63話 リラーグへの帰還
苦戦しつつもグリフィンを倒すことが出来たユーリは、負傷の為、魔法が解けてしまう……
空から落ち絶対絶命かと思われた彼女を救ったのは……フィーナの召喚した精霊「シルフ」だった。
命を繋ぎ止めたユーリはシルフによって怒られるがその言葉が聞え対話が出来たことに喜びを覚えつつも、最初の会話に不満を残すのだった。
グリフィンを倒した僕たちは森に戻らず、リラーグへ戻ることにした。
理由としては、リラーグの方が近くなってしまったのと、フィーの防具の新調。
……それに、ギルドの人たちが街に向かっているかもしれないし、もし、着いていたら彼らは町に入れないことに苛立ちを覚え騒ぎを起こすかもしれない。
その心配もあって戻ることにしたんだけど……
「……あの、フィー」
「ごめんね? なんか、居心地良いみたい」
僕に罵声を浴びせながら髪を引っ張っていた、精霊は疲れたのか僕の髪をベッドと布団にしながら、寝息を立てている。
「ユーリ、精霊の声、聞こえた?」
「う、うん、嘘吐きとか、馬鹿とか、色々聞えたよ」
本当に悲しいぐらい酷い初会話だ。
もっと楽しい話がしたかったなぁ……というか、今回は僕が自分の意志で魔法を解いた訳じゃないのに……
「でも、ユーリ、凄い」
「凄いってなにが?」
「普通、精霊は人には懐かん、俺たちはエルフ様の騎士だ。エルフ様は勿論、その部下たる精霊も敬うべき相手であり、森族にとっては家族同然だ」
「うん、そうだねー、だけど……魔族は違う、魔法は精霊達とは関係無しに風を起こし、火で大地を焼くからねー、精霊は怖がって人族には懐かないんだよ?」
そう、なんだ……
確かに、魔法は恐ろしい力だ。
僕が知ってる魔法が少ないだけで、ナタリアならきっとグリフィンを簡単に倒せるはず。
精霊が怖がるのは当然だよね……
声が聞えないのも、そういった理由があるのかな?
「でも、ユーリとナタリーのことは好きみたいだよー」
「良かった、今回ので嫌われたかと思ったよ……」
僕たちがリラーグへ向け進むこと、どの位の時間が経ったのだろう……
リラーグが見え、僕たちの目に映る町は徐々に大きくなっていく、いつも通り門兵が立っていて……彼らは僕たちを見るなり礼をした。
「これは皆さん……お帰りなさい、その方は?」
「えっと、森で出会ったんだ。それよりも、ギルドの人たちって戻ってきたの?」
「ギルド? いえ、そんなことは無いですけど……」
え……戻ってない?
でも、あのグリフィンはこっちに向かってたってフィーが……
「グリフィンがこっちに向かってたの、一応、警戒しておいてくれるかな?」
「了解いたしました! 全ての門で警戒をしておきます。もしもの時はお力を借りると思いますので、ご協力お願いいたします」
それだけ僕たちに告げると、彼は中へと声を掛け門を開いてくれる。
ドゥルガさんは僕たちがその身柄を保証しているから、良いってことで特になにかを聞かれることも無く、彼の入国料だけ払い、酒場へと戻った。
「いらっしゃ……三人とも戻ったのかい、クロネコくんが居ないようだけど……その方は?」
流石にドゥルガさんの背の高さに驚いたのだろう、ゼファーさんは彼を見て驚くと、ぎこちない動きで僕たちの方を向きそう聞いてきた。
「はい、クロネコさんはまだ動ける状況じゃないので、村で療養してます。この人は……」
「ドゥルガと言う、オークの戦士だ……村ではユーリたちに世話になり、彼女の騎士を勤めることを申し出た」
オークという言葉に酒場の中はざわつく。
だが、その背以外の見た目がオークとかけ離れてしまった彼のことを周りの人々は魔族と解釈し、オークに拾われて、彼らが気を利かせて僕たちに人の里に戻るよう告げたのだ、と結論付けた。
勿論その会話は彼に聞えており、不満そうにオークだ、と反論していたが……
顔なじみのおじさんが彼の近くに行くと、背中を叩きながら笑い。
「おいおい、見た目こそは俺たちと同じだが。育ての親はオークらしいじゃないか、本人がオークって言ってんだ! あんま否定するもんじゃねぇ、なぁ兄ちゃん?」
おじさんは店内の客に呼びかけ、持っていた酒をドゥルガさんに勧めた。
「さっきから言っている、俺は――」
違う、そうじゃないとドゥルガさんはなお反論を続けようとするが、おじさんの言葉でそうだなっと納得をした酒場の人たちは、僕たちの新たな仲間に対し歓迎の声を口にしだした。
「……これが人の里の理なのか?」
「あはは……ドゥルガさん見た目変わったからね、でも、下手に警戒されなくて良かったよ」
その後、僕たちはお客さんに混じり、食事を済ませ……
「あの、ゼファーさん?」
「じゃ、左奥のお客さんに、この果実酒を持って行ってもらえるかい?」
「はい、あの……」
「頼んだよ」
……る前に、僕たち三人……
いや、僕とフィーは、あの制服でお店を手伝っていた。
シュカはこの前のお客さんに早々に引き取られ、ドゥルガさんは歓迎され、今は彼を囲むおじさんたちになぜか兄貴と呼ばれ、お酒を飲んでいる。
お腹減ったなぁ……
「お姉ちゃん! 早く酒を持って来てくれるかい?」
「あ、すみません!」
果実酒をお客の前に出すと……彼はジロジロと僕を舐めるように見つめる。
正直この格好は恥ずかしいし、やめて欲しいんだけどなぁ……
「うん」
一通り見た後、彼は納得したかの様に何度も頷くと……
「仕立てたかいがあったな……強いて言えば……もう少し下は短くても良かったか?」
「…………」
この人が作ったのか、この服……っていうか、これ以上短いと色々と危ないんですけど?
