44話 作戦会議
捕まっている人たちの居場所はギルドだった。
つきとめたユーリを襲う、魔法をなんとか交わした彼女は慌てふためくフィーナをつれて龍狩りの槍へ戻ることにした。
果たして、ギルドへの侵入の方法は見つかるのだろうか?
酒場へと戻った僕は部屋の中、皆に囲まれて一人正座をしていた。
恐る恐ると顔をあげると、青い顔をしたフィーナさんが僕の前にしゃがみこみ、心配そうに語りかけてくる。
「空中で浮遊魔法を解いたって……本当に、本当にどこにも怪我はない?」
「う、うん……大丈夫だよ、痛いところは無いし、すぐに魔法を唱えたから」
肝は冷えたけど……言った通り怪我は一切してないし、正直に僕は彼女にそう告げた。
「すぐに魔法をって、そんな簡単にできるもんですかねぇ? 死んだらどうするつもりだったのかねぇ!?」
「まったくですわ! 怪我なら薬や縫合で治るとしても、死んでしまったら全くの無意味ですわ!」
「い、いや、あのままだったら、ルクスの光で目をやられて、そのまま落ちてた可能性があったんですよ?」
正しい判断か、どうかは分からないけど……
他に方法が思いつかなかったし、というか、とっさの行動だったから、なにも考えてなかったって言うのが本当だけど……
「……ん?」
服が引っ張られたから、シュカかな? もしかして、いや、もしかしなくてもシュカも怒ってるんじゃ?
そう思いゆっくりと彼女の方を見ると、シュカはフィーナさんのように青い顔をしている。
怒ってるわけじゃないのかな? と、取りあえずは良かったとして……
「とにかく、あの状況じゃ……それしか……」
「って言ってもね? シルフもまさか、自分で魔法を解くとは思ってなかったみたいで……相当、慌てたみたいだよ?」
「うん……その後、怒られたよ……」
相当、危ないことしたのは分かってるけど、なにも皆で取り囲むことは無いと思うんだけど……
いや、心配してくれたのは分かったし、それで怒ってるのも分かってる……
「と、とにかく僕はこの通り無事だし、捕まった人たちの居場所もギルドで間違いない……って分かった訳だから、良かったんじゃないかな?」
「それは結果論ですよねぇ? あんたたちのこと、二人は凄い心配してたんだけどねぇ?」
うぅ……そう、はっきりと言われると、なにも言えない。
「もう、二度としません……」
「まったくですわ、そうしてくださいませ」
「ウチからも同じ意見だねぇ、お姉ちゃんをこれ以上、心配させないで欲しいねぇ」
二人の言葉に続くようにシュカは服の裾をひっぱってくるけど……
やはり、怒ってると言うよりかは……心配してる感じだ……
うぅ、これは怒られるより、無言で心配される方がきつい気がしてきた。
「はぃ……肝に銘じておきます」
そう言葉にし、深く頭を下げる。
「………………」
でも、誰もなにか言ってくるわけでもなく、無言に耐え切れず顔を上げると、二人とも僕を睨むように見てる……
その威圧感に堪えられなくなった僕は再び俯いた……すると、ふいに頭を撫でられる感覚を感じた。
三度顔を上げると、いつの間にかフィーナさんが目の前に居て、僕の頭を撫でていた。
「でも、無事で良かったよ、本当にもう、あんなことしちゃ駄目だよ? 私が居ない時は精霊たちが助けてくれるからね?」
フィーナさんは未だに、青い顔をしながら心配して僕の顔を覗きこむ……
さっきの様子からもとれるけど、あんなに心配してくれてたんだよね……それに、シルフにも怒られたわけだし……
「うん、絶対にしないよ」
「フィーナ様はユーリ様に甘すぎますわ!」
「そ、そう言われても、ね? ユーリも反省してるし、冒険者なんだし、危険なのは仕方ないよ? 今回は強引というか、自殺行為だけど……咄嗟の判断が出来ないと命がいくらあっても足りないよ?」
それは、僕もそう思う……だからこそ、今回無事だったわけだし、いや……危なかったのは事実だけど……
「とは言いましても!」
「でも、その咄嗟の判断で私はユーリに助けられたよ?」
森でのことかな? 確かに、あの時は本の魔法がちゃんと出来るかも分からなかった……
でも、それしか助けられる方法も無かった……正直に言えば、あの時は半分……いや、それ以上の賭けだったのかもしれない。
「……冒険者、頭の良さも、柔軟さも必要」
「シュカも、ユーリに優しいのかねぇ……」
と言われて、僕を睨まれても……
「とにかく、ユーリも謝ってるし……今回は、ね?」
その言葉に暫らく押し黙っていた二人だったけど、揃って溜息を付き、続けるようにシンティアさんが口を開いた。
「……分かりましたわ」
