60話 豊穣の精霊
朝、目を覚ましたユーリはフィーナに抱き枕にされていたことに安堵した。
どうやら、彼女はユーリたちが寝てしまった後に目を覚ましたようだ。
フィーナの無事を確認したユーリたちは村の復興に手を貸そうとするが、手伝いをさせてもらえず困っていた。
そんな時、オークの会話が聞え、精霊たちが少なくなっていることを聞いたユーリはイナンナで雨を降らせることにした……
どのぐらい雨は降り続けたのだろうか?
僕たちは雨の音を聞きながら……寝るまでの間、話をしていた。
ゆったりとした時間の中、眠気を覚えそろそろ寝ようかと言った時だ。
外は慌しくなり、僕たちに緊張が走る。
魔物? もしかしたら、また、スプリガンが攻めて来たのかもしれない。
僕は咄嗟に弓を手に取ると、二人も武器を手にし外をうかがう。
「……魔物、居ない」
「みたいだね? なにかに襲われるって感じじゃないみたいだよー」
「確かに……でもなんだろうこんな雨なのに騒々しいのが分かるなんて……」
目を凝らし、辺りを見るとオークたちは慌しく動き、だからといって彼らは武器を全く持たず。
代わりに持っているのは雨の所為でよく見えないけど樽やら、あれは……食べ物? の様な物を差し出すようにしている。
まるで、予想していない人が村に訪れたような感じだ。
「こっちに来るみたいだね?」
フィーにはなにか見えているのか、それとも精霊が教えてくれているのか、誰かがこっちに来ることを教えてくれた。
一体なにが来るのだろう? 武器は……一応持っておいた方が良いのかな?
でも、オークたちの様子はなんか違うんだよね……うん、やっぱり置いておいた方が良さそうだ。
「武器を置こう、多分……魔物では無いよ」
「警戒、しておいた方が、良い……」
武器を置く僕と、それに続いたフィーとは別にシュカは窘めるように目を細めた。
勿論、シュカの言う通り、警戒はしておいて損は無い。
僕は毛布を肩にかけると右腕を隠す。
「もし……なにかあれば、僕が魔法でなんとかする」
これなら魔紋は見えない、僕が魔法使いだとは分からないだろう。
「……分かった」
シュカはようやくナイフを置くと、外を凝視する。
僕も彼女の横に移動するとフィーが言った、なにかが来るのをじっと待つ。
「えっと……」
また、なにかあったのかフィーは僕たちの後ろで遠慮がちの声を上げる。
僕は彼女へと向き直ると、フィーは少し困った様な顔を浮かべていた。
「どうしたの」
「なんで……二人共、前なのかな? それじゃ、私が前に出れないよ?」
なんでって……
「フィーは病み上がりなんだから、大人しくしててね」
「治っても、戦えるとは、限らない」
それだけ言葉にした僕たちは、再び外への警戒へと戻る……
すると、先ほどまでは良く見えなかった来訪者がうっすらと見えてきた。
オークではない、どちらかと言うと僕たちと同じぐらいの身長で見える限りではほっそりしている。
だんだんとそれが近づくにつれ、僕はそれがなんなのか理解した。
「……エルフだ」
二人組みのエルフが来たんだ。だから、あんなに慌てて……
それに、確か右側にいるあの人には見覚えがある。
魔力を回復してくれた人だ……
彼女はゆっくりと確実に僕たちの方へと向かって来ていて、オークからなにか言われているが、それを手で制すると、ついには僕の目の前で立ち止まった。
『……ふむ、見れば見るほど普通の魔族みたいですね』
「え、あ……あの?」
戸惑っている僕を余所に、彼女は「ふむふむ」と呟きながら僕の顔を覗き込んだり、顔を傾け見てきたり、ぺたぺたと触ったりし、なにかを確かめているようだ。
『しかし、感じた魔力はやはり、こちらの可愛らしい魔族からのようですよ』
「へ? うわぁっ!?」
いつの間に後ろにいたのだろうか、同じ顔をしたエルフの女性は、やはり僕に触れ、なにかを確かめたようだ。
変な所を触らないだけマシだけど、エルフとはいえ、ほぼ初対面の相手に失礼なんじゃ?
