47話 罪と悪夢
囚われの人々を助ける為、ギルドへと突入した一行。
だが、どういう訳か見張りがいなかった……
疑問に思いつつも、ユーリたちは壁に穴を空け……人々を逃がす算段をする。
それに気がついた者がユーリたちの前に現れ、姿を現すのだがその姿は……
「お、おい! 聞いているのか?」
「ああ、聞いている。しかし、お前たちよくもやってくれたな?」
仮面越しに僕たちを睨みつける男は魔法使いのはず。
……だけど、彼は腰にある剣を引き抜くと、その切っ先を僕たちに向けてきた。
「そんなに慌てるなよ? 見てみろ、女三人残ってるんだ……それに良く見ずとも上玉だ、良い値で売れるはずだ……違うか?」
「おお、おおお、た、確かにそうだ、だが、ワシの奴隷はどうなる!? あ、ああれは調子に乗りすぎていたし、もう処分した」
処分? なんのことだろう……いや、それよりも女性三人って……僕たちのことだよね?
「随分と余裕みたいだけど、貴方たちしか来ないみたいだね?」
「ああ~勘違いするな? 俺の依頼主が何匹か、商品から自分の奴隷にするって言っていてな。こっちにとっても大事な商品だ。当然、無料でやるわけにはいかなかったんだが……」
そこまで言うと、男は空いている片方の手で首を払う仕草をすると……
「気前が良くてな、ついでに俺が奴隷をくれてやったと、バレないように薬をくれたよ」
「金のために仲間を殺したって言うの!?」
僕の叫びを聞き、仮面ローブは呆れたように溜息をつくと……
「世の中金だろ? 金を持ってれば……なにも不自由しない、それに、お前らのお陰で、俺はギルド惨殺の犯人を捕まえた英雄って所か?」
つまり、僕たちがやったことにするってことか……いくらお金が大切だって言っても、これは狂ってる。
「しかもだ、お前たちは犯罪人、奴隷にしようがなにをしようが……世間はなんも文句は言わないな……」
「お、おおお……それは良い、ワシもそれに一役買っているってことになるな」
「ええ、その通り、アンタが売るんですからね」
気持ちの悪い笑い声を上げる男たち……だけど、この人が殺したってことはこれ以上、増援は無いってことだ。
それに変わって僕たちは三人、例の冒険者たちも居る……つまり――
「ああ、これ……一応持って来て、良かったよ」
男はなにやら棒のような物を投げて寄越す、それは僕たちには届かず……見せ付けるように床へ落ちる。
変な音を立てたそれは……どう見たって人の腕……
「下に数人冒険者が居てな? あれで隠れてるつもりだったのが笑えるが……一人、腕を切り落としてやったらよ……他の奴ら、そいつ見捨てて逃げたんだぜ? クッククク、酷いよな?」
なんで、人を傷つけて笑ってられるんだ? その人はちゃんと止血をしたの? いや……もし、してないなら、早くしないと命に関わる。
だと言うのに……目の前の男は笑っている。
流石にこれには小太りは引き気味だけど……
「ワ、ワシのしょ商品に手を出すのがいけないんだ! 分かったら……お、お前たち武器をす、捨てろ! ゆ、許してやっても良い。た、ただし、ど、奴隷なのは変わらないがな」
「……ふぅ、それで……その腕の持ち主は生きてるの?」
気が狂った人を前に、フィーナさんは静かに、はっきりと口にした。
「あ、あー? 生きてるんじゃないか? 苦しむさまが面白くてな! 暫らく見ていたかったんだが、異変に気づいて駆けつけたと言うわけさ」
まだ、生きてる? なら、間に合うかもしれない!
早くここを突破して腕を持って行けば、ヒールなら治せるはず!
