58話 前編 スプリガン
クロネコを救い出した一行。
村の宿屋に村長とドゥルガが訪ねてきて話をしていた所、突如……なにかが崩れる音と悲鳴が聞える。
慌てて外を見るユーリが見たのは、そこにいるはずの村長アーガが村を壊しているという奇妙なことだった。
村へと飛び出した僕たちは急いで二体の村長へと向かう。
「魔力の障壁よ、牙を防げ! マジックプロテクション!」
本の魔法を……光の衣を僕たちに纏わせる。
魔力はもつかな? ……ここ数日本の魔法を多用してる。
特に今日は限界まで使ったはず……いくら霊薬を飲んだからと言って、魔力が全回復するなんて無いだろう。
現に……頭がぼーっとし始めているし、まずいかもしれない。
『恐らくは、あの魔物たちを倒すまでは持ちましょう』
頭の中に響くソティルの声に少し、安堵しながらも僕は皆に声をかけた。
「もう、魔力に余裕は無いから、できるだけ攻撃は避けてね?」
「無茶ヲ言ウ」
「大丈夫、シュカ、速い」
「受け流せば良いんだよね?」
ドゥルガさんは若干苦笑いをしながら、二人は頼もしい言葉を口にして笑みを浮かべると弧を描くように迂回し、スプリガンへと接近する。
恐らく、隠れながら向かうつもりなんだろう……二人は素早いし、あの程度の攻撃なら避けてくれるはずだ。
唯一無茶と言っておきながらも、ドゥルガさんは頑丈だ……
現状削られる魔力は少ない方が良いけど、彼の肩代わりする魔力は微々たる物。
後は、村の人たちだけど……流石にあれがアーガさんじゃないって気がついたのか、それぞれが武器を構えて戦おうとしてるし……
正直、人がいるとフィーの剣は振りづらいよね?
「ドゥルガさん!」
僕は並走するオークへと再び声をかける。
「ナンダ?」
「あのままじゃ危ないよ、村人たちを逃がすことは出来ない?」
「……分カッタ」
彼は腰にある筒に手を伸ばすと、ついていた紐を引っ張りそれを天高く投げた。
すると、それは空中で爆ぜ大きな音を立てる。
オークたちもスプリガンも、僕たちもその音に気を取られていると……
「聞ケ!! 村ノ者! コノ魔物ハ俺ト客人ニ任セ、戦エル者ハ戦エヌ者ヲ逃ガセ!!」
「うわぁ!?」
村全体に響くような声をあげたドゥルガさんは言い終えると、僕を肩へと乗せスプリガン目掛け一歩一歩強く踏み出した。
「ゆーり、アレヲ狙エルカ?」
あれを狙うって……いや、この位置からなら……十分届きそうだ。
ようは、あの時使った魔法と同じ……
僕は矢を取り出し……弓の弦を引き絞った。
狙うのは、声の主に対して興味が無いのか、近くに居た村人へ殴りかかろうとするスプリガンたち……ではなく、彼らがぶちまけたであろう油壷の上にある――
「でも、良いの?」
「村ナラ直セル……村ノ者ハ治セヌ」
「分かった」
僕はそれへと狙いをつけ、矢を放つ――
矢は見事それへと突き刺さり……縄が切れ、支えを失ったそれはいとも簡単に崩れ始めた。
そう、僕が狙ったのは篝火をくべていた組木の縄。
自分でも驚くほど綺麗に、正確に打ち抜いた。
『ギャギィィィィッ!!』
油の上に落ちた火は瞬く間に燃え広がり、スプリガンは村人へ伸ばしかけていたその手を焼かれ叫び声を上げる。
その隙を突いて他のオークが襲われかけていた人を助け連れて行き、それを見たスプリガンは僕たちの方へと向き生気のない目を鋭くさせた。
『アイツラカ? フタリダ、オカシイ』
本当に喋った……でも、なんだ? フタリ? ……二人?
