50話 ゴブリンの巣
街へと戻り、休息をしていたユーリたちの元へゼファーが訪れる。
彼の話によると、ゴブリンが攻めてきたとのことだ。
再び、外へと戦いに出るユーリたちを待ち構えていたのは報告通りのゴブリンだったのだが、その数は軍隊と言ってもなんの疑問を感じないほどの数のゴブリン。
三対多勢……絶体絶命かと思われた戦況だったが、ユーリが咄嗟の思い付きである合成魔法「フレイムウォール」を使い、ゴブリンたちを撤退させるのであった。
翌朝、寝ぼけるフィーをなんとか起こし、僕たちは朝食を取っていた。
どうやら、ゴブリンたちは夜に攻めてくることはなく、今は至って平和みたいだけど……
「三人とも、依頼が来てるんだ」
昨日の今日で……もう依頼が……凄い人気なんだね、この酒場。
「ん? どんな依頼かな?」
「ああ、昨日ゴブリンが異常発生、異常行動していたよね……」
「確かにアレは凄い数でした……」
「百匹居れば、千匹居る」
シュカ、昨日は一匹居ればって言ってたのに……
いや、若干、青い顔をしてるし、アレは怖いのは分かる。
「それで、巣穴の方に、なにかあるんじゃないか? ってクロネコくんが言っていてね」
「クロネコが?」
クロネコさん……この街一番の情報屋で、性格が悪い人だ。
とはいえ、その情報は確かな物で、彼のお陰でギルドへの潜入に成功して依頼を完結させることが出来た。
でも、なんで……そのクロネコさんが?
「あるんじゃないかーって、ことは不確かなの? クロネコが?」
「うるせぇな……」
「うわぁぁ!?」
「でけぇ声だすなよ、馬鹿女」
う、後ろから急に話しかけられたら、誰だってびっくりするよ!
「ユーリのことを今、馬鹿言ったの? クロネコ」
「ああ、悪い忘れてた」
「なにを?」
「馬鹿女三人組、てめぇらに仕事の話だ」
「へぇ~?」
「フィ、フィー!? お、抑えてぇ!?」
クロネコさんに詰め寄ろうとするフィーに後ろからしがみつき、必死の思いでなだめようとすると……なぜか、クロネコさんは溜息をつき、呆れた様子だ。
「で、だ……」
そして……さも、当然のように話を始めてるけど……
貴方の所為なんですよ?
「俺の予測だと、巣に原因があるのは間違いない」
「……ふーん、そうなの?」
「チッ!! 本来なら俺が行って、情報を手に入れてから、お前らに仕事として売ってやるんだが……」
「クロネコ、弱い、ゴブリン多いと……、逃げられない?」
「あぁ!?」
シュカ……はっきり言っちゃ駄目だと思うよ……?
実際、クロネコさんは弱い訳じゃないらしいけど、冒険者に比べると自分の身を守るのが精一杯らしい。
フィーの言うことでは……僕でも勝てるとのことだけど……
もし、そうだとしたら……シュカの言った通りな訳で……
「ゴブリン、弱い、でも多いと、危ない、弱いなら尚更」
「テ、テメェ……」
そして、シュカはなんで……そんな逆なでする様に弱いって、単語を何度も使うんだろう?
心なしか、いじわるな顔になってる気がするよ……
「シュカたち、強い」
いや、さっきのお返しとばかりに言ってるんだコレ……
腕を叩いてるし、間違いない。
「で、依頼は一緒について来いってこと?」
「……クソ女が」
「クロネコ?」
「チッ! ああ、それなんだが、お前たちで見て来い! 俺も行った方が良いんだが……正直、足手まといだ」
機嫌が悪くなってるし、口調も怒鳴るようになってるし……シュカはシュカで勝ち誇ったような微笑を上げてるし……
「それで、もし巣穴になにかあったら、解決すれば良いんですか?」
「出来るならな!」
「シュカたちなら、出来る」
ク、クロネコさん……なんか睨みつけてきたよ!? テミスさんの次はシュカなの!?
