39話 薬草洞窟
クロネコから情報を買う条件を提示されたユーリたちはそれを承諾した。
条件とは、薬草が生えている洞窟へ彼を連れて行くこと……
町の外に出ることから危険だと、判断したユーリはシュカへ酒場に残るよう告げるが、彼女はついてくると言い、仕方無しに彼女の装備を整えに行くユーリたちだったが……
タリムより若干狭い武器屋で僕は唖然としていた。
理由は単純だ……
「…………っ!!」
シュカがナイフを投げると、あらかじめ設置されている的の中心へとナイフが吸い込まれていく……
勿論、投げているのはスローナイフ、投擲用のナイフで投げやすくはある。
でも、それを初めて握った者が的に当てれることは稀だろう……っていうかダーツだって的に当てられない人は当らないのに……
シュカはそれをいとも簡単にやってのけた。
「お連れの方、凄いですね! 今までもこういった武器を?」
僕はブンブンと首を振る……勿論、フィーナさんもだ。
一通り投げて満足したのか、シュカはナイフを回収し、店員へそれを渡す。
「お買い上げで?」
その言葉には首を振ることで断ると、一つの大型のナイフの前まで近づいて行った。
因みにシュカは、武器屋に来てからずっとナイフばっかり見ている。
それにしても、一言でナイフと言っても……いっぱいあるんだなー……
いや、違う! シュカがこれだけ戦えるなら、なんで捕まったの?
お陰で……思わぬ戦力が仲間になったぽいけど……
「ええっと、そ、そちらのナイフを試されますか?」
そして、店員さんはさっきからシュカに振り回されている。
ナイフをシュカに渡しては返され、返されては渡しての繰り返しだ。
困っても口調を変えない上、怒らないあたり凄い人だと感心するほどだよ。
そんなことを考えながら待つこと数分、シュカは先ほど渡された大きめのナイフが気に入ったみたいだ。
さっきの様子を見た限り、少なくとも……武器の扱いがかなり上手いのは間違いない。
「こちらのナイフは……金貨一枚と銀貨二枚ですね」
「結構、高いですね……」
「ええ、こちらは……ここらでは有名な鍛冶師が作った物でして、あまり出回らないんですよ」
へぇ……そういえば、僕の装備を揃えた所の人も鍛冶師だっけ?
ん? 確か名前聞いてなかった気がするなぁ、今度行ったら聞いておこう。
「で、誰が作ったの?」
「ええ、こちらはフェルグのナイフです……ちゃんと銘も見ましたし、間違いありません。もし、そうでなかった場合は武器はそのまま差し上げます、その上で返金いたしますよ」
んー、僕は当然ながら聞いたことは無いんだけど……凄い人なのかな?
「んー……安くならない?」
フィーナさんは、胸を張って本物と主張する店員に向かって、堂々と値切り始めた。
かなり自身がありそうだったし、凄い人の武器なんじゃないの?
それなのに、度胸があるなぁ……
「え? これでも……安い方なんですが……」
「シュカ、下がらないなら他のを選んだ方が良いよ? 後で特注で作ってもらえば、同じ値段で良い物が手に入るから」
……それって、つまり……タリムに居る、あの女性鍛冶屋さんに頼むことだろうか?
「で、でも……フィーナさん、このナイフも凄いって店員さん言ってたよ?」
「……言ってた」
「でも、フェルグさんのでしょ? 悪くは無いよ、上等品だし、値段も丁度いいとは思うけど……リーチェの武具に比べると……かなり質が落ちちゃうよ?」
リーチェって、誰? いや、あの人しか居ないよね……っていうか、ここでそんなこと言って良いの?