「そう、ユーリ……それだけ聞ければ、十分だね?」
「うん! もし、くっつかなくても、止血して治せば良い」
だけど、あまり時間は無い。
僕は目の前の仮面を睨みつける……人と戦うのは初めてだ。
前に襲われた時は……全くなにも出来なかった……でも、今回は違う身体は震えてない、戦わないと……
「ああああ、なんだぁ!? その目……その目はムカつくんだよ……昔を思い出してさぁ……」
「お、おい、あ、あくまで生け捕りだぞ!? こ、殺すなよ!!」
「分かってる、分かってるが……腕や足は切り落としてもいいだろ? 最悪、使えれば、十分なんだからよ!」
小太りは仮面にそう怒鳴られると、途端に小さくなり震えだす……
典型的な小物、そんな感じだ。
「そ、それならう、うう売り物には……な、なる。傷口はや、焼けば良い」
「よし、じゃぁ、その顔を苦痛に変えてやる!!」
仮面は魔法使い……そう思っていたから……
いや、そう思っていなくても、僕には対処が出来ない速さで、男は距離をつめると……その手に持つ剣を僕、目掛けて振り下ろす。
しまったっ! っと思った瞬間、僕の目の前に別方向から銀色の線が描かれると、金属同士がぶつかる音が部屋へと鳴り響いた。
「――なにぃっ!」
男の剣は銀線によって弾かれ、彼はすぐさま後方へと飛びのくと、先ほどまで男がいた場所へと僕を守ったそれが突き刺さる。
「フィーナさん!?」
「意外と良い反応してるね? 魔法使いで、そこまで動けるのは凄いねー」
彼女は、その馬鹿みたいに大きい剣を、まるで……重さなど感じないかのように構えると……
「でも、案外良い反応するのは、君だけじゃないみたいだよ?」
そう、一言……静かに言い放つ。
その時、僕は刹那と言うのは、このことを言うんじゃないかと思えた。
いつの間にかシュカはナイフを構え、男の懐へと飛び込んで刃を振りぬく……が、男はそれを防いだのだろうか?
再び、金属音が鳴り響いたと思った矢先には、シュカの細い足が男の頭へと叩き込まれた後だった。
「…………」
いや、フィーナさんは強いよ? うん、今まで何度も見てきたし……
今、僕を守ってくれたような反応も出来るのは知ってた。
でも、シュカも半端じゃなく強くないですか?
バルドみたいに壁にめり込ませるまでは行かなくても、少し吹き飛んだよ!?
そんなことをのんびりと考えていると、シュカは僕が見ていることに気付いたのか、ナイフを持っていない方の手で自身の腕を叩くと。
「シュカ、強い」
うん、そうだね……本当、なんでこの子は捕まってたんだろう? って、今はぼんやり考えてる暇なんて無い!
仮面ローブは起き上がろうとしてるし、このままだと、シュカが狙われる!
僕はすぐさま部屋を見渡す……が、武器になるような物は無い。
なら、シュカ自身に避けてもらうしかないっ! 僕は頭に流れ込む本の詠唱をそのまま復唱する。
「天より与えられしは、英霊の力、宿れ! グラース」
魔法の発動と共に、シュカの体が淡く光を持つ……
それと、ほぼ同時に仮面ローブは剣の切っ先をシュカへと突き刺そうとする。
いや、突き刺した? 嘘だ……間に合わなかったの?
「……シュカ?」
呆然とする僕に……声を上げないフィーナさん……
仮面ローブの見えない顔は笑っているのか?
……いや、待て、シュカが刺されたなら、血が出るはず……
それに、うめき声一つすら聞こえない。
「馬鹿な! 避けきれる訳が!!」
その言葉と共に長いようで短い一瞬は終わりを告げ、剣に突き刺さったはずのシュカの姿が消えた。
「……びっくりした、シュカ、もっと、強くなった?」
そして、僕の横でのんきにそんなことを言う彼女は無傷だ。
初めて使ったけど、凄い効果だね、これ……
身体能力が上がるって、書いてあったけど……元々高い人に掛けると、ここまで変わるんだ。
「ユーリ! それ、私に!」
フィーナさんの声に僕は頷くと同時に、詠唱をすぐに唱え……その名を呼び、魔法を発動させる。
「グラース! フィーナさん、お願いします!」
「任せてっ!!」
剣を構え直した仮面ローブへ猛突進するフィーナさんは、その手握る巨大な剣を横薙ぎに振り払う……
防御をしようとしたのだろう、仮面ローブは……なにかが折れる音と共にあっという間に二つに分かれた……
「……え?」
二つ?
