68話 村長宅での話
フィーナの様子がおかしかったのは、ユーリとナタリアを心配してのことだった。
ユーリは彼女の話を聞き、大丈夫だと告げる。
フィーナはその言葉に怪我をしないようにと念を押し、一先ず……安心したようだ。
話を終えた一行はトーナの村長宅へと向かい、家へと上がった。
果たして、話と言うのはなんのことなのだろうか……
「早速、ですがの……ユーリ殿」
「は、はい……」
村長は僕を真っ直ぐと見てくる。
なんか、重要の話みたいな感じがするけど、一体なんだろう?
「……本をお持ちですな?」
「――ッ!?」
村長の言葉に僕は言葉を失った。
なんで、この人が本……ソティルのことを? いや、でも……まさか……
そんなはずは無い、きっと医学の本か……なにかのことだよね。
「あの……ユーリの持ってる本って、なんのことかな?」
フィーは気を聞かせてくれているのだろう、村長に問いかける。
今までの旅でアーティファクトはソティル以外に見かけたことが無いし、数が少ないはず……
持ってるなんてことを人に言わない方が良い、ってことなんだろう。
「……ご心配なさらずとも、村の恩人に無礼はしませんよ」
確かに、トーマスさんは悪い人では無い。
前も、アルムの村長に村人を引き連れてトーナに来いって……言ってたらしいし、大量の野菜や水を提供してる。
もしかして、ソティルのことを……なにか知ってる?
「本……なら、持っています」
「ユーリ!?」
「大丈夫だよフィー、それで……その本がどうしたんですか?」
僕の言葉に村長は「やはり」と言って頷くと……その口をゆっくりと開き語りだす。
「今から話すのは……昔、この村で起きた悲しい話じゃ……」
「それが、ユーリの本と……なにか関係があるのか?」
ドゥルガの問いに、トーマスさんは深く頷く。
「恐らく……いや、確実にユーリ殿の持っているのは白い本、それとは別に黒い本ある……」
「黒い……本? 僕が持っている物以外に……本のアーティファクトがあるの!?」
そんな……ナタリアの言うことでは、本の形をしたアーティファクトはソティルだけだって……
それに……黒い本だって? オークの森で見つけた洞窟……
あそこで僕は、ソティルと正反対……つまり、攻撃魔法に特化したのがあるかもしれない、なんて……考えてたけど、もしかして、本当に……?
「ええ、本の話は白、黒どちらにしても不気味であり、村の禁忌となっておる。故に誰にも知らせることは無く、代々この家の者が話を受け継いできた。だが、まさかその本の使い手が現れて、セラとノルドを助けてくれるとは、皮肉な物です」
「魔法、使う人次第……、ユーリ、悪いことに使わない」
確かに、シュカの言う通り……使う人次第だ。
ソティルも悪用しようとすれば出来る。
そんなこと言っても……僕はそのつもりが一切ないから、結局今まで通り皆の為に使うけど。
「その通りですな、いかに白の本でも手に入れたのがユーリ殿で良かった……では、話させてもらいましょう」
ソティルの秘密ってことだよね?
一体、どんな話なんだろう……耳を傾ける僕たちの期待に答え、トーマスさんは語りだす。
白の本と黒の本、トーナと言う村に居た双子の姉妹とそれぞれに、恋した男たちの話であり。
その病は、今こそ治療法があるとは言え、当時には死病とまで言われた……熱病。
そう、セラさんが床に伏せていた理由で……ノルド君が薬草を取りに行った理由にもなった物。
そして、その熱病に掛かった双子の恋人たちは、全く違う行動を取った。
ある男は双子の妹の病を治す為、医学の研究に没頭した。
だけど、彼女が生きている内に治療法は見つからず、助けることが出来なかった。
男は涙し、死に物狂いで治療法を探す……もう二度と、自分と同じ思いをする人がいないようにっと……
ある男は双子の姉の死を否定する為、禁忌に手を染めた。
死体を保存し、それに呪術のような物をかけ、動かした。
だが、彼女の意思は無く……男の言うことを聞くだけの人形と化した、だが……男は満足し、共に太陽の下へと出る。
人形となった女性は太陽の下に行くことを嫌い、それでも引き摺るように彼女を外に出すと、女性は全身真っ黒になり、今度こそ動かなくなった。
やがて、想いを込め病の研究に使っていた紙束は白き本となり、後の医学に役立ち。
やがて、執着を籠めた魔法の研究に使っていた紙束は黒き本となり、禁忌の書として焼き捨てられた。
「その、医学書の人……名前ってもしかして……」
「うむ、有名な名だ、お主も知っているだろう……ソティルと言う」
村長の話は続く、まず禁忌の書はある時、突然この世に再び姿を現した。
ただ現れたのではなく、焼き払った人が死体として発見され……書物はその傍らにあったらしい。
不気味に思った人はその死体だけ処理しようとすると、それは闇に解けて文字通り消えた。
同時期、白き本に不治の病といわれた病気の治療法が書かれていた。
だが、そのページは白紙のはずで、突然……調合方法が浮かび上がったらしい。
人々は歓喜した。
……だが、その本を見ることの出来た者は突然頭を抱え、絶命した。
病を治す手段、調合法を本から書き写して……
そして、更に数年後、二つの本は突然この世界から消える。
医学の発展を支えてきた白の本はアーティファクトとなり、どこかに封印されたのだろうと噂され。
呪いの象徴ともいえる黒の本は……その不気味さに人々は怯え、いつどこであの本が発見されるのかと畏怖された。
そして、ついになる白き本も気味が悪いと言われるようになり……双方の本は禁忌として、噂さえすることを禁じられた。
「……良いか? 黒の本を見つけても、それを手にしてはならん……」
「……黒の、本」
本を焼いた人が死ぬ、か……まさに、呪いの象徴みたいだよ……ってことはもしかして、その本にナタリアの呪いも書かれている?
