54話 森の狩人?
オークドゥルガを連れ、クロネコたちを探しに森の中へと向かったユーリたち。
だが、スライムが発生している場所にはクロネコたちはおらず、ただスライムの死骸があるのみだった。
不思議に思うユーリたち、そんな彼女達に迫る影とは……?
それは、次第にはっきりと形が見えてきた。
影は四つ……魔物ではなく人型だ。
大きさからいって三つはオーク、一つは僕たち人間と同じ大きさだ。
「……ね、ねぇ?」
僕は顔を引きつらせながら、フィーの方を見て言う。
「あれってどういうこと?」
恐らく、皆が聞いたのはこの音なんだろう。
感じた気配もこれなんだろう……
それは、ゆっくりと僕たちに近づいてくる。
そうゆっくりと確実に”森だと言うのに真っ直ぐ”に近づいて来ている……目の前にある邪魔な木々をへし折りながら。
「え、ええと……少なくとも、クロネコ本人じゃなさそうだね?」
「少なくともっていうか、絶対違うでしょ!?」
僕は、顔つきまではっきり見えてきたソレに指を指し、悲鳴の様な声を上げた。
ソレはクロネコさんとオークのような姿をし……恐らく、後ろから見たら絶対に見間違えるであろう容姿には間違いない。
でも、正面から見たら違うことがはっきりと分かる。
「あんなに口裂けてるんだよ!? 僕の耳の付け根ぐらいまで口あるんだよ!?」
「あ、あんな……魔物いたんだね?」
「初めて、見た、怖い」
いやいや、アレで怖くないって言われたら、僕ビックリだよ! って、初めて?
「あれって、森にいる魔物じゃないんですか?」
僕は、この森に詳しいはずのドゥルガさんに確認を取ってみると彼は……
「居ナイ、少ナクトモ、見タコト無イ」
ってことは……やっぱり突然変異?
「ユーリ、あのね、この森ではって言うかね? あそこまで人に姿形が似たのは初めてだねー」
「そうなんだ……」
あれも、以前のゾンビクマキメラと同じで、新種ってこと?
「で、でもさ……早く逃げよう?」
どんどん近づいてきてるし、このままじゃあの木みたいにへし折られるよ……
「大丈夫だよ?」
「どこら辺が?」
どう見ても大丈夫そうじゃないよ。
「魔物が人に変身するなんて聞いたことないし、あれは幻覚だねー」
「そうなんだ、それなら――」
いや、待って……全然幻覚には見えないよ?
どんどん近づいてくるし、その度にへし折られていく木の音は嫌に響いてる。
倒れた時の土煙も勿論幻覚と済ますには……
「フィー?」
「え、えっとー」
「幻覚、違う、あれ、本物」
うん、どう見たって本物だ。
「は、早く逃げ――」
僕の言葉は最後まで続かなかった。
なぜなら今、僕たちが向いている方向からだけではなく、後ろからもその音がしたからだ。
冷や汗を流しながら振り返ってみると、そこには――
「お、同じのがいるよ……」
「囲マレテルナ」
いや、そんな淡々と……
なんか、追い込まれてるし、まさかこっちを狩りの獲物としてるんじゃ?
「お、おかしいな?」
「魔物じゃないなら、人が変身魔法で姿を変えてるだけじゃ!? とにかく、早く逃げないと……」
「う、う~ん?」
フィー……そんな、のんきに考えごとをしてる暇は無いよ……とはいえ、どうやって逃げる?
