66話 赤い果実と新たな依頼
アルムへと戻ってきたユーリたちは、村の様子に驚いた。
田畑にも緑が戻り、赤々とした実がなっていたのだ。
それだけではなく、ユーリたちを攻めた男たちさえも汗水をたらし、働いていて、男の一人は取れたての実をユーリたちに譲った。
その後、酒場へと足を運び、ユーリとフィーナはマリーに再会した。
「そういえば、村はあれから大丈夫?」
未だにフィーに抱きつかれたままの僕は、マリーさんに一応そのことを聞いた。
畑は大丈夫そうだったけど、水とかまだ心配だし……。
もし、まだ問題があるようなら、イナンナを使おうかなって所だ。
「ああ、あんたたちのお陰で、なにも問題ないよ。
あの、さぼり癖の酷い連中も、急にやる気を出して……ビックリしてるぐらいだ」
彼女は荷物をどさりとカウンターへ置き、中へと入ると手で僕たちにカウンターに座るように促した。
僕とフィーは彼女が進めるままに、カウンターへと座り……出てきた水で喉を潤す。
冷たくて、美味しい……
「なにやってるんだい! 二人の仲間なんだろうに早く座りな!」
フィーの横にある二つの席の前に水を置くと……未だ立っている二人へ向け、マリーさんは声をかけた。
二人がカウンターへ座ったのを確認すると、彼女は満足そうに頷き、コップを指差した。
「それは、あんたの魔法で治した井戸の水だよ、あれから水質が良くなってね、調理に使うのが勿体無いぐらいだよ」
「良かった……ちょっと気になってたんだ」
この様子だと、毒はもう大丈夫みたいだ。
それ所かこんなに美味しい水なら、毎日でも飲みたい。
屋敷の井戸にも使ってみようかな?
「そうだ!」
僕がぼんやりと考えていると、フィーは先ほど貰った野菜をマリーさんに渡す。
「おや……これ、どうしたんだい」
「あの人たちが冷やして、食べろってくれたんだよ?」
「あはははは、なるほど、じゃぁ冷やして食べごろになったら、出してやるよ」
マリーさんはそう言うと野菜を受け取り、籠に入れるとそれを外へと持って行った。
恐らく井戸か、なにかで冷やすんだろう。
彼女は暫らくすると、戻って来て口を開く。
「今日は、泊まっていくのかい?」
「うん、そうするよ」
そう答えた僕に彼女はその身体を揺らし、笑いながら。
「じゃ、今日はゆっくりしていきな!」
「うん」
「そうだねー、久しぶりのマリーさんの料理楽しみだよー」
「お腹すいた」
「そうさせてもらう」
それから、暫らく話に花を咲かせていた僕たちだったけど、マリーさんはカウンターから出ると……
「そろそろ、冷えた頃だね……待ってな」
そう言い残すと、先ほどの野菜を取りに行ってくれたみたいだ。
見た目はトマトみたいだったし、恐らく同じ様な物だろう。
「待たせたね、これは、そのままかぶりつくのが……また美味いんだ」
出てきたトマトみたいな物を、すぐに手に取ったのはフィーとシュカ、二人は食いしん坊なの?
いや、フィーは元々「ご飯」とかよく言ってるし、ハラペコキャラだけど……
そういえば……シュカもよくお客の席に座って、食べてたっけ?
そんなことを考えながら、手に取った野菜は冷たく良く冷えていて、赤い実がまた食欲をそそる。
言われた通りにかぶりつくと、少し歯ごたえのある薄い皮の先には、柔らかい実と甘みと酸味のあるゼリーがある。
うん……やっぱり、これトマトだ。
「冷たくて、美味しいねー」
「うん! 取れたてだから、新鮮だね」
これに塩を少しかけて、食べるのも美味しいんだけど……僕の分はもう無くなってしまった。
市場かなにかに出てないかな?
買っておいて、マリーさんにお願いしてみようかな?
「「…………」」
「シュカ、ドゥルガ?」
フィーの声に二人の様子がおかしいことに気がつき、僕はそっちへ顔を向けると……
ドゥルガさんは、眉間にしわを寄せながらもくもくとトマトを食べ。
シュカは、一口かじりついた所で止まっている。
「ど、どうしたの?」
ドゥルガさんは難しい顔のまま僕を見て、喉を鳴らすと水を飲み干して答える。
「……昔から、これだけは苦手でな……だが、オークは出された物は食さねばならない」
ああ、なるほど……嫌いだったんだね……
でも、シュカは? 飛びつく勢いだったのに、硬直してる。
「…………………」
いや、なにか呟いてる?
