62話 グリフィン
ユーリがナタリアを救おうと言った翌日、起きるとそこには見知らぬ男性がおり、ユーリたちは警戒をする。
だが、その男はエルフに姿を帰られたドゥルガだった。
目を回したシュカの為、服を着て戻ってきたドゥルガはユーリたちに伏せろと叫び声を上げると、テントは吹き飛び……空には巨大な魔物グリフィンの影。
どうやらグリフィンはリラーグに向かっているようだが?
森を抜けた僕たちはグリフィンを追いかける。
いくら遅いとはいえ、僕たちではいずれ疲労し、追いつけないだろう。
「ユーリ、どうするんだ」
「さっき言った通り、僕が魔法で……浮遊で近づいて、一応身を守る為に光衣、そして火球で落とすよ」
翼を焼いてしまえば、あの巨体を支えるのは無理だろう、地面へと落ちた所を皆に頼めば……
「三つの魔法って大丈夫なの? この前、疲れてたみたいだけど……」
「合成じゃなきゃ、大丈――」
『忠告します。三つの魔法の保持、使用にはご主人様のお身体に負担が掛かります、移動をしない条件のもとで確実に一回で仕留められる場合を除き、危険が生じます』
そ、そんなこと言われても、流石にあの距離じゃ空を飛ばないと当たらない、攻撃を避けきれない時の対策も必要で……勿論、動き回るだけで落とせることは無いんだよ?
『ご主人様の浮遊でしたら、グリフィンより速く精密に動け、回避が十分出来ることを肯定いたします。それと、もしご主人様が一撃で仕留めるのを失敗した場合ですが、ご主人様は勿論、フィーナ様たちにも被害が出る可能せ――』
「わ、分かったから!」
ソティルは長々と頭の中へ声を響かせ、僕は堪らず彼女の言葉にそう答えた。
当然、ソティルの声が聞えない皆は、突然声を上げた僕に驚いた顔をする。
「ユ、ユーリ? 急に声をあげて、どうしたの?」
「三つの魔法の保持、使用は危険だって、ソティルに今忠告された」
「それなら、どうやって、落とすの?」
……多少危険だけど、確かにソティルの言っている通り、グリフィンの動きに注意すれば避けれそうではある。
「やることは変わらないよ、飛んで落とす」
僕は詠唱を唱え、自身に浮遊かけると空へ舞い上がる。
「フィーたちは少し離れて、グリフィンが落ちるのを待ってて」
「ユーリ……無理だけは駄目だよ? 気をつけてね?」
心配そうに僕を見上げるフィーは、なにかを迷う様に服に手を入れたり、出したりしている。
どうしたんだろう? とは思ったけど……僕は彼女に頷くと巨鳥へ向け空を駆けた。
言葉を掛け、フィーナは迷う……木彫りのお守りを渡そうかと……
だが、一度フィーナの命を繋ぎ止めたそれは、すでに壊れ……
今、彼女が持っているのは、ユーリがこっそりと忍ばせた物だ。
ここで渡せば、万が一のことがあってもユーリは助かるかもしれない。
だが、あくまで受け取ってくれればの話だ。
彼女が迷う中、ユーリは力強く頷くと、彼女の何十倍もあるであろう巨鳥へと向かって行った。
「す、凄い風、結構離れてるのに……」
グリフィンへ近づく中驚いたのは、魔物が羽ばたくと発生する突風だ。
このままでは、風に翻弄されてまともに飛べないと判断した僕は……その場から離れると、グリフィンの後ろへ回る様に飛ぶ。
「ふぅ……」
ようやく落ち着ける場所にたどり着いた僕は、グリフィンを見据えながら、詠唱を紡ぎ出す。
「焔よ我が敵を焼き払え」
卵を奪われ、怒り狂っているのだろうグリフィンには悪いとは思うし、元々は僕たちが原因だって言うのは分かってはいたけど……このままじゃ罪が無い人まで巻き添えになってしまうんだ……
僕は心の中で目の前を飛ぶ巨鳥へと「ごめんね」と呟くと魔法の名を口にした。
「フレイム、ボール!!」
現れた火球は今まで僕が使っていた物とは違い、球体を描き現れる。
