57話 来訪者
不気味な部屋で無事クロネコを見つけることが出来た一行。
彼の命はユーリの魔法「ヒール」によって助けられたのだが、残る一人のオーク、ドゥルガも兄も無残な死を遂げていた。
部屋の中にあるドゥルガの兄の死体を見て、ユーリはないものに気がつきすぐに部屋を出ることを提案する。
だが……ギルドで出会った仮面ローブが現れ一行の行く手を阻む。
彼はユーリしか知ることのない言葉を発し、ユーリたちを困惑させるものの、ユーリの魔法とドゥルガの突進によって依り代を壊され以前と同じ様に沈黙する。
無事洞窟を抜けたユーリたちは森での話の後、村へと戻るのだった。
僕たちがオークの村へ戻った時にはもう辺りは暗く、クロネコさんのこともあるのでこのままリラーグには戻れそうも無かった。
それにフィーも元気が無いし、今日はこのまま村に泊まった方が良さそうだ。
「ドゥルガさん……とりあえず、どこか休める所は無い?」
普段だったらフィーが聞くであろう、その言葉を僕は発する。
帰り道での話で、僕に対する不満は無くなったらしいのだけど……
でも、やっぱり少しは疑ってたし……なんというかフィーはさっきから黙ったまんまだ。
「ゆーり」
「ん?」
今、ドゥルガさんが呼んだんだよね? 男性の声だから二人は違うし、クロネコさんは……逃げる途中でいつの間にか気絶してたし、他に僕の名前を呼びそうな人は居ない。
「くろねこヲ休マセル場所ノ話ダロウ」
「あ、うん……だから、どこか休める所は無い?」
「「…………はぁ」」
なんで、ドゥルガさんとシュカは同時に溜息をつかれているのでしょうか?
仕方ないでしょ、僕っていうか……シュカもこの村に来たのは今日が初めてのはずだよ。
だから、知らなくて当然のはずなのに……なんで、そんな目で僕を見るの?
「ダカラ、宿ガアル……ソコニ行クゾ」
「え? 宿?」
「そうだねークロネコを休ませないと……どこか休める場所は無いかな?」
僕の言葉にはっとしたのか、先ほど僕が言った言葉をそのままドゥルガさんに聞き返し、二人はまたも盛大に溜息をついた。
「ユーリも、フィーナも、聞いてない」
「「な、なにを?」」
聞いてないって言われても、なんのことか……
いや、とにかく今は宿に行こう、僕たちも疲れてるし、そのほうが良い。
「えっと、ドゥルガさん、そこに案内お願いできるかな?」
「分カッテイル、ツイテ来イ」
彼の後をついて行き、宿屋へとついた僕たちは部屋を取り、クロネコさんを藁の様な物で出来た床に横たわらせ、持ってきていた毛布をかけ休ませた。
その様子を一部始終見届けた後、ドゥルガさんはこのことを村長に報告してくると一言残し、席を立とうとした。
「僕たちもついて行くよ」
「イヤ、オ前タチハ休ンデイロ……良ク分カラナイガ、ふぃーなハ疲レテイルヨウダゾ」
う、うん? フィーは疲れているというより……ま、まぁ良いか、心配してくれてるみたいだし、ここはありがたく休ませて貰おう。
「分かった……村長さんには宜しく言っておいてくれる?」
「アア……」
彼はそう一言残すと、部屋から去っていく……さて、後はクロネコさんの様子はって――
「シュカ?」
「体温は低い、でも、大丈夫、息は落ち着いてる」
「そう、でも……起きたら栄養のある物を取らせて、しっかり休ませないと……」
それには手持ちの食材じゃ……心もとないなぁ。
「買い物に行かないと駄目かな」
「なにを、買って来れば、良い?」
ん? シュカもついて来てくれるのかな?
それは助かる、この様子だとフィーを連れ回すのも悪いし……って買って来る?
「ついて来て……くれるんじゃないの?」
「ユーリ迷子になる、フィーナ、元気ない」
「いや……あの」
迷子って……そりゃなるけど……
「メモ、書いて、文字読める、問題無い」
いや、でも一人にするのは心配だよ……。
いくら、ここにはオークしかいないとは言っても……
「ユーリ以外、クロネコ、誰も診れない、早く、書く」
「ぅ……とは言っても僕は医者じゃないよ?」
「早く、書く」
「わ、分かった……同じのがあれば良いんだけど……」
僕は紙に必要な物を書き、シュカに手渡した。
それを受け取った彼女は頷き。
「分かった、行って来る」
「うん、お願いね」
シュカが部屋から出て行き……扉の閉まる音で部屋の中に静寂が訪れる。
「「…………」」
う……なんか、凄い気まずいって……というより、フィーと一緒にいて無言って初めて?
