51話 依頼報告
ゴブリンが大量に攻めてきたのは巣に問題があるのでは、というクロネコの話を聞きユーリたちは空を飛び、巣へと向かおうとする。
だが、空を苦手とするフィーナはまったく飛べずユーリとシュカに抱えられて進んでいく……巣へと着いた一行が巣の中を進むと……
巨大な魔物トロールが姿を現す、魔物をなんとか倒すことに成功したユーリたちはリラーグへと帰還をする。
リラーグへと戻った僕たちは報告の為、クロネコさんのアジトへと向かう。
以前、焼かれたと言っていた通り、そこは僕が見た景色ではなく、焼け焦げた景色が広がっている。
「ここ、全然……直されてないんだね」
「うん、ここはクロネコの住処だから、へたに領主さんも手を出せないんだよ?」
そうなんだ……
まぁ、情報屋って敵に回すと怖い感じがするし、あえて手を出さないってことなのかな?
でも、こんな状態で良いのかな?
「……うわぁ」
僕は目的地に着くと、思わずそう声に出してしまった。
フィーもシュカも声には出さないまでも、あからさまな苦笑いを顔に浮かべ……
「あん? お前ら意外と早かったな」
クロネコさんは、僕が思わず「うわぁ」っと口に出すほど、ひどい有様の家……いや、辛うじて形は保っている墨の中から出てくると、僕たちの顔を見るなり不機嫌そうな顔を作り――
「なんだよ?」
「い、いや……なんでもないです!」
「そ、それよりも、クロネコ! 聞いてないよ!?」
僕の言葉に続く様に、フィーは会話を切り出すけど……
「なにがだ……」
クロネコさんはご機嫌斜めのまま、一応は聞く素振りを見せてくれた。
「トロールが居るなんて、聞いてないよ?」
「あん? トロールが居たのか、そりゃご苦労様だな、で……逃げてきやがったのか……」
「ユーリ、倒した」
「なッ――!?」
何故か……ビックリされたけど……なんで?
それに、怪しむ様にジロジロ見られても、困るんだけどなぁ。
僕自身、運だけで戻ってこれたと思ってるわけだし、仕方が無いのかもしれないけど……
クロネコさんは僕を見ながら、考える素振りを見せると、不機嫌な態度をやっとやめてくれたようで――
「いや、トロールを相手にするなら、確かに魔法使いだ……あんな魔法が使えるとしたら、おかしくは無いか」
「う、運ですよ」
「だとしても、トロール相手じゃ馬鹿犬は動けねぇ……行動したのはお前だろ?」
確かにフィーは倒れてたけど……
シュカなら、どうにかなってたんじゃないのかな?
「まぁ、とにかく依頼は終了だ……無事に戻ったのは褒めてやる」
「うわぁ!?」
彼はポケットの中をまさぐったと思ったら、僕の手を強引に取り僕の手のひらに金貨をジャラジャラと落とす……
六枚? って……た、大金だ。
「馬鹿犬が居れば楽だろうと思ってたが、トロール相手じゃ役立たずだ。少しばかり色をつけてやった……やるじゃねぇか馬鹿女」
馬鹿って言うのは変わらないんだ?
でも、若干トーンが上がってるし、機嫌は良くなったみたいだけど……
「や、役立たずって仕方ないでしょ、種族的な物なんだし」
「ああ、こればっかりは……俺が安易にお前らを頼りすぎた……危うく金づるが減る所だったな」
「私たちの心配してくれない所が、クロネコらしいけど……」
「当たり前だ、俺が食っていく為には腕が立つ馬鹿共が必要なんだ。特に馬鹿犬、お前の様な有能な馬鹿には死なれたら困る」
「でも、ユーリが強いからって、私といつも一緒だから、お客が増えたわけじゃないよ?」
ああ、なるほど……情報を売る顧客が増えたって喜んでたのか……
って、あれ? なんで、クロネコさんはまた溜息を?
「お前……本当に馬鹿だな? お前の様な死ぬ確率の高い、馬鹿の保護者が出来て、客が減る可能性が減ったってことだよ」
保護者って……
「確かに……ユーリには助けてもらってばかりだねー」
な、納得しちゃうんだ……
「とにかく、俺はもう寝る。用は済んだろ、帰れ」
「え?」
寝るって……僕はもう一度、家を見てみるが……やはり、そこにあるのは墨……こんな家で、どうやって眠ると言うのだろうか?
「なんだ?」
「な、なんでもないですよ!?」
睨まれ、慌てて否定をすると――
「じゃ、じゃぁ、私たちも戻ろうかー」
「そうだね、行こうシュカ」
「ん……」
フィーに手を取られた僕は、空いている方でシュカの手を掴むと、急いでその場を去っていく、僕たちの後ろで……
「てめえら、なに逃げていやがる!」
そう叫ぶのが聞えたけど、フィーに引っ張られるまま街の中を走った。
「はぁ……はぁ……」
「お、弟さん飲み物……」
「れもねーど……」
かなり全力で走ったからか、すぐに酒場へと戻ることは出来たんだけど……僕たち、なんで走ったの?