「~~~~っ!!」
「フィ、フィー?」
なんか後ろにいるエルフの更に後ろから、只ならぬ気配を感じ、おずおずと僕は振り返ると、フィーはなぜかご立腹のようで尻尾をピンと立てていて。
その目は半分、瞼が下がっており……でも、口元は笑っている……なんと言うか笑顔が無い。
「ユーリ、なんか楽しそうだねー?」
「い、いや……楽しくは無いんだけど……」
未だ、触れてくるエルフを振り払った僕は、フィーの傍へと移動すると改めてエルフたちを見た。
あの時は意識が薄れかかっていたから、はっきりとはみれなかったけど、ドリアードと同じ緑色の長い髪にその瞳も翡翠のようで、その身に纏うドレスは所々に花が咲いておりまるで、森そのものをドレスにしたかのような美しさだ。
髪の色だけではなく、よく見ればどこと無く顔もドリアードに似ている、彼女が成長したら、こんな女性になるのだろうか?
「…………」
横から刺さる様なフィーの視線に冷や汗をかくのを感じつつ、エルフへと尋ねた。
「えっと、エルフさん? はなんでここに……」
彼女たちは互いに顔を合わせると、妖艶なまでの笑みを僕に向け、囁くように答えた。
『優しく麗しい人の子よ』『この度は森だけではなく、精霊に活力を与えた、その働きに……』
二人はそこまで口にすると、続く言葉は同時に紡がれた。
『褒美を与えましょう』
「へ? なんで……ですか?」
思わず出た言葉は本当にそれだけだった。
というか、僕はもう望む物は貰ったはず……
あの時、心の底から魔力が欲しくて、それを与えてくれたのが目の前にいるエルフの片割れだ。
だからこそ、フィーを助けられた訳であって、欲しい物って言われても、雨を降らせたのは寧ろ、僕からのお礼って意味もある。
『…………今、なんと?』
二人のエルフは僕の言葉が予想外だったのか、考えながら僕にそう尋ねてきた。
今、なんとって言われてもなぁ……
「あの魔法、イナンナ……雨のことなら、フィーを助けられたお礼って意味もあったし、精霊はフィーの仲間でしょ? 森があんな風になって弱ってるのは分かりきってるんだ……手を貸すのは当然じゃ?」
感謝されるのは確かに嬉しい……でも、気候を操る精霊は僕たちが生きていくうえでも必要だ。
いわば共存、それに精霊にはいつも助けてもらってるんだし、お礼なら寧ろ僕がしたいよ。
……って、あれ?
「そういえば、エルフも精霊、だよね?」
僕は横で膨れているフィーへと声をかけると、彼女は不機嫌そうに頷いた。
「なんで、会話できるの?」
「さぁ、なんでだろうね?」
な、なんか、フィーが怖い……
『会話、とは所詮、振動です』『空気を振るわせ、貴女の言語としているだけです』
「ああ、なるほど……じゃぁそれを使えばシルフとかと会話出来るのかな?」
『……褒美は』『なにが良いでしょう』
って、僕の質問に答えて欲しいんだけど……
「だから、お礼はいいよ。魔力回復してもらったので十分だし」
あえて言うならフィーの機嫌が治って欲しいけど、それは貰うものじゃない。
それとも、エルフには褒美をあげなきゃいけないって使命でもあるのだろうか? いや、それこそ無いだろう。
「ユーリ、勿体無い」
「そんなこと、言われても……お金は仕事で稼げば良いし、欲しい物はそれで買えば良いでしょ?」
『本当に、良いのですか?』
「うん、さっきも言ったけど、魔力だけで十分だよ。お陰でフィーは助けられたからね!」
僕がそう答えると、二人のエルフは揃って『そうですか』っと答えると今度はシュカへと向き直る。
『貴女の望むものは?』
「シュカ、貰えるの?」
ん?