「なら、解決してこいよ……そこまでを依頼にする」
「ええ!? で、でも……」
「出来るんだろ?」
とは……言われましても、洞窟の中じゃ流石にフレイムウォールは使えないし、あんなに数がいたら二人が……
「その前に聞きたいんだけど……」
「なんだ……馬鹿犬」
「ゴブリンたちは巣穴には……いないの?」
「だから、外に馬鹿みたいに、いるんだろうが……」
そ、それなら大丈夫かも……あれ、でもなんで……
「ゴブリンは狩りの時以外はあまり、出て来ないんですよね?」
「だから、巣穴に問題があるんだろうって予測が出来る……残っていたとしても少数だ」
だったら、行くまでが鬼門ってことで……入ってしまえば……いや……
「仮に、僕たちが巣に入ったとして、後ろからゴブリンたちが来るんじゃ?」
「はぁ……」
なんで、溜息を疲れるんだろう?
普通に考えたらそうだと思うよ……
「人間を襲うぐらいだから、人より怖いのが巣に居て、戻りたくないから、大丈夫って所……かな?」
ああ、なるほど……巣を奪われちゃったのか……
「その通りだ……とはいえ、巣の外には腐るほど居やがる」
うん、流石に……あの数を切り抜けてから行くのは、無理があると思う。
それに、見た数以上に居るかもしれないわけだし……得策は……
「馬を借りようかー」
僕がなにを考えているのか、分かったんだろうか?
フィーは引きつった笑みを浮かべながら、提案をしたけど……
「馬鹿犬、それじゃ捕まるぞ」
「うぅ……」
だよね、囲まれたら……馬じゃ身動き出来なくなっちゃうし、落とされたら二人ならともかく、僕は大怪我だ。
「おい、馬鹿女……」
「それって……僕のことですか?」
「お前しか、居ないだろ」
うぅ、確かに僕はこの世界に詳しくないし……今現在女の子だけど……馬鹿女って何度も呼ばなくても、良いじゃないか……
「お前のエアリアルムーブで巣穴に直接、飛んで行け」
「……それしかないですね、それが一番安全か……」
「わ、私だけ……馬じゃ、駄目?」
フィーはやっぱり……空で行くのが嫌だったんだね……
「死にたいなら勝手にしろ、俺は知らねぇ」
「それは駄目……フィー、今回だけ、我慢してくれるかな?」
「ぅ~~、分かった……」
彼女はうなだれ、尻尾を力なくだらんと下げると……渋々了承してくれた。
そういえば、空……といえば、あの件はどうなったんだろうか?
「クロネコさん、そういえば……グリフィンの卵の方はどうなったんですか?」
「ああ、それか……まだギルドは戻って来ちゃ居ないが、相手はグリフィンだ。そう簡単に戻ってこれやしねぇよ」
そういうもの……なのかな?
いや、戻ってきてギルドが無いってことを知ったら……色々と問題が起こるんじゃ?
「まぁ、ギルドの話は、奴らが戻ってこないと始まらねぇ」
「そうだねー、そこは偉い人に任せておけば……大丈夫だと思うよ?」
「そいうことだ……お前らはとにかく、ゴブリンをどうにかしろ! 分かったか」
それで良いのだろうか?
でも、僕たちになにか手段があるわけじゃないし……目先の問題はゴブリンの襲撃だ。
なにかしらの対策を考えるにしても、先に解決しておかなきゃ……これから、どうなるか分からないし……
そういえば、ゴブリンって穴を掘るのが、得意なんだよね?
