5話 初めての街
攻撃の魔法が上手くできない!? っという問題に最初から直面をしてしまったユーリはめげずに修行を続けること一月。
彼……いや彼女は何処まで成長したのか?
魔法の修行を始めてから約一ヵ月……。
僕は苦手とされる攻撃魔法をも習得し、魔法の天才とまで言われるように……。
「だから、何度言ったら解る! イメージをしっかり持て、攻撃をすると言う覚悟をしろ!」
なっているわけがなかった。
一ヶ月前のマテリアルショットの件、以来、攻撃魔法を練習しているのだが、練習の成果がほぼ出ない……。
件のマテリアルショットに関しては何とか実用レベルまで持って行き、今現在はフレイムボールと言う魔法を覚えようとしているのだが、これが上手くいかない。
因みに炎の魔法と言うことで夜中に屋敷の外で練習している。
「はぁ……ユーリは本当に攻撃が苦手だな」
溜息をつかれてしまった……とは言っても僕もこの一ヶ月頑張ってきたんだ、自分自身でも溜息をつきたい気分だ。
だが、師匠であるナタリアは日に日に焦りを見せて来ていた。
最初は怒鳴られる事なんて珍しかったのに、今ではしょっちゅうだ……。
それほど僕の攻撃魔法は良いほど成長していない、そう全くだ。
一ヶ月でマテリアルショットが辛うじて使えるレベルだ。
因みに魔法が無かった世界に居たからと言うのはあまり関係が無いらしく、光を操る魔法ルクスについてはもう光の玉を自在に操れるし、壁を作る魔法、アースウォールに関してもさくっと憶えられた。
つまり、僕は単純に攻撃と言う行為が苦手だと言うことが解った。
「困ったものだ。攻撃は苦手でその他の魔法は得意、落ちこぼれのようで、落ちこぼれでは無い……どうしたものか……」
頭を抱えるナタリアの表情には焦りが見える。
どうしたんだ? もしかして、僕があまりにも不出来だから頭が痛くなってしまったのだろうか?
とはいえ……。
「困った、どうしたものか、と言われても……一応これでも頑張ってはいるんだぞ?」
「分かっているから見捨てることも出来ずに困っているのだろうが」
この一ヶ月で解ったことはナタリアは基本ドSだが、その分、優しい時は優しい飴と鞭の使い方が上手いのだろうか?
魔法が思うように出来なくても彼女の言っているとおり見捨てられることはなく、工夫しながら修行に当たってくれた。
ある時は憎い相手を思い浮かべさせたり、ナタリアが魔法で作った魔物的な何かを的にしたり、色々したのだが結果は虚しい物に終った。
だからこそ、今は怒られているのだ。
何も言えない……けど、流石に……。
「なぁ、ナタリア……ここに来て魔法の修行ばっかで楽しいと言えば楽しいけど、流石に疲れたな……」
「ふむ?」
実際、この屋敷の敷地から出たことが無いのだ。
だから、一番近い街が屋敷からどのぐらいのところにあるのかも分からない。
近くにあるのかもしれないが、この屋敷は高い壁に囲まれているし……壁の前にはちょっとした林がある。
空は良く見えるが、周りは良く見えないのだ。
「確かに、このところ修行ばかりだったな……」
そう言いながらなにやら悩む表情を見せた。
「いや、もしかして実戦向きなのか? 大丈夫だ、間違いは無いはずだ……」
彼女は何かを呟くと口元をニヤリと歪ませる。
こういった時のナタリアはなんか嫌な予感がするな。
「ユーリ、ちょっと頼みごとをしても良いか?」
「その頼みごとの内容によるな……」
「いや、屋敷を出て坂を下ると街がある。そこにゼルと言う男が店主の酒場あるんだ。そこには私の友人が寝泊りしているはずだ」
ナタリアの友人ねぇ……。
なんか、絶対怖い人だろうな……としか思えないんだが。
「しばらく会っていないし、明日手紙を渡しに行って欲しい。そのついでに街の見学がてらシアの買い物に付き合ってくれ、友人は夕方にならんと戻ってないかもしれないからな、手紙は後で構わない直接渡してくれ」
初めてのお使い並みの頼みごとだな。
「でも、夕方に手紙を渡したとして……僕とシアさんはもしかして暗い中帰る羽目になるのか?」
「いや、買い物が終ったらシアは帰らせろ、ユーリには多少、小遣いをやる。それでゼルの店に泊まっていけ、帰りは日が高い時に私の友人に送ってもらえば良い」
つまり、観光してきても良いってことか。
「解った、明日行って来るよ……出発はシアさんと一緒に行けばいいんだよな?」
「うむ、頼むぞ」
