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3話 初めての食事と魔法

 新しい世界に転生したユーリはこれから住まうことになる屋敷内を探索中シアというメイドに会った。

 会話が続かず重苦しい空気の中で苦し紛れに綺麗ですねっと言ったところシアには逃げられてしまったのだが……。

 この世界に来て初めての食事、それはかなり豪華な物だった。

 一つ一つは少量だが、味付けがまるで高級フレンチ? みたいでこんな美味しいの初めてだ。

 それに、食べても食べても減らないぐらい量が多い。

 そんな美味しい料理だが……”何故か僕の方にだけある”この屋敷の主人であるはずのナタリアには美味しそうではあるが普通の料理? が出されている。

 もしかして、俺……じゃなくて僕が客人だからだろうか? 嬉しい気遣いではあるが、なんか悪い気がしてならないな。


「なぁ、ユーリ」


 そんな料理を少し物欲しそうに見つめるナタリアが僕の名前を呼んだ。

 なんかおかしいな、彼女がこれを出せと言った訳ではないのか?

 因みに、ユウリだと若干言いにくいと言われ、ユーリになったのはつい先ほどのことだ。


「ん? どうした、ナタリア」


 うわぁ、この肉柔らかくて口の中で溶けるようだよ! 

 それにこのソース……これはなんだろう? 今まで食べた事も無い味だけど、すっごい美味い! 表現のしようがないけど、美味い!

 

「お前、シアに会ったか?」

「シアさん? ああ、昼間に会ったよ」


 なぜ今、彼女の名前が出てくるのだろう?


「……それで褒めたか?」

「ん?」


 褒めた? んー? 何の事だろうか?

 何故シアさんが話に出て来て褒めたかどうかを問い詰められているんだろうか?


「だから、可愛いとか、髪型とかしぐさとか、褒めたのか?」

「えっと綺麗ですねとは言ったけど?」

「くっ……だから私が褒めても上の空で、もっと早くシアと話していれば……」


 え、なに? 褒めたと言うか苦し紛れで出た言葉だったんだけど……っと言うかそれと何か関係でもあるのか?


「まぁ、良い、今日はユーリが来た日だしな、予定とは大分違うが……まぁ良い」

「えーっと、何か不味かった?」

「いや、そんな事は無い。シアは表情は硬いものの……かなりの褒められたがりでな、仕事の出来を褒めたり見た目を褒めたりすると、とにかく喜ぶんだ。だが、極度の恥ずかしがり屋でもある。故にその場から逃げ出すのだが……」


 あー、なるほどって、あれは恥ずかしくなって去って行ったのか、なんと言うか解りにくい人だ。


「後で反省し、それが料理にでる」

「それで、僕の料理がこんなに豪華なのか」

「そう言うことだな」


 それにしても逃げたお返しが、こんなに美味しい料理なら大歓迎だ!

 おおっ!! このスープも美味いな。

 ところでナタリアの料理はスープにパンが浸っている物と少しばかりの肉だ。

 美味しそうではあるが差が開きすぎてるよな?


「…………じゅるり」

「いや、うん、僕だけ食ってても、悪い気がしてた所だし……分けようか?」

「良いのか!?」

「ああ、分けようぜ」


 と言うか量が多くて食いきれない、だが美味しいので残すのは勿体無い。

 なら、二人で食べた方が良いその方が楽しいしな。

 そう言えば、こういった食事は久しぶりだ。

 なんだかまだ小さかった頃を思い出す。


「くす……」

「ん?」


 僕が思い出に浸っているとナタリアは笑い始めた。

 なんかおかしいことしたか?


「ユーリ、食べかすが元についているぞ? ほら」

「っ!?」


 彼女はそう言うと近くにあったナプキンで俺の口元を拭く。

 その瞬間思い浮かんだのは母の顔だ。

 いや、彼女の顔を忘れた事なんてない、なのに……何故かまたナタリアに母さんを重ねている?


