58話 後編 木彫りのお守り
アーガに化けた二体のスプリガンの内、一体はこの世界でも嫌われ者である「アレ」へと変化し、ドゥルガの手によって倒された。
だが、もう一体は見たこともない化け物へと変化し……ドゥルガを吹き飛ばすと、ユーリへとその拳を向ける。
彼女の絶対絶命の窮地を救ったのは、他でもないフィーナであり、彼女はその細い体に拳を受けてしまうのだった……
「フィィィィィィィィ!!」
叫び声を上げると、スローモーションだった世界は突然動き出し、なにかが割れる音と共に僕の視界から彼女が消えた。
程なくして、彼女の剣は空から落ちてきて地面へと刺さり、それがまるで……考えたくも無い物に見えた。
『邪魔が入ったか、まぁ良い、二人目だ』
そう、口にした魔物は僕へと近づき……再び拳を振り上げる。
二人目ってことは僕たち全員が狙いだったんだろうか?
だけど、そんなことはどうでも良い、フィーは? フィーは大丈夫なの?。
いや、あの音だ、きっと……
信じたくは無い、でも……あんな勢いよく……
許さない……この魔物だけは許さない。
「我願うは、立ちはだかる者への水の裁き」
「ユーリ!」
僕へと迫り来る拳を見て、叫ぶシュカの声が聞えるけど……僕はごちゃごちゃと考える頭とは別に、口が勝手に詠唱を紡ぎ出す。
「ウォータージャベリン!」
処理しきれない脳が奇跡的に下した命令は一つの魔法。
かつて一度だけ、ナタリアが見せた彼女自慢の攻撃魔法。
無意識のうちに放ったそれは、水の槍へ姿を変え……スプリガンの胸を貫いたかに見えた。
『なにか、したか?』
だけど、この魔物はどうやら頑丈みたいだ。
早く倒して向かわなきゃ、結果を見た訳じゃないんだ。
まだ、助かるかもしれない! フィーを助けなきゃいけないんだ。
本は使えない……どうにかして……あの鋼みたいな皮膚を――
……鋼? 僕の目にフィーの剣が映る。
ああ、そうだ……堅いなら脆くしてしまえば良い。
単純だ……剣を作るには熱して叩いて冷やす。
だけど、それは同時にある危険も招く……それを、利用させてもらおう。
僕は自身に浮遊魔法をかけ機動力を得ると、今度は別の詠唱を唱える。
「……焔よ我が敵を焼き払え、フレイムボール」
魔法の名と共に現れた火球をスプリガンの胸目掛け飛ばした……
焔はスプリガンの胸板に当たると溶けるように消えていき、魔物にはなんの効果も与えていないことが分かる。
『魔法は凄いが、まるで効いていないぞ?』
魔物は依然僕を狙い、殴りかかって来るものの、浮遊魔法を使った僕ほど速い訳が無く、空振りに終った。
シュカまで、同じ目には遭わせられない。
微妙な距離を取りつつも、シュカに目が向かない様に火球を投げては避けるのを繰り返し、移動をしていると……
『ご主人様、魔力が残り少なくなってきています』
「……っ」
そう、ソティルに告げられた……
その声を聞いた僕は、舌打ちをし、詠唱と名と共に新たに作り出した火球を今まで何度も当ててきた所へと投げつける。
魔力に余裕が無いのは分かってはいたことだけど、ソティルからの忠告に焦りを感じつつも、僕は最後の魔法を唱え始めた。
「我願うは……」
『それは、効かないと言ってるだろう? まぁ良い好きなだけやれ』
よくもドゥルガさんを……
「立ちはだかる者への水の裁き!!」
よくも……っ!!
「ウォータージェベリンッ!!」
フィーを!!
魔法はイメージだ! 攻撃すると言う意志を持て……目の前の魔物を許すな!
アレは敵だ! 言葉を喋ろうが知能があろうがフィーを……!
