49話 ゴブリンパーティー
新たな依頼を受けたユーリたちはゴブリン討伐をしていた。
ゴブリンとは本来人をあまり襲わない魔物らしく、ユーリの知るゴブリンとはまったく違っていた。
だが、今回は……どうやら冒険者を襲っているらしくて?
「フィー、今の戦闘で矢を使ったから、買いに行きたいんだけど……」
僕はリラーグの中へと入った所で、フィーへと告げる。
一人で行って来れば良いとは思うんだけど……僕は迷子になりやすい。
シュカも、まだ、この街には詳しくないみたいだし……僕はフィーに頼らないと、この街を歩けないことになる。
場所、時間、問わず……いつも、なんだけどね……
「分かった、じゃ……一緒に行こうかーシュカちょっと寄り道するよ?」
「うん……シュカも、ついて行く」
ん? シュカがなんか嬉しそうだけど、どうしたのかな?
勿論、一緒についてきてもらうつもりだったけど……
あっそうか、武器屋には……今はあの子が居るんだっけ?
「ユーリ、フィーナ、早く……」
「あはは、すっかり元気だねー?」
「確かに、さっき疲れたって言ってたのにね」
シュカの後を追うように武器屋に向かう、僕たちはほどなく目的地に着き、扉を開けると、以前とは違う人が出迎えてくれる。
「いらっしゃいませー! シュカ? それにユーリさんたちも……お仕事終ったんですか?」
兎のような耳と丸い尻尾を持つ女性の名はクルム、僕を助けてくれた人だ。
食事会の後、シュカになにを約束してたのか聞いてみたんだけど……どうやら、シュカが皆を助けると彼女に約束してたらしい。
彼女は、今この店でアルバイトのような扱いを受け、故郷に帰るための費用を稼いでいるとのことだ。
そう、拉致された人たちは、この街の人たちを除き、皆こうやって働くことになっていた。
領主さんがあらかじめ建てておいた宿舎に身を置き、それぞれが自由な仕事をし、お金を稼いでいる。
最初の約束通り、奴隷市場がなくなり仕事が無くなった奴隷商は仕事の斡旋所として機能し、結果的に奴隷は少なくなった。
とはいえ、やはり無理やり連れてこられた土地だし……戻りたいと願う人が多く、彼女もその一人だ。
「クルム、これ……」
そんな彼女を心配してか、シュカは布にくるんだ物を彼女に渡す。
あれは……なんだろう?
首を傾げる僕にフィーがそっと耳打ちをしてくれる。
「さっきのゴブリンが持ってた宝石だよー、テミスに売れば、金貨一枚ぐらいかな?」
「なるほど、それは良いお土産だね」
「これは……シュカこれ、皆さんで分けないと……」
「フィーナ、大丈夫言ってた、ユーリもきっと、良いって、言ってくれる」
「でも……」
心配そうにクルムさんが見てきたけど、シュカがしゅんとしちゃってるし、受け取って良いのに……
「シュカもそう言ってることですし、受け取ってください」
「で、でも……」
「それと、矢が欲しいんです、この矢筒に入るだけお願いします」
矢を補充した後、クルムさんは再び宝石を返しますとか言ってたけど……
「大丈夫、私たちもいっぱい取ってきたから、一つぐらい受け取っておきなよ、ね?」
っとフィーがフォローを入れて、ようやく彼女は宝石を懐に入れた。
因みに宝石はあれ一個だけだったらしい。
それにしても、実家か……シュカは親族が殺されたらしいけど、戻りたいとは思わないのかな?
一緒に居てくれれば勿論助かるけど……
やっぱり、戻りたいんじゃないだろうか?
