43話 夜のギルド
冒険者ギルドを訪れたユーリたちは、ギルド内へと入るものの階段を見つけられなかった。
だが、シュカが外で車輪の後を見つけ……辿るとそこにはギルドの裏口があり、そこへ食料を運びに来た商人が現れる。
商人の男は荷物を置き終わると馬車に乗り去っていき、ユーリたちも一旦そこを離れ、酒場に戻り報告を済ませることにした。
ギルドから戻った僕たちは、龍狩りの槍の部屋でテーブルを囲み座っていた。
「で、見つかったのかねぇ?」
「うん、見つかったって言うか、怪しいのはギルドだね?」
テミスさんの質問にフィーナさんが答えてくれる。
質問をしたテミスさんは、確認するようにこちらを見てきたので僕も頷いておく……
「去り際にギルドに食料が降ろされてたんですよ。それも凄い量が……」
「いくらなんでも、あの量を食べる人なんて聞いたこと無いよ? 運んでた人もビックリしてたしね?」
僕たちの言葉に合わせるように、シュカがこくこくと頷いてくれる。
他に怪しいところは無かったし、ギルドの仕業っていうのが、今の所の僕たちの意見だ。
「ギルドが、か……それは困ったね、下手したらギルド全体が相手だと思うと、いくらフィーナさんたちでも、分が悪い……」
僕たちに飲み物を持ってきてくれたゼファーさんが、困ったような顔でそう呟く、実際僕もそう思ってたし、間違いない……だけど……
「あの、他の酒場に協力を頼むって、言うのはどうかな?」
僕はフィーナさんにそう提案を告げる。
すると、いつものように考える素振りを見せるフィーナさんは……
「ん~……どうだろう? 相手も強いみたいだし、こっちの数が多いのはこしたことが無いけど……」
「被害は最小限ってことだよね? だから、各酒場一番の冒険者に手を借りれないかな?」
一番となれば仕事も多いだろうから、断られる可能性もあるけど……その分、力量も期待できる。
「勿論、手を借りるのはギルド……もしくは僕たちの手に負えない相手の場合になるけど……」
手を借りた後で、実は違いましたってなると……面倒なことになるしね。
「うーん、弟さん出来そう?」
「分からないな……でも、できる限りは話してみるよ……ところで、その確証は得られそうなのかい?」
「それは、まだ……ですね」
完全な密室ってことは無いだろうし、通気口ぐらいはあると思うんだけど……
「シュカ、閉じ込められた場所に空気を通す、小さな穴ってあったと思うんだけど……どうかな?」
「……上の方あった、凄く小さな穴、いっぱい」
やっぱりか……なら、声が通るはず……
「そんなことを聞いてどうするんですか?」
「中に直接聞くんです……捕まってるかどうかをね?」
「直接聞くって……そんなこと出来るのかねぇ?」
確かにそんな魔法は無い。
でも、魔法で飛んで直接聞けば良い話だ。
それだけ危険は伴うけど……
「なるほど、ね……じゃぁ私が護衛するよ?」
「ありがとう、フィーナさん……後はいつやるかだけど、今日確かめに行こう」
「今日ってもう遅いですわよ? 明日にした方が良いんじゃないですか?」
僕の言葉に、シンティアさんがそう提案してくれるけど……
「いや、今日ですよ」
「ああ? 夜はなにかと危険だと思うんだけどねぇ?」
「ユーリは夜の方が人目につきにくい、ってことを言ってるんだと思うよ?」
僕はその言葉に頷く、まさにその通りだよフィーナさん。
「昼間に空を飛んで……なにかをしてれば、誰かしら怪しむと思うんです。ましてや本当にギルドの仕業だとしたら、警戒をしてるはずですから」
とは言っても、この作戦には大きな穴はあるんだけど……
「警戒してるのでしたら、夜も危険じゃありませんか? 交代で見張ってる可能性がありますわ」
そう、施設である以上、警備って言うのは少なからずある……
ギルドも同じだろうし、ましてや見られたくないものがあるなら、警備を強化してるかもしれない。