「ね、ねぇ?」
「ああ?」
「ゴブリンが穴を掘って、リラーグの中に来るってこと……あるかな?」
もし、そうなったら……街にゴブリンが溢れかえることになるわけで……
「無いよ? そんなことしたら、自分たちが危ないって――」
「いや、今まではそうだ……だが、あるかも知れねぇ」
や、やっぱり……リラーグは石で綺麗に道が出来てる。
でも、日本とかみたいにコンクリートとかじゃないし、穴を掘れば……簡単に入れちゃうよね?
「でも、ほら……街には冒険者がいるよ?」
「だとしてもだ、やつらはお前らに敵わないと感じたから、軍勢で攻めてきた」
「すごい、数だった」
咄嗟の判断であの魔法を使わなかったら……今頃僕たちはどうなってたのか、分からないぐらいだよ。
「だが、予想外のことが起きた」
「予想外?」
「お前だ……お前が見たことも無い魔法で、その軍一部を倒し……なお立って居やがった」
「そ、そんな……凄いことしてないですよ」
普通の魔法なら、もっと早く対処出来たはずだし……僕のは時間が掛かりすぎだと思うんだけど……
「だが、街の中であの魔法はおろか、他の魔法は使えないだろ……」
僕の言葉を無視し、クロネコさんは話を続けている。
「街の中には人が居るだろ? 守る立場の冒険者が、危害を加えるはずが無い。奴らはギルドだのを知らねぇからな、そう考えるだろう」
「つ、つまり?」
「分からねぇのか馬鹿犬、街には冒険者が居る。だが、最も恐ろしい魔法使いの魔法を封じれる」
確かに、僕以外にも魔法使いは居る。
僕はともかく……その人たちが戦えないとなると、僕たちは避難をさせながら、ゴブリンたちと戦うことになる。
中にはテミスさんの様に戦える人は居るだろうけど、数ではゴブリンの方が多いはずだ。
「おまけにやつらは奪った武器を持ってるだろ? 今までのゴブリンと舐めてかかってたら……死ぬぞ?」
ク、クロネコさん、いつの間にその情報を手に入れたんだろう?
昨日、僕たちと兵士たちが見ただけのはずなんだけどな。
「私たちの戦いを見てたの?」
「ああ、ゴブリンが攻めて来るなんざ、初めてだからな」
「そう、だったんですか……」
「だとしたら、なおさらだ……お前ら早く巣穴をどうにかして来い!」
巣穴? でも……
「街は良いの? だって……ユーリも言ってたけど……」
そうだよ、このままじゃ、リラーグが危ないんじゃ?
のんびりと巣穴に向かってる場合じゃ、ないはずだけど……
「ああ、奴らも巣穴をどうにかしようと見張りか、なにかを立たせてるだろう、だとしたら、対抗してきた三人が巣に入ったことは伝わる」
「原因、解決して……出てきたら、巣に戻る?」
クロネコさんは静かに頷き、肯定する。
つまり、リラーグに向けて穴を掘ってたとしても、先に巣穴さえ戻れる状況にしてしまえば……こっちを狙ってこない?
うーん、でも、そんなので大丈夫なのかな?
「なんだ……他に方法でもあるのか?」
「だって、途中まで穴を掘ってた、としてですけど……」
「ああ?」
「巣穴が大丈夫ってなっても途中で戻りますか? そこまで来たら、リラーグに責めてくるんじゃ?」
あんなに必死になってるわけだし、なにか奪っていくまで帰らない可能性だって……
「大丈夫だ、奴らは安全を優先する……冒険者の巣窟の街に来るのだって、巣穴が安全じゃねぇからだ……」
「でも……」
「答えはさっき馬鹿犬が言ってるだろ、馬鹿女。
巣穴に人より強いと思える魔物が居る……ってことだろうが」
「つまり……私たちが、それを倒す実力があれば……」
「ああ、街にはそういう奴が何人も居るって思って……逃げ帰るってわけだ」
そういうものなのかな?