僕はそんなことを考えながら、龍狩りの槍へ戻り報告を済ませると、扉の新しくなった部屋でシュカに聞いてみた。
「ねぇ、シュカ……その、家に戻りたいとかは無いの?」
「…………?」
小首を傾げるシュカは……どこか悲しくもあり、寂しそうな顔をしている。
なんだかんだ言って、やっぱり戻りたいんじゃないだろうか……
「その、ご両親のお墓参りとか……したいんじゃ? って……」
「あれ、嘘……シュカ、一人は本当」
「嘘って……奴隷商が言ってた、殺されたって話?」
フィーがシュカにそう聞くと、彼女は頷き肯定する。
嘘? じゃぁ生きてるってこと? でも、一人ってあれ?
「シュカ、生まれつき強い、パパとママ怖がった」
怖がったって……もしかして、シュカは――
「だから、シュカついて行く」
シュカは真っ直ぐに僕を見て、はっきりと言葉にした。
そうか、なら深く聞かないで当初の予定通り、シュカにはついて来てもらおう。
「そっか、うん……これからもよろしくね、シュカ」
「そうだね、よろしくね? シュカ」
僕たちがそれぞれそう言うと、彼女は笑顔を見せ、片腕を叩く仕草をする。
多分、任せてとでも言いたいんだろう、実際彼女は強い。
あの戦いの後、シュカの装備を見直すことにして、以前の材質が違えばフルプレートみたいな鎧から、街の鍛冶屋に頼み特注で作ってもらった軽めの装備だ。
領主さんの声もあって、優先して作ってもらえたその装備のかいあってか、シュカは以前より速く動けるようで、あの戦闘以上の離れ技をやってのける。
力ではフィーには劣るようだけど、隙を見せない素早い攻撃は圧巻だった。
それに、彼女は僕たちでは気がつかないような、ついてから時間のたった足跡などにも気がつく。
ギルドの時も思ったけど、ゲームで言うシーフ。
仲間のために危険を察知する能力に長けているらしい。
フィーも人より耳が良いらしいけど、それ以上だ。
フィーの鼻とシュカの耳、そして精霊たちの援助があれば、魔物の接近がかなり前に分かりあらかじめ対策も取れる。
つまり、シュカが居てくれるのはかなり助かる。
というか、フィー曰く
『ああいう技能を持ってる人は……居ると居ないじゃ、生きるか死ぬかだよー』
らしい。
じゃぁ……今までは? って所だけど……
そこは、フィーの冒険者としての熟練度、それに精霊たちの助けがあってのことだ。
「それにしても……」
僕がぼんやりと、そんなことを考えていると……フィーも首を傾げながら、なにかを考えてるみたいだけど……もしかして、さっきのゴブリンのことかな?
さっき武装して冒険者は襲わないって言ってたし……
「そんなに、珍しいことなの? その、ゴブリン」
「うん……狩り以外で、巣穴の外に出てくること自体がめずらしいんだよ?」
うーん、どうやら本当に僕の知ってるゴブリンとは違うみたいだ。
「でも、リラーグ周辺のはあらかた倒したし……もう大丈夫だよね?」
「多分ね?」
多分なんだ……
「ゴブリンなら、楽勝、でも、いっぱい来ると、辛い」
いっぱい来ると、か……でも、賢いらしいし、危険な場所には近づかないと思うんだよなぁ……
僕が再び、ぼんやり考えていたら……ノックの音が部屋の中に鳴り響き、それと同時に――
「三人とも、またゴブリンだ……どこから湧いたのか、かなりの数だ」
へ?