「いやぁ、三人とも当時いた子たちより可愛くて目の保養になるよ。うん、背中も、もうちょっと開いた方が良かったかな?」
あー、うん、この人完全に酔ってる。
どうしようか僕が困っていると……彼は「ちょっと良いかい」などと言って、僕に手を伸ばして来た。
困ってたこともあり、反応が遅れた僕は咄嗟に避けようとするが、間に合わず……彼の手が僕に触れるか触れないかの所で、彼は後方に吹き飛ぶ様に倒れた。
「……え? な、なんだ?」
しん、と静まりかえる酒場の中、男の声だけが響く。
『ゆうりに、なにしようとした!!』
すぐ近く具体的には頭の上で騒ぐのは、先ほどそこで寝ていた精霊シルフ、どうやら彼を敵と判断して攻撃したみたいだ。
でも、ちゃんと加減はしていたのか、倒れるだけに留まった男は目を丸くし、僕の頭に乗る具現化した精霊を見ていた。
「シルフ!? 駄目だよ?」
慌てたフィーが駆け寄るも、シルフは僕の頭からふわりと浮くと……
『気持ち悪い風を起こしてた、なにしようとした!?』
男に向かって叫ぶが、勿論、彼には聞えないだろう。
なにか、言っている風にしか見えないのは僕もそうだったから分かる。
ただ、精霊を初めて見たのだろう……彼は、なにを思ってか震える手をシルフへと伸ばす。
「シルフ!」
嫌な予感がし、慌ててシルフを掴み胸に抱き寄せると男は高揚した顔で……
「それ、精霊か? 凄いじゃないか! どうだ? 金貨十枚、いや十二枚で」
「……シルフは物じゃありません」
「良いじゃないか、俺はここのお得意だ、色々荷も降ろしてる! どうだ? ゼファー! 今度から荷の代金も安くしよう」
店主であるゼファーさんにそう言う彼に対し、フィーがピクリと反応をする。
当然だ、フィーたち森族と精霊は親しい。
だけど、今回は彼女だけじゃない、精霊を敬うべきと言っていたドゥルガさんも大きな音を立て椅子から立ち上がり、横を向いて見るとシュカまでもが睨みつけ、鋭い視線が彼へ突き刺さっていた。
そんな中、状況が理解出来ていないシルフは僕に離してと訴える……
「シルフ、悪いけど、離れないで……」
『……ゆうり?』
この人はなにを言っているのだろうか? シルフを売れ? 渡すとか物扱いするのはごめんだし、お金なんかで彼女たちは買えない。
「なぁ、ゼ――」
「いくら出してもらっても、シルフは仲間です、売るなんてしませんよ」
「あのな、君たちは雇われてるんだろ? ゼファーが売れといったら売れ! 良いか? 俺はこの店に食料や備品を売ってやっているんだ、ゼファーいくらで売る?」
男は僕の話を聞かずにゼファーさんへと交渉を持ちかける。
恐らく、僕には言っても無駄だと思われたんだろう……
「すみません、オーフェル様、精霊は彼女の言っている通り、売り物なんかではありませんので」
だが、ゼファーさんの答えは男が望む物ではなく、僕たちと同じ主張だった。
「売れって言ってるんだよ? ほら、この店が繁盛してるのも俺の――」
「確かに、安く仕入れさせていただいてますが、それとこれとは話が別、さぁ皆さん飲みなおしましょう! ユーリちゃん、フィーナさんも今日はもう良いよ、こっちに来て食事を取ってくれるかい」
パンっ! っと手を合わせ声を張りゼファーさんがそう言うと、他のお客さんたちはやがて騒ぎ始め、なにもなかったかの様に酒や食事を再開する。
納得はいかないけど、ゼファーさんが良い人で良かった。
そう思いながら僕はフィーへと近づくと、彼女も複雑な顔を浮かべはしたものの一緒にカウンターへと足を運んだ。
これで話は終わり……だったのに、男は一際大きい音を立てると拳を握りゼファーさんを睨む。
「俺の言ってること、分かってないのか? 売れと言ってるんだ!」
「先ほども言った通り、精霊は売り物なんかではありません、この話はそれで終わりのはずですが?」
「分かってないな……それに話もまだ終ってない、金貨何枚だ?」
「……理解していないのは貴方でしょう、残念ですが、取引は今後無しの方向でお願いします……後、私にとっても精霊を売れなど、非常に不愉快だ」