「もしそうだったら、逃げるしかないね?」
「うん、そうしよう」
「馬鹿か? 昼間なら人混みに紛れることもできる、夜はそうはいかない、追いつかれる可能性も高いと思うんだけどねぇ?」
確かに、人混みには紛れられないでも、夜だからこそ逃げ切れる方法ってのもある。
例えばルクスを使って、目晦ましをして逃げる。
分かりやすい上に簡単だ……
それに人の目は暗闇に慣れる性質があるから、突然光を当てられたら暫らくは見えないはず。
「大丈夫ですよ」
「二人は大丈夫でも、お姉ちゃんが心配なんですけどねぇ……」
ああ、なるほど……そういうことだったんだ。
確かに……シンティアさんたちが来るなら、心配するよね……
「えっと、それなんですけど……夜は僕とフィーナさんの二人で行こうかなって……」
「ん? 二人で行くの?」
「うん、夜だってこともあるし、ゾロゾロ動くより、少人数の方が目立ちにくいと思うんだ」
それに、もしばれたとしても……フィーナさんは逃げ切れるはず。
「う~ん、分かった見つかったら、私がユーリを抱えて走れば良いんだね?」
「へ?」
抱えてって……いくらフィーナさんでも、人一人抱えるのは大変なんじゃないかな……
「大丈夫! ユーリ軽そうだし、装備も重いの身につけてないからね?」
僕の不安を汲み取ったんだろうか、フィーナさんはそう答えるとにっこりと微笑んでくれる……
フィーナさんが笑顔でそう言ってくれると……なんだか安心できるから不思議な感じだよ。
「分かった、その時はお願いね」
「任せて、じゃー暗くなったら、向かおうか?」
「……シュカ、は?」
「すぐ戻ってくるから、今回は待っててもらえるかな?」
僕の言葉に明らかにしょげた様子のシュカは、暫らく僕をじっと見つめてくる。
……うぅ、そう見られるとなんか罪悪感があるんだけど、二人になるとフィーナさんの負担も増えちゃうからなぁ……
「今回だけ、ね?」
「……分かった」
うぅ、そんなへこんだ顔しないで……
シュカのためにも確認をしたら、すぐに戻ってきた方が良さそうだ。
夜が更け、人通りが少なくなったのを確認した僕とフィーナさんは、再びギルドへと向かう。
「予想以上に人が居ないね……」
酒場で話して少し経ってから来たわけだから、そこまで遅い時間ってわけじゃないんだけど……夜は驚くほど人が居ない。
酒場の中に人が多いせいもあって、余計に少なく感じてしまうのもあるのかな?
「今は魔法具も便利になって、明かりがあるけど……夜は怖いからねーでも……だからこそ、今行くんだよね?」
「うん、そうだね」
そうこう話している内にギルドの近くまで来たのか、フィーナさんが急に歩みを止めた……
「さて……ここから、どうするの?」
「勿論、僕が塔の上に行って直接聞いてくるよ、それで……フィーナさんには見張りをしてもらいたいんだ」
「分かった、精霊たちにも聞いておくね? ……そうだ、ちょっと待ってね?」
フィーナさんはそう言うと、精霊を呼び出す詠唱を唱え始める……流石フィーナさん、僕が思っていることをすぐ分かってくれたみたいだ。
「風の精霊よ我が前に姿を現せ、シルフ……シルフ、ユーリについて行って、もし……誰か来たら、逃げるように教えてあげて?」
呼び出されたのは僕も良く知っている風の精霊、シルフだ。
黄緑色のワンピースをまとい、水色の髪をしていて、大人しそうなイメージとは裏腹に僕の傍へと来ると、なにやらくるくると、はしゃぎまわっている。
「えっと……よろしくね、シルフ」
僕がそう言うと、すぐさま目の前に来て頷いたかと思うと、すぐに視界から消え……どこに行ったんだろう? と探してみる暇もなく、頭になにかが乗っている感じがした。
どうやら、シルフが居るみたいだけど……
「えっと、これは?」
シルフは、なんか友好的な感じがするけど……?