「っ!! うぅ、く……」
思い描いたのは水の大槍、魔力を水へ吸われる感覚に思わず歯を食いしばりながらも、僕はそれを体現させた。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
狙うのは、未だ熱を帯びているはずの胸板、解き放った水の大槍はさっきと同じように真っ直ぐに魔物目掛け飛んでいく、魔物はさっき防がれたことをまたやってのける僕をあざ笑うかの様に、仁王立ちしそれを待ち受ける。
そう、だったら……甘んじて受けてくれるなら……手間が省けるよ。
心の中でそう言葉にすると同時に……魔法は魔物を貫いた……
『な……ん、だと?』
「はぁ……、はぁ、温、度差だ……高温に熱せられた所を、急に冷やされたら、脆くなるのは当然だよ……」
静寂の後、歓声が起こる。
恐らく近くで見守っていたんだろう、オークたちが僕を取り囲もうとするのを尻目に、僕は口早に詠唱を唱え……ルクスを作り出すと、フィーが飛ばされた方へと急いだ。
『ご主人様、もうすでに魔力がもう僅かしか……』
分かってる、分かってる……でも……
僕はそうソティルの言葉に思考で語りかけ、意識が朦朧とする中をフィーが飛ばされた方へと宙を飛び急ぐ。
お願いだから、頼むから、こんな時まで迷子にはならないでくれ! そう願いながら。
暗い森の中、僕は必死になって飛んだ。
願いは叶ったのか、フィーを見つけることは出来た。
木に叩きつけられ……木を背にしだらりと力なく項垂れる彼女は鎧がひしゃげ……酷い有様だ。
「フ、フィー?」
近づいて声を掛ける。
信じたくは無い、ただ……それだけだった。
「……フィーッ!!」
声を出さない彼女の肩をゆする。
もう、駄目なのか……目を、覚ましてくれないのか……そう、あきらめかけていた時
「……かはっ、ひゅ、」
そう、苦しそうな声が聞えた。
「フィー!」
生きてる? よく見れば……あんな拳を喰らったのに血があまり出てない。
……でも、口から血が出てるってことは内臓を痛めてるんだ。
僕は急いで、ひしゃげた鎧を外す。
ライトアーマーのお陰で、ベルトを外すだけでなんとかなる。
「待ってて、今……」
ヒールの詠唱をしようとすると、僕の視界は途端に霞む。
魔力切れ……? こんな時に、後もう少しなんだ、後ちょっと……
前は……倒れただけなのに、なんで……
霞む視界の中、辛うじて見える木に頭を叩き付け、意識を保とうとするが、それは全く効果が無く……
薄れ往く景色の中、僕の目に半透明の女性が目に映った。
その女性は、そう、僕も知っている姿で……
『人の子よ、なにを望む?』
望み? 突然なにを……いや、なにかくれるなら、そんなの決まってるよ……
僕は声にならない声で必死に頼んだ。
「……魔力が……欲しい……」
『そんなもので良いのですか?』
そんなものなんかじゃない、今の僕には一番大事な……必要な物なんだ。
フィーを助けるためには魔力が必要なんだよ……
「魔力、を、早く……」
『不思議な人の子、ですね……魔力があっても怪我は治せない、それに彼女その怪我では一日は愚か……数刻も持たないでしょう』
それは、この世界の常識だ。
でも、そんなことは僕には関係ない、だから……
「早く、魔力を……」
『貴女の心はよく見えない、魔力を得て悪事を働こうとしている訳ではなく、助けようとして? 良く分かりませんが……望むならそうしましょう』
意識がなくなる寸前、そんな声が聞え……しだいに失いかけていた意識がはっきりとしていく……
慌てて、フィーの息を確認してほっとすると……僕はヒールを彼女に唱えた。
次第に苦悶の表情が消え、落ち着いた雰囲気になった彼女を見てやっと安心した僕は先ほどの女性を捜す。
だけど……僕の、僕たちの周りには誰も居らず。
先ほどのは、まるで……まやかしかと思えるほどだった。
あれがエルフ?
いや、今はそんなことは良いか、とにかくフィーは助かったみたいだ。
でも、なんで……あんなのに殴られたらその時点で……
「ん?」
僕は一命を引き止めたフィーを見下ろした時、見覚えのある物を見つけた。
「ヒビが割れるけど、これは……確か、ノルドくんに貰ったやつ?」
確か、お守りって貰ったんだよね?
もしかして、これ……なにかのマジックアイテムだったのかな?