「ほら! 早く行って来い! 大丈夫だ、街のことは俺が情報を流して、酒場に警戒させる」
「わ、分かりました……それで巣穴ってどこにあるんですか?」
僕がそう質問をすると、呆れた顔をしたクロネコさんに盛大な溜息をつかれた。
「巣穴はここから南に進んでいけばある……恐らく、巣と言うよりは洞窟に近いはずだ」
「ありがとうございます、それじゃ行ってきますね」
そう答えた僕が……シュカとフィーに目を向けると……
「ほ、本当に空から……行くの?」
「う、うん……だ、大丈夫だよ、僕が支えるから、ね?」
「分かった、けど……落ちないよね?」
僕は大丈夫だよっと、もう一度言い、席を立つ――
「ほら、早く準備して行こう?」
二人にそう告げた。
支度を整えた僕たちは、リラーグを門から抜けてすぐの所に居る。
酒場から飛んで行った方が速いとは思うんだけど……
一応、犯罪とかを警戒しているみたいで、門から出入りしなければいけないらしく、門番に理由を告げ、現在に至るっという訳だ。
「じゃ、魔法をかけるよ、我らに天かける翼を、エアリアルムーブ」
僕が魔法をかけると、シュカは大地を蹴り、高く飛び上がる。
元冒険者と、言うだけあって……こういうのに慣れてるんだろうけど……
問題は――
「フィ、フィー……大丈夫?」
「う、うん、大丈夫だよ? 早く行こうか?」
「あの、えっとね……」
「うん」
僕はフィーの足元を見て、指を刺し……
「浮いてはいるけど、地面すれすれだよ……」
「こ、これが……限界だよ?」
そういえば、前もたいして……浮かされてなかったっけ?
でも、シュカは遥か上空に居るわけで……それに、この位置じゃ地面を歩いてるのとなんも変わらない。
「ほら、手を出して」
「うぅ……」
おずおずと差し出される手に、いつもと立場が逆だなっと思いながら苦笑すると……僕は空へと目掛け、飛び上がった。
「きゃあぁぁぁ!? ユーリ! ユーリ高い!? 高いよ!?」
「ちょ、ちょっと!? フィー! そんなにしがみついたら危ないよ!?」
というか、いつも夜抱き付かれているけど、慣れてるわけじゃないので、そんなにくっつかないでください、フィーナさん!?
いくら鎧があるとはいっても、軽装なんだし……色々と……って、なんで僕そんなことを?
そういえば、部屋が一緒だと知った時も、着替えの時も……普通に反応してたような? って、そんなこと考えてる場合じゃないよ!?
「フィー、大丈夫だよ……魔法で浮いてるんだから、自分の意思で落ちるって――」
「ユーリ、駄目」
「え……落ちるの?」
シュカの忠告とフィーの言葉が……同時に聞えたかと思った瞬間、今までしがみついてはいても、浮いていたフィーの身体が急に重力に従い始める。
当然、僕はフィーに抱きつかれたままなわけで……
「うわぁぁぁ!? フィー、大丈夫だから! 落ちないからっ!?」
「落ちる!! 落ちちゃうよ!? ユーリ!!」
「ユーリ、迷子、フィー、空、苦手」
「そ、そんな……悠長なこと言ってないで助けてよ、シュカ!?」
僕の叫び声に答えてくれたシュカによって、二人とも落ちてしまうという事故はまぬがれて、フィーは街での僕と同じように、僕とシュカに支えられ移動することになった。
「空、怖い……もう、降りたいよ?」
いつに無く小さく弱気の声が、ずっと呟かれていたのは分かってたけど……心の中で謝りつつも僕たちはゴブリンの巣穴へと急いだ。
道中はシュカが地図を確認してくれて、真っ直ぐなど言ってくれたから、迷うことは無かったけど……二人だったら今回……絶対危なかったよね?