「や、やっぱり? なんか、おかしい気がしてたから……もしかしたらって思ってたんだけど……」
フィーは苦笑いをしながら立ち上がると、愛用の大きな剣を身につける。
「ゴブリン、一匹見つけると、百匹居る」
それに対し、若干面倒くさそうなシュカは、そんなことを言いながらも、やはり立ち上がり……
「もう一回、行こうか? ユーリ」
「そ、そうだね……中途半端じゃ……終われないからね」
僕たちは、また……リラーグの外に行くことになった。
「では、頼むよ? 門を開けろ!!」
門塀が声をあげ、徐々に門が開いていく。
僅かに空いた門から入ってこようとする魔物……ゴブリンに対し、あらかじめ待機していた魔法を使える兵たちが、順に魔法を発動し、それを阻止する。
僕たちはゴブリンたちがその攻撃に怯み、隙が出来た所を走りぬけ、外へと出た。
門が閉じ、目の前には勿論、醜い小人のような魔物……つまり、ゴブリンが……えっと――
「ね、ねぇ? フィー、シュカこれって……」
「さ、さっきより、ずっと多いね?」
「一匹居れば、百匹居る……」
いや、シュカ? これ、百どころじゃない、絶対、それ以上居るんだけど!?
『アギィ! ギィィィィィ!!』
『『ギィィィィィィィッ!!』』
なんか、軍隊? 多分、突撃……とでも、言ってるんだろうか?
ゴブリンの軍勢は一斉に僕たちに向け、突進をして来た。
一匹は弱いとはいえ、不味い……こっちは僅か三人、あっちは軍隊。
いくら二人でも、この数は無理だよ!?
せめて、魔法で広範囲を攻撃できれば……
でも、そんな魔法、まだ僕は……いや、一つだけある! 実際は一つじゃないけど……出来るかもしれない。
もし、駄目なら……僕たちは空に逃げて、アースウォールでリラーグを守れば良い。
「二人とも下がって!」
「え? 下がるって、ユーリどうするの?」
「良いから早く!」
困惑しながらも僕の言う通り、後ろに二人は下がってくれた。
ちょっと、強引だけど……仕方が無い。
「具現せよ強固なる壁、アースウォール!!」
魔法で作る壁は以前使ったの物よりもずっと大きく……頼りになる岩の巨壁、その強度はナタリアのお墨付きだ。
「焔よ我が敵を焼き払え! フレイムボール」
生み出した炎はとてもじゃないが、球や弾の形とはいえない。だが、壁にまとわりつき炎の壁と化す。
「我が意に従い意志を持て! マテリアルショット!」
魔法で生み出した炎の土壁は音を立て、地面から強引に引き剥がされると、真っ直ぐ移動していく……
魔法の炎は消えることはなく、それは、以前……巨大な蛇を倒せた時の応用に過ぎないけど……
『アギ!? ア、アギ、アギィィィィイ!!』
壁は横に広くしたから、ゴブリンに逃げ場は無い。
とはいえ、三つの魔法を維持するのは予想以上に疲れる、なぁ……
「うぅ、ぅぅ……はっ……はぁ……」
魔法の維持に限界が来て、それは、最初からなかったように消えるが、炎の壁、さしずめフレイムウォールが通った後には、ゴブリンだったものが複数煙を上げている。
問題は残ったゴブリンたちだ……
思ったより削れたのは良いけど、まだ数が居る……流石に二回目は魔力が持っても体力的にきついかも……
いや、でも……まだ、あの数は無理だよね?
後、一回フレイムウォールを使えば二人でなんとか出来るはず。
「はぁ、はぁ……」
でも、ゴブリンたちは警戒して、そこから動かない。
近づいて魔法を唱えれば良いけど、今は少しの体力でさえ惜しい……それに、下手に動くのは自殺行為だ。
魔法を唱える隙に囲まれたら、目も当てられない……
『ア、アギ! アギィ』
ゴブリンリーダーが声をあげて、なにかを言っているから、僕は……来る!? そう、思って身構えたんだけど……
「あ、あれ?」
ゴブリンたちは僕たちを警戒するように睨みつけ、後方に移動する……撤……退……した?
助かったと言えば……助かったけど……まだ、あんなに居たのに?
「ユーリ凄いよ! いつの間にあんな魔法覚えてたの?」
「え? 覚えたと言うか……ほら、前にフィーが木杭に火をつけて、僕が飛ばしたでしょ?」
「うん、でも……あんな魔法初めて見たよ?」
ナタリアはこうやって使ったことが無いのかな?