多分、シュカが去って少ししか経ってないはずなんだけど、無言の所為で凄く長く感じるよ。
「え、えっとフィー?」
無言に耐え切れなくなった僕は思い切ってフィーに話しかける。
「……ん? どうしたの?」
少し経ってから、彼女は僕が話しかけたことに気がついたんだろう……ぎこちない笑顔で答えてくれた。
うん、とはいえ……
「えっと、その……」
さっきの話をぶり返すわけにはいかないし、なにを話したら良いのか……
「ユーリ?」
ど、どうしよう……
「えっと、ユーリ」
「な、なに!?」
う、うわぁ……なぜか分からないけど、凄いビックリしたよ。
「ナタリーから、ユーリの世界は平和だって聞いたけど……」
「う、うん……」
「ああいう人は居るんだね?」
「……うん」
「「…………」」
え、えっと……折角話しかけてくれたのに……僕はなにをやっているんだろうか?
と、とにかく、なにか、話題を……じゃないと空気が重いよ!?
「う、う~ん……」
僕が話題が無いかと必死で頭を巡らせていると、フィーは唸りだし顔を伏せてしまった。
「フィ、フィー!? どこか怪我でも……」
「……はぁ、もう! あのことは考えないようにしよう?」
「え?」
「なんか、らしくないよね? ユーリがちゃんとナタリーの所為じゃないって教えてくれたんだし、それで良いんだよね?」
「う、うん……さっきも言ったけど、ナタリアの可能性は無いよ」
僕がそうもう一度、断言すると……やっとフィーはいつもの笑顔になり……
「分かった。じゃぁ……」
「じゃぁ?」
「村長さんへの報告と私の時みたいに、なにか買ってこようかー?」
「……えっと」
「ん?」
フィーは首を傾けどうしたの? という感じで僕を見てくるけど、もしかして……気がついてない?
「村長さんへの報告はドゥルガさんが、買い物はシュカが行ってくれてるよ?」
「そ、そうだったんだ……全然気がつかなかったよ?」
やっぱり、か……相当、思い悩んでたんだね。
でも、いくら親友? だからといって悩みすぎな様な気もするけど、どうしたんだろう。
気にはなるけど、本人は吹っ切ったみたいだし、なにかあれば話してくれるだろう……
「取りあえず、クロネコさんの容態は落ち着いてるみたいだから、少し休もう」
「そうだね、うん」
なんかフィーが僕を見てるけど、なにか顔についてるのかな?
とりあえず触って確認すると、なにもついてない。
「どうしたの?」
「ううん、ナタリーが連れて来たのが、ユーリで良かったなーって思っただけだよ?」
「そ、そう?」
僕だったのは偶然な訳だけど……まぁ、ナタリアだし、変や人は連れてこないと思うんだけどな。
「うん、そうだよー」
でも、フィーが笑顔で言うと、こっちまでなんだかそんな気がしてくる。
僕も紹介されるのがフィーじゃなくてバルド辺りだったら……正直引いていたかもしれない。
いや、彼は良いやつだ、うん、だけどちょっと性格が正直すぎるんだよなぁ。
だから、フィーで良かったし、そう言われると……
「ありがとう、嬉しいよ、ナタリアにも伝えておくよ」
「うん、ナタリーは突然なにを言い出すんだ、とか言いそうだねー?」
「そうかな?」
なんだかんだいって嬉しそうにしてそうだけど……
それよりも、フィーの機嫌は直ったみたいだし、一先ず安心だ。
そういえば、あのスプリガンはどうなったんだろう?
あの洞窟にいるはずなのに見かけなかったけど……まだ森に居るんだよね?
そうなると、最悪帰る時に出くわすかもしれないし、流石にフィーたちが居ても今の状態のクロネコさんを連れてじゃ帰るのは難しい。
なにか良い手は無いだろうか?
「そうだ!」
「きゅ、急にどうしたの?」
「あのさ、クロネコさんのこともあるし、あの魔物もまだ倒せてないから、倒してから戻った方が良いんじゃないかな」
「あの変身する魔物のこと、だよね?」
僕はフィーの言葉に頷く、あの魔物……スプリガンは馬鹿力だし、あんなのが森の中にいたら厄介だ。
これからも犠牲者は出てくるし、下手したらこの村は全滅……それに街にまで来る可能性だってある。
クロネコさんは未だに動けないし、現状リラーグには戻れない。
それならいっそ僕たちが一肌脱いで、あの魔物を倒してしまおう。
「んー、そうだね……クロネコが気がつかないと戻るにも戻れないし、明日もう一度森に入ってみようかー」
「うん、後でシュカにも話そう」
その後、僕たちはシュカが帰ってくるまでの間、他愛の無い話をして過ごした。
なにはともあれ、仲違いすることにならなくて良かったよ……
シュカ戻って来て暫らくすると、ドゥルガさんも宿へ戻って来てくれた。
彼は、なにやら布に包まれた長い物を手にしている。
あれは……一体なんなんだろう? っと考えていると……
「村長ガ、オ前タチニ話ガアルト言ッテイタ」
「僕たちに? なんだろう……」
「さぁ? でも、呼んでるなら行ってこないとねー?」
「その必要は無い」
「……大きい」
僕たちが声のする方へと向くと、そこにはいつの間にか開けられた窓があり、その向こう側には巨大なオーク……
つまりこの村の長、アーガさんの姿があった。
「客人たち、この様な場所ですまんな」
「い、いえ……」
「残念ながら、ワシはそこに入れないからな」
だろうなぁ……村長さん凄く大きいし、この村の建物が大きめとは言っても、流石に彼が入ったらこの部屋も狭くなってしまう。
「それよりも、話は聞いた……」
ん? なんで村長さんは嬉しそうな声を出してるんだろう?
