71話 後編 師と弟子
屋敷へと戻ったユーリたちはシアと再会し、相変わらずの彼女を見た後ナタリアの部屋へと向かう。
だが、師との再会後、ユーリは壁を突き破り……吹き飛んでいた。
彼女に一体なにが起きたのだろうか?
そして、ナタリアが下した判断とは?
「シアか? 入れ」
ノックをすると中からナタリアの声が聞え、僕たちは言われた通り部屋の中へと入る。
「なんだ、ユーリたちか……良く戻った。怪我は無い様だな」
「うん、ユーリもいたしね」
いや……フィーは……あ、やっぱ止めておこう。
考えたら、ナタリアに筒抜けになっちゃうな……
「それで、そこの二人が例のシュカとドゥルガか?」
ナタリアは僕たちの後ろにいる二人へ目配せをすると、僕にそう聞いてきた。
「うん、二人には世話になったんだ」
二人がナタリアから見える様に横に退くと、二人は前に出てナタリアに声を掛ける。
「お前がユーリの言う師か、よろしく頼む」
「シュカ、よろしく」
「安心しろ、二人のことはユーリたちの手紙で知っている。部屋は用意した自分の家だと思って、くつろいでくれ」
ふぅ、ここまでは順調だ。
いや、ナタリアは優しい所は優しいし、これはさほど問題がないとは思ってた。
でも……
「ん? どうしたフィー」
「……え?」
ナタリアの言葉にぎくりとし、僕はフィーの方へと顔を向ける。
そこには、ぎこちない表情を浮かべ……
でも、尻尾は振り乱している女性、フィーの姿がある。
呪いを解く方法があるかもしれないと言う嬉しさと、ついに来てしまった僕とナタリアの話への不安、多分そんな所かな?
「え、えっとね?」
彼女は僕の方をチラチラと見ては、困ったような表情を作る。
うーん、言いにくそうだな……
「なんだ、なんなら心を覗いても良いんだぞ、ユーリには禁止と言われているが……」
「っ!? えっとね、ナタリアの呪いが解けるかもしれないんだよ?」
黙って心の内を見られるのが、相当嫌だったのかフィーは慌てた様に言い放つ。
「…………フィー」
少しは喜ぶかもしれない、そう思ってたんだけど……ナタリアの顔は険しくなり、温度が下がった気がする。
「その話はもう良いっと言ったろう? これは、お前の所為では無い」
「――ッ!? で、でも」
今フィーじゃなくて、お前って……僕は言われたことがあるけど、フィーに対しては初めて聞くような……
「”でも”も、”だけど”も無い、もう一度言う、お前は普通に生活をすれば良い。無理をせず、必要以上に危険なことに遭わない様、普通にだ」
「で、でも……」
な、なんか……ナタリア、いつもと違うな。
それにフィーも、意気消沈してしまったみたいで項垂れてしまっている。
「ナタリア……」
「なんだ、ユーリ」
うっ……トゲはあるけど、僕に対してはまだ若干の柔らかさを残しているみたいだ……言うなら、一回。
じゃないと、僕まで項垂れて……いや、フィーの為なんだ! 断られても、無理やりでもナタリアを納得させるんだ。
「実は……その呪い、どんな物か分かれば、ソティルの魔法で解けるかもしれない、そう言ったのは僕だ。勿論、ソティルからそう聞いた」
「……だからなんだ? 私は問題なく生きている。外に出られないとは言ってもな……だが、それも解決している……今更、足かせでも無い呪いの為に、お前たちを危険に晒せと? 馬鹿げている」
うわぁ……怒ってる。
「怒っているだと? そりゃ怒るさ、私はフィーにもう気にするなと言ったんだ!」
「気にするなって言っても、そうはいかないよ……」
消え入りそうな声で、フィーはそう口にし……
ナタリアは再び、彼女を睨む。
「治る可能性はあるんだ、賭けてみてよ」
「言っているだろう? 危険だと、良いか? 今後一切! 私の呪いに関して口にするな……魔法もまともに扱えないユーリでは、いくら本があろうとも死にに行く様なものだ」
「……っ!? なら、もっと修行を……」
「修行をすれば、私より魔法を使えると? 覚悟もないお前では、呪われ、同じ結果になるのが目に見えている。なにを学んできたのかと思えば……先ほども言ったが、私の呪いは生活になんの影響もない」
確かに、あのローブがあれば影響は無い。
でも、ローブを持っているってことは、外に出たいってことじゃないか!