ど、どうにか話は終ったみたいだね……フィーナさんとシュカのお陰だよ……
「それで、その捕まってる場所だけど……さっきも言ったけど、やっぱりギルドで間違いないみたい、中から助けを呼ぶ声がしたんだ」
僕はこれを機にとばかりに、話題を当初の物へと戻す。
実際、そのために行ったんだから、話さなきゃいけないことだしね。
「中から? 暗闇なのに良く気がつけたもんだねぇ、そいつ……本当に捕まってるやつ?」
「間違いないですよ、僕の声が聞えたみたいだから……僕が小声でシルフにお礼を言ったのが、聞こえたみたいなんです」
あれ? なんで皆、黙ってるんだろう……
「えっと……ユーリ、恐らく森族でも、それは難しいよ? 捕まったりしたら、不安でそれどころじゃないと思うよ? それに――」
ああ、なるほど……僕の声を聞いたのが森族だとしたら、なんで聞えたのかが納得できる。
「普通の人では小声なんて聞えない……だよね? でも、その人は声を聞いて女性の声って判断したんだ。それに、誰か居ますかって僕の声にも答えてくれた」
あれで、あてずっぽうに話してたのなら……ある意味凄い人だよ。
「……捕まってた、森族居た、白くて長い耳、兎みたいな」
「うーん、それなら耳は良いかもしれないね? でも、仮にその人が聞えててユーリに助けを求めたとして、どうやって潜入するの?」
「正面から、ぶっ飛ばすとかは駄目だろうねぇ……下手すりゃ前、言ってた通りギルド全体が相手だ……いくらなんでも分が悪すぎる」
そこなんだよね……こっそり入る手が無いことは無いけど……
「例えば、空から行って、テミスさんの錬金術で扉かなにかを作るって、ことは出来ないですか?」
そうすれば、安全に侵入は出来るっと思うんだけど。
「それぐらいなら出来るねぇ」
「でも、それだと気づかれたら、挟み撃ちだよ? 部屋の中にも敵がいるんだよね?」
だよね、そうなったら対処が難しくなる……
仮に部屋の中の敵を倒せても、僕たちが作った穴や入り口からギルドの人が押し寄せるかもしれないし、なにより――
「部屋の中を直接、確認出来たわけじゃないから、一人かどうかも分からないし、もっと居るかもしれない」
今、言った通り……部屋の中が一人とは限らない。
もしかしたら、何人も居るかもしれないし、警戒して部屋の中が全員敵になってるってこともあるかも……。
いや、それは考えすぎか……
「それは……あまりにも無謀ではありませんか?」
「無謀ですね、だからフィーナさん、前に言ったけど、酒場の冒険者の手を借りるのが良いと思うんだ」
確か、ゼファーさんが聞いてみてくれるようなことを言ってたけど……
「でも、人手が増えたからと言って、一気に攻め込むわけにはいかないと、思うんですがねぇ?」
確かに全員で攻め込むには無理がある……入り口も正面ほど大きい訳じゃないし、どうやったってただでは済まない。
「逆にギルドの冒険者の手を借りる……というのはどうでしょうか?」
突然、シンティアさんがそんなことを言い始めたけど、ギルドの手を借りるって……
「正確には手を借りるというのには……語弊がありますわ、ギルドに居もしない大型の魔物討伐をお願いするんですの」
架空の依頼を出す? でも、それじゃすぐにばれてしまう様な……
「できれば、信憑性を増すために、クロネコ様にも情報の漏洩と他の酒場から依頼金を集められれば、文句の言いようがありませんわ」
「…………」
「駄目でしたでしょうか?」
いや、聞いた限りだと、下手に攻め込んで犠牲を増やすより良い。
それに、魔物が居ると言うのは遠目の場所を指定すれば良いし、依頼金がある以上、血眼になって探すかもしれない。
「でも、クロネコは嘘の情報は流さないよ?」
そういえば、そう言ってた……本人が……
「どうにかして、クロネコさんの手を借りれないかな?」
「うーん……あれで、食べてる身だし、嘘の情報を流したって思われると本人も仕事減っちゃうし、手を借りるのは無理だと思うよ?」
フィーナさんは困った表情を崩さずにそう答えた……そりゃそうだよね。
「でも、一応……駄目元で聞いてみよう?」
「良いけど、怒られるだけだよ?」
それでも、可能性はゼロってわけじゃないだろうし、できればシンティアさんの案で行きたい。
僕は口には出さなかったけど、フィーナさんをじっと見続ける。
「分かった、聞いてみよう?」
流石はフィーナさん! なにも言わなくても話を分かってくれる。
「うん! 今日は遅いからまた明日かな?」
僕がそう口にした後、皆が頷くと……なにやら下が騒がしいことに気がついた。
いや、酒場だから騒がしいのは当たり前だけど……なんか違うような?
