4話 魔力と俺
初めて魔法を使ったユーリは当然、失敗をし、落胆をする。
だが、師であるナタリアに次がある失敗と言われた彼女は、自室で繰り返しイメージトレーニングを行い、その翌日。
「ルクス!」
僕の言葉が終ると共に温かい光はかざした手のひらに現れた。
まだ、自在に操ることは出来ない。
けど暗い部屋を照らすことは間違いなくできるだろう。
「どうだ? ナタリア」
僕は自身の師である銀髪の女性に尋ねる。
最初に魔法が失敗してから、一日ずっとイメージを繰り返しおこなってきたかいがあったものだ。
僕はこの世界で初めて魔法をちゃんと使うことができるようになったんだ!
「ん? ああ、良いんじゃないか?」
なんだそれ?
僕は彼女の反応にがっくりとしてしまった。
「もっとこう……よくやった! っとか上出来だ! とかないのか?」
正直喜んでくれると思っていたのだけど。
「うむ、だから良いんじゃないか? っと言っている。最初の時に言ったが良い弟子に恵まれた、成長が早いな」
いや、もっと褒めてもらいたいんだけど……。
まぁ、初級魔法だし、こんなものなのか?
「魔紋も安定しているようだし、ルクスの練習はそのまま続けろ、新しい魔法はそうだな自衛用の魔法を教えよう」
自衛用か、攻撃魔法ってことだな! いよいよ魔法の修業が本格的になるのか……!
そういえば魔法で気になっていたことがあるのだけど、今、聞いてみようか?
「なぁ、ナタリア……気になってたんだけどさ」
「どうした?」
「この世界の魔法ってどんな物があるんだ?」
ナタリアは僕の言葉に首を傾げた。
「どんなものとは?」
「具体的に言うと魔法の種類だな、補助や攻撃、回復とかだな」
「種類か、ルクスを始めとした補助や攻撃は勿論ある、魔法にも精霊魔法の双方にな、ただ回復の手段は魔法では無い。医者による治療以外はな」
…………はい?
回復魔法が無い? 戦うために作られてなぜ無いんだ。
「そんな顔をしても無いものは無い」
「それは傷が治る過程が解らないからか?」
魔法は魔紋などの魔法陣に詠唱、イメージが必要だっていうのは理解したし、何より発動にはイメージがしっかりしていないと出来ないことも分かった。
なら、治癒……つまり、傷が治るイメージが出来ないから回復魔法が出来なかったっということなんだろうか?
「その通りだな」
ナタリアの返答は俺の予想通りだった。
と言う事は出来ない事は無い……はず、だよな?
「なら、それが出来れば魔法は作れるのか?」
「借りにユーリが傷の治る過程を理解し、それをイメージ出来ると言うのなら……可能性はある」
やっぱり、そういうことか……怪我が治る過程なら前になんとなく検索した覚えがある。
思い出しておこう。
「聞きたいことはそれだけか?」
ナタリアが腕を組みながらそう言う……なんか似合うな。
「ああ、それだけだ」
「そうか、じゃぁ修行の続きを始めよう」
とはいっても今日もルクスと読み書きだろうな……さっき新しい魔法がどうのこうのって言ってたけど、すぐには教えてくれないはずだ。
「詠唱は『我が意に従い意志を持て』だ。因みに魔法の名はマテリアルショットだ」
「へ!?」
教えてくれるのかよ!? まぁ、嬉しいけどって言うかこの世界の魔法って……なんとなく想像が付けやすい名前だな。
ルクスは明るさ、マテリアルショットはその名の通り物を飛ばしてぶつけるんだろう、多分……。
「どうした? 唱えないのか?」
「あ、ああ……でも、今回は見本を見せてくれないのか?」
「ふむ、それもそうだな、では行くぞ?」
ナタリアは座っていた椅子に魔紋のある方の手を向けて詠唱を紡ぐ。
「我が意に従い意志を持て……マテリアルショット」
淡々と言葉をその口から発すると、椅子は中へ浮き移動していく……恐らくこれは、イメージで速さを変えたりするんだろう。
今は屋内だし人の歩く程度の速さで移動している。
移動? 勝手に……移動している? って事はこの魔法。
「なぁ、これって最初に会った時のやつか?」
「うむ、あちらの世界で椅子を出したのもこれだ」
でも、出した時は詠唱をして無かったよな? なら、やっぱり無詠唱ができるのか?
これから魔法を使う側としては気になる点だ。
言語が通じない化け物相手ならまだ良いだろう、だが襲ってきた相手が人間だったら?