スプリガンと戦った時はもっと凄かった気がするけど、まぁ……今まで出来なかった訳だから、それに比べたら十分すぎるぐらいだ。
「当たれ!!」
僕はグリフィンへと狙いを定めると現れた火球を投げつけた。
「……へ?」
間の抜けた言葉を発するのは……勿論、僕だ。
ゆっくりと飛んでいたグリフィンは、火球が当たると思われた所であろうことか、その翼をたたみ重力に身を任せ落ちた。
そして、僕の魔法を避けると再び翼を広げ、目標を失った火球を羽ばたき一つでかき消す。
「そんな、避け方ってありなの?」
僕の言葉にまるで、ニヤリと笑うかの様にゆっくりと巨体をこちらに向けたグリフィンは……その凶器じみた突風を僕へと向けて放つ。
「うっ、くぅ……うわぁぁぁぁぁ!?」
なんとかその場に留まろうとする僕だったが耐え切れなくなり、風に翻弄される。
あの猛禽類の様な嘴と鉤爪も十分怖いけど、巨体から繰り出される突風もそれに負けないぐらいの恐ろしさだ。
その証拠に飛ばされる中、必死に詠唱と名を呟くと、新たに現れた火球はその形を保つことなく、すぐに消えてしまった。
「嘘、でしょ?」
いくら魔法がまともに出来ても、消滅させられたのでは意味が無い。
まだ余裕があるとはいっても、使い続ければ無駄に魔力を消費するだけだ。
風にどのぐらい飛ばされたのだろう? 正直に言うと、浮遊を使ってここまで自由に飛べないのは初めてだ。
「……あれ?」
グリフィンがいるであろう方を振り向いた僕だけど、そこにはあの巨大な四つ足猛禽類の姿は無い。
まさか、こんな所で迷子スキルでも発動したの!? っと慌てて一週ぐるりと回って見てみるけど、どこにもいない。
僕は変な所にでも飛ばされたのだろうか? いや、それは無い。
結構飛ばされたみたいだけど、遠めには禿げた森が見える。
あれは、さっきまで僕たちがいた森のはず……
「……ん?」
辺りが急に暗くなり、雲でも出てきたのかな?
それにしては、なんか嫌な予感がする。
恐々と僕は頭上を見てみると――
「――ッ!?」
僕の真上辺りにはグリフィンがいて、僕が見た時にはその羽をたたみ急降下してきている。
僕を押しつぶそうとしてるの? いや、違うあの鉤爪で引き裂く気だ!
慌てて避け様とする僕だけど……無情にもその巨体は僕へと迫る。
大きい分、下手に飛ぶより落ちる方が速いみたいだ。
間に合わない……!
そう、判断した僕の目に、ふわりと浮く物が見えた。
グリフィンの羽根だ。
いつの間にか抜け落ちたんだ……
ああ、そうだ、あれを利用すれば……もしかしたら――
「我が意に従い意志を持て! マテリアルショット!」
羽根へとその魔法をかけた僕はそれを垂直に落とす。
グリフィンより速く落ちたそれは、巨鳥へと当たることなく僕と同じ高さに来た。
だけど……それで良い、狙いはグリフィンじゃない……
もう眼前へ迫りつつある鉤爪を前に、羽根を僕へと向け飛ばす。
落としてきた時にグリフィンより速いのは実証済みだ。
鉤爪が僕を捉える前に、僕は自身の魔法により吹き飛ばされた。
「っ!? ――か、はっ!?」
痛い、ものすごく痛い!! 羽根だから、柔らかいかも……なんて安易な考えだったかもしれない……
それに、防御なんてしてる余裕無かったから、モロに自分の魔法を受けたってことになる。
生きてるだけマシとは言え、どうする?
同じことをやって、もう一回避けるなんて耐えれない。
どうにかして……あの翼の片方だけでも……
でも、魔法がかき消されたら……ん? そうか、当たらないなら……それを見越して……
「けほっ……はぁ、はぁー……ふぅー、よし」
大丈夫、声は出る。
グリフィンは避けられたことを知って、翼を広げるとゆっくりこっちに向かってきた。
あの、遅さなら間に合う、はず……!