「ユーリ、どうしたの?」
「なんか騒がしすぎると思って……見に行ってくるね?」
僕が立ち上がり扉に向かって行くと、僕の目の前で扉が勢いよく開く。
「…………」
あ、あ、危なかった!? もう一歩前に踏み出してたら、僕は思いっきり扉で叩きつけられてたよ!?
「やっと見つけたぞ! 馬鹿犬共!」
目の前に居たのは、明日僕たちが会いに行こうとした男性、クロネコさんだ。
彼は肩で息をし、なにをイラついているのか叩きつけるように尻尾を振り、その顔は眉どころか目元も釣りあがってる。
「え、えっとぼ、僕たちが……なにかしたんでしょうか?」
僕は咄嗟にそう言ったけど、勿論、なにかをした記憶は無い。
「ああ、これからしてもらう!」
「クロネコ! 今、ユーリが危なかったんだから、扉ぐらいノックをしてから入ってくれる?」
うん、今のはビックリどころじゃなかった。
「ああ? 俺はノックが嫌いなんだ」
「ノックをするのは礼儀だと思うけど?」
なんか、この前見たやり取りそのままだよね? ってそうじゃない。
「そ、それで……なんの用でしょうか?」
「ああ、そうだった馬鹿犬のせいで、話を忘れるところだった……おい、お前らに依頼だ」
「え、あ、はい……ん?」
今、依頼って言ったの? ってことは……僕たちに怒ってるわけじゃないってこと?
「脳みそ湧いてるのか? お前はまだマシだと思ってたんだがな? とにかく、依頼だ! 今からギルドを潰して来い」
「なるほど、ギルドを潰すんだね? ……え?」
「あいつら、昼間来た冒険者にくっついて来てたらしくてな、さっきアジトを焼かれた、ご丁寧に俺が寝ようとした時間にな。勿論、部下の中にもそのまま焼かれた奴が居る、俺に喧嘩を売るとはいい度胸だ……」
や、焼かれた!? ……いや、でも、ギルドはなんで情報屋を狙うの?
僕はあそこでクロネコさんの名を言った訳でもない、そもそも僕は多分、死んだと思われてるだろうし……
別の件で? それともバレて流されたくない情報があるの?
それと、昼間の冒険者って僕たちのことじゃなくて、すれ違った人たちのことかな? でも、誰かついてきてる様子なんて無かったけど……
「えっと、黒フードの人たちの後について来てたってこと?」
「黒フードの人たち? いや、違う、その後にもう一組来たんだよ……まるで、自分も俺の情報を買いに来たって装ってな……確かにお前の言う通り、黒フードだ」
どういうこと? 黒フードの人たちじゃないのに黒フードの人なの?
「あの野郎、奇妙な仮面で顔隠しやがって……」
「仮面? 黒フードに仮面つけてたの?」
アルムに居た冒険者? いや、でもあの人は……
「あぁ? だからそうだって言ってるだろ! 馬鹿犬が……おい、お前これが証拠だ」
そう言ってクロネコさんが僕の手に、なにかを強引に渡してきた。
「布? ……なんか絵が描いてあるけど、なんですかこれ?」
「お前……もしかして馬鹿犬以上に馬鹿なのか!? どう見たって、ギルドのエンブレムだろうがっ!!」
そ、そんな怒らなくても……って言うか僕は見たことも……って昼間一応、見てたのかな? 記憶に無いけど……
「ギルドって証が無かったんじゃ? 新しく作られたの?」
って、フィーナさんも知らないの?