「前に、ユーリが精霊たちを助けてくれたのを……憶えてるんだねー、懐かれてるみたいだよ?」
「なるほど、あれ? でも、精霊って実体化しないと見えないんじゃ?」
確か前に……フィーナさんがそんなことを言っていた気がしたけど……
「うん、でも、その人の纏ってる魔力とかは……調べれば理解できるみたいだよ? 多分、助けてくれた時に見てたんだねー」
そういえば……あの時、精霊が感謝してるとか……フィーナさん言ってたっけ……その時に見たってことかな?
「じゃぁ、私は離れた所で、人が来ないか見張ってるけど……終ったらシルフに居場所を聞いてね? その子たちは私のいる所が分かるから」
「うん、分かった」
そう答えた僕は、エアリアルムーブの詠唱を唱え……ギルドの上へ向け飛び立った。
勿論、正面から正直に行ったら、見つかるかもしれないからワザと離れた所で目的の場所より上に登り、近づいて……ゆっくりと降下していく……
シュカの話だと、通気口があるはずだけど……暗くてよく見えないな。
「シルフ、この中に空気を通す穴があるはずなんだけど……どこにあるか分かるかな?」
以前、ドリアードも僕の言葉を理解してくれたし、シルフに聞いてみる……なにより、風の精霊の彼女に聞いた方が確実だ。
『――――! ――!』
再び目の前に姿を現してくれたシルフは、今度は僕が見失わないように進んでいく……
やっぱり、聞いて良かった……道案内をしてくれるみたいだ。
彼女の後をついて行くと、分かりづらいけど長方形に空いた穴が確かにそこにあった。
恐らく、シュカが言っていたのはこれで間違いないはず……
「ありがとう、シルフ」
僕がそう彼女にお礼を呟くと……
「……そこに……誰か、いるの?」
「――――ッ!?」
バレた? どうして……今の声が聞えたってことは無いはずだよ……相当、小声だったし……
「誰も、居ないよ……ここは多分、凄く高いところだから」
「けど、声が聞えたんだよ……女の子の声、外から確かに」
中から聞えるのは、二人の女性の声……外から聞えた女の子の声って僕?
でも、あんな小声どうやって……いや、そんなことより、今は確かめる方が先決だ。
あんな小さな声で聞えてるなら、丁度良い。
「中に誰か居るんですか?」
先ほどと同じような囁き声で、僕は中に向けて問いかけてみる。
「やっぱり、外に誰かいるよ! 聞えてますか! お願い、私たちをここから出して……皆、ここに捕まってるの!!」
僕の声が聞えたと主張する声は……そう僕へと向かい声を発する。
それに釣られたんだろう、何人もの声が聞こえ始めた……
もう、色々な声が混ざり合い、僕には判別できなくなったけど……この様子は間違いない。
「後で、助けに来ます! だから、もう少しだけ待っててください」
そう僕が言い終わるのが、早いのか遅いのか――
「嘘……逃げてぇぇぇぇぇ!!」
そう、最初の女性の叫び声らしい物が聞え……叫び声の所為か静まり返った中に聞えた声は……
「せ……ルク」
マズイッ! っと思った時には……もうすでに光が生まれ始めていて……
「――ッ!! うわあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
僕は真っ直ぐに闇に落ちて行った……
部屋へと響き渡る、外からの叫び声……
「落ちた落ちた、ったく……この前のことがあったから、中に見張りを入れておいて正解だね! それにしても、アンタが気がつかなければ……あの子は死ななかったのにねぇ? クハハッ」
「あぁ、あぁぁあぁ!?」
アンタと呼ばれた白く長い耳を持つ女性は、その場で声にならない声を上げ、その瞳には涙が溢れていた……
やっと、やっと助けが来た。そう思って安堵したのも束の間、その希望は文字通り消えた。
「嘘、嘘……」
