56話 クロネコを追って
再びクロネコを探す為に森に入ったユーリたちは、ドリアードの手を借り木々がへし折れた場所を探す。
彼女の導きに従い進んでいくとそこにはオークの死体があり、その先になにかを引き摺った血の痕を見つけ、ユーリたちは急ぎ痕を辿り進むのだった……
「これは、どういうこと?」
僕たちが血の跡を追って森の中を走り回ると、そこには洞窟があった。
別にそれ自体は変なことじゃない……
その洞窟は僕が見たことある物だ……そう、見たことある。森の中で――
「ユーリ、どうしたの?」
「ここ、本を見つけた洞窟と同じだ!」
僕は警戒しながら洞窟の中を見てみると……やはり、なにか文字が彫ってあり、それが結界であることは簡単に理解できた。
でも、なんでここまでそっくりなんだろう?
上を見れば、ちょっとした丘もあって、確かあの辺から僕は落ちたんだよね……
「同じって、似たような場所だったの?」
「うん、ここに彫ってある結界もそうだよ……でも、おかしいな? この結界は熊も気付かなかったのに……」
「それより、血の跡、クロネコ、助けないと」
そうだった。
今はなんで似ているのかより、早くクロネコさんたちを助けないといけないんだ。
「そうだね……ルクスで照らすよ、皆……警戒しながら行こう」
「うん、私とシュカで先に歩くね? ドゥルガは後ろを守ってもらえるかな?」
「分カッテイル」
ルクスの光で洞窟内を照らすと、やはりそこには赤い道があり……ここを通ったのは間違いなさそうだ……
つい、先ほどのこととは言っても、この量だと……いや、考えるのはよそう、まだ間に合うはずなんだ。
「曲がり角だね?」
「え?」
そういえば、この洞窟……外観っていうか結界もそうだけど……本の洞窟と内装も一緒?
……本はなにか知らないのかな?
『残念ながら、ここは私の洞窟ではありませんよ』
僕の頭に直接響く言葉は先ほど聞いた声だ。
『良く似ていますが、今も私の洞窟はご主人様が訪れた、あの森にあります」
ってことは……ここはなんで似ているの?
いくらなんでもおかしい……意図的に似せない限り、ここまで一緒なんてことは無いはずだよ。
『ええ、仰る通りです……アーティファクトがある洞窟は似たようなもの多いのです。ですから奥に部屋もあるはずです』
つまり、これは誰かが似せたってことか……ということは、もしかして……もう一つ本があったりするのかな?
それには本とは別の魔法。
もしかしたら、攻撃魔法が主に刻まれる物があるかもしれない……ちょっと気になる。
「ドウシタ?」
「え? えっと、なんでもないよ」
いや、良く考えれば本の魔法はかなり強力だし、変に攻撃に特化した本なんて、この世界を壊しかねないか。
そんなことより、同じならもうそろそろ奥の筈だけど。
「今度は扉みたいだよ?」
「本当にそっくりだ……」
フィーの言葉で僕は目を奥へと向けると、そこには懐かしい扉が存在していた。
そっくりと言うより完全に同じだ。
やっぱり、なにか関係あるの? でも、なんでそんな所にクロネコさんたちは連れてこられたんだろう?