「…………ごめん、やっぱり、ありがたく貰っておくよ」
返す予定だったけど……そう、僕は思いながら服の中にしまっていた同じ物を取り出し、フィーの服へ忍ばせた。
もし、これが本当に彼女の命を守ったなら、無傷の物と変えておけば万が一の時に役に立つかもしれない。
「……ぅぅ?」
僕が少なからず触れたからだろうか? フィーはうめき声を上げ、瞼をゆっくりと持ち上げた。
「フィー、良かった……」
「あれ? 私……生き、てる」
「うん……」
本当、ナタリアの言う通り無茶をする。
まだ、ぼーっとしてるみたいだけど、これなら大丈夫そうだ。
とにかく休める所に……シュカも心配してるだろうし、一旦村に戻ろう。
「…………」
「ユーリ?」
フィーのことで頭がいっぱいで……ドゥルガさんを忘れてた。
彼もあの拳に殴られたんだ。
いくら頑丈とはいえ早く戻って治療をしないと……
でも、フィーは歩けそうにないし……
『グラース、を提案いたしますご主人様』
グラース? 確かにあれならフィーを背負っていける。
でも、魔力は大丈夫なのかな?
『ご安心を、先ほどの方のお陰で残り三回ぐらいは持ちましょう』
そっか、早く戻ろう。
「……ユーリ?」
「ごめん、ちょっと考え事してた……すぐ戻ろう」
僕はフィーへ背中を向けしゃがみこむ、すると彼女は……
「ん?」
「いや、ん? じゃなくて死にかけてたんだから、乗って」
暫らく戸惑っていたのだろうか? 長い時間そうしていた気がするけど……フィーは彼女自身、あまり動けないと悟ったのだろう。
僕の背中に彼女が乗り……
「でも、大丈夫? 胸当ては無くても、それなりに装備してるよ?」
「…………」
そういえば、外したんだった。
「ユーリ?」
「だ、大丈夫!」
いや、大丈夫じゃないけど、なんでこんな時に反応を……ああ、もう!!
「天より与えられしは、英霊の力、宿れ……グラース」
この魔法を使えば、後で疲労する。
そんなことは分かっているけど、今はこれ程頼りになる魔法もない。
僕は魔法を唱え、立ち上がると森の中を進もうとした。
「ユーリ」
「なに?」
そこで声を出されると……吐息が当って緊張が……
「多分、村は右だよ?」
「…………」
またか……
「よく、迷わなかったね?」
フィーは偉い偉い、とでも言う様に背中越しに頭を撫で始める……必死とは言え本当によく迷わないで来れて良かったよ。
「今度こそ、ちゃんと戻ろう」
「うん、道案内はするねー」
最後の最後でかっこつかないまでも、僕たちはなんとか村へと向かい、走り始めた。
『……助けるために魔力が必要だ、僕には関係ない、なるほど……本来、破壊の手段である魔法にあんなモノがあるとは思いませんでしたね』
ユーリたちの去る方へと目を向けながら女性は呟く。
すると、いつの間にそこに居たのだろうか、もう一人の女性が彼女に語りかけた。
『魔法も変わったものですね、いや、あの人の子には関係が無いと言うことはあの者が作ったのでしょうか?』
『……今日は森が壊され、あの者の所為かと思ったのですが、思い違いだったみたいですね』
質問には答えず、自分の思ったことを言う最初の女性に若干不満そうにするもう一人の女性は……ふと小さな声に耳を傾けた。
『ゆうりを疑うな? 精霊の味方? 森族の子はともかく、人の子が私たちの味方……とはどういう意味でしょうか?』
小さな声の言うことを理解し、なおその意味が分からないと言葉にした。
なお、彼女は耳を傾けると……今度はもう一人の女性も驚きの声を上げた……
「ぎ、ギリギリだった……」
村へ戻ってすぐ、僕の身体は疲れを訴え始める。
フィーも村が見えた辺りから静かになり、最初はどうしたのかと思って慌てたけど、すぐに寝息が聞こえ安心した。
それに加え、村へ着いたことで疲労感が倍増してる気がするよ。
とはいえ、まだやらなきゃいけないことが残ってるんだよね……
「ユーリ!」
「ん?」
声の方へと顔を向けると、そこにはシュカが立っていた。
彼女はなぜか……居心地が悪そうな顔を浮び名を呼んだきり、こちらへ来ようとしない。
どうしたのかな?
