64話 声無き咆哮
リラーグへと戻ったユーリたちは、酒場『龍狩りの槍』へと戻る。
そこで、食事を取ろうとしていた彼女たちだったが、なぜかユーリとフィーナの二人は、例の制服で仕事をしていた。
ユーリはお客へと注文の品を持って行くと、そこに居たのは制服を仕立てたらしき男。
彼はユーリに手を伸ばすもシルフに拒まれた。
だが、懲りない男はシルフを要求し、ゼファーを怒らせてしまう。
一悶着はあったものの、いつも通り、部屋へと戻り、ナタリアへの手紙の返事を囲うとするユーリたちの耳に街の警鐘が聞えた。
時は少し遡り、夜に染まった頃
辺りに明かりは無く、未だ血の臭いが漂う平原で……一人の男は、本を片手にもう片方の手を巨大な死骸へと添えた。
「グリフィンって相当、強いはずだろ?」
虚無へと発せられたその声に答えるのは女性の声。
『だから言っただろう? 並みの冒険者より強いって』
「ククク、だが……今回はその強さが仇となったな……女共、覚悟してろよ」
本が光り、死骸の足元に巨大な魔法陣が現れる。
やがて、その光は紫……夜の色へと染まり、魔物に吸い込まれる様に消えた。
「さぁ、殺戮の時間だ」
『――――!!』
その言葉に答えるかの様に、首と翼の無い死体は声の無い咆哮を上げた。
それから暫らくし……リラーグを囲む塀の上で警戒する兵は、見たことも無い魔物を目にした。
未だ鳴り続ける鐘の音に、僕たちは焦りを感じ、街の中を走る。
ギルドの残党が戻って来たにしては騒ぎすぎなんじゃ? と思うほど鐘はけたたましく鳴らされ続けていた。
嫌な予感がする。
なんか、とても嫌な予感が……
「ユーリ」
「ん?」
走る中、フィーに話しかけられ僕は彼女の方を見ると、彼女は僕を心配そうな顔で見つめ返してきた。
「魔法、使いすぎだよ? 今は私たちに任せて休んでた方が良いよ?」
「…………」
確かに、ソティルの魔法を僕は使いすぎてる。
あれは魔力の消費が激しくて、僕でも魔力切れを起こすっていうデメリットがある……筈、なんだけど……
どういう訳か、まだ魔力に余裕がある。
いつ、魔力切れで倒れるか分からない不安もあるけど……今までなら、僕はもうとっくに倒れてる筈なんだ。
「大丈夫、魔力が増えたみたいでまだ余裕があるよ」
それよりも、この胸騒ぎが気になって……フィーたちだけで行かせるなって、なにかが騒いでる。
理由は判らない、でも……確かにそう感じるんだ。
やがて、僕たちは騒ぎの中心となっている門へとたどり着くと、外から声が聞えた。
「ひ、ひぃぃぃ! な、なんなんだ! こ――――」
悲鳴の様な声と共に発せられたなにかが叩きつけられる音を最後に、声は聞こえなくなる。
人じゃない……門の向こうに居るのは魔物だ……
「皆さん!」
真新しい鎧に身を包んだ門兵が、怯えた表情で僕たちを見つけると……声を出し駆け寄ってきた。
だが、彼は決して助けてとは言わず。
「逃げてください! もう、リラーグは終わりです! お願いします、街の者を引き連れて逃げてください!!」
震える声で振り絞ったのは、絶望と依頼。
この向こうに、なにが……いるの?
「なにが、あったんですか?」
「し……」
「し?」
彼は……何度も深呼吸をし、無理やり心を落ち着かせようとすると、叫び声を上げ答えた。
「魔物の死体が動いているんです!!」
『――――!!』
声が発せられるのと時同じく、木製の巨大な門を打ち破り、街へと侵入してきたのは……
「さ、さっきの、グリフィン?」
「嘘……動いてる!? 死体だよ?」
首無しのグリフィン、翼も無く、ここまで歩いてきたと言うのだろうか?