……いや、おかしくは無いか、やっぱりあの魔物は仮面と係わり合いがあって僕たちを追ってきたんだ。
あれ、でも……あいつらが戻ってきたのって僕たちより先のはずだよね。
「ゆーり、ナニヲぼーっトシテイル、コッチニ向カッテクルゾ」
「あ、うん……大丈夫、ドゥルガさん、もう一匹の足止めをお願い」
僕は彼の肩から降り、向かってくるスプリガンへ向け矢を放つ。
流石に愚直なまでに真っ直ぐ飛ばしている矢は当たる訳も無く、それを難なく手で振り払う魔物はにたりと笑う……
でも、最初から矢を当てるつもりなんて僕には無かった。
僕の狙いは……魔物の後ろまで移動した二つの影。
そう、狙いはその影たちで、僕の目にフィーとシュカがそれぞれの得物を振り下ろす姿が見えた。
二人の攻撃をまともに受けたスプリガンは音を立て、倒れこみ片手と膝を突きどうにか体制を保とうとする……
だが、片膝をついたスプリガンへ、フィーの大剣が振り落とされ、その反対、下からはシュカのナイフが振り上げられた。
まるで顎で噛み砕かれる様に首を挟まれた魔物は地に伏せ動かなくなった。
恐らくは倒したのだろうか、二人はこちらへ戻って来ると難しい表情を浮かべていた。
「やったの?」
僕は二人に確認すると彼女たちは微妙な顔を浮べ……
「手応えはあったけど……」
「やっかい、ユーリ、あれ、森のと違う」
森のと違う? いや、あれはどう見たって姿を真似てるし、森に居たのと同じじゃ?
「一体なにが?」
僕は二人の後ろで倒れた魔物に気を配りながら聞く。
見た感じ、動きそうには無いけど……
「オークの頑丈さとかまで真似てるみたい……倒したとは思うよ?」
そんな馬鹿な、変化だけではなくて、その能力も真似するなんて出来る訳がない。
「ドゥルガ、どこ?」
「もう一体の足止めをしてるよ……あれ? でも、魔力が減ってない?」
おかしい、いくらドゥルガさんでもダメージを全く受けないってことは無い。
避けきれるはずもないし、どういう……
「ゆーり」
疑問に思っていると、ドゥルガさんに声をかけられる。
突然、戻ってきた彼を一瞬、偽者かと睨んだけど……目はまともだ。
っとすると、本物だ……なんで戻ってきたんだろう?
「ドゥルガさん、もう一体は?」
「ドコカニ隠レタラシイ……見ツカラナイ」
まずいな……今はまだ、村長に化けてたから、他のオークより大きくて見分けがついた。
でも、まったく別の人に化けられたら、分からないかもしれない。
唯一の判断基準が目だけだ。
もし、その目さえ良く見てないから、真似出来ませんでした。なんてことだったら……
どうにかして探す? いや、でも場所が分からないんじゃ、ん?
僕は……ふと倒れているスプリガンへと目を向けると、倒したはずの魔物はその身体に力を籠め、必死に立とうとしていた。
「二人とも、スプリガンがまだ生きてる!」
「嘘、手応えはあったのに」
「頑丈、すぎ」
二人は再び魔物へと向かい、得物を構え突撃をする。
だけど、なんか変だ。
ただ立とうとしてるだけじゃない……立てないのかな?
腕も変な方向に曲がってるし、いや、違う……スプリガンの身体がぐにゃりと歪んできてる!?
ってことは恐らく、それが意味するのは……
「フィー! シュカ! 変化する気をつけて!」
もし、フィーたちが言っている通り、能力そのものまで再現するなら……二人に化けるかもしれない。
そうなったら、まずい……二人なら並みの冒険者より強いはずだ。
僕が気付くのが遅れたのもあり、スプリガンの変化は終わり……だけど、その姿は僕からは全く見えず緊張から冷や汗をかくと、その変化を目の当たりにしたフィーは思わず声を上げた。
「うわぁ……」
でも、それは恐怖とかそういう物ではなく……シュカもなんだか、嫌そうな感じが、なぜか彼女の背中からひしひしと伝わってきた。
なにに変化したんだろう?
僕からでは、はっきり言って見えない。
変化した物が小さすぎるんだろう。
ただ分かるのはフィーとシュカがそれぞれ抱えられるだろう、木材で地面を叩いている場面で……
何度も違う場所を叩いて回ってるから、それは相当すばしっこいんだろう。
ねずみ? にしては見えない……
いや、小さくて、速くて思わず「うわぁ……」って言う生物で、なおかつ森に居そうな……
「……アレ、か」
「シュカ、そっち行ったよ?」
「大丈夫、火の中、入った」
ん? 火の中? いや、なんで……そんな自殺行為……火?