「お、おかえり……随分とお疲れだね」
「う、うん、クロネコが怒りそうだったから、逃げてきたんだよー」
「お、怒りそうって、もしかして僕の所為?」
「あはは、気にしないほうが良いよ? あれで家を馬鹿にされるのが一番、嫌いみたいだから」
な、なるほど……でも、どう見たってアレは……もう家じゃないと思うんだよ……
「そんなに、酷かったのかい?」
「うん、真っ黒だったよ?」
ゼファーさんは苦笑いをしながら、飲み物を差し出してくれる。
でも、三つともレモネードだ。
さっき、シュカがちゃっかり注文してたからかな?
「クロネコくんも意地を張らずに直してもらえば良いのにね」
「あはは、そ、そうだねー」
フィーは受け取ったレモネードで喉を潤すと、一息つき。
「でも、ユーリのお陰で依頼は終わったよー」
「ご苦労様、それだ、さっきシルト様が来られてね」
シルト様? 確か領主さんの息子だったよね……
「居ないと伝えたら、手紙を渡してくれと言うことでね」
差し出された手紙の封を空けて、読んでみると……
そこに書かれていたのは、僕がお願いした、建物に魔法が使える場所を作って欲しいという物に関してだった。
要は結界の試作が出来たから、僕に試して欲しいってことらしいけど……他の魔法使いじゃ駄目なのかな?
「なんて書いてあるの?」
「結界の試作が出来たから、試してくださいってことみたいだよ」
「そっか、それで場所は?」
場所……そう言えばここには書いてない。
……見落としたのかな? もう一度、手紙を頭から読み直してみたけど……
「見直したけど、書いてないみたいだ……屋敷に来いってことなのかな?」
「それなら、そうだと思うよ?」
「施設作る、情報漏洩、駄目」
なるほど、でも……魔法を使っても大丈夫な結界ってだけだから、そこまで警戒する必要はなさそうだけど、違うのかな?
「ちょっと休んだら、行ってこようかー?」
「うん、そうしよう」
僕は出されたレモネードにようやく手を出し、喉を潤す。
甘く酸味のある飲み物は疲れが取れていくようで、今の僕たちにはピッタリだ。
「急いでは居ないみたいだったから、少しとは言わないで、ちゃんと休んでいきなよ」
「はい、そうします」
酒場に戻ってしっかりと休息を取った僕たちは、領主さんの屋敷まで足を運んでいた。
門番は僕たちが来たのに気がつくと、ピンと背筋を伸ばし――
「お久しぶりです、皆様。……シルト様から、今日来られるかもしれないことは聞いております」
「も、もし、来なかったら……どうするつもりだったんだろう?」
そう言えば、あの手紙日にちも時間も指定してなかったし、本当に来なかったら……どうするつもりだったのかな。
「その時は次の者に連絡をしてくれとのことでした。どうぞ……お入りください」
「し、失礼します」
初めて来た時は余裕が無かったから、あんまり考えなかったけど……
今、僕たち凄いことになってるんじゃ?
だって、こんなに大きな街の領主の息子さんに呼び出されているわけだし、一応武器は携帯してたのに、門番の人はそれを預かる素振りを見せない。
それ所か、中に居た兵士に話を通すと……僕たちは以前とは別の部屋に通された。
食事をしたあの場所よりは狭いけど、僕の部屋よりは大きく、ソファーなんかも触ってみると、ふかふかで身体が沈みそうな物だし……
「これは……流石に座れないね?」
「…………」
「う、うん」
勿論、僕たちは休んだといっても巣穴に行って帰ってきたばかりと同じ格好だ。
まさかこんな部屋に通されるとは思ってなかったし、すぐに結界まで行くからどうせ汚れると思ってたのに……
「ふかふか、………………」
シュカはソファーに座りたいのかうずうずしてるけど、汚れるのを気にして座ろうとしてない。
僕やフィーも同じだ……
座るに座れず、そのまま暫らく待っていると……扉が開く音と共にシルトさんが部屋へ入ってきた。
「皆さん、お待たせしました……遠慮なさらずに座ってください」
「えっと、私たち戻ってきたまま、来ちゃったから、ね?」
「う、うん」
流石にこの高そうなソファーは汚せないよ……
「大丈夫ですよ、汚れたら職人に任せて洗えば良いですから……少し、話をしたいので気になさらず、お座りください」
これ、洗えるの? うーん……悪い気がするんだけど、良いって言ってくれてるんだし、座って……
「って……シュカ!?」
「座って良い、言われた」
「さぁ、お二人もどうぞ」
僕たちがおずおずとソファーへと身を沈ませると、シルトさんも向かいにあるソファーへと腰をかける。
さっき話があるって言ってたよね……なんの話だろう?