なんか、本当になんとなくだけど……嫌な予感がする。
「フィー!」
「ん?」
「気をつけて開けてね……」
このまま引き返したい所だけど……この先に居る人を助けるために僕たちは来たんだ……
覚悟を決めて、僕はフィーにそう告げた。
「分かってるよー、じゃぁ開けるよ?」
シュカが頷き、フィーが扉を開ける。
ルクスの明かりに照らされ、部屋の中がうっすらと見えた……だけど……
「え? な、なにこれ……」
僕の目に飛び込んできたのは……書庫ではなく、禍々しいオブジェが飾られた部屋だった……
「なんか、変な物がいっぱいだね?」
今までずっと本の洞窟に似ていたにもかかわらず、最後の部屋だけ全く違う。
あの真っ黒なオブジェはなんだろう? かなり大きいけど……
「ソンナ……馬鹿ナ……」
僕がそのオブジェに気を取られていると、ドゥルガさんが声をあげ部屋へと入ろうとする。
「ドゥルガさん、危ないよ!」
「そうだよ!? 罠があるかもしれないし、ちょっと待って、ね?」
「今調べる、すぐ終る」
そう、それぞれ口にする僕たちのことを無視し、彼は部屋の中へ入りオブジェへ近づいて行き……そのオブジェをペタペタと触りだした。
「ドゥルガさん!?」
「間違イナイ、兄貴ナゼコンナ……」
「……え?」
兄、貴……? まさか……
僕はルクスを動かし、そのオブジェを照らす……するとそれは真っ黒になってはいるけど、辛うじて形だけは留めていて……それは見た目からしてオークに間違いなく。
「取りあえず、危険は無いのかな? 入っても……ってユーリ!?」
きっとあのオークはクロネコさんの護衛をしてた人だろう。
だとしたら、クロネコさんは? 僕はフィーの言葉が終る前に部屋へ入ると、探し人の名を叫ぶ。
「クロネコさん!! どこですか!!」
ここにあのスプリガンがいるってことは知ってるけど……ゆっくりはしていられない。
ただでさえ、血が足りないはずなんだ。
「ユーリ、声大きい」
「まったく、だ……馬鹿まるだし、だな」
シュカの言葉に肯定する声、その声には聞き覚えがあって……
でも、かなり弱弱しい……慌てて声のする方へと振り返ると、そこには血塗れのクロネコさんが居た。
「その様子だと、なんとかって感じだね?」
「ああ、急所は運良く外れた。つってもな……この傷だ……もう、助からねぇ」
僕は慌ててクロネコさんに駆け寄り、傷を確かめる。
確かに酷い傷だ……でも、木針が無数に刺さってはいるけど、これならまだ間に合う。
「傷つきしものに光の加護を! ヒール」
僕の両手に淡い光が生まれ、クロネコさんの傷にあてがうと徐々に治り始める。
極端に体温が低いのは血が足りない所為だろう、あの大量の血だ、それは仕方ない。
治療が終ると、そこには目を見開いて僕を見るクロネコさんの姿と……彼の周りに散乱した無数の木針。
どうやら、間一髪って所だったのかな?
「フィー……確か、布あったよね」
「うん、クロネコこれ使ってね」
後はどうやって逃げるかだけど……恐らく、スプリガンたちはこの部屋で僕たちを見張ってるはずだ。
襲ってこないのは気になる、とはいっても今のうちに逃げた方が良いだろう……
そうすると……どうしたってフィーとシュカ、魔法を使う僕は身軽の方が良い。
僕は死体の近くに呆然と立ち尽くすドゥルガさんに視線を向けた。
家族を失う辛さは知ってる……でも、今は早く逃げた方が良さそうだ。
ん? そう言えばなにか変だな? あの死体焼かれたみたいだけど……なにが変なんだろう?
……そうか! あの死体にはあるものはずの物が無い! ってことは敵はあの魔物なんかじゃないんだ! 別のなにかがいる、あの魔物を操ってるなにかが!!
「ドゥルガさん!」
「……分カッテル、くろねこハ俺ガ連レテ行ク」
「お願い、二人とも早く逃げよう、人がいるかもしれない!!」
ドゥルガさんがクロネコさんを抱きかかえると、フィーとシュカが行く手を阻むように立つ……勿論、彼女たちがそんなことをする訳が無い。
でも、そんなことをするって言うのは……
「チッ……なんでお前らがここに居るんだ」
それは聞き覚えのある声で……いや、忘れるわけがない。
ついこの間、聞いたばかりの声……
「ユーリ、言うの、遅い」
「ごめん……僕も今、気がついたんだ」
仮面ローブは僕たちが入ってきた扉に立ち、部屋の中にいる僕たちの方へその顔を向けている。
死体に無いものがあることに気がついて、人の仕業かもしれないって思ったけど……まさかこの人だとは……
そう、僕が気になったのは、火をつけるための火種はおろか、くべてあるはずの木も無い……スプリガンが火を吹けるなら別だけど……
もし、出来るならとっくにそうしてるはずだ。
別の場所で燃やしたなら、なにかしら破損があるはずだ。
でも、それが見られない……他の魔物か魔法使いがいなければ、説明のつかない死体。
「ククク……まぁ、良い、お前たち中々腕が立つみたいじゃないかどうだ? 俺の物になれよ」
「なにを言ってるのかな?」
「なにお前ら三人は見た目も十分だ。売りもさせられるし、戦わせても良い、駒としては最高だろ?」
最低なことを言い放つ男は……依然、扉から動こうとはせず、僕たちの返答を待っているようだ。
どうする? あそこにいられたら、退かさない限り逃げれない。
グラースを使えば倒せるかもしれないけど、その後二人は動けなくなってしまう……
「ああ、安心しろよ、戦えるうちは兵力っていう駒として扱ってやるからさ! ククク……」
「安心もなにも、人を簡単に殺せる人にはつかないよ」
「あぁ?」
「腕を切り落とされた人、酷い傷、殺すのが、楽しい?」
え?