一応、お店だし……
「リーチェ? タリムのリーチェですか? ですが、あの人の作る物の方が高いでしょう? 同じ値段でこれ以上の物はいくら彼女でも――」
「そこは材料持って行けば良いし、私が言えば調整の時に多めに払えば許してくれるよ?」
流石にカチンときた様子の店員に割り込みフィーナさんはそう告げると、続けて……
「安くならない?」
「……はぁ、確かにリーチェの武器と比べられてしまえば、フェルグの武器は天と地の差ですね。……分かりました……銀貨四枚引かせていただきます。銀貨八枚でいいですよ」
値切りは成功したみたいだけど……店員さんは当然肩を落とし、シュカから金貨を受け取っている。
因みにお金は僕とフィーナさんから、装備を買う為の御小遣いを渡しておいた。
「フィーナさん、タリムのあの人ってそんなに凄いの?」
「うん、凄いよ? この剣だって、調整だけで買いなおしはしてないよー。それに、調整しなくても長く使えるし、冒険者はリーチェの武器を一本持っておけって、おじさんに言われるぐらいだからね?」
確かに、冒険のさなか武器が折れたら冗談じゃない、それほど頑丈にできてて……なおかつ、アフターケアまであるなら、フィーナさんが勧めるわけも分かる。
「ナイフのベルトなどは……おまけでつけておきますので……もし、また武器が必要でしたらウチをご利用お願いいたします」
店員は丁寧にお釣とナイフをシュカに手渡すと、深々と頭を下げた。
誰も悪くは無いとはいえ、これは罪悪感を感じるなぁ……
「あの、矢ってありますか?」
まだ、余裕はあると思うけど……買える時に買っておかないと、後で後悔しても遅いから、どうせだったらここで買ってしまおう。
「矢? ありますよ、弓もお買いになりますか?」
「いえ、矢だけで大丈夫です、矢筒に入るだけもらえますか?」
僕は筒を手渡すと、店員は首をかしげながらも矢をつめて渡してくれた。
まぁ、僕……弓持ってないから、不思議に思われてるんだろうなぁ。
「こちらは銀貨二枚ですね、よろしいですか」
「はい、ありがとうございます」
僕はきっかりお金を手渡し、買い物が終わると待っていてくれたフィーナさんたちの方へ顔を向け。
「次は防具だね?」
武器屋を出てから暫らく経ち、シュカはどこから見ても冒険者と分かるような格好になった。
彼女は僕と同じような布系の防具を着て、僕とは違いその上に頑丈な皮で出来た鎧を着込ませている。
本当は……もうちょっと身を守るような物が良いと思ったんだけど、本人が嫌がったので今の形になったんだけど……
「…………」
それでもシュカは不満そうにむくれている。
「シュカ、魔物はやっぱり怖いし、安全な方がいいよ、悪いけどちょっとだけ我慢してね」
「えっと、ほら……危ないからね? ユーリが居るけど、怪我はなるべく避けないとね?」
フィーナさんと僕は、さっきからこうやって話しかけているのだけど……シュカは余程動きを制限されるのが嫌らしい。
「ユーリ、フィーナ……軽そう」
確かに、僕はローブだし、フィーナさんは剣士と言うには軽装で、動きやすい鎧だ。
対するシュカは……材質を変えたらフルプレートって言われそうな皮の鎧だ。
買い物の最中、フィーナさんと同じのがいいと言ったものの……それは例によってリーチェさんが作った物らしく、リラーグにはなかった。
正しくは似たようなのはあったんだけど……どれも中古品、いや、壊れかけのジャンク品だったわけで……
それでもそっちが欲しいと言うシュカを説得し、なんとか今の装備をしぶしぶ了承してくれたわけだけど、やっぱりイヤなのは変わりが無いみたいだ。
「……約束」
「うん、分かってる、約束するよ」
そう返事し、シュカが頷くのを確認すると――
「準備も出来たことだし、正門の方に行こうかー?」
フィーナさんがいつも通り、そう言ってくれた。
そういえば、クロネコさんは早めにって行ってたけど……結構、時間経っちゃたし、大丈夫かな? 怒ってないといいんだけど……
僕たちが急ぎ正門へと向かうと……丁度、シンティアさんたちも来た所のようだった。
「おっせぇ!! これだから女の準備ってのは嫌なんだ」
「装備一式、買ってたんだよ?」
それを聞くと、クロネコさんは舌を鳴らし……先に門を抜けて町の外へと向かう。
「おら! 早くしろお前らのことも、もう伝えておいた早く行ってすぐに確認する良いな」
振り向いて、それだけ言うと……彼はまたも先に進んで行ってるけど……僕たちって護衛だよね?