「早速ですが……結界の試作が出来ました」
「手紙にあったものですね」
それは書いてあったから知ってる。
……でも、顔を見ると若干言いにくそうな表情をしてるけど、それがどうかしたのかな。
「試作って、ことは……まだ完成してないんだよね?」
「ええ、本来なら完成だったんですが……」
言葉を濁し、シルトさんは僕の方へと顔を向けてきた……僕、なにかした?
「あの様な大魔法ですと……従来の結界では耐え切れないでしょう」
「大魔法?」
はて、僕はそんな魔法使った覚えがないけど……
「本来なら、建てた後に結界で良いのですが、あれでは折角、建てた物が倒壊する恐れがあります」
「えっと……」
なんて言ったら、良いんだろう……
僕はそんな凄い人では無いし、普通の物で良いんだけどなぁ。
「ですので、これからユーリ様には私たちが作る結界を試してもらいます」
「試すって結界の中で、あの魔法を使うってことですよね?」
「ええ、その通りです……もし、あれ以上の魔法があるのなら、それでお願いしたいのですが……」
「い、いえ、あれ以上は無いですよ」
ナタリアなら、あれ以上の魔法を知ってるだろうけど、僕ではあれが限界だ……っていうか、フレイムウォールってそんなに凄いのかな?
確かに、疲れたけど……普通の魔法使いは僕より凄いはずだし……
「万が一のことを考えまして、結界はリラーグの外にあります。お手数ですが、同行いただけますか?」
「は、はい」
「私たちもついて行って大丈夫なの?」
「勿論ですよ」
良かった。もし、駄目って言われたら、僕はシルトさんに酒場まで送ってもらえないと帰れない所だったよ。
流石に領主の息子さんにそれは悪いよね。
「そんなに、ほっとしなくても……私はなにもしませんよ?」
「い、いえ……そうじゃなくて、フィーたちがいないと僕は駄目なんですよ……」
迷子的、戦力的っていう……二通りの意味で……な、なんか考えただけで情けなくなってきたよ。
「な、なぜ、落胆されているのですか……」
「な、なんでもないです……」
「とにかく、その場所まで行ってみようかー」
「そうだね」
フィーの言う通り、とにかく行ってみよう……
でも、本当に僕の魔法で結界が壊れるなんてことあるのかな?
屋敷から出た僕たちは、シルトさんの案内で目的の場所へと足を運んだ。
広い場所に魔法陣が描かれてるけど……あれが結界?
「では早速、中に入って試していただけますか?」
「分かりました……」
僕は言われるがまま魔法陣へと足を踏み入れ……言われた通り、フレイムウォールの詠唱を唱え始める――
「強固なる壁よ、焔を持ち得て、我が意に従え」
周りにはなにも無いわけだし……練習と確認も含めて、あえて本に書かれた方で――
「フレイムウォール!」
魔法を唱えた。
すると、昨日僕が使った魔法そのままが再現され、あっという間に炎の土壁が出現する。
「っ! ……くぅ……」
やっぱり、きつい……でも、後はこれを動かすだけだ……
そう思って動かそうとした……その時けたたましい音と共に、なにかが割れる音が僕の周りに響き渡り、僕は慌てて魔法をかき消した。
「な、なに!?」
「……やはり、この結界では……駄目でしたか」
だ、駄目って……壊れたの!?
まだ、動かしてすらいないのに……
「実際に設置する前に確認が出来て良かったですよ……なにを驚いているのですか」
「だ、だって、この魔法フレイムウォール……ですが、元は三つの魔法をあわせただけですよ?」
「ははははっ!!」
なんか、笑われた!? なにがおかしいんだろう……
「なんか変なこと、ユーリ言ったの?」
「いや、僕はなにも……」
「いやいや、ご冗談を……フレイムウォールなら私も使えます」
へ?
じゃぁこの魔法って……元々あった魔法?
でも、皆知らないみたいだったし……
「フレイムウォールはあの様に動かせはしませんし、そこまで魔力がこもった魔法でもありません」
「え、えっと……」
「でも……今、ユーリははっきりとフレイムウォールって唱えたよ?」
うん、フィーの言う通り、僕はそう唱えた。
間違いない。
「では、お見せすれば……良いでしょうか?」
「え?」
「焔よ我が前に全てを焼き尽くす盾を、フレイムウォール」
魔法が唱えられると、シルトさんの目の前には炎だけの壁が現れる。
だが、一向にそれは動く気配は無く……ただ、そこにあるだけだ。
「さて、ユーリ様のご冗談に付き合った所で……今日はありがとうございました」
「…………」
これが、本当のフレイムウォール?