強力な魔法を操るものを放っておくか? いや、僕なら放っておかない。
それこそ魔紋を使えなくするか口を封じないとまずい事になる。
なら、最初に叩くべきは剣士ではない、後方から強力な魔法を使ってくる魔法使いだ。
……そして、魔法使いの弱点は魔紋が傷つく事、これは師匠がどのぐらいの実力を持つかに寄るだろう。
最も怖いのは声を出せなくなることだ。
でも、無詠唱が出来るのならそれは変わってくる。
ここがまだどんな世界か分からないけど、町に居れば安全で絶対に人が襲ってこない世界とは限らないだろうし、人がいる限りそこには争いがどうしたって出てくるものだ。
だから、身を護る術となるものは早めに身につけたほうが良い……よな?
「なぁ、あの時って詠唱して無いよな? どうやるんだ?」
「ん? 確かに詠唱はしていなかったが……あれは予め魔法をかけていただけだ」
「は?」
「だから、あの時間、あの場所に魔力が強い人間が来るのは分かっていた。っと言うかユーリの心を見た。だから、ユーリが入ってくる前に魔法をかけておいたそれだけだ」
……つまり、無詠唱ではない?
「えっと、魔法って詠唱無しで発動させることって出来ないのか?」
確認だ、恐らく昔にこのリスクに気がついた先達者た――。
「無理だ、詠唱は必要だ……そんなことより早く魔法を使ってみろ」
え? 無理? 無詠唱魔法ってのは出来ない?
「どうやっても無理なのか?」
「くどいな、無理なものは無理だ。だからこそ小型化した魔法陣である魔紋とギリギリまで短くされた詠唱を使っているんだ」
彼女は腕を組んだまま「良いか?」っと言う言葉の後に会話を続ける。
「そもそも、それぞれの魔法にあった方陣が必要だったのにもかかわらず。たった一つの魔紋で発動できる様にまでなっていることが奇跡だ」
「でも、いくら短くても詠唱があるのとないのとじゃ――」
使い勝手や安全面で違いが出てくる……そんな風に言おうとしたところ、ナタリアは呆れ顔で僕の言葉を下げ切った。
「ユーリの考えていることぐらい、魔法使いが誰でも求めるものだ、と言うことは分かる。どうしても隙ができるしな……だからこそ、どこでどう使うかが重要なんだ、分かったか?」
そ、そういうものなのか、やっぱり危険視はされていて、どうにかしようとした結果が短い詠唱だったのか。
まぁ、確かに短いし楽だ、それにさっきの治癒の魔法では可能性があるとは言っていたが、今回ははっきりと出来ないと言われている。
その理由も出ているし、これ以上どうこう出来る問題でもない。
……そういえば椅子が消えた時はブツブツ言ってたな、あれは詠唱だったのか。
「不安なのは解る。だが、今それを不安がってどうする……それよりも今、出来ることをするんだ」
彼女はそう言うと……どこか焦った様な表情へと変わった。
「もう、時間も無いしな」
「何か言ったか?」
小さな声でなにかが聞こえたような気がしたが良く分からなかった。
するとナタリアは首を横に振り、腕を組み直す。
「なんでもない、さ……続けるぞ?」
そう、だな……ここで無詠唱が出来ないなら不安とか言ってても始まらない。
僕はこの世界に来たばっかりなんだ、楽しまなきゃ損だ。
「ああ、そうだなじゃぁ早速やってみよう!! 我が意に従い意志を持てっ……」
いつも通りルクスと同じようにイメージをする。
物が浮かび動く、大丈夫だ焦らずゆっくりと動かそう……。
「マテリアルショット」
その言葉と共に椅子は……。
「――浮いてる、よな? 一応」
成功と言って良いのだろうか? 椅子は見事に浮いた。
動かないが宙には浮いている。
「……浮いたな、動かすイメージはしたか?」
「した、前にゆっくり動いていくように」
「そうか、因みに成功なのか判別しにくいな」
だよな、動いてないし。
「判別が非常にしにくい……凄い遅さで前に進んでいるな」
「え? 動いてないように見えるぞ」
いや、少し目を放した隙にほんの一センチぐらい動いている、のか?
っていやいやいや、こんなスローカメラみたいな速度で動かそうとしたわけじゃない! ナタリアと同じとは言わないものの、ゆっくり進ませる予定だったんだ。
いや、ゆっくりは進んでいる……でも、これじゃない、これじゃないんだ。
もう少し早い予定だったのに……なぜこうなった?
「一応、成功と言って良いものか? ま、まぁ椅子が壊れるような速度ではないな」
ナタリアは微妙な顔をしてるけど仕方ないよな、これは。
「もう一回やってみるよ」
ルクスだって最初から出来たわけじゃない、詠唱を唱える前にイメージを繰り返して挑もう。
さっきよりも、速く! 速く動かす!!
「我が意に従い意志を持て、マテリアルショット」
バコンッ!! っという音がマテリアルショットと言う言葉と共に響く、ストライクかな? 待て、そうじゃない。
確かにさっきよりは速くと考えた。
だが、違う、こうじゃない! もっとゆっくりとした動きをイメージしたんだぞ!?