「……な、に? 今の……」
フィーナさんも呆然としてる。
それはそうだよね、人が真っ二つだ……
「これ、なに? これ、人じゃないよ?」
「え?」
どさりと言う音は案外軽く……
それが、あまり重さを備えて無いことが……すぐに分かる音だった。
僕は慌てて、二つになった仮面ローブへ目を向けるが……
「チッ!! 依り代が台無しだ……おいお前! この女共はお前がなんとかしろよ? 依り代じゃなくたって、こんな状態じゃなにもできな……」
そこまで言うと……それは急に喋らなくなり、切り口からは黄金色の草が見える……あれって、もしかして巨大な藁人形?
どうやって動かしてたの? そう思考を巡らす僕の横で、どさりと言う音が再びし、そちらへと目を向けると……
「シュカ!? どうしたの?」
変だ、どこを見ても怪我は無い。
なのに汗をかき、息が上がってる……
もしかして、グラースで無理やり身体能力を上げた副作用? だとすると……
「フィーナさん!」
「……あ、れ? おかしいな? 疲れる……ほど、動いて、無いのに……」
声を掛けるものの、そこにはすでに……剣を杖代わりに、辛うじて立つ彼女の姿が見える……
まずい……ヒールじゃ、体力は回復できない! かといって疲労があるんじゃ、もう一度グラースを掛けるわけにも……
「お、おお? こ、これはう、運が回ってきた、ひ、ひひ……なに、その凶暴な森族以外は薬漬けにすればいい!」
だ、駄目だ僕がなんとか……
でも、どうやって? 魔法を使ったら……あの人が死ぬかもしれない。
僕は殺しに来たんじゃないんだ。ただ、奴隷を……
「ふ、二人も居れば! 金になるんだぁぁぁぁ!!」
いつの間にか、フィーナさんの近くへと近づいていた小太りは、懐からナイフを取り出すと……彼女目掛けてそれを振り下ろそうとする。
それなのに、フィーナさんはその場から動かず、ただ……
「ごめん、ユーリ、シュカを連れて逃げて?」
僕の目に間違いがなければ、ナイフは心臓目掛け振り下ろされてる。
もし、このまま刺さってしまえば……フィーナさんは……死、ぬ?
そう、僕の頭が処理した瞬間、僕は腰に身につけていた矢筒から矢を取り出すと――
「穿て槍よりも鋭く、放て弓矢より速く」
嫌だ……
死なせたくない! フィーナさんを見捨てるなんて……
「スナイプ・アロウ!!」
嫌だっ!!
「…………あ? な、なんだ? 矢……なん……」
男の手は空中で止まり、自身に何が起きたのか分からないという顔をし……
彼はそのまま音を立て、上向けに倒れこむ。
「あ、あ……僕、あれ?」
僕は、なにを……?
「ユーリ!!」
フィーナさんは声を振り絞り、その身をずるずると引き摺り……僕へと向かって来た。
「あ、あれ僕、人を?」
殺し……
違う……僕は……僕はただ、フィーナさんを助けようとして……
そ、そうだ! まだ、ヒールで助けられるかもしれない。
そう思って僕は小太りへと目を向けるが、彼はその腹を上に向け胸には僕が放った矢が突き刺さり、ピクリとも動かなかった。
「あ、ああぁぁああぁぁぁあぁ!?」
僕が殺したんだ……そう理解して、声にならない声を上げた時、僕の意識は途切れた。
フィーナは思うように動いてくれない体を無理やり動かしながら、少女に近づく。
彼女の目の焦点は合っておらず、どこを見ているのかも分からなかった。
「ユーリ!!」
フィーナが彼女の名を呼んでも反応せず、彼女の隣に居るシュカもユーリになにが起きているのか、処理しきれないみたいだ。
やがて、ユーリは……
「あ、ああぁぁああぁぁぁあぁ!?」
それから目を背けるように、手で顔を覆い……声を上げ、倒れた……
「……ユーリ?」
シュカの声がフィーナの耳へ届く……
当然、ユーリにも届いているはずなのに、彼女は起き上がる素振りを見せない。
そんな中、一人フィーナは親友で彼女の師匠である、ナタリアとの会話を思い出していた。
それは、屋敷でユーリが荷物を取りに行った時だ。
ナタリアはフィーナに向かい、真剣な表情で彼女に話し始めたのだ。