「結界の方は次が出来次第……また、確認していただきたいので、よろしくお願いいたします」
「…………」
でも、僕の魔法もフレイムウォールだ……本にそう書いてあったし、間違いないのに……なんで、違う魔法なの?
「ユーリ様?」
「え、ええ、は、はい、なんでしたっけ?」
しまった。なにも聞いてなかった……
「ですから、次の結界が出来たら、確認をしていただきたい、と」
「わ、わかりました」
そういうことなら、お安い御用だ。
それよりも、魔法だけど……もしかして、僕は魔法を作った?
「ユーリ、大丈夫?」
「大丈夫、ビックリしただけだから……」
うーん、気にはなるけど……今考えても分からないし、ナタリアに手紙で聞いてみるのが良さそうかな?
「そうだ、ユーリ様」
「はい、なんですか?」
シルトさんが急に態度を改めてるけど、なにかあったのかな?
「いえ、今日食事でも、どうでしょうか? 用意させますので……」
「ええ、良いですよ?」
「ほ、本当ですか?」
なにをそんなに驚いてるんだろう……
「は、はい? 二人も大丈夫だよね?」
「…………」
「ユーリ、鈍感」
シュカがなにか言った気がしたけど……多分大丈夫とかそんな所だろう……
それよりも――
「フィー? もしかして……用事あった?」
なんで……フィーは若干機嫌が悪そうな顔してるの?
「えっと、私は良いよ、行ってきなよ?」
ええっと、なんで……若干トゲがあるんでしょうか、フィーナさん……
とはいえ、フィーが来ないんじゃ仕方が無い、か。
「えっとすみません、フィーが行かないなら……僕も遠慮しておきます」
「え……わ、わかりました」
そして、なんで、シルトさんはそんなにガックリしているのだろうか?
悪い気はするけど、フィーが一緒じゃないと街に慣れてない僕たちは迷子になるかもしれない。
なにより……今はシュカが居るとはいえ、前にタリムで襲われかけたことがあるからなぁ……
シルトさんはそんなことをしないだろうけど……帰り道にギルドの残党が潜んでました。とかだと目も当てられないし、バラバラになるのは避けておいた方が良いよね?
「で、では……私はこれで……」
「いえ、せめて、屋敷までは送りますよ、良いよね二人とも?」
「シルト、残念」
なにが、残念なのかな?
「……ユーリ」
シルトさんを屋敷に送って、酒場まで戻ろうとしている中、不機嫌そうだったフィーが話しかけて来る。
僕が顔をそちらに向けてみると、申し訳なさそうな顔をしているフィーが目に映った……
「どうしたの?」
「えっと、良かったの? 食事」
ん? 正直に言えば……あの時は全く味を把握出来てなかったから、もう一度食べたかったんだけど……
「フィーが行かないなら、僕は行かないよ」
「え?」
えって言われても、僕はフィーがいないと迷子になるし……
「あ、でも……シュカごめんね? 食事」
「シュカ、行くって、言ってない」
あれ? そうだったの……じゃぁ、なおさら行けなかったわけか、断っておいて良かったかな。
流石に屋敷の人に送ってもらうのは悪い気がするし、僕だけ食事を食べるって言うのはちょっとなぁ……
「ユーリは……私が行かないと、行かない気だったの?」
「うん、当然だよ」
「そっかー、迷子になっちゃうもんね?」
そ、その通りだけど……なんで笑顔で言うの?
しかも、尻尾振ってるってことは機嫌が直ったのかな……う~ん、なにがあったんだろう?
「じゃぁ、戻ろうかー」
彼女はそう言うと、僕の手を掴み走り出していく……
「うわぁ!? いきなり引っ張らないでフィー!?」
「人間、趣味趣向、色々」
なんのこと!? シュカは一体、なにを言ってるの? ってフィー速い、速いって!?
「フィー待って! もう、ちょっとゆっくり……転ぶ……転ぶっ!?」
ユーリたちが賑やかに酒場へと向かう一方、焼け焦げ……最早、家とは呼べない物の中に居る青年は、飛んで来たソレに向かって舌打ちをうつ……
「こんな時間に鳥かよ……」
苛立ちを表す様に一回強く尻尾を振ると、鳥の足についている手紙を手に取り……読み始めた。
辺りは暗く……普通の人間なら、一文字すら読むことが不可能であるはずの手紙に目を通すと、彼は再び舌を鳴らした。
「ゴブリンの次はトロール、その次はこれってか? 仕方ねぇ……明日行くとするか……」
幸い、今は夜だ……焦ることは無いと、彼は考え……手紙を乱暴にポケットに突っ込むと目を閉じ、寝息を立て始めた。