「あった、あそこ」
シュカは巣穴らしき洞窟を見つけると、地図を持っている手で指を刺す。
空からだと丸見えだけど、茂みの中に洞窟の様子を伺うようにしているゴブリンが居ることから間違いは無いはずだ。
「ゴブリンはどうする?」
見た所……数は少ないし、なんとかなりそうだけど……
「倒したら、もしもの時、伝令を伝えるゴブリンがいなくなっちゃうよね?」
「直接、巣穴に入る」
それが一番かな? 本当にリラーグに向かってるなら、逸早く巣穴の変化に気付いてもらわないといけないし……
「ゆっくり、降りよう」
「や、やっと……降りるの?」
因みにフィーはずっと目を瞑っていたわけで……地面に足が着いたのを確認すると恐る恐る目を開けた。
「奥、暗いね?」
彼女が呟いたように奥は暗い
巣穴は思ったよりずっと広く……見渡して見ると、松明を固定する金具があるのが分かったけど……
肝心の松明は無いし、いつも通り僕は魔法を唱える。
「我が往く道を照らせ……ルクス」
光が灯り、洞窟の奥が少し見えるようになる……
さっきのゴブリンは……うん、来る様子は無いみたいだ。
「奥に進もう」
「…………」
シュカは頷き、僕の前へと出て、洞窟の奥に歩いていこうとする。
あれ? フィーは?
「フィー?」
「ちょ、ちょっと、待って……足が動かない……」
声がする方に目を向けても、そこにはフィーは居らず、視線を少し下へと下げてみると、座り込んでいる彼女が目に留まった……
「腰が抜けたの?」
フィーは僕の問いにゆっくりと頷く……って、そこまで苦手だったんだ空。
ナタリア……これ重症だよ。
暫らく休憩すると、フィーはなんとか持ち直したみたいで、僕たちは洞窟の奥へと足を進めた。
「それにしても……」
「どうしたの?」
僕は辺りを見回してみると……穴、穴、穴……穴だらけだ。
これ、いくらフィーとシュカが居ても、原因を見つける前に迷子になっちゃうんじゃ?
「大丈夫、ゴブリン、習性ある」
「習性?」
「そうだよー、ゴブリンは移動するための道を住処つなげるから」
「どの道を通っても大丈夫? でも、それじゃ崩落するかもしれないってことだよね」
「木とかで支えてるみたいだから、大丈夫だと思うよー」
本当に頭良いんだ、ゴブリンって……
でも、これで万が一僕がはぐれても大丈夫だね。
どこかの道に行けば……必ず住処に着くわけだし、安心だ。
「でも、ユーリは離れないでね? 一人で外に出たら危ないよ?」
フィー、僕は君に迷いに迷って、外に出るって思われてるの?
……否定できないのが悲しい。
道のことを話してから、暫らく歩き続けた僕たちは一際大きい道に出る。
外にあんなにいたゴブリンたちは居ない……本当にもぬけの殻だ。
ルクスの光のみで照らされた洞窟は薄暗く足音だけが耳に届く……
生物が居ない洞窟って言うのは、前に皆で行った毒草の洞窟が思い当たるけど……もしかして同じ物があるのかな?
「……ぅ」
「…………っ!?」
僕が一人、その可能性について考えている中……突然、二人が鼻を手で覆い始めた。
「どうかしたの?」
「ユーリは臭わない?」
なんのことだろう?
別に変な臭いなんてしないんだけど……そう思いながらも一応、鼻を利かせてみると……
「っ!?」
かすかに、本当にその程度だけど、変な臭いが鼻を通った。
「こ、これ……なに?」
「トロール、居る」
ト、トロール? ってあの、映画とかゲームとかに出てくる……ボーっとした巨人だよね?
