと言ったら良いか」
「…………」
うん、なんと言うか、失敗だ。
「ぼうはつはしてない、みたいだね?」
「そ、そうだな、とりあえずは魔法自体は成功した……と言って良いのか……分からんな」
成功? いや、どう見ても失敗だ。
それにナタリアより、ずっと小さくなってしまったから、首が痛い。
「とにかく、魔法を解け……そのままでは私も疲れる」
「分かったよ……」
とにかく、一度魔法を解いて……もう一回。
もう、一回?
「どうした、ユーリ? 早くしろ」
「な、なたりあ……もどれないよ」
浮遊を解く要領でやってみたのだけど、僕の背は一向に高くならない。
「なんだと? 魔法の暴走か……いや、それならそのまま小さくなるなんてことは……」
「ど、どうしよぅ……ぅぅっ」
ああ、なんか不安になってきた。
怖くて、なんだか良く分からなくて……
「ま、待てユーリ、もしかした――」
「うえぇぇぇぇぇぇぇぇん」
堪えきれなくなった僕は、ただ、ただ……泣く、なんでか分からないけど、それしか方法がないと言うかそれさえも考え付かない。
「ああ、待てと言ったのに、ユーリ大丈夫だ。恐らく、すぐに……」
「だって、だってぇ、いっか、げつはぁ、もど、れ、ひっく……」
「ユーリ! ナタリー! どうしたの!?」
僕が泣きじゃくっていると、ばんっと言う音と共に、フィーが地下室の扉を開け入ってくる。
そして、僕を見つけると……
「……も、もしかして、ユーリ?」
「ふぃー、まっほう、が……ね? しっぱ……うぇぇぇぇん」
「だから、大丈夫だと何度言えば……とにかくフィー、今のユーリには魔法が解けん」
やっぱり、とけ、ないんじゃ、ふぇぇ……
「え? え? ユーリこのままなの?」
「違う、まだ変化が終ってないんだ……変身魔法は他の魔法と違い、完全に変わりきらんと魔法を解くことが出来ん」
ぅぅ……こわい、こわいよ……
ぼくは、不安にかられ、フィーにすがりつく。
「でも、見た目が子供に……えっと……」
「フィー、未来のことが気になるのは解るが、それはユーリだ。それと、変化はまだ起きている……思考が完全に子供化するまで待つしかないな、幸い失敗では無いから、記憶は残っている」
「ね、ねぇ、ナタリアもし……失敗してたら」
「記憶が戻らず、一ヶ月はそのままだったろうな」
ぼく、やっぱり、このまま一ヶ月すごさないと、いけないんだ……やだよう。
「まぁ、そういう訳だ……暫らく、フィーに任せる」
「え!? でも、私……こんな小さい子」
「それこそ、練習だと思っておけば良いだろう。いや、中身がユーリだから練習には向かんか……とにかく、私は少し休んでからまた来よう」
そう言って、ナタリアはぼくを見捨てて、どこかに行ってしまう……
まほうが失敗したから、みすてられたんだ。
「まって、まってなたりあ! まほう、がんばるから……まっ……ふぇぇぇぇ」
やがて、彼女のすがたは見えなくなって、ぼくはかんぜんにみすてられた。
「え、あ、ナタリー!? ユーリが呼んでるよ!? ナタリー!!」
ぼくは見えなくなった、なたりあを見て、ふぃーまで、どこかに行ってしまうんじゃないかと、ふあんにかられ、かのじょの服のすそをにぎり、聞く。
「えぐ、ひっ、ふぃーは、どこ、にも……いかなっ、よね?」
「大丈夫だよ、だから、泣かないで……ね? ナタリーも忘れ物取りに行っただけだよ?」
「ほんとう?」
「うん、だからユーリ、大人しく待ってようね?」
ぼくは、かのじょのことばにうなづき、それでもまだ、ふあんだったから……だきついた。