それだけじゃない、話から察するに、あのゾンビたちはもしかして……
ソティル、教えて……
『申し訳ございません、ご主人様、それについては不明です。黒の本は忌むべき書物です、あれを壊すのが私の使命とも言えるでしょう、ですが……その中に記載されている物については分からないのです』
逆に黒い本からもソティルの魔法は分からないってこと?
『肯定します、私たちは所持者の望む魔法を所持者に合わせて創造しています。ましてや正式に所持し、同調がここまで出来たのはご主人様、ただ一人です。故に私の魔法を直接見る以外に知ることは無いでしょう』
……それってつまり、もし、ナタリアの呪いが黒の本の物だったら、同じように前の人の魔法は使えないってことじゃないか……
『肯定と否定をいたします。現在の所持者が、以前の所持者と同じ魔法を使える可能性は非常に低いです』
や、やっぱり、可能性としては低いんだ……
『ですが、私たちにはその魔法の記録がございます。もし、それが黒の本の魔法だったとしても、解読することは十分に可能です』
そっか、だから工程と否定って……なら良かった……
太陽の下に出られないって言うのがあれと一緒だし、黒の本の可能性は捨てきれない。
でも、それなら……なんでナタリアは本のアーティファクトを初めて見たなんて言ったんだろう?
「ユーリ殿、話は聞いておられるか?」
「え、あ……うん、大丈夫です、黒の本を見つけたら、放っておけば良いんですよね?」
「はい、それが一番です」
とは言われても……ソティルはそれを壊すのが使命って言ってるし、そんな物を失くすことが出来るなら、その方が良い。
村長さんは話が終ったのか、一つ息を吐くと笑顔を作る。
「話は終わりです、ユーリ殿、フィーナ殿、ノルドとセラに顔を見せに行ってはくれませんか? ノルドは特に早く戻ってこないのかっと毎日聞きに来ていたので……」
「あ、はい、僕も会いに行くつもりだったから、すぐに行きますよ」
なによりお礼を言いたい、あの少年のお陰でフィーは助かったんだから。
僕たちは村長さんに別れを告げると、彼に言った通り、二人の家へと向かった。
ノルド君の家に着くと、少年は木の棒を振り回してる最中だった。
剣みたいに振っていることから……多分、剣術かなにかの練習かな?
ただ、それを見て僕が思ったのは……いや、思い出したのは、子供のお遊びの方がよっぽどマシだと言う一言。
なるほど……確かに僕より、ずっとしっかりしてるよ。
「お姉ちゃん!!」
一通り振り終わったのだろうか、少年は一息入れようとしたのだろう、置いてあった布を手に取ろうとした所で、僕たちと目が合い走って向かって来た。
うん、やっぱり……この子は良い子だ。
「お姉ちゃんたち、お仕事終ったの? 村にはどの位いるの? 魔法と剣教えてよ!」
う、うん、そんなキラキラした目で見られても……魔法は魔紋を彫らなきゃいけないし、剣は僕よりすでにノルド君の方が上手だと思う。
「お、教えてと言われても、私のはおじさんとマリーさんに殺されないために頑張っただけだよ?」
あの二人が師匠って言ってたけど、死ぬ可能性がある鍛え方ってなに!?
ナタリアでも、そこの所はちゃんとしてくれたよ……
僕がそう考えていたのが分かったのか、フィーは苦笑いをしながら僕の方を向き、そっと耳打ちをしてくれた。
「具体的にはね? 剣と水だけ渡されて、数日間……生き残れって言われたよ?」
「ナタリアは怒らなかったの?」
「勿論、怒ったけど……無理やり言いくるめられたみたいだよ?」
ナタリアが言いくるめられるって、ゼルさんでは想像出来ないし……マリーさんがやったのかな?
いや、それにしたって……無理やり連れて帰りそうだよ、ナタリア心配性だし……
「お姉ちゃん?」
ヒソヒソと話す僕たちが気になったのか、ノルド君は首を傾げ、僕たちを呼ぶ。
「なんでもないよ……そうだ、ノルド君に後で話したいことがあるんだけど、良いかな?」
お守りのことをお礼を言わなきゃいけないんだけど……フィーは知らないと思うし……
知ったら、僕が忍ばせたお守りを返すと言われるかもしれない。
できれば、二人っきりの時にお礼を言いたいんだけど……
「うん、いいよ!」
「じゃぁ、後で話そうね?」
「ユーリ、浮気」
なんで、そうなるのかな……
そもそも、ノルドくんは子供だし……男の子だ。
流石に元男の僕がどうこうすることは無い。
いや……皆、そのことは知らないんだけど、フィーだって……その辺は……
「……フィー?」
僕が彼女の方へ振り向くと、なぜか、彼女は笑顔を張り付かせたまま固まっていて、なんか……その、凄く怖いよ?
「お姉ちゃんも一緒だよね!」
だけど、ノルドくんにはそれが分からなかったみたいで……フィーに満面の笑みを浮かべ、問う。
僕は――
「勿論だよ」
そう答えるしかないように思えて、すぐにその言葉を言った。
多分、笑顔は引きつってたと思う。




