72話 ナタリアの失態
ナタリアとの再会を済ませたユーリたちは彼女にシュカとドゥルガを紹介する。
だが、フィーナの様子がいつもと違うことに気が着いたナタリアは問いただし、呪いのことを聞くと案の定制止の言葉を発した。
それを聞かないユーリたちへ彼女は魔法を使い、物理的に辞めさせようとするが、ユーリの右手が切り落とされる前にソティルの魔法「サイレンス」が完成し、ユーリはそれを使い師ナタリアへ隙を作り、ナタリアの首へと水槍を突きつけ勝利を収め、ナタリアの許可を得て再び魔法の修行を開始するのだった。
「今日はここまでにしよう」
ナタリアの言葉で、僕はどさりと腰を地下室の床につける。
長くなった髪が揺れ、僕は息を切らす。
「ふむ、やはり……」
「……なに?」
ナタリアは僕をじっと見据え、なにかを考えてるみたいだ。
なんだろう? っと僕は自身の体を見下ろす……そういえば、胸が大きくなった気がする。
なんだかきつい感じがするし、変えた方が良いんだろうか?
着けるのは慣れた……けど、元々、男の僕には複雑だ……って、もしかして、ナタリアのやはりって……このこと?
「…………」
な、なんか……急に寒気がする。
「ナ、ナタリア?」
「いや、なんでもないぞ? 元男のお前の胸が確かに大きくなっていても……今、言おうとしたことと、なんの関係もない」
うぐっ、また心を覗かれた。
でも、ナタリアは美人なんだから別に胸が――
「ほう……では、自身でも納得の可愛らしさと胸があるユーリは、女性として私より優位ということだな?」
「誰も、そんなこと言ってないよ!」
まぁ、確かに可愛いとは思う、だが……はっきり言って自分で自分にドキドキするとかはまるで無い。
っていうか人の心を覗くのは止めたんじゃなかったの?
「う……」
「で、やはりってなんのこと?」
「ユーリ、やはりお前の魔力の性質では……攻撃魔法は見込めん、よくあそこまで成長したと褒めたい位だ。唯一、使い物になると言ったら……本の魔法か、あの動くフレイムウォールのみだ」
「でも、あれは体力の方を使っちゃうんだ。……もって二回、それが限度だよ」
僕は修行の初日に、ナタリアにあれを見せた。
ナタリアだったら簡単に出来るだろうと思ったんだけど、あれはどうやら凄いらしい。
前にシュカが言っていた通り、ナタリアにも三つの魔法を合成して使う人はいないと言われた。
理由としては体力の消費、それに魔力の消費もだ。
そもそも合成魔法なんてものは無く、ただ二つの魔法を具現化するイメージを保てるだけで、魔法使いとして抜きん出ているらしく、魔力も一つの魔法を使うより、消費してしまうらしい。
僕としては、ソティルの魔法よりは魔力が減っていないって思ったんだけど……
「普通なら魔力切れで倒れる。二回使えるだけまだ良い方だな、ユーリは合成魔法の研究をした方が良いかもしれんな」
「ん? 研究って合成魔法ってそんなに珍しいものかな……水の大槍だって、結局は武器生成と水の射撃の合成みたいな物だと思うけど」
違うのかな? いや、そもそも、水の射撃さえ”水を作って”から”撃ちだす”のだから、魔弾と別の魔法の合成だと思うけど……
「なるほど、ユーリにはそう思えたのか、確かに言われて見るとそうかもしれないが、魔法とは森族の精霊魔法に対抗をする為に作られた……いわば、真似をした物だ」
「ん?」
精霊魔法ってそんなのだっけ?
「ユーリ、ご飯みたいだよ?」
僕が疑問を感じているとそれを見計らったのか、フィーは扉を開け入って来た。
あの日から、彼女は屋敷に泊まりこんでいて、こうやって食事の時は呼びに来てくれている。
彼女は仕事を休みたいっと言っていたけど……多分、僕とナタリアがまた戦うことにならないか心配なんだろうな。
「フィー、丁度良い……精霊魔法について、ユーリに説明をしてくれるか?」
「精霊魔法? えっと、精霊の力を借りて地震を起こしたり、突風を吹かせたりする魔法だよ?」
ん?