三つの魔法をほぼ同時に発動させて……使っただけなんだけど……
「魔法、二個使う人、知ってる、三つは初めて見た」
やっぱり、合成魔法はあるみたいだ……
なら、ナタリアは使ってそうだけど、あまり外に行かないから、見なかったのかな?
「僕も今……初めてやったよ、結構疲れるんだね」
「今、初めてって……屋敷で練習とかしてたわけじゃなくて?」
驚いた顔をするフィーに、僕は笑いながらこう答えた。
「うん、だって、まだ……攻撃魔法まともに使えないから、なら、使えるように工夫すれば良いだけだよ」
なんで、今までこんな簡単なことに気がつかなかったんだろう?
矢に火をつけて飛ばすって手も取れたはずなのに、いや、それだけじゃない。
動かせるのなら、サイズさえ調整すればアースウォールは盾にも出来る。
しかも、並みの盾を凌ぐはずだ。
とはいえ、今のような魔法三つを同時に使うのは二回が限度かもしれない。
二つは全然平気なんだけど、三つとはなにが違うんだろう?
「工夫すれば良いって今の本の魔法じゃないの?」
「違うよ? 今、知ってる魔法を合わせただけ」
フィーは本の魔法って思ってたのか、でも……あれから魔法増えて無いんだよね。
「ん?」
何気なしに本をパラパラとめくると、そこに新たな魔法が刻まれている最中だった。
今度はどんな魔法かな? できれば、バリヤーみたいな物があれば、僕としては非常に嬉しい、ん……だ、け――
「どぉぉ!?」
「ど、どうしたの!?」
「――ッ!?」
浮かび上がる魔法の名を見て、僕は思わず心の声の最後の一文字を声に上げてビックリしてしまった。
だって……
「い、今の魔法……」
「ん? 今のすごかったね!」
「初めて、見た」
「本に出てきた……」
しかも、ご丁寧に詠唱付きだ……
「……えっと、本の魔法だったの?」
「いや、その……」
僕はもう一度、本に目を落とす。
そこ刻まれる言葉は【フレイムウォール】と言う魔法の名と詠唱【強固なる壁よ、焔を持ち得て、我が意に従え】……。
これは、三つの魔法の詠唱部分がくりぬかれてる感じだけど……気になるのは一番上で――
「オリジナルって、書かれてる」
「オリジナル、でしょ?」
うん、確かに……そうなんだよね。
確か、アーティファクトそのものも、オリジナルってくくりだったはずだけど……うーん、本当に本は謎だらけだ。
僕の成長と共に魔法が増えるらしい……ってのは、分かったんだけど……
いや、とにかく、今回は三つ唱える必要が無くなったって考えるようにしよう。
「良く、分からないけど……ゴブリンは逃げたみたいだし、戻ろうか」
「ん? うん、分かった」
「…………」
いつも通り答えてくれるフィーと、無言だが頷き答えてくれたシュカ、二人を連れ、僕はリラーグの中へと再び戻ると、兵士たちが僕たちを囲み……なにやら興奮した顔をしてるけど……
い、一体なんなんだろう? ちょっと怖いような……
「今の魔法凄いですね! もしかして、貴女様は名のある魔法使いの方ですか!?」
「い、いや……その、僕はまだ修行中で……」
って言うか、そんなに凄いことはして無いしなぁ……
「あ、あれで、修行中!? それは、さも有名な魔法使いの弟子なんですね!」
「えっと、ユーリは確かにナタリーの弟子だけど?」
「ナ、ナタリー?」
兵士は、ナタリアの愛称をそのまま名前だと思ったのか、必死に思い出そうとするが……心当たりは無いんだろう。
僕を怪しむような目で見始めてるけど……
「あ、あのナタリーっていうのは、ナタリアだよ?」