「さ、先に行かないでください! 行こう、皆!」
僕たちは慌ててクロネコさんの後を追った。
街を出て暫らく歩くこと……三十分ぐらいと言った所だろうか?
そこには、下へと続く穴がぽっかりと開いていた……
「ここだ、ここからは魔物も居るかも知れねぇし、お前らが先に行け」
「……わかった、一応言っておくけど、目的の場所に着いても先に行かないようにね? ユーリ、お願い」
フィーナさんに言われ、僕はルクスの詠唱を唱え光の玉を生み出す。
……本来なら松明か、なにかを使えばいいんだろうけど……自由に動かせて手が空く分、こっちの方が便利なんだよね。
ルクスの光で暗闇を照らし、その光の後をフィーナさんが追っていくので、僕も彼女について洞窟へと入った。
「思ったより、広いね」
「うん、思ったより、動けそうだね?」
中は狭いかと思ったのだけど、かなり広かった。
この奥に薬草があるってことだけど、こんな暗いところで薬草が育つのかな?
「突っ立ってないで早く行けよ、これは依頼だぞ」
待たせられたのがよっぽど気に食わなかったらしいクロネコさんは、乱暴な口調でそう言うが、それを聞いたテミスさんが低い声で彼に……
「……一応の安全確認だと思いますけどねぇ? 言っとくけど、崩落して生き埋めだけは勘弁して欲しいからねぇ」
彼女の言葉で、クロネコさんとテミスさんの間の空気は最悪な状態になってると思う……
でも……今、振り向いたら二人の視線の間で火花が散っていることは間違いないと思うから、怖いし振り向かないでおこう。
「ユーリ、シュカもシンティアも足元、デコボコしてるから気をつけてね?」
苦笑いしながら僕たちを心配してくれるフィーナさんも、二人のことは放っておくことにしたみたいだ。
いがみ合いながらも、一応はついてきてるし……大丈夫だよね?
それにしても……
「フィーナさん……なんか、気になってるんだけど」
「うん、私もだよ……おかしいね? 精霊も居ないみたい」
やっぱり、フィーナさんも気がついたみたいだ。
精霊も居ないって、やな予感しかないんだけど、大丈夫かな?
シュカも不思議そうに辺りを見渡してるけど、ここには不気味なほど魔物が居ない……魔物だけじゃない、他の生き物もさっきから全く見かけてない。
「変ですわね……」
響くのは僕たちの足音と、時折飛ぶテミスさんとクロネコさんの罵声だけだ。
不安な中、進み続けると……ルクスの光に照らされた青々とした草が目に入った。
あれが、目的の薬草? いや、本当に薬草なのかな……。
「シンティアさん……あれ、本当に薬草ですか?」
「ここからでは……もう少し、近づいて見てみないと分かりませんわ」
慎重に僕たちは薬草の生えている場所まで近づいて行く……
ここまで魔物は居なかった……けど、あの薬草の近くには居るかもしれないんだし、そう……警戒したんだけど。
「……なにも、居ない」
シュカがそう呟き、辺りを見回す……本当になにも居ない。
薬草の傍にはちゃんと水もあるって言うのに……生き物の気配はなく、薬草だけが青々と存在している。
それが不気味で、もしかしなくても、あれは薬草じゃないんじゃないかなって思えてくるよ。
「お、ちゃんと、あるじゃねぇか! おい、それ……ちょっと持って来い!」
シンティアさんに調べてもらってからの方がいい気がするし、ちょっと怖いんだけど……仕方ない、ちょっとだけ摘んで、クロネコに渡そう。
「ちょっと待っててください」
「…………っ!? 駄目ですわ!」
「――え?」
そう思い……薬草に手を伸ばし、摘み取ろうとした僕の手を、シンティアさんが慌てて掴んで止めてきた。
「ユーリ様、皆様もそれ触らないでください!」
「ああ? 採らなきゃ、持って帰れないだろうが……」
「持って帰る必要はありませんわ……これは良く似ているものですが毒草です。もし、触ったら皮膚がただれ、そこから毒が入り込み……死にますわ」
それは怖いってどころの話じゃないよ!?