死人が出てるんだし、喜ぶことじゃないよね?
「ソレガナ、先ホド俺モ話シタンダガ……」
「ん?」
「ドゥルガよ、そう謙遜するな……お前たちの言う変化する魔物は先ほど死体が見つかった」
な……なんだって? 死体? いや、だって死体って……
「実はお前たちが向かった後、その死体を持ってきた者がいてな」
「ど、どういうこと?」
僕はドゥルガさんに聞いてみたが、彼は首を横に振り自分も分からないと言うことをアピールした。
じゃぁ、どうしてその死体が? もしかして僕たちが見たのは偽者の?
いや、そんなはずは……だって、あれはすぐにあのしわくちゃな小人になったんだ。
そのまま残ってるなんてありえない!
「しかし、クロネコについて行ったドゥルガの兄は戻らなかったことは残念だ」
「つまり、私たち以外に倒せた人が居るの?」
「攻撃、避けれれば、倒せる」
「そう……かも?」
いや、待てよ……ドゥルガの兄? あの時死んでいたのは三人共だ……
アーガさんの言い方だと二人は戻って来てるってことだよね? じゃぁ、スプリガンの死体を持ってきたのって……もしかして、それって――
「その報告をした人たちって今どこ――」
僕がまさかと思い、声を上げた瞬間……近くからなにかが倒壊するような音が鳴り響いた。
それに続き、聞えるのは悲鳴とオークたちの雄たけび――
「何事だ!?」
アーガさんが声を上げ騒ぎの方へと顔を向ける中、僕は慌てて窓から顔を出し、外を見るとそこには……
「なに、あれ」
アーガさんへと化けた二人の化け物がいた。
今度は顔もそっくりで唯一違うのが生気の無い目のみ、ぱっと見ただけでは見分けが出来ないぐらい似ていた。
やっぱり、というかなんと言うか……あれは見たものに変化するんだ。
それだけじゃない、迂闊だった……報告をしたってことは言葉を理解していたってことだ。
まさか、そこまで出来るなんて考えもしなかった……
「フィー! シュカ! スプリガンだ! あいつらオークに化けて……この村に入って来た!」
僕は二人に声を掛け、出かける前にアーガさんから貰った霊薬を飲み干した。
どの位回復するのかは分からないけど……無いよりはマシのはずだ。
「俺モ手伝オウ、村長ニ化ケルナド、許セナイ」
「助かります!」
「騙されたってことは、私たちが見たのより似てるんだよね?」
「見分け、つく?」
「うん、目が死んだ様な目をしてる、辛うじて見分けがつくぐらいにね」
三人はそれぞれ僕の言葉に分かったと告げると部屋を出ようと窓へ向かって来た。
「待て」
だが、窓の前にいるアーガさんは僕たちを止めると、ドゥルガさんへと顔を向ける。
「ドゥルガ、本来は礼を告げ渡したい所だが……今、弓をその者に渡せ」
「デスガ、俺タチハナニモ」
「魔法は有限だ……だが、それは今、役に立つだろう」
弓? って、フィーは大剣だし、シュカはナイフ、ドゥルガさんは話の流れから言って違うだろうし。
誰が使うの? 確かに魔法は有限だ。
僕の魔力が尽きれば、たちまち光の衣は無くなり……あの魔物に殴られでもすれば……考えたくも無いなぁ。
「なに、村を救ってもらったという礼が、少し早くなるだけだ」
「分カッタ、村長ガソコマデ言ウナラ渡ソウ」
ドゥルガさんは僕に先ほどから手にしている長いなにかを手渡してきた。
「って、え? 僕!?」
「ドゥルガより聞いた。お前は矢は持っているが、弓を持っていないとな」
いや、確かにそうだけど!
「弓は恐らく……壊れたのだろう? それは子供が使う弓だ。それでも少し大きいだろうが、それなりの強度も大きい分、威力もある。オーク自慢の弓だ……受け取れ」
布を解いてみると、形状が和弓に似てる様な物だった。
大きいとは言っていたけど、特別大きい枠でもなく、丁度良い大きさで良く手に馴染む感じがした。
僕が弓を受け取ったのを確認したアーガさんは……
「村を、頼む……」
そう言ってようやくその巨体を窓から退けて、それを合図にしかたの様に僕たちは宿の外へと飛び出した。




