61話 襲来
森に雨を降らせたユーリのもとに二人のエルフが訪れる。
ユーリはそのうち一人に見覚えがあった。
フィーナを助ける為の魔力をくれたエルフであり、彼女たちはユーリたちに褒美はなにが良いかと問う。
シュカは防具、ユーリは精霊との対話と答え、フィーナが望んだものは……ナタリアへ掛けられた呪いを解くことだったのだが、それは無理だと言う。
だが、ユーリのもつ魔本ならそれが可能と知ったユーリは彼女に告げた。
ナタリアを自分たちで救おうと……
ナタリアを助けることを決意した後、フィーがエルフへと頼んだのはクロネコさんの薬で、彼女たちは光の中からそれを僕たちに渡すと去っていった。
ドゥルガさんにもなにか渡すようだったし……多分、彼の元へと行ったのだろう。
「ふ~ん、ふふ~~ん、ふふふ……」
エルフが来た時には不機嫌だったフィーは、すっかり機嫌が治ったみたいで尻尾を振りながら、鼻歌混じりの笑顔になっていた。
「フィー、なんかご機嫌だね?」
「んー、そんなこと無いよ?」
僕が声をかけると、そんな分かりやすい嘘を付きながら、フィーは更に尻尾を振り乱し、そろそろ寝ようか? っと一言僕に告げると、そのまま僕を抱き枕にして横になった。
うん、ご機嫌になったのは良いんだけど……その、なんか以前にもまして恥ずかしいな、これ。
「おやすみ、ユーリ」
「うん、おやすみ、フィー」
「……寒いのに、暑苦しい」
なんだか、シュカにジト目で見られた気がするけど……
いつものことだと思い、僕は無理やり夢の中へと入りこむ為に瞼を閉じた。
朝、僕たちが目を覚ますと、そこには上半身裸でやけに筋肉質な魔族の男性が立っていた。
はて、この人は誰だろう?
僕が目を覚ました時にいるってことは……多分、クロネコさんの知り合い?
違うなら、寝込んでいる所を入ってきたことになり、危険な人かもしれない。
とはいえ、彼は襲ってくる様子も無く腕を組んで、こっちを見て立っているだけだ。
髪型はボサボサで、茶髪っと言った感じで、無愛想な顔に背丈は人とは思えないほど大きい……オークぐらいはあるんじゃないのかな?
それと、なんか服は見た覚えがあるんだけど……
「……誰? ユーリ、下がって」
同じく目を覚ましたフィーはこの異様な状況に対応したのだろう、立てかけてあった大剣へと一瞬目を向けるが、すぐにその目を男へと戻す。
仕方が無いだろう、彼女の武器があるのは男の傍だ。
取りに行きたくても行けない。
そもそも、あの男の鍛えられた身体なら、フィーの剣を使えそうだ。
下手に刺激をして、攻撃をしてきたら危ないな……どうにか魔法で……
「……今日は、もう終わりか?」
だが、僕たちの警戒を気にしていないのか、男は良く分からないことを言ってきた。
今日は、もう終わり? なんのことだろう。
それより、ここまでなにもしてこないってことは。
「……あの、もしかして、クロネコさんの知り合いですか?」
僕は未だ腕を組む男へとそう聞くと、彼は自身の姿を見下ろし……なにかに気が付いた様な顔を浮かべると姿勢を変えず、顔だけをこちらへと向きなおし……
「ドゥルガだ、エルフ様の騎士を辞退し、お前たちについて行くと言ったら、こうなった……」
「「はい!?」」
僕と、フィーは揃って声をあげる。
言われて見れば声はドゥルガさんだ……随分、流暢な言葉遣いになっていて分からなかったけど……
多分、それは恐らくエルフのお陰なんだろう。
「二人とも、今日は、早い」
思わず出した声にシュカは目を擦り、顔を上げた。
「…………!?」
すると、シュカはドゥルガさんを見て、大きな瞳を小さくし、固まった。
心なしか目の焦点が合っていないのは……気のせいなんかじゃないだろう。
「起きたら、筋肉、……」
「シュカ!?」
それだけ呟くとシュカは目を回し倒れ、名を呼び、肩をゆすっても、うなされるだけとなった。
「む、どうした?」
「シュカには……その、刺激が強すぎるみたいだから、上になにか羽織って……」
「分かった、家に戻り探してこよう」
ドゥルガさんがテントから出て、歩いて行くのを僕たちは呆然と見送った後、僕はあることに気付く。
「エルフって、姿形も変えれるの?」
「う、うん……お伽話でよく、森族に恋をした魔族が森族になるけど……本当なんだねー?」
……つまり、僕もしかして、男に戻るチャンスを見逃したってこと?