「ああ、見たのか……早く医者に連れて行けば、助かるとでも思ったか?」
どういう……
「馬鹿かお前ら、あんな愉快な玩具遊ばねぇ訳が無いだろ!! ククク……ハハハハハ」
そういえば……僕は腕の人のことを聞いてなかった……いや、聞きたくは無かった。
だって、僕が気絶してたんだから傷は治せない。
すぐに傷口を焼けば生きていたかもしれないけど、彼の仲間は逃げたと目の前にいる男から聞いたはずだ。
だから、彼のことは聞けなかった……
でも、早く行けば助けられるって思ってたのが間違いで……
「お前らが騒ぎを起こさずにしてくれりゃ……もう少し、遊んでから殺してたんだけどな」
「――っ」
仮面で見えないはずなのに男が再びこちらを向くと、その顔が得体の知れない笑みを浮かべている様で思わず息を呑む。
フィーが言っていた『人殺し』ってこのことだったんだと自覚し、情けないことに膝が笑い出し……立っているのもやっとだ。
「おいおい、お前ビビッてるのかよ?」
「……くぅ」
「そんなに怖いなら、俺の方に来いよ? 戦う必要も無くなるぜ!」
この人は何人殺して、こんなになってしまったんだろうか?
それとも、元々狂ってる?
「なんだよシカトかよ……いや、こういう時はあれか」
仮面がなにか思いついた様に掌に自分の拳を叩きつけると、フィーが僕の目の前に割って入る。
恐らく、なにかしてくると思ったんだろう……でも、彼は――
「へいへい! ピッチャーびびってるって……なんだよ、俺はお前に言うつもりなんてないぞ」
僕が聞いたことのある言葉を……大声を上げるように言い放った。
「それ、なんかの詠唱? それにしては、なにか起きる訳じゃなさそうだけど……」
なんで、そんな言葉が……
僕は野球は得意じゃないし、余り中継も見なかったし……良く聞く言葉じゃなかったけど。
「これが、詠唱? クククク……そんなわけねぇだろ馬鹿が! ただの煽り文句だよ!!」
家の窓を開けると聞えた、近くの公園で騒ぐ子供たちが口にしていた言葉だ……
当然、この世界には無い言葉。
まさか、こいつも? いや、でも……そんなはずは……
「ナ、……」
「ユーリ?」
「ナタリアって……名前は知ってるの?」
「誰だよ、知らねぇよ!!」
男は大げさな態度を取り、まるで馬鹿にするかのように大声で笑い始める。
「それ、こっちの煽り文句か、変な煽りだな……」
一通り笑い終えると、そんなことを言う……この様子からして、ナタリアのことは本当に知らないみたいだ……
でも、こいつが本当に日本人だとしたら、なんでここに?
「ユーリ、なんで……」
いや、アイツのこと気にしてる場合じゃない! でも、本当に地球の人? 駄目だ、なんか頭が……うぅ……落ち着け、落ち着くんだ……
相手が日本人でも、この場をどうにかしないと皆殺される。
その証拠にアイツは人を傷つけて楽しんでるんだ!!
「フィー! シュカ! 道を開いて」
「「わかった」」
僕の声を聞くなり、二人はそれぞれ武器を引き抜き仮面へと迫る。
グラースを掛けたい所だけど……あれは強い分、後に響く、なら……
「魔力の障壁よ、牙を防げ……マジックプロテクション」
光の衣を僕たち五人に纏わせる……これで多少は仮面の攻撃を防げるはずだ。
僕は傍でクロネコさんを抱えて立つ巨漢へと声をかけた。
「ドゥルガさん、ごめん、まだ足が震えてるんだ……」
「任セロ」
彼は僕を肩に乗せ、出口目掛け突進を始める。
魔物が隠れているかもしないけど、相手は今のところ一人だ……
「なんだ……この光は攻撃が通らねぇ!?」
「邪魔ダ」
「へ? うわぁぁぁぁ!? お、落ち!?」
狼狽する仮面の奥……つまり出口目掛け、猛進するドゥルガさんは二人が避けた所を狙い、仮面をその身体で吹き飛ばす。
壁へと叩きつけられた男は人間とは思えないほど身体をぐにゃりと曲げ地面へと落ち――
「クソ……また――」
そう言って動かなくなった……
これって、あの時と同じ藁人形? 確か、依り代とか言ってたはずだけど……前回も今回もあっけないような。
いや、今はありがたいと思っておこう……
「フィー、シュカ早く逃げよう!」
僕が二人にそう呼びかけると、ドゥルガさんは再び走り出し、二人はその後をついてくる形になり……洞窟を抜け村へと向かい急いだ。
それにしても、あの人はなんなんだろう?