「シュ、シュカ?」
「……つぶつぶがいっぱい、つぶつぶがいっぱい、つぶつぶがいっぱい、つぶ……」
も、もしかして……恐らく初めて食べて、あのゼリー状の種にビックリしたのかな。
あの部分が苦手な人って……多いみたいだから、仕方ないとは思うけど……
「……っ」
「シュカ? どうしたの?」
彼女は突然はっと意識を取り戻し、立ち上がると……僕に向かって来て、トマトを差し出してきた。
「ユーリ、あげる」
「あ、うん」
無理だと判断したのか、シュカはトマトを僕に差し出し、僕がそれを受け取ると彼女は席へ戻り、ドゥルガさんと同じように水を一気に煽り、飲み干すとマリーさんに向かって注文をした。
「レモネード」
「あいよ」
「あははは……よっぽど、嫌だったみたいだね?」
その後、僕たちは言った通り酒場に泊まり、翌日にはアルムを発とうとしていた。
朝に発てば……夕方までには、トーナに着くだろう……
「もう一、二泊していっても、良いんじゃないのかい」
「そうしたいんだけど、ナタリーに話したいことがあるんだよ?」
フィーは嬉しそうに尻尾を振り、マリーさんにそう告げる。
僕が約束した、ナタリアの呪いを解くってことだろうけど……
「なんだい、ユーリがちゃんと成長したって所かい?」
「ううん、それもだけど……ユーリなら呪いを解けるかも、ってことだよ?」
「なん……だって……」
ん? なんだろう、マリーさんが驚いた顔で僕を見てるけど、なにか不味いことでも……
いや……呪い相手な訳だし、怒られるかも?
そう思っていた僕だけど……マリーさんの口から紡がれたのは、まったく別の言葉だった。
「それは、本当かい……」
「えっと……まだ、絶対とは言えないけど、その呪いさえ解読出来れば……ただ、それにはその……」
僕は言い淀む……この先を言って、止められやしないだろうか?
……いや、僕は皆の前でフィーに約束したんだ。
止められようが、それは果たさないと!
「その呪いの発端……つまり、アーティファクトが必要なんだ、それさえあれば」
「呪いは解けるんだね」
僕は頷く、すると……マリーさんは僕の両肩に手を置き、僕を真っ直ぐ見て、真剣な顔をする。
その目が怖いけど……僕は逸らさないように必死に彼女の目を見続けた。
「良いかい……ナタリアはあんたを止める」
「……それは」
なんとなく、分かっていた。
フィーに、もう良いって言ってるみたいだし、ナタリアは心配性だ。
呪いを解く方法があっても……それに、危険が伴うなら、駄目って言われるのが目に見えてる。
おまけに少しでも怪しめば……心を読まれてばれてしまう。
隠すのは無理だ。
「最悪の場合……」
マリーさんはそこまで口にし、苦虫を噛んだような顔になり……黙り込んでしまった。
「僕の魔紋……それを切り落とすってこと?」
「…………」
彼女は頷きもせず……ただ、僕の肩に乗せている手に力が入る。
「い、いくら、なんでも……ナタリーはそこまでしないんじゃ? だって、魔紋って、場所によっては……」
「場所によらないでも死ぬ可能性が高いね、だが、ナタリアのことだ……腕か足なのは間違いない、一本無かろうが、生活は出来るからね」
なるほど、ナタリアが魔紋を掘ったのは右腕で|僕としては泣くほど痛かった《余り痛くない場所》とか言ってたけど……こういう時の対策でもあったのかな?
下手に背中とか、お腹とか頭だったりしたら……そこは切り落とせない。
それに、魔紋は師が注いだ魔力に総じて、魔紋とその周辺に強力な結界を生む。
ナタリアが最初に言ってたことだ。
つまり、ナタリアの魔力のお陰で、僕の右腕丸々一本が盾のような物だ。
下手したら、僕のアースウォール並みの強度があるかもしれない。
そう考えると、下手な防具より優秀かも……
万が一のことがあるから、右腕で身を護る、なんてことはしないけど……
「それでも、呪いを解くって言うのかい?」
「うん、それにナタリアを納得させないと……呪いのことを詳しく聞けないよ」
実際、太陽の下に出ると死ぬ、出ないと永遠に行き続けるって、ことしか分からないし……
恐らくナタリアなら……そのアーティファクトを見てるはずだ。
それ以外にも……具体的な名前とか分かれば、クロネコさんが情報を探しやすくなるかもしれない。
だから、どうしたってナタリアの協力が必要だ。
「じゃ、危険を承知で……アタシからもお願いするよ、あの心配性の馬鹿を外に出してやってくれるかい」
「うん、元よりそのつもりだよ、フィーと約束したからね」
僕はマリーさんにそう伝えると、フィーの方を見て笑う。
「……ユーリ」
フィーは嬉しそうな顔をしてるのに、どこか不安そうな様子で……どうしたんだろう、素直に喜んでくれても良いのに……
いや、きっとまだ治るって、決まった訳じゃないから……
それが気がかりなんだろうか?
そうは思っても、彼女がふとした瞬間に不安そうな顔をすると、いつも僕の胸が痛むんだ……