なんでそうしたのにもかかわらず椅子が吹っ飛ぶ!?
「……ユーリ、誰が椅子を壊す速さで飛ばせと言った?」
「――っ!? ご、ごめんなさい」
ナタリアの声が低くなり、俺は思わず謝ってしまった。
いや、謝ったことは間違いではない。
ただ……何故か母に怒られている、そんな気分になってしまったのだ。
「で、でも……イメージはゆっくりだった、んだけ……ど……」
「そうか……まさかとは思うがルクスをもう一度やってみろ」
眉をピクピクさせながら腕を組まれると怖いんですけど。
と言うか、本当に怒っている母親みたいな表情だ。
「我が往く道を照らせ、ルクス」
何の問題もない……なぜだ。
「ルクスはまぐれっと言うわけではないか……なら、こっちの椅子でもう一回やってみろ」
「わ、分かった!」
結果から言うと全て失敗に終った。
流石に二個壊した所で毛布を飛ばすことになったのだが……。
毛布は浮かばずに地を這い回ったり、浮いたと思ったら天井に張り付いたり、動いたと思ったら、またまた鈍かったり散々な結果だったのだ。
なぜ、そうなったのか原因を調べようにも分からず。
イメージの仕方が悪いのか色々考えたが結果は失敗。
ナタリアは度重なる失敗を見て疲れたのだろう、呆然としている。
「予想外だ……だが、あの時は……」
彼女は何かをぶつぶつ言っているが僕の頭には入らない。
何故なら魔法を使いすぎて少々バテ気味……というか頭がぼーっとする。
そろそろ集中力が、いやもう切れてる。
「驚いたことは二つある」
そう、ナタリアが切り出したのはたった今のことだ。
「驚い、た……こと?」
「ああ、良い方と悪い方がある、どっちが先に聞きたい?」
難しい選択だな……良い方を先に聞けば、今の気分が少し楽になるけど、すぐ後で落とされる。
悪い方を聞けば更に落とされた上、大して良いことじゃなかった場合だ。
とは言え聞かないわけには行かないだろう……。
どっちにしようか…………いや、迷う必要は無い最初に嫌なことは終わらせてしまおう、その方が楽だ。
僕は呼吸を整えるとナタリアへと告げた。
「悪い方で頼む」
「……ユーリお前は攻撃魔法が使えないわけじゃないが苦手だ。完全に憶えるまで今日やったように何度やっても失敗する。おまけに憶えきれたとしても大した効果が無いかもしれん」
「イメージだけでそこまで差が出るものなのか?」
「いや、イメージと言うよりかはユーリの魔力の性質だろう」
なるほど元より僕向きじゃないってことか……。
分かったけど、なんというかショックだ……。
「それで良い方だが……魔力が多いとは言っていたが、勿論それもあるがそれよりも回復力が桁筈れだ」
「は?」
「例えば一般の魔法使いは一時間通し魔法を使うと、三十分はまともに魔法が使えないとする。だが、ユーリは一時間通しで使っても十分で魔法を使えるようになるだろう」
「それって凄いのか?」
「うむ、普通魔力の回復と言うのは多少の違いはあるものの大体同じだ……だからこそ魔力が多いものが有利になる。だが、魔力が少ないものでも回復が早ければ有利になれる」
なるほど、やりたくはないけど人と戦うことになったりした時は回復が早い方が有利だ。
だけど、そんな褒められることなんだろうか?
「それどころか、ユーリは平均より上で回復が早い。現にあれだけ酷使し続けても、マテリアルショット程度じゃあまり消耗していない、すぐに回復しているからだ」
確かに魔力に余裕があるかと言われると良く解らないが、集中力は切れているけどまだ魔法は使えそうだ。
だが、偶々と言うこともあるし、そう言われてすぐに実感できるものではないだろうしな。
……まぁ、ナタリアが言うことだ頭の片隅に止めておこう、万が一の魔法使いと戦うことになったらお互いにバテた後でも、相手より早く魔法が使える訳だし……とは言っても。
「でも、攻撃は苦手なんだよな」
「うむ、だが、発動はしている以上、使えないわけではないだろう。使い物になるレベルには持っていけるはずだ…………っと言うわけで」
なんか、凄い嫌な予感がするんだが……?
「今日は魔力が切れるまで、マテリアルショットを練習するぞ? そうすれば、ユーリもいかに自分の回復が早いか解るはずだ」
良い案でしょ? っと笑顔でナチュラルに言いそうなぐらいのイントネーションで言い切った我が師匠ナタリア……Sだ絶っっっ対Sだ!! それもド級。
「さぁ、そうと決まれば始めよう」
なお笑顔でそう言うナタリアに逆らう術は僕には残されていなかった。