どこかから、あの言葉を聞いの? いや、この世界でピッチャーなんて聞いたことが無い。
それに、先ほどあの人が言っていた様にあれは煽り文句……意味を知らなければ全く意味をなさない言葉。
僕以外に、いや……僕たち以外に似たような境遇の人がいた? 駄目だ、分からない……
それに、あの依り代……本人は一体どこに居るんだろう? 安全な所で見張ってる? それとも……依り代を使わないといけない状況?
どっちにしても、もう係わり合いにはなりたくないな。
それに、あっちも二度も撃退されたんだ。
もう会いたくは無いはず……でも、一応なにか対策はしておいた方が良いよね?
剣を使ってる分には強い、でもあれは脆いそれは確かだ。あの様子じゃ使いようによっては僕の魔法でも対処出来そうだ。
最悪自分自身をグラースで動けるようにすれば……
いや、それよりも先になにか武器を……前衛はやっぱり無理だ。
捕まったら最後、魔法さえ使えないだろうし……
足が震えるのはどうにかしたいけど、今回はちゃんと動けたし、動けるなら震えたって良い。
うん、駄目だ頭がこんがらがって……まとまらない。
「急イデ、ココヲ離レルゾ」
僕が混乱しているとドゥルガさんの声が聞える。
彼は兄と仲間が死んで辛いはずなのに僕を乗せクロネコさんを抱えたまま、森の中を走る。
「ユーリ、ちょっと良いかな?」
村の近くまで来て安心だと思ったのか、フィーが後ろから呼びかけてきた……ドゥルガさんも気を利かせてくれたんだろう、立ち止まってフィーの方を向いてくれた。
「どうしたの?」
僕は未だごちゃごちゃになっている頭を軽く振る、とフィーの話を聞くために耳を傾けた。
「なんで、さっきナタリーの名前を?」
さっき、なんでって呟いてたし、気になってるよね……
僕はドゥルガさんの肩から降りると彼女の問いに答えた。
「……さっきの詠唱」
「ん?」
「僕の居た所では……人を馬鹿にする時に使うんだ……」
「ナタリーがあの人を連れて来たって言いたいの?」
フィーは僕を見ず、悲しそうな声でそう言葉にした。
「異世界に、渡れるのはナタリアだけとは限らない……でも、可能性が高いのはナタリアだよ」
「――っ!!」
僕の言葉に顔を上げたフィーは……僕に対して向けたことの無い顔をしていた。
憤った……怒った表情で……
「ただ、疑問なのは」
「……なに?」
「ナタリアがあんな人をここに連れてくるはず無いんだ……心読める以上、あんな奴を連れてこない」
騙しても、騙しても、心を偽ることは出来るのか?