いや、でも……
僕は未だ目を回し、筋肉が、裸が、とうなされるシュカと彼女ほどではなくとも、青い顔をし……苦笑いをするフィーを見て、戻らなくて良かったのかもしれないっと心の中で呟いた。
それから暫らくするとシュカが目を覚まし、着替えを済ませた僕たちのもとに、人となったドゥルガさんは汗をかきながら、再びテントの中に戻って来た。
び、びっくりした、もう少し早かったらちょっと危なかったよ。
「き、筋肉、また」
うん、今度はちゃんと上に羽織っているからか、二回目だからか分からないけど、シュカのダメージは低いみたいだ。
だけど、そんな僕たちを余所に彼は焦ったように声を上げる。
「伏せていろ!」
「え?」
どうしたの? っと言う暇も無く突風が吹き荒れ、テントは風に持っていかれる。
さっき危なかったって思ったところだけど、着替えるのが遅かったら、服まで突風に持っていかれてたことだろう、ちょっと湿ってるけど、着替えておいて良かったな……って現実逃避してる場合じゃないよ!?
「な、なにあの、鳥!? いや牛? あ、でも、頭が……」
「ぐ、グリフィンだね?」
あれがグリフィン!? いや、あのサイズはでかすぎでしょ!? 両翼を広げたら、リラーグなんてすっぽり入るサイズじゃないか、あんなのどうやって卵を回収するつもりなの?
確実に人一人や二人じゃ運べないよ。
「大丈夫、飛び去っただけ……」
シュカの言う通り、グリフィンは僕たちがいるオークの村には目もくれず、飛び去って行く……
ふぅ、あんなのとの戦いは避けたいなぁ……
「ゆ、ユーリ、あの方向……」
「ん? 方向?」
って言われても僕には方向が分からない、その魔法も結局ナタリアから教えてもらってなかった。
でも、只ならぬ事態が起きていることは、青ざめたフィーの顔から理解でき、そして、まさか……という気持ちが僕の中へ生まれた。
「リラーグの方?」
「うん、間違いない……リラーグに向かってるよ?」
そんな、あんなでかい魔物が街に行ったら……ひとたまりも無い。
でも、クロネコさんのことも心配だし、このまま放って置くのは……そうだ。
「フィー、エルフから貰った薬をアーガさんに、クロネコさんはオークに診てもらって、僕たちはリラーグに急いで戻ろう!」
「グリフィンは危険だぞ」
ドゥルガさんが言うことは理解出来る、あんな魔物見たことも無い。
あれ以上と言ったら本当にドラゴンとかそのぐらいなんじゃないか? って思えるほどだし、実際、怖い。
でも……
「街には知り合いがいるんだ、それに……」
僕は、巨大な身体を空に浮ばせ進むグリフィンを見て、指を指すと彼に告げた。
「そんなに早くない……走れば街に着くまでに追いつけるはずだよ」
「でも、どうやって、戦う」
「空に居るんじゃ、飛ぶしかないの?」
震えた声で僕に言うのはフィーだ。
確かにそれが良いかも知れないけど……空だとフィーは戦えないし、なにより地上と同じ動きが出来るとは思えない。
恐らく、地上以上の動きが出来るのは僕だけ。
「追いついたら僕が飛んでアレを落とす、そうしたら二人にお願いするよ」
「落とすって、空は危ないよ!? それに、もし失敗したらユーリが……」
「分かってる、でも……」
グリフィンがいる所は空、しかも、かなり高い場所だ。
少なくとも、僕が知ってる魔法では地上からは無理だろう。
でも、フィーが言ってることも最もだ、落ちたら終わりだし……
それでなくても、空を飛ぶ生物のグリフィンと……普段、地を歩く僕では不利なのかもしれない。
それを理解した上で、僕はもう一度グリフィンに指を向けフィーに言う。
「あの高さじゃ……流石に弓は勿論、魔法も届かないよ」
「それは、そうだけど……」
フィーは僕の言うことに、もごもごと言い淀むが、ドゥルガさんはそれに頷き肯定した。
「その通りだな、だが、一つ言わせて貰おう」
「ドゥルガさん?」
「先ほど二人と言ったが、俺を忘れてもらっては困る、ついて行く為にこの姿になったのだからな……」
腕を組み立つ巨漢はどこか頼もしく、彼がいれば、二人の負担も減るだろう。
「分かった、ごめんドゥルガさん、地上に落としたらお願いします」
「任せろ」
僕の言葉に彼は頷き答えてくれる……三人いればきっと大丈夫だよね……?
そう思う僕の目にフィーの不安そうな顔が映る。
「……ユーリ」
「もし、本当にリラーグに向かってるなら、シンティアさんやゼファーさんが危ない。大丈夫、きっとなんとかするよ」
「分かった、でも無理だけは駄目だよ?」
フィーは真面目な顔で、そう口にする。
僕は頷き……辺りを見渡すと一際目立つオークを見つけ、彼に向かって走っていく。
後ろから幾つかの足音がし、皆がついて来ていることを感じつつ、そのオークつまり、アーガさんへ声をかけた。
「アーガさん!」
「ユーリか、どうした」
「実は……」
僕は先ほど話したことを彼へと伝え、フィーの持つ薬を手渡すと、急ぎ村から出て森の中を走る。
リラーグに着く前に、グリフィンを倒さないと……怖いけど、もう誰も……あんな目には遭わせない。
僕が、いや……今、あれを止められるのは僕たちだけなんだ!