「フィー、一つ言っておきたいことがある」
「ん? なに?」
ナタリアがこのように話す時は、本当に大事なことだと分かっていた彼女はいつもの様に耳を傾ける。
「信じられん話だが、ユーリの居た場所では人同士の争いが少ない。特にユーリが居た国ではな……中には人を殺すものも居るが、それは罪とされ、大体の人間がそれをせず生きている」
「平和だね? こっちでは……冒険者同士の争いとか、よくあるのに」
彼女はナタリアの話を否定せずに聞く。
「そんな世界があるなら、私も行ってみたかったのに……今度は連れてってね?」
フィーナ自身もギルドや盗賊などと対峙し、その剣で何人も切ってきた。
彼女はその度に嫌な気分にはなるが、自身の命を守るためだと、無理やりそれを抑えてきている……
だからこそ、人を殺す必要の無い世界が羨ましくも思えた。
「ああ、善処しよう……話の続きだが、ユーリはフィーが怪我をしたのを自分の所為だと攻めていた。恐らく人を傷つければ、ショックを受けるだろう……」
「……うん、分かってる。でも、冒険者をやる以上は避けて通れないよ?」
ナタリアが言いたいことを察したフィーナは……頷きつつも、そう答える。
人と戦う必要が来る時、それが絶対にいつか来ることを知っている彼女の言葉は重いものだった。
「私も分かっている……だが、今はまだ早い――」
「ナタリーの言いたいことは分かってるよ? 大丈夫、もし、そうなったら私がユーリを守るから、ね?」
そう、言った彼女は目の前に横たわる少女を見て、唇を強く噛み締める。
「ユーリ、どうしたの?」
「うん、後で話すから、とにかく……早くここを出よう?」
フィーナはユーリを背負うと、シュカに脱出を促し、階段へと向かう。
途中、仮面が持ってきた腕が目に入るが、頼みのユーリがこの状態では、アレはなんの意味もなさないだろうっと瞬時に判断を下すと部屋を後にした。
彼女たちがギルドを抜け、まず目に入った物は腕の無い男の死体……彼の死体には腕が無く、他にも無数の切り傷が目立った……
恐らくはあの仮面がやったのだろう……その傷はフィーナから見れば、初めて剣を持った子供が……人形相手に遊び半分で振り回すような傷に見えた。
「……シュカ、急ごう? クロネコたちも戻ってるはずだしね?」
せめて、弔いをしたいとは思うものの、その途中でユーリが目を覚まして、再びショックを受けさせるのは危険だと彼女は考え……暗闇の中、龍狩りの槍へと足を急がせた。
やけにハッキリとした夢だ……
いや、違う……これは夢じゃない……
僕は多忙な両親と久しぶりに出かけるのが嬉しくて、その日、珍しく両親にわがままを言った。
たいして欲しくも無い……新作のゲームがあって、それを、その時はまだいた友人とやるために買ってくれとせがんだんだ……
勿論、両親はお小遣いで買いなさいっと僕を説得したんだけど……
なぜか、その時は聞き分けることができず、二人を困らせたのを憶えている。
困り果てた両親も、そんな僕を珍しく思ったのもあるんだろう……
今回だけだ、と買ってくれた。
だけど、店を出た後にその店に車が突っ込んできて、直撃はしなかったけど色んな破片が飛んできて……僕を庇って二人は……
「お、おおおお前が、こ、こここ殺したんだ! りっり、両親も! ワシも!」
「え?」
声に気がつき、振り向くと……そこには……
僕の両親と、小太りが血塗れの姿で立っていた。
その肌は土色で、その目は白く濁っていて……だけど、僕を、僕だけを見ている。
暫らく、その場で固まっていた彼らは……やがて近づいてきて、その手を僕へと伸ばしてくる。
死ぬのは嫌だ! そう思って僕は逃げようとするんだけど、足がもつれてその場に倒れこんでしまった。
「お、おおお前が! ワ、ワシを!!」
「あぁああぁぁぁ!? うぐっ!? お、おも……ぃ……」
これは夢なの? でも、背中に伸し掛かる人の重さも、その冷たさも……まるで本物だ。
「し、ししし死ね! お、お前も!」
首に冷たい手が当たり、静かに、でも……確実に僕の首を絞めようと、力が入るのが分かる。