「ああ? そうかフィーナたちは外から来たんだよねぇ? 最近、ギルドが酒場のマネでギルドの冒険者ってすぐに分かるようにそれ作ったんだよねぇ。だから、分かりやすくはなったんだけど……」
「表立って着る人少数ですわ、ですが、それはギルドに所属しないともらえないものですの」
へぇ、でも、なんか……
「凄く、安っぽいですね……魔法具って訳でもないですよね?」
「ああ、ただ、ギルドの人間って示すだけの絵だ」
あれ? でも、これが最近作られたって言うなら、僕が今怒られたのはなんで?
「あの、それじゃぁ、僕が知らなくても無理は――」
「冒険者も、情報屋も情報が命だろうが!」
理不尽だ。
「とにかくだ、ギルドを潰して来い! 依頼はそれだけだ」
「そんなこと、言われてもねぇ……」
まったくだよ、僕たちはそのギルドにどう潜入しようか考えてたのに……って待てよ?
これってチャンスじゃ……クロネコさんはギルドに恨みが出来たわけだし、もしかしたら、さっきの話を聞いてくれるかもしれない。
「あの、ギルドを潰せるかは分からないんですけど、僕たちもギルドに潜入しなきゃ行けないんです」
「ああ? じゃ、丁度良いじゃねぇか」
「でも、流石にギルド相手じゃ、僕たちだけで対抗するのは無理ですよ」
僕がそう言うと、クロネコさんは少し考える素振りを見せ……
「確かに、馬鹿犬が居るとは言っても多勢に無勢か、それに馬鹿犬ほどじゃなくても強いやつは居る……だが、依頼は取り下げないぞ」
「ユーリ、もしかして?」
「うん、さっきの件、今お願いしようと思って」
「なんだ? さっきの件ってのは、なにか案があるならさっさと言えよ」
そんな、威嚇するように言わなくても……まぁ、怒る理由は理解できるけど。
「クロネコさんの情報で嘘を流して欲しいんです。勿論、ギルドに向けて……ギルドはなにかを隠してます。それが、なにかは終った後に解ると思いますけど……」
「嘘だと? それに隠しごとだと……いや、待てよ? 最近、聞く人さらいってのは奴らの仕業か……この前ここの冒険者が死んだのも……奴らが関わってるなら納得がいく」
……なにも言ってないのに、そこまで解る物なんだろうか?
「相変わらず勘は鋭いね? とにかく、非合法な奴隷を扱ってれば処罰されるよ?
物理的に潰すのは無理だろうけど、法律から間接的に潰すことはできるんじゃないかな?」
クロネコさんは少し考える素振りを見せると、舌打ちをし不機嫌な雰囲気を崩さずに口を開く……
「なるほどな、確かにそれならいけるかも知れないが、一つ気に食わないな、嘘の情報を流すってところだ。……俺は今まで嘘は売ったことがない!! これは俺のプライドだ」
そう口にしながら、僕を睨みつけるクロネコさんはネコと言うか、ライオンやトラのように見えてくるよ、予想はしてたけど怖いなぁ。
「だが、一応……聞いておいてやる、どんな情報を売らせようとした?」
「それは……大型の魔物の目撃証言ですわ、その依頼をギルドにして信憑性を高めるためですの」
すると、彼はまた考える素振りを見せ、ニヤリとほくそ笑むと……
「……分かった、ちょうど良い情報がある。本当は馬鹿犬を引っ掛けようとしてた者なんだが、奴らに売ってやろう」
「私を引っ掛けるって……どんな情報だったのかな?」
笑みをピクピクと引きつらせているだろう、フィーナさんの声がし、僕は慌てて振り返り彼女の前に立つ。
「フィ、フィーナさん抑えて!?」
焦る僕の気持ちを知ってか、知らずかクロネコさんは一笑いすると……
「まぁ、見てろって、おい! 依頼者が手伝ってやるんだ、失敗はゆるさねぇぞ?」
威圧をかけるような口調で、そう言った……