「わ、悪い……そ、それにしてもこの肉美味しいなぁ、鳥肉みたいな感じだけど違うよな?」


 僕は平静を保とうと必死になりながら、そういうとナタリアは肉を一切れ口の中へ放り込んだ。


「あーこれは、兎肉だな」

「は!?」

「何をビックリしている? 御主の世界でも、兎肉は食べられているだろう? 日常的にではないにしろ、そういう料理が出てくることがあるのは、向こうに滞在してる時に確認したぞ?」


 確かに稀に料理として出てくるし食用肉ではあるだが、多くの日本人にとって兎というのは可愛らしいペットであり食べ物ではない。

 でも外国では昔から特別な時に食べられることもあるし、おかしくは無い。

 それより気になっているのは……。


「この世界に兎いるの?」

「いるぞ、ユーリたちの世界で言う犬、猫、兎などの動物は存在している。見た目は多少違うが、生き物としては同じだ。勿論、愛でる為に飼いならしてる者もいるぞ」


 おお、まじかこれは楽しみだ。

 何を隠そう僕は動物が好きだ! あのもふもふしてるのを触るのが……特に脚が短い子がぽてぽてと歩く様を見せられたら、もうたまらない。

 いずれ男に戻るとしてハーレム計画は進めていくつもりだったが、動物天国も平行して作ろう!

 女の子と動物、最高の組み合わせじゃないか!!

 だからと言ってこの肉は食べないわけじゃない、それこそ命に対して失礼に値する。


「うん、美味い」

「ユーリ……お主何を考えていた、顔が緩んでおったぞ?」 

「いや、動物が好きなんだ。見てみたいなって思ってね」

「ふむ……見るだけなら構わんが、この屋敷に居る間は飼おうとしないでくれよ」


 ん? あー、そうかナタリアの肌とかに影響があるのか。

 ナタリアと可愛らしい動物……良いと思うのだが諦めるしかないか、残念だ。

 まぁ、とは言っても何故か彼女に感じるのは母性なんだが……。


「分かった。ちゃんと自立してから飼うよ」

「うむ、そうしてくれ」


 この後、話しながら食事をしていると、多いと思っていた料理はあっという間に無くなった。

 久しぶりに楽しい食事をしたなぁ、またシアさんを褒めたら食事を二人で分けよう。


「さて、僕は言われたとおり休んでおくよ」

「うむ、明日の様子を見て大丈夫そうだったら、魔法の修行を始めよう」

「本当か!? なら、なおさらちゃんと寝ておかないとな」


 そうと決まればさっさと……。


「そういえば」

「どうした?」

「寝る前に風呂というか、シャワーとかに入りたいんだけど、着替えってもう用意されてるのか?」


 なにせ手渡されたのは今、着ている服だけだ。

 ブラウスにスカート、下着類に靴下とブーツ各一着だ。

 まさか一張羅(いっちょうら)、着の身着のままというわけには、いかないだろう。

 一日二日程度なら大丈夫だろうが、心情的には洗いたい。


「大丈夫だ。ユーリが屋敷を見て回ってる間に、部屋のタンスへ入れて置くよう言いつけておいた。着替えはそこから持って行け、浴室の場所はわかるか?」

「ありがとうなナタリア、場所はさっき見ておいたから解るよ」


 解るよ……そう言ったのはついさっきの事だ。

 だけど……。


「ここ、どこだよ……」


 その後迷いに迷って、なんとか風呂にありつく事が出来た僕の異世界生活初日は過ぎていった。







 ノックの音と共に声が聞こえる。

 はて? 俺は一人暮らしのはずなんだが、というかチャイムを鳴らして欲しいものである。

 せっかく人が気持ちの良い夢を見ていたと言うのに……いや、女の子になる部分は良くは無いか。


「――――」


 うるさいなぁ……ところで、あの夢の続きは二度寝すれば見れるだろうか?

 たとえ夢でも、魔法の修行が待っているのだし楽しみなんだ。


「――――!!」


 寝れない、朝から何騒いでるんだ? と言うか今日は何曜日だっけ?