空、しかないよね? でも、相手に魔法使いがいるなら、空に逃げることはばれてるはず……
でも、他に逃げ場が……
「ユーリ、やっぱりおかしいよ?」
「おかしいって、気になっても今は逃げる方が先だよ!」
「だって、魔族が化けても、全く別人かそっくりのどっちかだってナタリー言ってたよ?」
そんな両極端なことあるの!? い、いや、女性になった僕が言うのもなんだけど……
「やっぱり、これは幻覚だと思うよ? 臭いもしないし、間違いないよー」
そう彼女が笑顔を見せたその時――
「フィーナ、危ない、二人とも、伏せて」
突然シュカが声をあげ、フィーへ飛び掛る……忠告をされた僕とドゥルガさんは慌てて、地面へ伏せると……
僕たちの頭上を、なにかが通り過ぎて行くと僕の目の前になにやら木針らしきものが……ってこれ――
恐る恐る顔を上げて見ると、魔物か人か分からないものは居った木をおもむろに抱きしめ、それを粉々に砕き……僕たちに向けて再び投げようとしている所だった。
「まいった」
「え?」
「逃げ場、無い」
いや、確かにって、どうにかしないと!?
アースウォールで……いや、それだと遅すぎる。いくら頑丈だとはいえ、アレを展開させるまでには……
「あ、あれ? 本物だね? ……どうしようかー?」
フィーは現状を理解したようで、にこやかに困ったような笑みを浮かべる……いや、うん……気持ちは解るけどね?
「来ルゾ」
ドゥルガさんの声を合図にしてたかの様に、それは僕たち目掛け木針となった物を投げつけてくる。
フレイムウォールが使える時間があれば……ん? フレイム、ウォール?
要はアレは炎の壁、アースウォールと同じのはず、一回見てるしアースウォールなら何度も使ってる。
攻撃の為じゃなくて、守るための壁……
まだ、使ったことの無い本の魔法よりは上手く使えるはずだ……僕はそう考えると、立ち上がった。
「ユーリ、伏せて」
このまま、伏せてても針山になるのが目に見えてる、なら……
「焔よ我が前に全てを焼き尽くす盾を……フレイムウォール!」
勢い良く上へと燃え上がる火柱、盾や壁と言うよりは塔、それを僕たちの周りに出す……そう、イメージする。
魔法はイメージだってナタリアが言っていたし、初めて使う物でも一回見ていればそれがしやすい。
迫り来る木針を睨みつけていた僕の目の前が、突然……赤に染まる。
その赤はゆらゆらとゆらめき、時折なにかを焼くような音を立て、次第にその音が鳴る感覚が短くなっていく……
「や、やった……」
「なんとか、なったの?」
「とりあえずはね?」
これで、木針はなんとか防げた……でも、ここからどうする?
囲まれているし、逃げ場は無い。
「足手マトイデハ……無カッタカ」
「そ、そう言われるのは嬉しいけど、どうやって逃げよう?」
「川、ここから、逃げれば良い」
川、そうだよ川があった。
シュカの行っている通り、今ならここから逃げられる。
「駄目ダ」
「良い案だと思うけど、なんで?」
「僕もそう思うよ……このままじゃいずれ近づいてくるよ!」
「川ニハ肉食ノ魚イル、入ッタラ骨ニナル」
骨って……それじゃ、逃げ場が無いってこと?
あの腕でへし折られるか骨になるか、ってどっちも嫌だよ……
「ユーリ……」
フィーが指を指し僕の名前を呼ぶ、指している先を見たくは無いけど、なにを意味するのかは分かる……フレイムウォールの勢いが弱まってきてるはず。
自分の魔法だし、それはとっくに分かっているわけだけど……
うぅ……危険には変わり無いけど……
「分かってる、空から逃げよう」
「それも、駄目かな?」
人だった場合、そこに来るのは予測してるだろうし、駄目なのは……分かってる。
でも、あれが木を折ってくれた場所に上手く逃げ込めれば……
「開けた場所で上に一気に飛び上がれば逃げ切れ――」
「グリフィンの巣、近く、飛んだら、狙われる」
「そんな……」
炎の壁は僕の悲痛の声を表したかの様に消えた。
僕たちを囲む様にあるのは炎があったと言う事実を示す焦げ後と……
「ど、どうすれば……」
依然、僕たちを囲む正体不明のなにかだ。
やつらは僕たちに木針が効かないと分かると、じわじわと近づいてくる。
「戦うしかないかな?」
「戦うって、あんなのに捕まったら……」
軽く抱き疲れただけで……体中の骨が折れる。
でも、どっちにしたって逃げ場がない、せめてなにかできたら……
「ユーリ、魔法、増えたって言ってたよね?」
「う、うん……」
確かに増えた、とはいえ、この数じゃフレイムシュートじゃ対処はできない、それに……
「でも、この頃、本の魔法は癖が多いから危ないよ」
「このままじゃ、どっちにしても同じだよ?」
確かにそうだけど……増えた魔法は防御のための魔法だ……いくらなんでも、アレ相手じゃ……
『ご安心を、ご主人様』
「え?」
「どうしたの?」
「いや、今誰か呼んだ?」
皆、首を振ってるしもしかして、この現状に耐え切れなくなって僕の頭がおかしくなってしまったのだろうか?