しかし、さっきの不敵な笑みは一体……嫌な予感はするな……。
翌日、支度をしてナタリアの部屋を訪ねると、布袋に入ったコインと手紙を手渡された。
このコインは聞くまでも無くお金だろう、ナタリアから貰った本で見た覚えがある。
「随分入ってるな?」
「ああ、せっかく街に行くんだ。欲しいものがあったら買って良いぞ? ただし、無駄遣いはするなよ」
お使いの駄賃ってことか、価値は分からないけど、駄賃としては多いような気がするな。
ざっと数えたら金貨が二枚 銀貨が二十枚か、これ一体いくらぐらいなんだろうな……。
「ユーリの世界で言うと金貨が五千、銀貨は五百の価値がある。銅貨もあるがそれ以上いれるとかさばってしまうからな」
「ってこれ二万円ってことか!? 良いのかよ? そんなに……」
「ゼルの店は食事込みで銀貨二枚だ。それだけは残して置くように、万が一盗まれた場合を考えて靴にでも隠しておけ」
確かに、こんな大金盗まれたら大変だ。
二万あったら贅沢な食事が出来る……元の世界なら自分で作る前提だが、一ヶ月いや二ヶ月食費には困らない自信がある。
こんな大金を亡くしたら大変だ、僕は言われたとおり銀貨を二枚取り、それを靴へと忍ばせておく。
元の姿なら野宿はそこまで気にならないが今は状況が違う、いくら街の中とは言っても、野宿をして取り返しの付かないことになるのは避けたいものだ。
「ああ、それと先ほど五千だの言ったが、この世界では金貨や銀貨何枚で商品と等価交換する。だから、商品の値段も銀貨五枚っというように書いてあり、分かりやすいとは思うが、ユーリはまだ字を……」
「あーそれなら大丈夫だよ、寝る前に復習や予習をしておいたから、日常生活で使いそうな言葉は覚えておいた」
そう言うとナタリアは笑みを見せてくれた。
僕なんか喜ばれるようなこと言ったかな?
「渡した本が役に立ったようで何よりだ……ユーリは優秀なところは優秀だ」
なんだろう……褒められているのか、貶されているのか微妙な感じだな。
それでも、彼女の優しい笑みにはほっとする……何故か怒られても嫌いになれない理由もこれだ。
って、ほっとしている場合ではない、相手の名前ぐらい聞いておかないとな。
「ナタリア、手紙を渡す相手の名前、まだ聞いてないんだけど名前は?」
「おっとそうだった、手紙を渡して欲しい相手はフィーナ、フィーナ・サーシャだ」
「フィーナさんか分かった」
他に聞いておくことは、とりあえずは無いな。
「頼むぞ、まぁ、たまには楽しんで来い。くれぐれも知らない人には付いていかないようにな。甘い物で釣られるなよ?」
彼女の母親丸出しの発言に僕は思わずくすりと笑った。
「子供じゃないんだから……じゃぁ、シアさん待ってるだろうし、そろそろ行ってくるよ」
「ああ、気をつけて行って来い」
そう言いながら、不敵な笑みをあげるのはいかがなものだろうか?
まぁ……折角、初めて街に行くんだ……シアさんも待たせてるし、早く行こう。
屋敷の玄関に行くと、やはりシアさんはとっくに準備が終っていたようで、その場に立って待っていてくれた。
うーん、美人なんだけど無口なんだよなぁ……ナタリアの話では褒められたがりで照れ屋らしいけど……そうは見えないし、表情も読めないから困りものだ。
とはいえ、今日は街に連れてってもらうんだ、話さないわけにはいかない。
褒めると逃げるからそこは気をつけないといけないなぁ。
「シアさん、おはようございます。今日はよろしくお願いしますね」
僕に気が付くと彼女は丁寧に礼をする。
一応ナタリアの客人扱いだからだろうか? にしてもなんかこう、ムズムズする扱われ方だよな。
「はい、ユーリ様、おはようございます。本日はナタリア様より街の案内と買い物を承っております……街は人が多いところもあるので私からくれぐれも離れないようにしてください」
屋敷の中で迷子になったのは彼女にも伝わっている。
だからかな? 念を押されてしまった。
「わ、分かりました……迷子にならないよう気をつけますね」
シアさんは頷くと行きましょうと言いながら歩き始める。
屋敷を案内してくれた時とは違い、ほぼ横並びに街へと案内してくれるようだ。
「そういえば今から行く街って、なんて言うんですか?」
「これから行く街はタリム、別名、冒険者の街とも言います。人が多く活気のある街ですよ」
冒険者の街か……やっぱり大きな剣を背負った屈強な男や、やけに露出している魔法使いや僧侶が居るのだろうか?