『ええ、貴女は彼女の仲間、勿論そちらの森族にも』『貴女たちを護衛していた村の勇者にも』
『褒美を出しましょう』
「……お金、宝石」
シュカは少し考えると、そう答えた。
恐らく……とか、そういう言葉が要らないだろう、彼女がそれを欲するのは友人の為だ。
「シュカ、流石に大金は受け取らないと思うよ」
僕の言葉を聞くと、彼女は困ったような顔をした後に「変える」と一言言うと考え込む……彼女は困ったような表情を浮かべ、うんうんっと唸ると……
「鎧、軽いのが良い」
そう呟いた。
『鎧ですね、こちらをお渡ししましょう』
そう二人が両手を広げると、木製のライトアーマーが現れ、それはシュカの手におさまった……
『神木で作られた鎧です』『精霊の力が宿っております』
『その、見た目とは違い炎も防げましょう』
もしかして、これって……僕だけ貰わないってことだよね?
いや、魔力は貰ったけど……ちょっと急に惜しくなってきた気がする。
「あ、あの……」
『欲しい物があれば』『素直に申し出なさい』
う、うーん……欲しい物、欲しい物?
「精霊と、話すことって……出来る様になるかな?」
『……実体化した精霊と話せる様にすることなら、可能でしょう』
それなら、会話出来るようにしてもらおうかな? 一回というか、ちゃんと話してみたかったんだ。
『それで、良いのですか?』
「うん、お願い」
『本当に欲が無い、欲しい物が精霊との対話とは』『こんな魔族初めて見ましたね』
エルフの手からあふれ出る光は僕を包み込み……やがて、その光は僕の身体へ染み込む様に消えた。
これで、本当に精霊と話せるのかな? フィーの機嫌が直ったら、呼んでもらって話してみたいなぁ……
『貴女は……』『なにを望みますか? 愛しき、森の子よ』
「……本当に、なんでも良いの?」
未だ、少し膨れた様子のフィーはエルフへ尋ねた。
その言葉は微かに震えているようで、僕はそれが少し気になった。
『可能なら』『なんでも』
「知人に、太陽の下に出られなくなった人がいるの、治せる?」
「……え?」
太陽の下に出られなくなった? フィーの知人で太陽が苦手って……ナタリアのこと?
『呪いですか……』『人の生み出した負の遺産』
『それは、私たちには無理な話でしょう』
「そう、なんだ……」
エルフの回答に項垂れたフィーはどこか寂しげで、悲しげで……
「フィー、どう……いう、こと?」
彼女の様子がおかしいことに気がついた僕は震える声で聞く。
声にびくりと身体を震わせ、彼女はじっと下を見ているのだろうか? 彼女のハチミツ色の髪の所為で表情は見えないが、まだ震えた声で教えてくれた。
「ナタリーはね、元々、肌は弱かったの……でも、薬を塗れば大丈夫だったし、冒険もしてた」
「…………」
だから、フィーは時々、ナタリアの話をしてたのか……
確か、僕が精霊たちのことで怒った時も、ナタリアも同じことを言ったって言ってたっけ。
「でも、呪いをかけられて、太陽の下に出れば日に焼かれて死んじゃうし、太陽を避ければ永遠に行き続ける……歳も取れないんだよ?」
なんだって……あれ? でも、日の光にそこまで弱いなら、屋敷だって安全じゃないよね? 僕はそう思うが、ふとあのローブを思い出した。
変身すれば大丈夫、とは言ってたけど……それなら魔法で変化すれば良いんじゃないか……
「もしかして、屋敷や酒場には結界が張ってあるの? あのローブにも」
その問いに髪は揺れる。
フィーはきっと、今までもずっと方法を探してきたんだろう。
でも……ナタリアのことだ。
無茶をさせないよう、屋敷の中でなら大丈夫と言わせる様に結界を張って、あそこに生活をし始めたんだ。
余計な人が来なければ、結界が壊れる可能性も薄れる。
現に、あそこにいるのはナタリアとシアさんを含む数人のメイド……
「もう良いんだ……私の為に無茶をするなって、言われても諦めたくないよ」
やっぱり、思った通りだ……そう言ったんだ。
大方その後、言うことを聞かないフィーを魔法かなにかで窘めたに違いない。
「フィー……」
どうにかしてあげたい。
でも、答えが見つからない、呪いなんて見たことも無い訳だし、エルフにはどうにも出来ないみたいだ。
でも、雨の音が聞えるも濡れるはずが無いテントの中、フィーが見ている地面へと広がるそれを、見て僕はエルフへと問いかけた。
「なにか、その呪いを解く手がかりは無いの?」
『術者、本人が生きていれば或いは……』
「フィー……その術者は?」
声を出せないのだろう、辛うじて横に振る彼女には力が無く……
でも、確かに横に振り、もう……その術者はいないことを、辛うじて伝えてくれた。
他に方法は無いのかな? 術者ってことは、魔法の一種のはず、だとしたら……
ソティル、その呪いを知れば魔法は作れる?