『いいえ、やっと声が届くようになるまで、同調が完了しました』
やっぱり声がする。
でも、皆は何も反応を示さないし……これって僕の頭に直接?
なんかこの声、優しい感じがする? それになんか懐かしいような? んー……おかしいな聞いた覚えがない声なのに……
『それよりも、現状を打破させるのにはマジックプロテクションが相応しいかと思います』
マジックプロテクションってこの前、本に書かれた魔法だよね?
この声が誰のものか分からないし、お勧めされても使ったことが無い以上――
『ご安心を、その魔法はご主人様の魔力が続く限り、強力な防壁を生みます』
心を読まれてる? まさかナタリアの悪ふざけ? いや、無いか……それよりもなんで本の魔法のことを知ってるんだろう?
それに、効果だって……使ったこと無いんだから分かるはずが。
『分かるもなにも、私は私です』
「ユーリ?」
フィーの声に僕ははっとする。
ああ、本当に頭がおかしくなっていたみたいだよ……本が喋るなんてあるわけが無い……
僕は本を取り出し、表紙を見る。
実を言うと、二回連続で思わぬ事態が起きたから使うのが怖い……
フレイムウォールに関しては、自分で使ったことがあったから、まだ良かった。
でも、今ここで仮にマジックプロテクションを使ったとして……本当に皆助かるの?
『時間がありません、早く詠唱を――』
「嘘……でしょ?」
再び声が頭に響くと同時に、本は淡く光を帯びていた。
『もうすぐそこまで、アレが迫っています早く』
「ユーリ! どうしたの?」
『私は貴女様の魔法です……私はご主人様が詠唱を唱えなければ、なにも出来ません』
……本当に、僕の魔力の分だけ、皆は守れるの?
『保障いたします、そのように作りました』
今は、これに頼るしかない。本当にこの声が本だとしても、そうじゃないとしても、他に手がない以上、信じるしかないんだ!
「……天の使いよ、我らに守護と言う慈悲を! マジックプロテクション!!」
『受け賜りました……ご主人様』
魔法の名を唱え終わると、そんな声が聞え……僕たちを光が包み込む。
温かくてなんだか、薄い衣を纏っている様な錯覚に陥る。
……これが、マジックプロテクション?
