71話 前編 帰ろう
ノルドの修行をつけると言ってから三日。
それは、すぐに過ぎてしまい……ユーリたちはタリムへと戻るべく準備をする。
果たして、ユーリの師ナタリアは首を縦に振ってくれるのだろうか?
トーナで迎えた三日目の朝、ノルド君は三人に稽古を付けてもらい剣の腕がメキメキと上達していった。
正直羨ましい気がするよ。
僕は魔力が回復してから一人、練習をしていた……
でも、形を保って使える以上にはどうしてもならない。
使い物にならない物から使える様になっただけでも、まだ良いんだけど……
ナタリア相手じゃ、どう考えても勝てそうもない。
頼みの綱のソティルも……頼んだ魔法に関してなにも言ってこないってことは、まだ出来ていないのだろう。
だからといって、時間は待ってくれない。
無情にも三日と言う時間は経ってしまい……僕たちはタリムへと戻る為の準備をしていた。
「お姉ちゃんたち、もう行っちゃうの?」
ノルド君は寂しそうに僕たちを見ながら口にした。
数年後にはタリムに来るんだろうか? いや、今の状態でも魔法無しという条件なら、僕よりもノルド君の方が強い。
もしかしたら、すぐにでも来るんじゃないだろうか、なんて思ってしまうぐらいには……
「また、遊びに来るよ」
「本当? 絶対だよ? 今度はお姉ちゃんに魔法教わりたいんだ!」
そう、純粋な目で見られると断りづらいけど、僕はまだ人に教えられる程じゃないんだけどなぁ。
「も、もっと……僕が魔法を覚えたらね?」
「うん! きっとだよ!」
ああ、そんな笑顔で……なんか、ますますナタリアに勝たないといけない気がしてきたよ……
「ノルド、毎日の修練だけは怠るな、無理に魔物を相手にするのも駄目だ……今は我慢だ、いずれお前の剣を振るう時が来る」
ドゥルガさんはなんだかんだ言って子供が好きだったみたいで、ノルド君の修行に積極的だった。
今、ノルド君が身につけている木の剣と木のブレスレットはドゥルガさんの作らしい、なんと言うか、顔に似合わず丁寧な作りだ。
逆にシュカは疲れた顔でフィーに支えられている。
「じゃぁ、そろそろ行くよ……ノルド君またね」
僕たちは少年に別れを告げ、タリムへと向かう。
できることなら、ナタリアが喜んで僕の案を受け入れてくれると良いんだけど、無理そうだなぁ……
トーナを出て、懐かしい森の中を歩く僕たち。
ここでフィーと一緒に初めての冒険をして、ソティルを見つけたんだよね……
少し離れてただけなのに、なんか……凄く懐かしい気がするよ。
それにしても――
「ユーリ、弱い魔物でも、油断駄目」
「いや、あの……」
僕はエイシェントウィローに放った、無数の矢に目を向けながら苦笑いをする。
「ま、前よりは当たってるよ?」
僕の苦笑いが移ったのかフィーもそうしながら、フォローを入れてくれた。
「う、うん……」
別に油断してるとか、ふざけている訳じゃない。
フィーに言われた通り、的には当たる様になった。
ただ、当る場所が問題なだけで……
「フィーナが、飛ばされた時、凄かった」
「あれは、夢中だっただけだよ」
いや、でも……あれがあったから、僕は魔法を使える様になった。
だけど、やっぱり……ナタリアの言っていた通り、僕の魔力は攻撃向きでは無いのだろう……
そう考える横でフィーが心配そうな顔をし、見てきたのに気がついた僕は彼女の方を向き笑顔を作る。
「……っ」
フィーはちょっとビックリした後に笑顔を作ったけど、なにか変な顔してたかな? 僕……
「そんなことで、そのナタリアという者には勝てるのか?」
「うん、大丈夫」
ナタリアが師である前に、魔法の天才だ。
確かに守りなら僕の方が上かもしれない。