いや、ナタリアならそれさえ見透かしそうだ。
「それに、ナタリアじゃない証拠も取れた」
「証拠?」
依然、怒ったままその目を僕に向けてくるフィーの目から逃げないようにし、僕は口を開く。
「さっきナタリアの名前出した時、明らかに馬鹿にしたように笑ったでしょ?」
「それが、証拠なの?」
僕が、僕が高校に行くまで世話になったあの家でもそうだったんだ。
事故当初に誰に聞いても、僕が求めても、両親のことを誰も話してくれなかった……
幼い頃、両親が死んだって理解した時は僕を気にかけてくれていたって思ってたのに、その時を思い出してみれば……皆、僕を馬鹿にした様に笑ってた。
あの家の人は僕の両親が嫌いで、僕を引き取ったのも金目当て、僕を捨てなかったのは世間の目があるからだった。
仮面の表情を見ることはできないけど、あの身振り手振りから間違いは無い。
「さっき可能性が高いって言ったけど、ナタリアに限ってそれは無い!」
でも、一体誰だろう? ナタリアは自分で唯一異世界に渡れるって言ってた。
他に居ないわけじゃないだろうけど、少なくともナタリアが知る中では居ないんだ。
「なんで、そう言い切れるの? さっきはナタリーの所為みたいに言ってたよね?」
「……依り代を使う理由、身体が動かないんだと思う。前に戦った時、あいつは強かった、だったら本人が出てくれば良い……でも、それが出来なくて、あんなに脆い依り代に頼らざる終えないんだと思うんだ」
「依り代、確かに、脆い」
僕はシュカの言葉に頷き、なお続ける。
「ナタリアだったら怪我をしてる知人を見捨てない! それに本当に僕と同じだとしたら、それこそ証拠だよ」
「本当?」
そう一言言うフィーの声は振るえ、僕を睨む眼にも力が入る……
あまり言いたくはないけど……仕方ないか。
「うん、信じられないかもだけど、僕は別の世界に居てナタリアのお陰で無傷で転移出来た、それはナタリアの薬のお陰だよ」
「ナタリーの……お陰?」
「うん、ナタリアはその時『私なら転生ではなく転移させることが出来る』って言って薬をくれたんだ。
つまり、ナタリア以外にはその薬は持ってないってことだよ」
あいつは『こっちでは』って口にしたっていうことは……
「恐らく仮面と転移の時期はほぼ同時、どういう経路かは分からないけど、ナタリアとは係わり合いが無いのは確実だ」
僕がそう断言すると、フィーは膝をつきその場に崩れた。
「フィー!? どうしたの、どこか怪我でも!」
「フィーナ!」
慌てて僕たちが駆け寄ると、彼女は僕の服を掴み、顔を上げる。
先ほどまで怒っていた顔とは一転し、今度はその瞳に涙を浮かべていた。
「ご、ごめん、嫌な思いさせて」
フィーはナタリアと仲が良いんだ。
嫌な気分になるのは当たり前だ……黙ってれば良かった。
「違うよ? 嫌な思いはしたけど……ユーリと同じ場所から来たなら、ナタリーしか、いないんじゃって……」
「……え?」
「そんなこと……するはずないのに、他に誰が……って」
ああ、そうか……ナタリアのことだ。
最初の手紙の時に僕のことを書いてたんじゃないだろうか? だから、フィーも僕が異世界の住人だって知ってて……
そうだとしたら、さっき怒ってたのは……僕に対してもあっただろうけど、あんな狂人を連れて来たのがナタリアだとフィーも思ってしまったのじゃないか?
「大丈夫だよ、ナタリアがそんなことしないって、フィーが一番知ってるんじゃないかな?」
僕は手ぬぐいをフィーに手渡しそう一言告げる。
彼女はその手ぬぐいを受け取り、消え入りそうな声で……
「そうだね……そう、だったね……」
――と答えてくれた。
薄暗い部屋、包帯に身を包んだ男は苛立ちを見せる。
「クソがぁ!! なんなんだよ!! おい! 依り代はもっと強くならねぇのか!!」
彼以外、誰もいない部屋に彼は声を投げかける。
その声は部屋に響き、やがて消える。
誰もその声に答える者はいないはずだからだ……だが――
「それは無理って相談だなぁ、あれで限界とはいっても、あれでかなり強いからね」
誰も答えないはずの男の質問に、妖艶な女性の声が答える。
「弱いじゃねぇか!! あいつら風情になんで勝てねぇ!!」
「とはいってもねぇ……あいつらが単純に並みの冒険者以上の実力があるってことだよ……」
女性の声はそれを言い終えるとうふふと笑い、言葉を告げ足した。
「でも、安心しなよ……貴方様が動けるようになれば、あんな女共好きに出来る」
「それは、本当なんだな?」
「ええ、今まで嘘はついていない、そうでしょう?」
その言葉に男は舌を鳴らし、その様子に女の声はまたも笑う。
「では、主よ……もう暫らくの辛抱を」
「いや、その前に……俺の邪魔をした女共には罰を与えてやる、耳を貸せ」
「うふふ、なるほど……仰せのままに」
女の声はどこか満足そうに笑い。
「では……すぐに依り代の準備をしましょう」
その言葉は薄暗い部屋に溶けるように消えた。