「シュカ、なにかあったの? もしかして、まだ……」
魔物がまだ潜んでたのだろうか? もし、そうなら流石にもう無理だ。
心配をする僕を余所に……彼女は僕の背にいるフィーへとその目を向けた。
「……ドゥルガに、頼んで、お墓、建てて、貰おう」
ああ、そうか……普通に考えたら、あんなのを喰らったらって……
「ドゥルガさんは無事なの?」
「……ユーリ、フィーナ、死んで、悲しくない」
シュカが僕へ向ける視線は鋭くなり、彼女が怒っているのが良く分かった。
その目を見て、説明をしてなかったことに気がついた僕は、慌てて彼女にフィーが無事であることを告げた。
シュカは信じられないといった風だったが、近づいてきてフィーの様子を見ると表情を明るくした。
「とにかく、フィーを休ませたいから、そこまで……」
「ユーリ、無理いけない、ドゥルガ、呼んでくる」
シュカがドゥルガさんを呼びに行こうとすると、彼では無い別の誰かの声が聞え。
「ドコニ行ッテタ、皆待ッテル」
「へ? ちょ!?」
「森族ノ戦士モ生キテタカ、イクゾ」
「フィー! ユーリィイ!?」
まさか、自分まで抱えられるとは思ってなかったのだろう、シュカからは悲鳴にも似た声が出て、僕たちはオークたちに連行されて行く。
そこには、いつの間に用意していたのか……食材が並べられ、目立つ場所にはアーガさんが難しい表情で座り込んでいた。
彼は僕たちに気がつくと立ち上がり、こちらへ歩み寄ると……僕たちを抱えるオークが声をあげた……
「見ツケタゾ」
オークは恐らく村長に向けて、そう言ったのだろう。
だけど、その言葉が終わると同時に僕の身体は地面へと落ちた。
シュカも同じだったんだろう、どさりと言う音が聞こえ……
嫌な予感がし、フィーへと目を向けると、今まさにその体が地面へと落とされ様としている所だ。
「「フィー(ナ)!?」」
地面へとぶつかるギリギリの所で、僕とシュカはフィーを支える。
危なかった、もう少し遅かったらフィー地面に落ちてたよ……
このオーク酷いよ……僕たちを文字通り落として、まるで荷物のような扱いだ。
「この莫迦者が! 見つけたら丁重に扱えと言っただろう? ドゥルガに知らせろと言った方が良かったか」
「アーガさん、これは?」
フィーをゆっくり横たわらせ、僕は村長であるアーガさんに質問をする。
「無礼者が済まない……その様子だと奇跡的に助かったみたいだな、これはオーク族が行う、別れの宴だ」
「別れの、宴?」
別れの宴……葬式か……
「そう、別れの宴……森へと還る同族たちを送る儀式だ……」
どこか遠い所を見ながら、そこまで言うと……彼はフィーを丁寧に抱え、先ほど座っていた場所とは違う方へと歩き始めた。
「こっちに来い」
そう一言告げる彼について行く……
そこには、簡易的な建物が建てられており、クロネコさんもそこに横たわっていた。
フィーもそこに横たわらせ、アーガさんは再び宴の方へと戻っていく……
「お前たちの食事は後で持ってこさせる。二人が起きたら知らせろ、すぐに食事を用意しよう」
宴の音を背に僕とシュカは二人を見守る。
途中、食事を持ってきたドゥルガさんもそれに加わり、僕たちは二人が目を覚ますのを待った。
やがて宴の音は遠くなっていき、僕たちはいつの間にか夢の中へと誘われた。
真夜中にフィーナは目を覚ます。
入れ違いの様に眠ったのだろう……自分の周りに居る四人に目を向けると、その瞳をユーリへと戻し……暫らく見つめていた。
彼女を見ながら、フィーナはふと考える。
いくら保険があったとはいえ、ユーリが余力を残して助けに来たのは奇跡だと……
いや、その前に、自分はあの魔物を侮っていた自身の不手際で死んでいたはずだと……
だが、目を覚ますとフィーナは生きていて、その目の前には見知った顔が心配そうにしながら、瞳に涙を浮かべて覗き込んでいたことに驚いた。
(私を助けに向かって来たってことは……あの魔物を倒してから来たのかな?)
彼女はそんなことを考えながらも、ふと違和感を感じ……自分の服の中をまさぐった。
「…………」
彼女の手の中にあるのは、無傷のお守りユーリと訪れた最初の村で少年から貰ったはずであり、彼女自身のは割れているはずのそれを暫らく見つめた彼女は、再びそれを自身の服の中へと戻すとユーリの髪を撫でた。
「……ん? んぅ……」
「ありがとう、ユーリ」
フィーナは夢の中にいる彼女に語りかけると……いつものように、彼女を抱き寄せ……再び、まどろみの中へと戻った。