僕に向けられた訳でもないのに笑顔のまま、冷たく鋭い物へと変わったゼファーさんの声は首筋に鋭利な刃物を当てられてる感覚がし、思わず息を呑む。
なに、これ? 怖いとか、そんなレベルじゃない、もし、これを僕に向けられたら……腰が抜け立てなくなって逃げれない。
必死にもがいて、逃げようとしても……無理だ。
「……ぁ……ぁあ?」
情けない声は僕の口からではなく、後ろの方から聞こえる。
恐らくは……あの、オーフェルとか言う男からだ。
「帰っていただけますね?」
口調はやんわりといつも通りのはずのそれは、やはりどこか冷たくてナイフのようで……どのぐらい、時間が経ったのかも分からなかったけど……
やがて、ドアの開く音とその後に響いた締まる音を最後にゼファーさんはぐるりと店内を見渡すと……
「すまないね、さぁ! 今日は私のおごりだよ、存分に騒いでもらえるかい」
っといつもと同じ様に言った。
その後、本当に何もなかった様に宴は続き、僕たちは部屋へと戻った。
戻る際にゼファーさんに呼び止められ、手紙を渡された時に言われたことは……
「皆、今日のことは忘れるんだ、良いね?」
という言葉で、フィーは誰も精霊を渡そうとしなかったことが嬉しかったのだろう、上機嫌で頷いた。
ドゥルガさんも納得はいかなかったみたいだけど、彼に対し報復はしないでくれるらしい。
因みにドゥルガさんは彼の為に部屋を借りたはずなのに、なぜか僕たちの部屋の前で門兵みたいに立つと、ここで良いと言い、今もそこで立っているだろう。
二日ぶりに帰って来た部屋で僕はナタリアの手紙を開けると、フィーはすぐ傍に寄ってきた。
「ナタリーの手紙になにが書いてあるの?」
「うん、今、読むよ」
手紙に書かれていた内容はこうだ。
まずは僕たちの体調に関しての質問、それに加え前にシュカを連れて行くかもしれないと書いておいたので、それの返事だ。
どうやら、部屋を一つ当ててくれるらしい。
流石、ナタリアだ。これでシュカも屋敷に住める。
あ、後でドゥルガさんのことも書いておかないといけないよね……
そして、前に聞いた、アーティファクトに自立した意志があるかどうかだけど……
『理論上はある、だが、それには途方も無い年月を費やすか、あるいは人をアーティファクトに加工するか、誰かを思い続けながら使い続けた物のどれかだ。なんにせよ、その自立した意志がユーリに敵意を持っていないのなら耳を傾けろ、ユーリを守ろうとしてくれるだろう』
「……ソティルはどんな感じなの?」
「敵意は無い感じだよ、その場にあった魔法を提案してくれるし」
ナタリアがそう言うなら、そうなのだろう……確かにソティルには僕に対する敵意は感じられない。
でも、逆に敵意を持つアーティファクトってあるの?
『肯定いたします。敵意を持つ場合の理由についてですが、その所持者に成り代わる場合が主な理由です』
成り代わる?
つまり乗っ取るってだよね。
『はい、私たちアーティファクトは自分自身では魔力、精霊力を持ちません。ですが、所持者の肉体を手に入れれば別です。
なるべく無傷で所持者を殺し、その肉体に己の精神を入れ、成り代わるのです』
う、うわぁ……凄く怖いことをさらりと……
『ご安心下さい、私はご主人様に成り代わる意味がありません、私は貴女の忠実なる魔法でありたいと考えております』
うん、これからも頼りにしてるよソティル。
『はい、ご期待に沿える様、魔法をお創り致しますご主人様』
「ユーリ、それは、平気?」
「うん、大丈夫、ソティルはやっぱり、僕に敵意が無いみたいだよ」
フィーとシュカは僕の言葉に、ほっと溜息をつく。
二人には声が聞えないから、心配してくれてたんだろう。
「さて、早いうちに返事を書いておこうか」
「うん、そうだねー」
シュカがベッドへと倒れこみ、僕とフィーが手紙を書こうとペンとインクを用意した。
二人でなにを書くか話し合っていると、音がする。
勿論、部屋からじゃない、なんだろう? やけに何度も聞えるけど……これ、鐘の音!?