でも、フィーは使い方が違った様な気がするけど……
「フィーが使うのは精霊召喚だ、精霊を実体化させ彼らが自身で考え動く。勿論、人の会話も理解しているから、召喚されている精霊に対しては一方的ではあるが、他の種族も意思を伝えられる」
「私は精霊魔法は使えないんだよ?」
そういえば、武器屋で剣の方が合ってるとか言ってたけど、そう言うことだったのか。
「とはいえ、精霊召喚は精霊魔法より高度な技術だ。一度、精霊に仲間と判断されれば彼らは裏切らないからな」
確かにフィーの呼び出す精霊は皆良い子だ。
それにしても、召喚はそんな高度な技だったんだ……やっぱりフィーはすごいね!
「……まぁ、魔法は元々、魔族が森族に勝つために見出した技術、精霊の力を借りずにそれを具現させる為の技だ」
「森族の精霊魔法を使わせない為に、精霊の住処を壊す技術だから……精霊魔法よりも強力なんだよ?」
なるほど……それにしても、昔の人はなにを考えていたんだろうか?
「住処を壊すなんて……酷いね……」
「ああ、だからこそ……今、魔法を使う人間が気をつけなければならない、所でユーリ、フィー」
「「ん?」」
ナタリアに呼ばれ、僕たちは声を揃える。
彼女の方を見てみると、なぜか瞼を半分ぐらい降ろし僕たちを見ている。
別に睨まれている……とか、そういうことじゃないみたいだけど……
「いつから、そんなに仲良くなった?」
指を指され、その指す方向へと視線を動かす。
その視線の先には僕の右手があって、それはフィーの左手と繋がっている。
うん、なにも変な所は無いと思うけど……
「いや、変だろう? 変と思わない所が変じゃないか」
「え、えっとほら、ユーリは迷子になっちゃうから、ね?」
そうなんだよね、屋敷にずっといた頃は流石に大丈夫だったけど、戻ってきた時には内装を思い出せなかった。
一人だと戻る途中で迷子になる、多分、いや絶対。
「いや、フィー私に対して、その場しのぎの嘘は意味がないぞ、平静を装ってはいるが尻尾は揺れている。それに、なによりさっきから心のな――」
「それよりご飯だよ! ご飯! ユーリ早く行こう!?」
「へ? あ、うん」
なんか、ナタリアが言おうとしてたみたいだけど、なんだったのかな?
そう思いながら、引っ張られ部屋の扉へと向かおうとする。
すると、後ろからなにかが聞え、僕たちの前に棚が急に動き扉を塞いだ。
「ナ、ナタリー?」
「いや、なに……実に興味深い、フィー、なにがあって……そう言う気持ちになったのか、是非聞かせてもらいたい」
屈託のない満面の笑みを浮かべる銀髪の似合う女性は、フィーと僕を見据える。
どこか嬉しそうだけど……なにが、この数分でなにがあったの?
「な、なんのことかな?」
「ほほう、あくまでシラを切るつもりか、まぁ良い……所でユーリ、フィーと呼ぶようになったんだな」
「う、うん、フィーがそう呼んでって言ったから」
なんだろう、怖いというか……なんか非常に嫌な予感がするんだけど……
これは、一体なにが?
「フィーが夜部屋から抜け出していると聞いてな……フィーからなにか聞いていないか?」
「……へ?」
聞いていないかって言われても、フィーはいつも通りだしなぁ。
いや、それよりもなんで、ナタリアはそんなにニヤニヤしているの?
「フィーならいつも――もご!?」
な、なんで、フィーは口を塞ぐの?
「ユ、ユーリ!? あ、あのね? 夜風に当たってるだけだよ?」
夜風って、フィーは屋敷の外には出てないし……もう、シュカとドゥルガさんの二人には、知れ渡ってることだと思うんだけど……
「ほほう、夜風、か……」
「そ、そうだヨー?」
フィーはなにを慌てているのか、いつもより語尾が高い。
「では、なぜ朝ユーリの部屋から出てくるんだ?」
「――ぷはっ」
やっと口が解放され高と思うと、ガンっという音がして、僕はビックリし……音の出所へ目をやると、どうやら扉の前に置かれた棚にフィーが頭を打ちつけた様だ。
「フィ、フィー!?」
血は出てないみたいだけど、良い音がしたし……相当痛いんじゃ?