「嘘じゃないよ、アンタが気がつかなければ、アンタが助けを呼ばなければ、アタシは処刑せずに済んだんだけどね? クハハッ!! にしても……馬鹿な女だったねぇ? 声を聞いた時に逃げればよかったのに」
「ごめん、なさい……ごめんなさいっ」
そう、泣きながら呟く女性は……手に血が滲むほどなにかを握り締める……
「……お前、なに持ってるんだ?」
白長耳の女性の手から、それを無理やり取ろうとする魔法使いだったが、女性は無意識なのか、なんなのか必死にそれを握り続ける。
その手から……血が流れているのにもかかわらず……
「チッ! 気持ち悪い奴、まぁ良いや……持っててもどうせなにか変わるわけじゃないだろからね」
魔法使いはそう言うと、先ほどの哀れな女がいたであろう方の壁を見て。
「アイツも冒険者だったのかな? っだとしたら、懲りないねぇ冒険者ってのは……クハハッ」
そう気持ちの悪い笑い声を上げた。
「うわあぁぁぁぁぁぁ!!」
凄い勢いで風が僕に当り、下へと落ちていく……
「わ、我らに天かける翼を! エアリアルムーブ!!」
落ち往く中、僕は再び魔法で宙へと浮く……あ、危なかった……
誰か分からないけど……叫び声をあげてくれたお陰で……ギリギリ、ルクスに気づけて魔法を強制的に切ったんだけど……
「もう、二度と空中で魔法を解いたりしたくないよ……ジェットコースターより怖いって……」
それにしても、あの女性は嘘を言ってる感じではなかったし……
多分、あの中に見張りがいたんだ……
あの人が心配してるだろうから、もう一度上に行って無事だって知らせたいけど……戻って話すのは危険だよね。
『っ!! ――っ!!』
「い、痛いって、シルフ、髪引っ張らないで!?」
突然、髪を引っ張られた僕はシルフへとそう言い。
その訴えを聞いてくれたのか、シルフは髪を引っ張るのを止めると、目の前に来て……なにやら怒ったように訴えてきた……
「もしかして、空中で魔法解いたのを怒ってる?」
『――! っ!!!』
その通りみたいだ……って言われても……
「ごめんね……心配してくれたんだね。でも、あのまま浮いてたら、間違いなくルクスの光にやられて、本当に落ちてたよ……もう二度とやらない、約束する……っていうか、やりたくないよ」
『――、――――』
シルフは納得はいかないみたいだけど、頷いてるから……取りあえず許してはくれるみたいだ……言葉が通じれば、今の凄い勢いで怒られてたよね?
まぁ、言った通り、もう二度とやらない、絶対に……
「取りあえず、捕まってるのが分かったし……フィーナさんと合流して戻ろうか? シルフ、案内してくれるかな」
『――』
先ほどと同じように先導をしてくれるシルフの後をついて行くと……オロオロとうろたえているフィーナさんの姿が見えた。
「フィーナさん……どうしたの?」
僕に気がついた彼女は、未だ落ち着かない様子で慌てたように口を開く。
「ユーリ!? 大丈夫だったの? なにか光ったと思ったら、凄い悲鳴が聞えたから……でも、シルフは大丈夫って言うし、どうしたら良いのか、助けに行った方が良いのかな?」
「ええっと、落ち着いて、僕はこの通り無事だし、さっきのは説明するから……取りあえず、酒場に戻ろう」
「大丈夫? 本当に怪我してない?」
「うん、大丈夫だよ……それより、ギルドの人たちが出て来るかもしれないから、早く戻ろう?」
僕は落ちたけど、仲間が居るかもしれないって、探しに来てるかもしれないし、急いだ方が良いはず……
「わ、分かった、急いで戻って、皆でユーリを助けに行こう?」
うん、だから……僕は無事だって……
酒場に戻る途中、なぜか僕を助けると言い、ギルドに戻ろうとするフィーナさんをなだめ、落ち着かせるまでに苦労したのは……言うまでもなかった。
こんなに取り乱したフィーナさん、ナタリアの前以外では初めて見たよ……
よっぽど、僕を心配してくれたみたいだ。
もう、色んな意味であんなことはしない方が良いね、肝に銘じておこう……