「ユーリ、なら、出来る」
「確かに、本の魔法なら対抗出来るかもしれん、だが、それを数回使えば魔力が枯渇する……危険なのは変わりない。ユーリが他の魔法使いと比べ、優れている点は魔力の回復が桁外れなのと、怪我を治せると言う二点だけだ」
「それは、あくまでここにいた時だろう、ユーリは現にグリフィンを狩っている」
「……だから、なんだ、それが出来たのはお前たちがいたからだろう」
そう、言い終えると、ナタリアは僕とフィーを睨む。
「ナタリア聞いて欲し――」
「それ以上言うなら、仕方が無い……ユーリ、残念だが……その腕を切り落とさせてもらう。なに、傷口は焼いてやる。悪いが、嫌われようと危険な旅に行かせる気は無い」
「ナタリー!?」
「お前も、ユーリが魔法を使えなければ……そんな望みも失くすだろう? お前たちの為だ」
ああ、予測はしてたけど、本当にこうなるとは……
ナタリアは僕たちに右掌を向けると、詠唱を唱え始める。
マテリアルだ! そう、僕が確信した時、二つの影が僕とフィーの前に立ちはだかった。
「シュカ!? ドゥルガさん!」
「チッ――邪魔だ! マテリアルショット!!」
「「――っ!!!」」
二人は左右の壁に叩きつけられ、声も出さずに倒れこむ。
な、なにが起きたの? 今の……全然見えなかった。
「ユーリはナタリアを助けようとしてるんだよ? それにたった一人の――」
「自慢の弟子だ。……だが、それも終わりだ……連れて来てしまった責任は果たす。ユーリにはちゃんとこの屋敷で生活してもらう」
今度は掌をフィーの方へと向け、詠唱を始めるナタリア……ちょっと待ってよ、フィーまであれで飛ばす気なの?
「くそっ!!」
「へ? きゃぁぁ!?」
僕は呆然とするフィーへと体当たりし、彼女を退かす。
ごめん、痛かっただろうけど、マテリアルよりはマシだと思うんだ……
「……マテリアルショット」
ナタリアは冷めた目で僕を見て、魔法の名を唱えた。
瓦礫の中、僕はもがく……
「ぅぐ……っぅ……」
駄目だ……体中が痛くて動けない。
「分かったかユーリ……これが、私とお前の差だ。たかが、マテリアルショットで、これ程までの差が生まれている」
じわりじわりと時間をかけ、近づいてくるナタリア……彼女の右手には先ほど作り出した水の剣が握られていて、それで、僕の腕を切り落とすつもりなんだろう。
フィーは、起き上がったけど、僕たちを見て、呆然としている。
それにしても……差、か……確かに、差がありすぎる。
初級魔法であるマテリアルショットでこの威力、ナタリアだったらグリフィンなんてマテリアルだけで倒せるんじゃないかな?
「随分、余裕な思考だが……正解だユーリ。グリフィン程度なら、マテリアルで事足りる」
彼女は剣を突き出し、再びマテリアルの詠唱と名を紡ぐと僕に向かって、壁の残骸や家具を飛ばしてくる。
容赦ないな。
多分、死なない加減はしてくれてるんだろうけど、当たったら痛いじゃ、済まなさそうだ。
「ナ、ナタリー! やめて、ユーリが!」
「うるさいぞ、少し黙っていろ……」
フィーがナタリアに向かって声をあげると、一瞬だけど飛んでくる物体の速度が落ちる。
今しかない!
「魔力の障壁よ、牙を防げ!! マジックプロテクション!!」
「……また、本の魔法か、それで私に勝てると思うなよ?」
振り向いたナタリアは家具たちを僕へと一斉に向かわせ、右腕だけ出る様に拘束をしてきた。
じょ、冗談じゃないよ……これ光衣無しだったら大怪我だ。
いや、ありでも大怪我か……家具の一部が刺さったみたいだ……
「う、っ!? かはっ……」
「すまんな、だが、抵抗したのが悪い……大人しくしていろ、私だって必要以上に痛めつけたい訳じゃない」
「けほっ、げほっ……かっ……」
僕の口から血が出て、傷の深さが光衣越しでも尋常じゃないことが解る。
「駄目だよ! ユーリが死んじゃうよ!!」
フィーが叫び声を再び上げるが、今度はナタリアはそれに惑わされずに剣を構え僕へと向かってくる。
「すまないな、ユーリ」
「――はぁ、か……はぁ、……そう思うなら、その剣、収めてよナタリア」
「ほう、喋れるか……だが、無理だ。呪い殺されるのは、私だけで十分だからな」
私だけで、か……ナタリア、素直じゃないな……
どうにかして、この現状を打破しないと……なにか、なにか魔法を……
『――申し訳ございません、ご主人様、お待たせいたしました……詠唱は――』
……あ、はは、ソティル……助かったよ、ありがとう、そうか……、詠唱は――
「ユーリ、もう……諦めろ、無意味なんだ」
そうは思わない、これはナタリアの隙を作る為の魔法なんだ。
隙さえあれば……すぐにこんな家具マテリアルで退かして、ナタリアに勝ってみせる!