あまりの恐怖に目を閉じようとするが、僕の意思とは反対に目は見開き……
その手に一瞬で力が入った瞬間、僕の目は覚めた。
「は……ぁ、は……っ――はぁ……」
「ユーリ!? 大丈夫?」
飛び起きた僕の顔を心配そうに見つめるのは……フィーナさんだ。
辺りは暗く、部屋にはランプの淡い光だけが灯っている。
「…………」
「首、痛めたの?」
「……え?」
首? まさか、と咄嗟に確認しようと思った僕は、無意識に首をすでに擦っていたことに気がついた。
さっきの夢の所為? いや、あれは夢で終らせていいものじゃない。
僕は……自分の手で人を殺めたんだ……怨まれたって当然だ。
「……うぅ」
目を閉じると、さっきの夢も、殺した瞬間も、両親が死んだ時も鮮明に蘇ってくる。
でも、目を開けて……なにかを見るのも怖い……
「ユーリ、今は休もう?」
「休もうって、僕は人を……」
フィーナさんが心配してくれるのは分かる。
でも、僕は人を殺した。
そんな奴がのんびりと……いつも通りで良いわけが無い。
それに、フィーナさんだって、皆だって……人殺しと一緒には居たくないだろう……
事実、両親が死んだ後、親族に親殺しと言われ、友達は皆、離れて行った……
「ユーリ、大丈夫だよ?」
「大丈夫ってなにが? 僕は人を殺した……それのどこが大丈夫なの……」
優しいから、強いから……フィーナさんはそう言えるんだ。
でも、僕と彼女は違う、強さもそうだし、なにより僕は人殺しだ。
「大丈夫、誰も責めたりしないよ? さらわれた人たちも無事だったよ、それに、私もまた、助けられちゃったね?」
「助けられたって……」
僕が目を開き、フィーナさんを見ると、そこにはいつもの彼女が居た。
なに一つ変わってない、なんで?
……僕がやったことは許されないのに……人を守るためだって、犯罪は犯罪だ。
なのに、なんでフィーナさんはいつも通りなの?
「冒険者になれば、人と戦うことがある」
彼女は真剣な顔に切り替えると、優しい口調のまま……そう、切り出した。
「そうなれば、どうやっても……絶対誰も死なないってことは……無理なんだよ?」
「……でも、どうにかは出来たはず、だよ」
今、考えれば、マテリアルショットで小太りを後ろに向けて飛ばせば良かったんだ。
他にも方法はあったはず……なのに、僕が選んだのはスナイプ・アロウだった。
「確かに出来るかもしれない、でも、敵味方、皆の心配を出来るほど、余裕は持てないよ? 相手は殺すつもりで来てるんだから……手を抜けば殺されるよ?」
「でも、人を殺して良い理由なんかに……ならないよ」
「そうだね、だけど……ユーリが魔法を使わなかったら、私は死んでたよ?」
なにも言えない。
それが、分かったから……それが嫌だったから、僕はあの時、魔法を唱えた。
でも、だからって、助けられたからって……そんな、つもりじゃなかったのに……
「ユーリ、人殺しはね、殺す時いつも楽しんでる……自分の欲のために人を傷つけるんだよ?」
「そんなの、綺麗事だよ」
「綺麗事でもなんでも、あの人は欲のために人を食い物にしてたし、仮面はきっと殺すことを楽しんでた。でも、ユーリはそんな人を殺めてしまって、苦しんで、辛い思いをしてる、だからユーリはそのままで良いんだよ?」
「…………」
「だから、今日は休もう?」
本当に……ただの綺麗事だ。
「僕には、良く分からないよ……人を殺して人殺しじゃないなんて」
「うん、それで良いの、怖いって辛いって……その気持ちが大事なんだよ?」
それで、良い気はしない。
でも、もし間違った選択をしてたら……フィーナさんが居なかった。
そう、思うと身体が震える。
そんな僕を見て、彼女は再び微笑むと――
「でも、怖いものは怖いよね? 今日は一緒に寝てあげるよ?」
彼女はそう言うと、僕と同じベッドへ横たわる。
普段なら慌ててしまうのに……今はそれだけで安心できる気がして……僕も再び横になると……彼女に抱きかかえられ、そのまま僕は……まどろみの中に落ちた。