「二人とも離れ――」
嫌な予感がして、二人に声をかけかけた僕の前から、まるで走るように火が迫ってくる。
というか文字通り、その小さな火だけが迫ってきて……
「うわぁぁぁぁ!?」
僕はひょいっとドゥルガさんに肩に乗せられ、彼は何食わぬ顔で近くにあった水桶を手に取り、それへ水をかける。
消火され一命を取り留めたかと思われたそれに対し、彼は別の桶から少しとろみのある液体をかけると、それは瞬く間にもがき始めた。
「えっと……」
「木カラ取レル布ヲ洗ウ液ダ。良ク効ク」
なるほど、洗剤か……
「倒した?」
「た、体質まで、真似るんだね?」
フィーが見下ろしたのは段々としわくちゃな人の姿に戻っていくスプリガン……今度こそ倒せたらしいけど、なんと言うかマヌケな倒され方だよね。
いや、まさかあんなのに変化するとは思わなかったし、それにしても――
「ん?」
「なに?」
この二人相手に逃げる、あの生物って……この世界のはどんだけすばしっこいんだろうか?
いや、いつもより攻撃が鈍かったし、苦手だったのかもしれないけど……ある意味、有効な逃げの手段かもしれない。
でも、僕は変身魔法を覚えても、絶対になりたくないな。
「それよりも、残りの一体を探さないと!」
「え? えっとー、アレになってないよね?」
「苦手」
「分カラン、消エタカラナ変ワル所ヲ見ル以前ノ問題ダ」
つまり、最初見かけた所に行ったら、いなかったってことなんだろう。
困ったな、まさか虫にまでなれるとは思わなかった。
こうなると、どこに居るのかが……
『………………』
「ん?」
「フィー?」
急に耳をすませて、どうしたんだろうか?
もしかして、足音とかが聞えるとか、かな……でも、虫や別の小さい生物に化けてたら……
「なにか聞えた気がしたんだけど……気のせいかな?」
「そう、分かった手分けして探すのが早いんだけど、なにが起こるか分からないまとまって探そう」
「ユーリ、待って」
肩から降りて、とりあえず村を見渡す僕に焦った様なシュカの声が聞える。
「どうしたの?」
『報告しますご主人様、魔法が解除させられました』
「魔法、消えてる」
二つの声はほぼ同時に聞こえ、近くにいた巨体が横へと飛ぶ。
「……え?」
その巨体は家をつきぬけて、更に飛んでいくのが見えた。
今の飛んでったのなに? いや、今のは……
「ドゥルガさん?」
僕の近くにいたはずのオークへと声をかけるが、そこに居たのは醜く見たことも無い巨人……
『まずは一匹、予想以上に時間を稼いでくれた』
「――っ!?」
なんのこと? なにを言ってるの……これが、本当のスプリガン? いや、でもなんで……いきなり……
なんで、まだ魔力はあるのに、本は解除させられたって言ってたけど誰に?
なんで、どうやって? どうして、ドゥルガさんが? そう言えば、フィーがなにか聞えた気がしたって……
ごちゃごちゃと頭の中に浮んでは消え、浮んでは消え、ただ確かなのは……まるで巨石のような拳が僕に向かっていることで……
最終的に僕が辛うじて分かったことは、ここで死ぬという答えで、人間の本能なのか、なんなのか分からないけど、僕はなんの意味も無く、ただ必死に目を閉じた。
だけど、この行動がすぐに後悔を生んだ。
魔法でも……なんでも使って……ちゃんと避けていればって……
「ユーリィィィィ!!」
「っ!?」
声と同時に僕の体がなにかとぶつかり……僕は吹き飛ばされる。
痛みもある。
衝撃があるから吹き飛んだ。
でも、それは……魔物の攻撃とは……到底思えないほどで僕が目を開けると……
「フィ……」
僕が立っていた場所にフィーがいた。
魔法で助けないと……そう、すぐに考えることが出来たのに――
「――か、は――っ!?」
地面へと叩きつけられた僕は一瞬息が詰まってしまい、すぐに詠唱を唱えることが出来ず。
慌てて起き上がった頃には、魔物の岩石の様に巨大な拳がフィーのタリム最強と謳われるには華奢すぎる身体へと叩き込まれた。
脳が処理出来ないからだろうか? 僕にはそれが凄くゆっくりに感じ、今ならなにか出来ると思えるのに……僕の体もゆっくりで、ただ――
……ただ、フィーが僕の身代わりになるのを文字通り見ていることしか出来なかった。