「『我が前に具現せし、畏怖なる言を奪え! サイレンス』」
「まだ足掻くか、残念だよユー……ッ!? ――!!」
僕の目の前まで来たナタリアは、突然奪われた声に驚き……自身の口を押さえ僕を睨む。
む、無理に動かすと身体が痛い、痛い……けど!
「ぅ……我が意に従い意志を持て! マテリアルショット!」
魔法で家具を退かし、突き刺さった木片を抜き僕はナタリアに右手を向ける。
彼女は僕の師だ、なにをしようかすぐに分かったんだろう。
失った声に怯んでいた筈の彼女は剣を僕の右肩へと振り落とす。
だけど、そんなの想定済みだ。
「前に言ったよね?」
「――ッ!!」
僕は左手で右肩を庇う様にし、水の刃を食い止める。
光衣で強固な盾と化している左腕はそれでもナタリアの魔法の剣を抑えきれず、血が滴った。
「危険な目に遭っても右腕だけは必死で護れ、左腕はなくなっても構わない覚悟でなって……」
まさか、そんな時が本当に来るとは思わなかったし、その相手がナタリアなんて誰が予想出来たんだろう?
でも、今は……この右腕はどうしても必要なんだ。
「ごめん、ナタリア僕は決めたんだ……”フィー”の望みを叶えるって……ちょっと痛いだろうけど……もし、怪我をしたら後で治してあげるから……我が意に従い、意志を持て!」
「くっ!! ――っ!! 我が意に」
ナタリアは声を出し、それに気がつくとすぐに詠唱に入るが、間に合うはずがなく――
「マテリアルショット!」
僕の声が響き、彼女はさっきの僕の様に後ろへと飛んでいく。
だが、ナタリアの詠唱は途切れずに紡がれている。
それに対し僕は浮遊の魔法で空へと浮く、部屋の中だし自由自在とはいかないけど……
これでも、自慢の魔法なんだ!
「くっ!」
飛んでくる物を空中で避けながら、僕はナタリアへと接近する。
それでも、避けきれずに木片は僕の身体に突き刺さるが、痛みを堪え……僕は叫ぶ様に詠唱を唱えた――
「我願うは、立ちはだかる者への水の裁き……」
それは、僕が知っている中で最も攻撃的な魔法。
「な!? 攻撃魔法だと……」
「ウォータージャベリン!」
ナタリアの傍に行くと同時にその名を発した。
具現した水の槍は放たずに持ったまま、それをナタリアの首筋へと突きつける。
ナタリアを絶対に傷つけないって……フィーとの約束があるから、僕は彼女の皮膚を傷つけない様、注意を払う。
「…………」
「僕は、ちゃんと学んできたよ……」
「……ユーリ、お前……」
「確かに僕の魔法は未熟だ……でも、フィーは守る。望みも叶えてみせる……仲間も、ナタリアも死なせない」
彼女は押し黙り、僕を見る。
「だから、ナタリア……僕にもっと魔法を教えて欲しいんだ……フィーの望みを、ナタリアを助ける為の力が……僕は欲しい」
「ユーリ、その魔法、一回見ただけで憶えたのか?」
「……うん」
「なるほどな、正直に言おう、驚いている……まさか、ユーリが攻撃魔法を使うとはな……だが、あくまで及第点だ。それはあまりにも形が不安定で辛うじて使えるぐらいだな」
……確かに、以前僕が使った水の大槍とは似ても似つかない。
あの時は、魔物に対して怨みと怒りしかなかったから……多分、それが魔法に現れたんだ。
「……良いだろう、魔法を教えよう」
「ナタリア、それじゃ……」
彼女の言葉に僕は魔法をかき消して、詰め寄ると……彼女は呆れ顔で僕を見る。
「ああ、頼むよ……だがユーリ、それにフィーもだ、無理をするな」
「……ナタリー?」
「それに、そこの二人もだ……少しでも駄目だと分かったら、この件からは手を引け、それが条件だ」
「「…………」」
「分かった、約束するよ」
僕は彼女にそう告げると、自身へとヒールを唱え傷を塞ぐ。
フィーに言った通り、ナタリアを傷をつけずに出来たみたいだ。
「何事ですか!? って…………これ、本当になにが……」
一件落着と安堵をしていたら、シアさんが扉を開け僕たちを見る。
すると彼女は震えだし……
「ナタリア様? それにユーリ様も……」
あ……これ怒ってるよ、ね?
「な、なんだ、シア」
「あ、えっと、その……」
「魔法を使うならローブを着て外でやるか! 地下室でやってください! 家具が跡形もありません! 壁もです! もし、日の光が入る様な場所に穴が開いていたら、どうするおつもりだったんですか!」
「ご、ごめんなさい!」
僕は彼女に向かってすぐに頭を下げるが、ナタリアは「すまないな」の一言で済ませようとし、二人してシアさんに怒られた。
この後、僕とナタリアは二人揃ってアースウォールでの壁の補強作業と掃除をしたのは言うまでもない。