「トロールか……繁殖期……には、まだ早いよね?」
「まだ、来てない、はず……」
「えっと、なんのこと?」
「えっと……トロールは油で身体が覆われているから、炎の魔法で倒せるよ?」
はぐらかされた……
いや、さっきの二人のやり取りで大体予想はつくから、これ以上聞かないでおこう……
「炎の魔法だね? わ、分かった」
「こっち、来る」
僕はシュカが睨みつける方へとルクスを動かす……
すると、そこに現れたそれは、僕たちの倍はあるんじゃないか? っと言うほど大きく、足よりも長い手には巨大な棍棒を持っていて……
身体はフィーの言った通り、油のような物でぬめっており……その顔はゴブリンの顔より、人からかけ離れた物だった。
そして、なにより――
「うぐっ……」
鼻が曲がる所じゃない臭いだ。
「も、もう、駄目……」
「フィー!?」
どさりっと言う音がしたと思い、僕が音のほうへと目を向けると……そこには目を回し倒れているフィーの姿があった。
なにもしてないのに……いきなり倒れたよ!?
「狼の森族、シュカより鼻良い、トロール、天敵……」
フィーって、犬じゃなくて狼だったの!?
いや、そんなことより……目の前のアレだ。
「トロール、魔法使い、天敵」
「分かった!」
確か、ソティルにフレイムシュートって魔法が浮んでたはず……
詠唱は……
「撃ち放て、焔の弓矢! フレイムシュート!!」
魔法を唱えると、目の前には炎で出来た弓矢が現れる――
「…………あれ?」
いくら待っても、矢が放たれることはないけど……もしかして、これって……
僕が実際に使うの?
「ユーリ……早く、シュカ、倒れそう」
シュ、シュカまで倒れたら、僕どうすればいいの!?
でも、弓熱そうだし……ああ、もうっ!
「――っ!? ……熱くない?」
思い切って触った弓は……不思議なほど熱を持っておらず、炎は服に燃え移る気配は無い、これなら使えそうではあるけど……
矢は――矢はどこ?
「矢が無いと……弓は撃てないよ!?」
「トロール、来てる……」
「うわぁぁぁぁ!?」
矢、どこ!? ってシュカ倒れそうだし、トロールはゆっくりではあるけど、近づいて来てる!?
「……ユーリ、持って……る」
持ってるって、いや、スナイプもこの矢を使ってるわけだし……無い以上、試してみるしかない。
矢筒から矢を一本取り出すと、僕は弓を構える……
すると、先ほどまではなんの動きも見せなかった炎の弓は、瞬く間に矢を炎で包み込んだ。
「駄目……?」
思わずそう呟いた僕だけど、不思議と矢は燃え尽きず、そのままの形を保ち続けている。
これなら、使えそうだ……でも、剣とかは使ったことあるけど、弓なんて初めてなのに使えるの?
不安に思いながらも、ゆっくりと確実に迫り来るトロールへ矢尻を向ける。
「……っ……はぁ……」
外れたら、どうする?
フレイムボールで矢を包んで飛ばす?
でも、それも駄目だったら……
「うぅ……」
不意にフィーのうめき声が聞え、僕はもう一度フィーの方へと向き直る。
このままじゃ、フィーは動けない。
そうなったら、トロールはどうするんだろう?
時期じゃないから大丈夫みたいなことは言ってたけど、その他のことはありえるんじゃないのかな? それに万が一ってこともある。
「ユーリ……早く」
シュカも、倒れるかもしれない。
シュカも同じ目に遭うかもしれない……
「――っ!? 当れぇぇぇぇ!!」
僕はトロールへと狙いをつけ、切実な願いを叫び矢を放った。
その願いに答えてくれたようで炎の矢はトロールへと向かう……でも……
「……え?」
トロールはその手に持っていた棍棒で炎の矢を軽く振り払い……僕たちへと向き直る。
外れた? そんな、もう一度……
「え、っちょ……」
僕は慌てて矢を取り出そうとし……だけど、僕が持っていた炎の弓はそれをあざ笑うかの様に消えた。
嘘でしょ?