「これは?」
「防御の魔法みたい……僕の魔力が尽きたら、それで終わりだから気をつけて!」
「分かった、全部、避ける」
シュカは彼女の武器であるナイフを構え、それを見たフィーも片腕で大剣を引き抜く……
「広くなったし、私も武器で戦えるねー?」
「客人ダケニ任セラレナイ、俺モ手ヲ貸ソウ」
ドゥルガさんは近くにあった太く立派な木に抱きついたかと思うと、それを根元から折り武器にするみたいだ。
まるで電柱柱……あれじゃどこかの神様に仕える”聖女”じゃなかった”猛女”と同じだよ。
オークで男だけど……
三人はそれぞれ迫り来る魔物に飛び掛る……僕も魔法で応戦した方が良いだろう……隙を見つけたらスナイプとかを――
「――っぅ!?」
「シュカ! ……くぅ!?」
僕がそんなことを考えていると、シュカがこちらへと飛ばされて来た。
光の衣はちゃんとダメージを軽減してくれたんだろう、彼女は素早く体勢を整えると再び、魔物へと向かっていく……
けど、今のなに? 僕はシュカの後姿を視界におさめながら思考をめぐらせる。
もしかして……これ。
「ム……」
「あまり効かないねー? これなら大丈夫そうだよ?」
ドゥルガさんとフィーが同時に攻撃を受ける……うん、これ間違いない。
魔力が続く限りって言うのは、こういうことだったんだ。
『お察しの通りです。ですからご主人様は攻撃を受けないよう、お気をつけくださいませ』
「言われなくてもそうするよ……」
というか、これじゃ下手に他の魔法も使えない。
特に本の魔法なんか使ったら……すぐに魔力が枯渇しちゃうよ。
「ユーリ!?」
僕の様子に気がついたフィーが声を上げたのが聞こえた。
それは、戦いながらこちらを気にしているわけで……
「フィー! 避けて!」
「え? うわわっ!?」
僕の叫びは間一髪、届いた様でフィーはなんとか攻撃避けてくれた。
大丈夫、魔力が無くなっていくのは感じるけど、まだ余裕はあるし……
「後、少し」
シュカは何度目か分からないが、こちらに戻されて来た時にそう呟いては魔物へと向かう……
「ナンダ、去ッテイクゾ」
「逃げて行くね? 知能はあるみたいだねー」
シュカが魔物の元へと辿りつく前に魔物たちは撤退して行った。
フィーの言う通り知能はあるみたいだし、クロネコさんたちに化けていたのは間違いなさそうだ。
「本当の姿は……かなり小さいんだね」
僕はフィーたちが倒し今は沈黙している、クロネコさんに擬態していた、それを見ながらそう呟いた。
それは、醜悪な顔をし……どこかゴブリンに似ていて小さいが、老人のような魔物、先ほどまで木をへし折ってたのが信じられない姿だった。
「ユーリ、大丈夫? さっきなんか辛そうだったけど」
「うん、この魔法、攻撃を受けた時に僕の魔力が減るみたいなんだ。大丈夫ちょっと、ビックリしただけだよ」
「そ、そう? 大丈夫なら良いんだけど……」
うん、まだ魔力には余裕はある、フィーに言った通り大丈夫だけど……
「クロネコ、捕まった?」
「かも知れないね……とにかくドゥルガさんこのことを知らせた方が良いんじゃないかと」
ドゥルガさんは考える素振りを見せずに頷いて口を開く。
「ソウダナ……同胞トくろねこハ気ニナルガ、客人ヨ一回村ニ戻ルゾ」
「うん、あんなのがいるんじゃ、一回態勢を整えたほうが良いね?」
「そうだね、そうしうわぁぁ!?」
ちょ!? 話してる途中で、ドゥルガさんに持ち上げられて肩に乗せられたんだけど、一体なに!?
「デハ、帰ルゾ」
「えっと、なんで僕はこんなことに?」
僕自身は戦ったわけじゃないし、怪我もしてない。
まぁ、魔法のお陰で皆目立った怪我をしてないけど、それだとしても、なんでいきなり?
「サッキノ奴ラ来タラ、オ前ノ魔法頼ルシカナイ」
「ちょっと休んで魔力を回復してってことだねー」
ああ、なるほど……でも、でもさ……
「これは……恥ずかしいんだけど」
「我慢、ユーリ、居ないと、アレは無理」
「そうだね、素早いシュカが何度も攻撃受けていたんだから、我慢してね?」
そ、そんな……
「諦メロ」
ドゥルガさんはそう一言言うと、村へと戻るために歩き始める。
こちらを気遣ってくれているのか、肩に乗っているというのに揺れはあまり無く助かるんだけど……
もう、魔力は回復したよっと告げても降ろしてくれず。
結局、僕はオークの村まで、このまま戻る羽目になった……