それに気が付いたフィーは、そう応えてくれたけど……
「あの、ナタリアですか? ですが、彼女は弟子を取らなかったはずですよ」
「うん、だから、ユーリはたった一人の弟子だね?」
フィーの言葉に反応し、僕たちの周りではヒソヒソと声が聞え始める。
内容は、ナタリアが弟子を取るはずが無いとか、でも、ナタリアの弟子ならあの魔法は納得できるとか、様々だ。
やがて、その話は僕がナタリアの弟子だから、あの魔法を使えると言う感じでまとまると……
「あの、魔法を是非とも、私たちに教えていただけませんか?」
「い、いや、だから……僕はまだ修行中の身で、人に教えるなんて……」
「そ、そうですか……でしたら、修行が終わった時にでも、ぜひ」
うーん、どう考えても僕が魔法を教えてる現場なんて、思い浮かばないんだけど……
どう応えたら良いんだろう? っと困った僕はフィーの方に顔を向けると――
「ごめんね? 今、ユーリ疲れてるみたいだから、休ませてあげても良い?」
「え、ああ、そうですね……では、私たちも警備に戻ります」
凄い、あっという間に兵士たちが持ち場に戻っていく……やっぱり、フィーは頼りになる。
「さぁ、酒場に戻ろうかー?」
「うん、ありがとうフィー」
龍狩りの槍へと戻った僕たちを出迎えてくれるのは……勿論、ゼファーさんと……
「おう! お嬢ちゃんたち、戻ったのか! おつかれさん!」
そこにいる、気さくなお客さんたちだ。
「ただいまー」
「飲みすぎ、気をつけて」
「ゆっくりして行ってくださいね?」
僕たちは彼らに一言ずつ告げると、借りている部屋へと戻るためにフロアを抜けていこうとする――
「おう、お嬢ちゃんたちも、ちゃんと身体休めとけよ?」
「なんなら俺がマッサージしてやろうか?」
「やめておきな、おっさんに触られても嬉しく無いよね~?」
などと聞えたので取りあえず笑って返しておき、そのまま部屋に戻ってきたわけだけど……
「やっぱり、気になるなぁ……」
部屋に入った僕は呟くと、本を取り出し、眺めてみる。
本には今まで助けてもらいっぱなしだ。
唯一、使い方を考えなければならないのは、使用後に疲労してしまうグラースだ。
でも、今まで、それらの魔法は勝手に書き込まれてきていた。
なのに今回に限っては、僕が使った魔法が詠唱こそ変わったけど……ふと、考えただけの魔法の名そのままで書かれていた。
詠唱から察するに、さっきの魔法で間違いは無いはずだし……さっきは気にしないとは思ったものの、これは一体なんなんだろう?
もう一度、パラパラと本をめくる。
もし、これから僕が使う魔法が、新たに書き込まれていくのだとしたら……
これは、僕の成長に合わせているわけじゃなくて、今までは僕が作る魔法を想像し、書き込んでいた?
いや、ありえないか……いつか、回復魔法を作りたいとは思ってたのは……確かだけど、傷が治る過程も忘れかけていた。
なにより、本が想像するなんて、無いよね?
じゃぁ、なんで……今回に限って?
「……え?」
本めくっている訳だから、いずれ最後のページになる。
そこは僕の名前が日本語で書かれているページ――
昔の名前である【朝日野悠莉】という、五文字が書かれているはずだ……
「ユーリ?」
「ううん、なんでもない」
僕はフィーの声に気付き、慌てて本を閉じ、フィーたちの方を向くと……彼女たちは装備を降ろし、身軽な格好になっていた。
僕は長い間本を眺めていたのかな? それよりも……
なんで……なんで――
最後の名前が……この世界の文字で【ユーリ・リュミレイユ】になってるの?