ゾンビ? でも、なんでグリフィンが……
い、いや、今は考えてる時じゃない!
「皆、下がって! 君も早く!」
「だ、ダメです、お、俺の妹を早く、せ、先日、結婚したんだ……」
震える手で剣を握り、無謀なまでにグリフィン・ゾンビへと対峙する兵、意地でも逃げないつもりなの?
でも、彼に無駄な犠牲になんて……なってもらうつもりは無い。
「ドゥルガさん、彼を抱えて早く下がって!」
「任せろ」
それだけ言うと、巨漢は兵を抱え……僕の言う通りに下がってくれた。
「フィー! シュカ、二人はまだ、生きてる人をアイツから離してくれる?」
「分かった、ユーリ、でも、無理は駄目」
シュカは頷き、フィーは昼間と同じ様に……なにか、迷っているみたいだけど……
「フィー、お願い」
「……わ、分かった、でも、シルフは連れて行ってね?」
「うん、いざと言う時には、助けてもらうよ」
ソティル……起きてる?
『はい、ご主人様、私には睡眠など不要です』
そう、一つ聞きたいことがあるんだ。
『なんでしょう?』
あの巨体でも効く?
『肯定します。ですが、あの巨体では暫らく持続し続けなければなりません』
「分かった」
僕はグリフィンを睨む……魔物は辺りの壁にぶつかり、暴れまわっている……昼間見たほど、賢くはなさそうだ。
魔物がなんで、死んでまで動いているのかは分からない。
もしかして、僕への恨み?
それは、あるかもしれないけど……死体が動くはずは無いってナタリアが言ってたしなぁ……でも。
「ごめん、僕は君の天敵だ……太陽よ慈悲を、邪なる者に裁きを! ルクス・ミーテ」
太陽をそのまま小さくした様な光を、グリフィンの頭上へと移動させその光を強める。
すると以前、フィーを襲った熊と同様……光を避けようと悶えるグリフィン。
目が見えなくても、魔法は感じ取れるのかな?
ちょっとかわいそうな気がする。だけど……これ以上、犠牲は出したくない……
僕は太陽を、グリフィンへと落とした。
激しい光と、なにかが焼ける音と共に魔物は暴れ狂い、地響きがなり、次第にそれは小さくなっていく。
やがて、完全に聞えなくなり……グリフィンだったものは、どうやら動かなくなったみたいだ。
「一応……保険だけはしておこうか」
僕はマテリアルショットでグリフィンをリラーグの外へと追いやり、次の魔法を唱える。
「焔よ我が敵を焼き払え、フレイムボール」
大きめに作った火球を心苦しく感じつつ、魔物へと投げつけ、焼き尽くし、リラーグの中へと戻ると……壊れた門をアースウォールで補強した。
外で魔物にやられた人たちは、フィーたちが気を利かせてくれて、中へと連れてきてくれたみたいだ。
その中には、僕たちが街に戻ってきた時、話した人の死体もある。
やっぱり、嫌な予感は当たってた……あの魔物は僕じゃないと倒せない。
いや、正確には朝まで死なない。
あの巨体じゃ、この辺りに身を隠すものなんてないから、朝になれば動かなくなる。
でも、あの魔物はミーテは分かったみたいだけど、頭はドゥルガさんが落としていたし、当然、目は見えなかったみたいだ……
誰かが、ここに連れて来た以外に偶然来るなんて、可能性としては低すぎる。
「いったい、なんで……ん?」
なんだろう、皆……僕を見て固まってる?