「からかうのは、ここまでにして……こうなったと言うことは……ユーリ、フィーに話したのか?」
「話した、って……なんのこと?」
はて、なにかフィーに話す様なこと……
「なんだ、言ってなかったのか、ユーリが男だったことは……」
「……え?」
「え?」
「…………」
ナタリアは笑顔を維持していたかと思うと……途端にそれを曇らせ、僕からそっと目だけを逸らす……って……
えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?
「ちょ、ナ、ナタリア!? なんで今――」
「す、すまん……」
すまんって心読んでたんじゃないの!?
「い、今、読み始めた」
「い、今ってさっきまで読んでたよね!? それに、いつも無許可で読んでるくせに!」
さ、最悪だ……フィーは同じ女性だからと言う理由もあって、遠征に僕を指名してくれたのに……
こ、これじゃ、嫌われてしまう……まさか、元男が一緒に寝泊りしてたなんて知ったら、絶対に嫌われる……
「ユ、ユーリ、なんと言うか、そのすまんな、そうだフィーこれを飲むと良い、ここ一週間の記憶が無くなる」
「変な物フィーに飲ませ様としないでよ!?」
というかそんな危ない物、フィー以外にも使っちゃ駄目でしょ普通。
そ、そんなことより、フィー怒ってるよね?
僕はおどおどしながらも、彼女の方へと顔を動かす。
「…………」
フィーは固まったまま、僕を見ていて……ぴくりとも動かない。
まぁ、そうなるよね? 普通は……
「だ、だが、フィー安心しろ、ユーリは確かに向こうでは男だったが、こっちに来た時から女性だ」
ナタリア、それフォローになってないし、なにを安心しろと言ってるの?
「ユーリも悪い……そこまで仲良くなっているのなら、ちゃんと言うべきだ」
「言うべきだって言われても、言う必要がなかったんだよ!」
確かに、僕が男のままだったら……どんなに良かったことか……
でも、もうそれも終わりだ。
「フィー……ナさん、その、ごめん……」
「……ユーリ?」
「その、でも、あのフィーナさん、ナタ――」
「えっと、ユーリ? いつもの呼び方で良いんだよ?」
…………え?
「で、でも……それに、ナタリアが嘘ついている訳じゃ……」
無い。
ナタリアが言っていることは本当だし、怒って嫌われても仕方の無いことだ。
なのに、フィーナさんはいつも通りの……っていつも通り?
「うーん……思えば、一緒に着替える時も恥ずかしがってたり、死にかけた時も逃げずに助けてくれたり、駆けつけて助けてくれた上に背負って連れて帰ってくれたし……ちょっと男の子っぽい所があるなーって思ってけど、そういうことだったんだね?」
「え、あの……でも……」
って、え? 男の子っぽい?
ん? んー? 見に覚えがない。
「フィー、その、なんと言ったら良いのか……本当にすまん」
「ん? 確かに驚いたよ? でも、ユーリはユーリだよ」
尻尾をパタパタと振りながら彼女はそう言いきり、嘘じゃないことが解る。
そう、理解して僕は足から力が抜けると再び腰を床へとつけた。
よ、良かった……フィーナさんが心の広い人で……
「でも……」
その言葉に僕はびくりとし、再び顔を彼女へと向ける。
「”フィーナさん”じゃなくて、”フィー”だよ?」
彼女は僕がまたさん付けで呼んだことに、不満を申し立て、尻尾を立てる。
怒る所は果たして、そこで良いのだろうか?
「ごめん、フィー」
「うん」
「ふぅ、今回は私の配慮が足りなかった。まぁ、大事にならなくて安堵している……ユーリ、それにフィー、お詫び代わりになってしまうが、話がある」
「話? 変な話じゃないよね……」
警戒する僕にナタリアは首を立てに振ると、真剣な顔のまま声を発した……
「実はな――――」