……ってそう言えば回復魔法が無いんだから僧侶……つまり、ヒーラーは居ないのか。
そんなことを考えていたら、シアさんは歩みを止め僕へと真剣な目を向けてくる。
……駄目だ、こんな美人に見つめられてもドキッとはしても綺麗だなー、うらやましいなーぐらいしか思いつかない、泣きたい。
「ユーリ様、街に着く前に……いえ、冒険者に合う前に言っておくことがあります」
「は、はい?」
「冒険者には二つの分類が分けられます。ナタリア様の手紙を届ける相手、酒場付きの冒険者と、それとは別のギルド付きの冒険者です」
ん? 酒場付きにギルド付き? って言うか、そもそもナタリアの友人と言うのは冒険者だったのか。
「えーっと、それで……それが、どうかしたんですか?」
シアさんは頷くと話を続けた……こんなに話すのは珍しいな。
「早い話がギルド付きの冒険者はゴロツキの集まりです。近づかないでください」
どうやって見分けるんだよ!
「ですが、そんなことを言っても、見分け方が分からないでしょう」
「ええ、全くと言って良いほど分かりません」
「酒場付きの冒険者はその酒場の宣伝もあるため、何かしらのマジックアイテムに分類されるアクセサリーを身につけています」
アクセサリーね、とは言ってもなぁ……。
「……が、ユーリ様は初めて街に行かれるのですから、これも分からないでしょう、ですので、街では冒険者と見られる人との接触は避けてください」
ああ、なるほどそれなら分かりやすい。
「それと、何か欲しい物があったら私にお申し付けください。そちらの店まで同行いたします。念を押しておきますが、私からくれぐれも離れないようお願いいたします……」
うん、もしかして僕信用無い? で、でもまぁ、誰が危ない冒険者なのか分からない状況ならそれが安全だ。
なにより、僕の攻撃魔法が使えたもんじゃないし……。
「今日はゼル様の酒場に泊まられるということなので、夜に街に出る際はゼル様またはフィー……ナ様のどちらかに同行をお願いしてください」
徹底されてるなぁ、ゴロツキとは言われても、そこまで徹底しなければいけないものなのだろうか?
とは言え何かあってからでは遅いから今、言っているのだろうしなぁ……一応肝に銘じておこう。
「わかりました、誰かと一緒に居ればいいんですね?」
「その通りです。では、行きましょうか」
シアさんは僕の返事に満足したようで、再び歩き始めた。
そう言えばこの世界ってモンスターとか居るはずなのに会わないな。
整理されている道とは言え、スライム程度は出てきてもいいんじゃないだろうか?
「あのー、シアさん」
「はい、なんでしょうか?」
「モンスター……魔物の姿が見えないですけど、いつもこんな感じなんでしょうか?」
「いえ、魔物と言えど気性が荒いものから大人しいものまで居ます。街の近くでは比較的、人に被害を及ぼさないものが多いんです」
へぇ、魔物って言うぐらいだから例え弱いとされる奴らでも襲ってくると思ってた。
初めて知る魔物の生態に感心しつつ、僕はシアさんの言葉へ耳を傾ける。
「彼らも馬鹿ではありませんから、自ら危険な所に生息範囲を広げるようなことは余程のことがない限りしません」
ってことは冒険者がいる街周辺には弱いモンスターが多いってことか。
でも、それって逆に言えば強いモンスターの餌にもなるってことじゃないのだろうか?
「でも、たまには強い魔物も出ますよね?」
「そうですね、ですが大体は冒険者によって討伐されるか、追い払われます。とはいえ今までは大丈夫でしたから、これからも安全と言うわけではありません、用心は越したではありませんね」
ですよねー、こういう世界で絶対の安全は保障されないよなぁ。
ん? そうこう話しているうちに建物が見えてきた。
アレが目的の街ってわけか。
「さぁ、ユーリ様、もうすぐ着きますよ」
思っていたよりも大きな街だ。
僕は街道から見る初めての街に見とれてしまった。