薄暗い洞窟、いや、そこは”洞窟”と言うよりは”本の部屋”と言った方が良いのかもしれない。
壁は岩肌ではなく、本で出来たもので、床にも本が積み上げられている。
そんな中に小さな魔法陣があるという奇妙な部屋……
「次は、守る魔法ですか……なるほど、確かにアレに対抗するのにも効果的ですね……」
誰も居ないはずの部屋に優しい女性の声が鳴り響く。
「偶然、通りかかったので苦し紛れでしたが、ここまで同調できるとは……運命と言う物なんでしょうか? 行動原理も非常に好感が持てます」
もう一度、部屋の中に響く声は……
どこか嬉しげで……誰かの行動に対し、喜びを覚えているようだ。
「では、ノロケという物はここまでにして、望みに応えるように励みましょう」
上気したような声が再び上げられると、部屋を覆いつくす本たちは一斉に飛び出し、各々が意思を持っているように開き始める。
魔法陣は淡くも温かそうな光を帯び、本たちはまるで踊りを踊るかのように宙を舞う……。
その中、姿を現した透き通るような水色の髪と白い服を着た女性は微笑み、その小さな口を動かした――
「ご主人様、少々……お待ちくださいませ」
暫らく部屋で休憩をしていた僕たちは食事を済ませ、いつでも出れる様に準備を万端にし、待機していた。
理由は単純……まだ、ゴブリンたちが来るかもしれないから、一応の警戒はしていたのだけど……
呼ばれる様子は無く、夜は更けていく。
「そろそろ、寝ようかー」
ふと、フィーがそんなことを口にした。
大丈夫なのかな? 夜のうちに襲ってきたりしたら、困りそうだけど……
「ユーリ、寝よう? ちゃんと寝ておかないと、いざとなった時に戦えないからね?」
フィーはなぜか両手を広げまるで、おいで! って言ってるようで……いや、実際にそうなんだけど……
実は僕……あの夜から、フィーの抱き枕と化している。
本人曰く、抱き心地が良くて、よく眠れるから、らしい……でも、僕としては色々と困るわけで……
「おやすみ、ユーリ、フィーナ」
僕がそう、困っていると……シュカは余ったベッドへと潜り込み始める。
まぁ、シュカが一人にならないのは良いけどさ……
「私も、もう眠いよ?」
「う、うん、ちょっとだけ待って」
逃げられないと覚悟を決め、僕はつい最近日課となったナタリアへの手紙を書きながら、ふと、目に留まった本を手に取った。
本のこと、手紙に書いておいた方が良いかな?
そう思いながら、魔法が昼から増えているか、なんとなく確認する……
本当になんとなく、開いてみると……
「嘘……」
「どうしたの?」
「ま、魔法が……また増えてる……」
それも……昼間、僕が考えてた物だ。
アースシールド、マジックプロテクション、フレイムシュート……
アースシールドやフレイムシュートは合成魔法の時に考えた、そのままの説明文で書かれているし、なにより気になったのはマジックプロテクションだ。
バリヤーなんてあれば良いな、程度にしか考えてなかった物が本当に?
「……やっぱり、本には意思があるの?」
「アーティファクトに意思? 聞いたこと無いよ?」
「で、でも……自分で持ち主を選ぶってナタリアが……」
そう、前に言っていた。
なら、それ相応の意思があっても不思議では無い。
なにより意思がないのなら……なんで、僕が欲しいと思った魔法が?
僕が無意識で生み出した? いや、それは無いはずだ。
それだったら、もっと魔法は刻まれてるはず……
「選ぶと言うか、同調するんだよ? 魔力の波長とか、性格とか……それはともかく、もう寝よう?」
「う、うん、分かった……すぐに書き上げるよ」
フィーはもう眠たそうな目をして今にも寝そうだし、これ以上待たせるのも悪い気がして、僕はナタリアの手紙を書き上げる……
アーティファクトに自立した意思があるかどうか? の質問をそえて……