慌てて僕は手を引っ込める……もし、シンティアさんが止めてくれるのが少しでも遅かったらと思うと……うぅ……考えたくも無い。
「薬草と間違えるなんて、そんなに似てるの?」
「ええ、この毒草はイラニウムと言いまして、カノンドという薬草に似ているのですわ。群生するのも似た様な場所ですし、間違えて触ってしまうっということも、少なくありませんわ」
うん、シンティアさんが居てくれて本当に助かったよ……
一応、キュアがあるけど……間に合わなかったらなんの意味もないし。
「イラニウムは魔物も恐れる自然の毒、生物が居ないのはそれが理由ですわ。似ているカノンドの所にも警戒して寄り付かないぐらいですから、見分けるのは本当に困難ですわ」
「だったら、それが薬草かもしれねぇだろうが」
「いいえ、これは毒草で間違いありませんわ、カノンドより濃い色ですもの」
うーん、似ている毒草なんて厄介でしかないよね。
でも、この情報をクロネコに流した人たちは触ってないのかな? もし、採ろうとすれば……
「毒草なら触った時に分かるだろうが、俺の所に情報が来るわけがねぇ! おい、取って来い」
「駄目ですわ、薬師として許可できません! ここは私に従ってもらいますわ」
……うーん、情報の出所は気になるけど、シンティアさんはさっき彼女が言った通り薬師、薬草とかには詳しいのは間違いない。
ここはやっぱり、プロに従ったほうが良いと思うんだけど。
「お姉ちゃんの言ってること、無視して良いことなんて無いと思うけどねぇ?」
「うん、やっぱり……ここにも精霊居ないよ? これって焼いちゃった方が良いかな?」
フィーナさんはテミスさんの言葉に頷き、シンティアさんに提案をする。
未だ一人。納得がいかないクロネコさんは不機嫌そうだけど、自分から草に触ろうとしないってことは……一応、警戒してるんだろうか?
「駄目です。これは熱では処理できない毒なので、焼いても灰になっても、毒は残りますわ。……ユーリ様、ルクスの光を強めて、草に当て続けていただけますか? それがイラニウムでしたら、すぐに枯れますわ」
「え? はい……分かりました」
ルクスを草の方へ誘導し……言われた通り光を強めてみる。
暫らく光を当て続け、確かめるために明るさを絞り、草を見てみると……
「見ての通り……それは毒草ですわ」
そこには枯れ果て……茶色になった草があった。
枯れた草を見たクロネコさんは、なにやらブツブツと言っているみたいだけど、取りあえず……これで、依頼は終了ってことだよね?
「クロネコ、情報の出所は気になるけど……一旦、戻ろう?」
「チッ、ああ薬草は無かったが、早めに対処できたのは良い、リラーグに戻ってアジトで約束通り、情報をくれてやる……話はそこでだ」
来た道を戻りながら、そう言うクロネコさんの後を追い……僕たちはリラーグへと戻る。
それにしても、薬草の情報を流したのは誰なんだろう?
もし、あれが毒草って知ってて流したとしたら……クロネコさんは誰かに狙われてた、ってことなんだろうか?
情報屋ってぐらいだし、色んな人に怨みは買ってそうだけど……考えすぎかな?