フィーやシュカ、ドゥルガさんは心配そうにこっちに向かって来てるけど……なんか、凄い……注目されてる気が……
「ユーリ、大丈夫? 怪我は無い? その魔力は……」
僕がよっぽど心配なのか、顔を覗いたり、身体をぺたぺたと触ってくるフィーは、いつもより心配性だ。
なんか、フィーが倒れた時のナタリアみたいだなぁ。
でも、無理も無いか、僕はさっき死にかけた訳だし……だけど、死にかけたのはフィーもなんだけどな。
「うん、大丈夫だよ」
そう、彼女に答えると……僕を見ていた兵たちが一斉に歓声を上げた。
「な、なに?」
手に持ってた剣を捨て、拳を空へと突き上げる彼らは、やがて隣に居た人たちと抱き合い。
生きていることを確かめ合っている様だ……
そんな中、涙を流しながら僕に向かってくる人影があった。
マジックアイテムの街灯に照らされたその人は、先ほど僕たちに逃げて、と言っていた若い兵。
「り、リラーグはもう、大丈夫なんですか? 貴女が倒したんですよね!?」
「え、えっと、死体も焼いたし、大丈夫だと、思うよ……でも――」
ただ、被害は少なかったとは言え、死んだ人はいる……ゾンビを見たことがあったのに、死体をそのままにして置いたのは迂闊だった。
もし、あの時、ちゃんと焼いて埋めておけば、犠牲なんて出なかったのに……
「……ユーリ」
フィーが僕の肩に手を乗せてくる、恐らくは僕の所為じゃないって、言いたいんだろう。
でも、そうじゃない……あの時、フィーは熊が死体だって気が付いてなかったけど、僕は熊が死体だってことが分かった。
つまり、そういう魔物が存在することは知ってたんだ……
ん? あれ……でも、あの熊ってキメラだったよね? って言うことは……あれは人工物で、勿論、ゾンビもキメラもこの世界にいない。
それはナタリアから聞いたことだし、間違いは無い。
つまり、今居たゾンビも……自然に生まれた訳じゃない?
もし、自然発生するなら、とっくに存在が知れ渡ってる。
冒険者であるフィーやシュカがなにも言わないし、この兵士さんも死体が動いてるって驚いてた。
……誰かが、ゾンビを作った? なおさらなんのために……
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
僕が考える中、若い兵士は僕の手を掴み、何度も礼を告げる。
……もし、誰かが作ってるなら、もう倒した魔物をそのまま放置するのは危険だね。
今後、こんなことが起きない様に、倒した魔物は処理しておこう……
「どういうことだよ!!」
仮面とローブを身につけた男は叫ぶ。
「おい! どういうことだ! ゾンビは倒す術が無いって言ったよな!?」
『そのはず、なんだけどね……私にも予想外だ』
「ふざけるな!!」
男は手に持っていた本を地面へと叩き付け、足で何度も踏み荒らした。
『よせ、私が居なくなったら、困るのは君だぞ? どうやって、あの体で生き続けると言うのさ?』
「チッ!」
『……だが、あの女は厄介だ……あの光、あの魔法、いったい何者なんだ?』
男は興奮したまま本を手に取ると、鞄へと押し込んだ。
『土ぐらい……払ってくれても良いだろうに』
「うるせぇ!! 」
『ともかく、今は戻るしかないねぇ、暫らくは動けないよ』
「分かってるよ!」
それだけ呟くと、男は闇へと溶けた。
若い兵士さんは満足をしたのか、走って街の中へ消えて行く、妹さんが結婚したってことを言ってたし、多分、妹さんの所に行ったのかな?
僕たちは、過ぎ去って行く彼を見送った後、宿へと戻ろうとしたんだけど……
「ギルドを追い出しただけじゃない! ゴブリンの大群も、正体不明の魔物も倒しちまうなんて! やっぱり、お嬢ちゃんは大魔法使いだ!」
「え、あの……」
「リラーグに女神が現れたんだ! いや、これが噂に聞くエルフか? 俺たちは幸運だ! この街に生まれて良かった」
「だから……僕は魔族で……」
押し寄る門兵はドゥルガさんが遮ってくれたものの、必死に手を伸ばし、僕の手を握ろうとしてくる。
フィーはその手を何度も払い、僕をなんとか守ろうと必死になり、シュカはいつの間にか向こう側でゆっくりとしていて……
結局、僕たちが宿に戻れたのは、それから暫らく掛かった。