当るはずだったのに、そんな……
僕の困惑を知ってか知らずか、トロールは近づいてくる。
フレイムボールは駄目だ。
僕じゃ火球を飛ばすことは出来ないし、フレイムウォールは使える広さじゃない。
「なにか、なにか魔法……」
ルクスの光に照らされてるはずなのに、影が出来たことに気が付いた僕は顔をあげると……そこには……
棍棒を振り上げたトロールが居た。
臭いもさっきより、ずっときつくなっていて……ああ、僕、死ぬのかな?
「逃げて、ユーリ、早く!」
逃げるって……どうやってだろう?
死ぬって分かった時から、僕の足は震えて動かないし……口もガタガタして動かない。
いつも助けてくれたフィーは……後ろに倒れてるし、辛うじて動けそうなのはシュカだけだ。
やがて、棍棒は僕へと振り下ろされ……
『――――ッ!!??』
大きな音をたてた。
「え?」
震える口から声が出た……どういうわけか、僕の横には巨大な棍棒が転がっており、目の前のトロールには炎の矢が突き刺さっている。
やがて、魔物の油に引火した炎は瞬く間に巨体を包み込むと……
僕へ目掛け倒れこもうとして来た。
「ユーリ!! フィーナ!!」
フィー? そうだ、このままじゃフィーが押しつぶされる!?
「――っ!? 我が意に従い意思を持て! マテリアルショット!!」
咄嗟に魔法を唱え、倒れこむトロールを僕たちとは反対へと吹き飛ばすと、僕は慌てて後ろへと振り返る。
「……ふぅ」
フィーは相変わらず目を回し、倒れているけど……無事みたいだ。
でも、さっきの魔法は?
誰かが……助けてくれたのかな……
「シュカ、誰か居る?」
「居ない、シュカたち、だけ」
ということは……さっきの魔法って僕の?
でも、フレイムシュートは外れたはず……だよね?
「炎の矢、トロールの後ろ、急に出てきた」
「急に……?」
もしかして、当るまで魔法が消えない?
いや、それは都合が良すぎるかな? でも、一回外れても大丈夫って、ことなのかもしれない。
「ユーリ、動かない、びっくりした」
「そ、それは、お互いさまだよ……」
まだ足は震えてるし、心臓はバクバクと脈を打ってるけど……とりあえずは動けそうだ。
「シュカ、まだ居そう?」
「トロール、繁殖期以外、一人」
「そっか、分かった……」
僕はフィーに近づき、身体をゆする。
「フィー! 起きて」
「……うぅ…………ぅぅ」
駄目だ……起きそうもない。
「二人で、抱えて、行く」
「それしか、なさそうだね」
シュカの提案に乗り、僕たちは来た時と同じようにフィーを支え、出口へ向かう。
それにしても……危なかった。
フレイムシュートが外れた時は本当に終ったと思った。
けど、その特性が分かっていれば、便利な魔法かもしれない。
届かなくても、狙いが合ってたら当るかもしれないし……戻ったら他の魔法も確かめてみよう。
「ぅぅ?」
「フィー、大丈夫?」
「トロールは?」
「ユーリ、倒した」
ギリギリだったけど……いや、倒したというか、運そのものだったような……
「流石ユーリだねー、でも……まさか、トロールがいるなんて、聞いてないよ?」
「僕たちもだよ……」
というか今日は空飛んだり、トロールに遭遇したり、死にかけてたり、フィーは散々な目に遭ったる気がするよ。
無事で良かった……
「とにかく、倒したなら……空は飛ばないよね?」
「ゴブリン、いっぱい、帰ってくる、危ない」
「空の方が……安全だね」
僕の言葉を聞いたフィーは、ガックリとうなだれ……僕たちに引き摺られるように洞窟を後にした。
勿論、リラーグに帰るのは空経由だった訳で、その間フィーは目を瞑り丸くなって――
「空怖いよ? ユーリー、大丈夫だよね?」
っとなんども言われたし、リラーグに着いた時もまた腰を抜かしていて……本当にフィーにとって散々な一日になっていた。