「撃ち放て、焔の弓矢、フレイムシュート」
現れた紅蓮の炎に包まれる弓を手にし、弦にあてがう炎に包まれた矢を見て弦を引き絞る。
「ぅ……っぅ……」
先ほどの痛みはまだ続き……僕は奥歯を噛み締め、痛みに耐えながら羽へと狙いを定め……矢を放つ。
だが、グリフィンは羽を一回羽ばたき、火矢を軽々と落とすとゆっくりとこちらへと向かってきた。
そして、再びその翼で起こす風を僕へと向けようとしたのだろう、大きく広げた翼に赤く揺らめく矢が突き刺さる。
やがてその炎は燃え広がり、グリフィンは熱さに悶えた。
「や、った……」
当たったことに安心してしまったからなのか、それとも痛みの所為なのか、分からなかったけど、僕の体は重力に従い真っ直ぐと落ちていく。
魔力切れ? いや、まだそんな感じでは無い。
早く、浮遊をかけ直さないといけないのに、口は動いてくれず……ただ真っ直ぐに落ちた。
僕の目に映るのは、方翼が燃え尽き、空へ滞在することが出来なくなった魔物が、僕同様……真っ直ぐと落ちるさまだ。
『ご主人様、詠唱を……』
駄目だ、口が動かない。
まだ、魔力はあるのに詠唱が出来ないんじゃ……魔法が使えない。
ごめん、フィー……
共に落ち行くグリフィンを見つめていた僕は……瞼を閉じる。
このまま死んでしまうんだろう、そう思って後悔したのは彼女とした……ナタリアを助けるって約束。
そして、なにより……最後になってしまったのに、ちゃんと別れを言えなかったことだった。
もう、そろそろ、地面だろうか?
やっぱり痛いのかな? 死にたくない。
震える目を……瞼を持ち上げ、僕はそう願う。
すると、僕の目の前に以前に見たことのある顔があり、彼女は憤りを隠せていない顔で僕を覗き込んでいた。
彼女は怒ったまま、小さな手で僕の服を掴む。
すると、背中からなにかが僕を持ち上げる感覚がし、僕は、空へと戻った……
「シ、ルフ……?」
辛うじて出た僕の呟きと同時に、下で大きな音がする。
見てみるとグリフィンが地上へと落とされ、立ち上がろうともがいていた。
だが、その願いは叶わず、シュカにもう片方の羽を裂かれ、ドゥルガさんの斧でその首を落とされると、痙攣をし……動かなくなった。
僕は見当たらない彼女を探す、するとすぐに見つけることが出来た。
彼女はこちらを見てほっとした顔を浮かべると、その両手に僕を受け止め地面へ横たわらせてくれた。
「無茶はしないでね? って言ったのに」
その言葉に僕は生きていたことと、また話が出来ることにほっとしつつも、それは、お互い様だと思うんだけどなっと思った。
服を掴んでいたシルフは僕の前に姿を見せると、前と全く同じように髪を引っ張り始める。
「いっ!? 痛いって!」
「シルフ!? ユーリ怪我してるみたいだから、駄目だよ?」
髪を引っ張るシルフを慌てて止めようとするフィーの手をするりと抜けた彼女は、フィーの目の前に行くと僕を指差して訴えた。
『だって、嘘ついたんだよ!? もう二度とやらないよ、約束するっていうか、やりたくないよって言ったのに!』
そ、そんなこと言ったかな?
『肯定します、依然ご主人様がギルドへと調査に向かった際に発した言葉です。私はまだご主人様との対話ができませんでしたが、彼女にはしっかりと言っておりました』
そ、そうだったけ?
あの、ソティル?
『なんでしょうか?』
なぜ、貴女まで怒った様に言っているのでしょうか?
『ご主人様から人の感情”怒り”を読み取り、再現しております、私はご主人様の魔法です、貴女様が居なくなっては困りますので、再現いたしました』
今後は気をつけます……
『はい、お願いいたします。今のお身体の状況ですが、早く治療することを提案いたします』
そ、それもそうだね……一応口はなんとか動くし、治しておこう。
「傷つきしものに光の加護を」
僕は言われるがまま、ヒールの詠唱を唱え……自身のお腹へと手を当てる。
これって、自分にも効くんだ……本当助かるよ。
日本の中古本を取り扱ってる店で見た漫画では……確か、自分の体は治せなかったはず。
それを考えれば、この魔法が使えるだけで安心に繋がるよね。
「ヒール」
痛みが引き……ヒールの魔法に素直に感心する中、頭へと響く声は……
『ところで、ご主人様、先ほどフィーナ様が怪我をしてるんだからっと仰っておりましたが、怪我をしていないのならば、シルフ様がなにをしても良いってことで宜しいでしょうか?』
僕にしか聞こえないはずの声で、淡々と言うソティル。
嫌な予感がし……ふとシルフの方へと目を向けると、魔法で治したことを見て分かったのか……
『ユーリ元気になったから、フィーはもうなにも言えないよね』
そう告げる、シルフの声が聞え……
縋るような目でフィーを見るものの、彼女は僕とシルフから目を逸らし……
「え、あ……それは、その、ね?」
歯切れの悪い感じで答えになってない答えを発した。
折角、エルフに精霊との対話が出来るようにお願いしたのに、初めての会話がこれって……あんまりだよ。