だけど……それを上回る魔法があるかもしれないのに、のんびり防御だけしてるなんてことは出来ない。
幸い……苦手だろうと、なんだろうと、使えるものは使えるんだ。
ソティルが間に合わなかった時のことを考えて、どうにかして覆す手段を考えておかないと……
どんな手を使っても、僕は……フィーの望みを叶える。
何事もおきず森を抜けた僕たちは、タリムへと戻る。
まずは、月夜の花亭で報告をしようと思ったのだけど……
横を見るとフィーはそわそわとしていて……ナタリアの屋敷がある方へと目を向けては、明後日の方向を見ている。
多分、だけど……例え僅かな可能性でも見つかったことをナタリアに伝えたいんだろう。
「先に、ナタリアに言いに行こうか」
僕がフィーに向かいそう言うと彼女は表情を明るくし……けど、その表情はすぐに陰りを見せる。
「で、でも……」
先に行くと言うことは、勿論……ナタリアと戦うのが早くなるってことだ。
でも、酒場に寄っても……少し、それが遅くなるだけであまり変わらない。
もしかしたら、その少しの違いでソティルへの頼んだ魔法が出来るかもしれないけど……それだって、運次第だ。
「ナタリアに早く言いたいんでしょ? なら、行こう!」
だから、僕は先に屋敷の戻ることにした。
屋敷はタリムから歩いてすぐだ。
それに、リラーグに行くのとは違いフィーナさんの馬車もある。
僕たちは、ナタリアの屋敷へと馬車で向かい。
懐かしいその場所へ戻ってきた。
屋敷の扉をノックすると、懐かしい人が屋敷の中から顔を出す。
「ユーリ様、フィーナ、お帰りなさいませ」
「シアさん、ただいま」
シアさんへと挨拶を済ませると彼女は僕とフィーの荷物を手に取り、中へと入っていく……
「あ、シアさん、あり……」
っと、危ない危ない、お礼を言ったら、またどこかに行ってしまう所だった。
「はい、なんでしょうか? ユーリ様」
「い、いや……なんでもないよ」
僕がそうはぐらかすと、フィーがなにかに気がついたようで頷く。
うん、やっぱり、フィーもなにも言わないし、お礼は避けておいた方が良いよね。
「そちらの方々が手紙に書いてあった、シュカ様とドゥルガ様ですね。どうぞ、こちらのメイドたちにお荷物をお渡し下さい」
「シアと言ったか、すまないな、助かる」
「ん、ありがとう」
あ……、そういえば、二人にはシアさんのこと話していなかった気がする。
いや、話してたら、言わなかったよね?
「え、えっと、シア?」
フィーの声で我に帰った僕は、シアさんを見る。
すると案の定、彼女は見る見るうちに顔が赤くなり、荷物をその場に落とすと、屋敷の中へと消えてしまった。
「シ、シアさん!?」
僕が呼んでも、意味がないのは分かってるけど、名を叫んだ……だけど、帰って来たのは静寂で……
「なんなんだ、一体」
「あの人、変」
うん、ごめん……ちゃんと説明してなかった僕が悪いよね。
「シアさんは褒められたり、お礼を言われると恥ずかしくなって、逃げちゃうんだ」
「そうなんだよねー、先に言っておけば良かったね?」
「でも、ここが街とかじゃなくて、良かったよ……取りあえず、ナタリアの部屋に行こう」
落ちた荷物を拾って、僕は皆にそう言った。
その数十分後、僕は屋敷の中の壁を壊しながら後方に吹き飛んでいた。
「ユゥーリィーッ!?」
フィーの叫び声も段々と小さくなっていく中、僕はやっと壁に叩きつけられ、肺の中の空気を吐く。
「――ッ!!」
こ、これが、ナタリアの魔法? 冗談じゃない……こんな、馬鹿げた威力なんて……
「――かっ、はっ……げほっ、っ!?」
必死に息を整える僕は銀髪の少女を見る。
彼女はその双眸で僕を見据え……水の剣を引き抜いた。
ま、まずい……このままじゃ負ける。
どうにか……しないと……