『はい、ご主人様、私が術式さえ理解出来れば、可能性はあります……ですが、その呪いは今、誰が知っているのかも分かりません』
誰が知っているのかもってどういうこと?
『同じ呪いを昔、聞いたことがあります。ただ、私が知っているのは、アーティファクトとして存在しているっと言うことです』
つまり、量産が効かないたった一つの呪いってことか……でも、それさえあれば呪いは解けるんだね?
『ご主人様、その質問には先ほどの答えを繰り返します、可能性はあります』
分かった……なにも無いよりまし、それだけで十分だよ。
「なら、今の術者を探そう」
「探すって、だから……」
顔を上げたフィーはナタリアのことを思っているのだろう、涙でくしゃくしゃになっていた。
ナタリアはこんなにも仲間思いの人を泣かせて、心の中では悔しがってるんじゃないか?
「僕は、僕とソティルはこの世界で唯一、回復魔法が使えるんだよ? それを知れば治せるかもしれない」
そんなこと考えながら、僕はそう……口にした。
「…………」
『可能、かも知れませんね』
静寂を切り裂いた声はエルフの物だ。
彼女たちはクスリと笑みを浮かべると話を続けた。
『魔法とは魔族が作り出した忌まわしき技術』『それを打ち砕くのも、また魔族であるのは道理』
『ましてや、存在しなかった魔法を持つ者ならそれも出来ましょう』
最後は同時に声を揃え語るエルフは嘘を言っている風ではなく、たった今、ソティルも可能性としてはあるって答えてくれたんだ。
なら、なにも無いよりはマシ、やってみるだけの価値はあるはずだ。
「問題は、その魔法がアーティファクトってことだけど、どこにあるのか、だね」
「……ユーリ、なん、で知ってるの?」
「え? あ、そういえば、言ってなかったね」
僕は本を荷物から取り出す。
「この前から、頭の中にソティルって名乗る人の声が聞えるんだ」
「え? 本の声ってこと?」
「うん、僕しか知らないはずのことを、それよりも詳しく教えてくれたから、間違いないよ」
僕の言葉に、フィーもシュカも首を傾げ、困ったような顔を作る。
「ユーリ、頭、大丈夫?」
「アーティファクトは喋らないよ?」
あ、頭を心配された。
『なるほど、物体の精霊化ですね』
「精霊化?」
『本来、自然界にいるのが精霊、しかし、物に籠められた思いが強ければそれもまた、精霊と化す場合があるのです』
「でも、私には声が聞えないよ?」
確かに、彼女には風、木、様々な精霊の声が聞えるはずだ……なのに、ソティルだけ会話出来ないのはおかしい。
『恐らく、アーティファクトであるからでしょう。同調した者との対話が出来ても、他の者に干渉が出来ないのです』
「そういうものなのかな? でも、ソティルは出来るって言ってるの?」
「うん、術式を解読出来れば、可能性はあるって、だから……」
僕は息を吸い、フィーに向かってそれを言葉にした。
「僕たちでナタリアを助けよう!」