 ……やばい今日は確か木曜日じゃないか、うっすらと目蓋を開けると明るいってことはあれか? まさか先生が直に来たとか。

 いやいやいや、無いだろ!? ……多分、にしてもずっと叩いてるな。

 眠いし、夢の続きを見たいのだけど、学校を休むわけには行かない。

 仕方が無い起きるか。


「すいません! 起きましたから、ドア叩くの止めてください! 近所迷惑になるんで!」


 お、言ってみるもんだ止まった。

 寝坊した俺が悪いが、先生? も近所迷惑だって気がついて欲しいものだ。

 世の中にはチャイムと言う家の中に音が鳴り響く、便利な物があるんだから。


「寝ぼけてるのか?」

「は?」


 寝ぼけてる? そりゃ今、起きたばっかだしまだベッドの中だ。

 そうこう考えているうちに結構目が覚めてきた。さっさと顔洗って、歯磨きして制服を着よう……?


「…………」


 はて? 俺の部屋にドレッサーなんてあったけ? ……いや、はて? じゃないだんだん思い出してきた。

 そうだ、俺は――いや、僕は異世界に来て。

 昨日ナタリアに、もしかしたら今日魔法の修行が出来るかもしれないって言われて早めに寝たんだった。

 っと言うことは、さっきドアを叩いていたのはこの家の家主であるナタリアで……ってあれ? メイドさんが起こしに来るんじゃないのか?

 ドアを開けるとそこには予想通りナタリア(婆さんじゃない方)が立っていた。


「えーっと、ナタリア直々に起こしに来てくれたのか?」

「ひ、人に頼んだら起きないと言われてな。その、だな……転移の後遺症でもあったのかと心配して来てやっただけだ」


 なんかしどろもどろで怪しいが心配してくれていたって事だろうか?


「そんなに危険なのかよ転移魔法……」

「まぁ無事なら良い、朝の食事だ、しっかり食べておけ」


 さらりと流されたんだが……まぁ、今の所異常は無いと思うし大丈夫かな。



 身体チェックをナタリアにされた後、朝の支度(まだ、自分で満足に出来ないのでメイドさんにやってもらった)と食事を済ませ、僕はナタリアと共に地下室へと足を運んだ。

 というかこの屋敷、地下まであるってどんだけ広いんだ?


「さて、魔法の修行を始める前にユーリに魔紋(まもん)を彫ろう」

「まもん? それって何だ? 紋ってくらいだし、何か書くのか?」


 魔法使いの証でも消えないインクとかで描くのだろうか?


「いや、描くのではない、彫るのだ。お主の世界のタトゥーと同じだな。だが、それとは違い、魔紋は身につけておける小型の魔法陣。これが無いと、いちいちでかい魔法陣をかかなければ魔法が発動できないんだよ」


 なるほど、それは重要だ。

 まぁ痛いだろうなぁ……でも実質使えなくはないけど、使える場面が少ないものが何時でも使えるものになるなら我慢する価値はあるよな?


「ど、どのぐらい痛いんだ? 麻酔とかってあるのか?」


 でも、結局は痛くないほうが良い。


「痛みは……場所によって違うまぁ、あまり痛くない場所に入れよう。その上での痛みは我慢しろ、暴れるなら縛ってでも彫る。デザインに関してはあまり期待してくれるな……私は弟子を取るのは初めてなんだ」

「つまり麻酔はないと……ところで魔法使いは必ず師匠が弟子に魔紋ってのを彫るのか?」

「魔紋を彫る際にインクではなく魔力を込めるからな。最悪、自分自身でも出来る……だが、師匠となる者が弟子となる者へ絆を刻むと言うことを現す為にそうするのが根付いてきただけだ」


 なるほど、師匠が立派ならあの人の弟子だと言えるし、逆に弟子が立派になればあいつを育てたのは私だとも言える。

 でも、それで面倒なことにもなりそうだが……それが嫌なら自分でしろってことか。


「後は――」

「後は?」

「この魔紋と言うのはあくまで魔法陣だ……そこを傷つけて形が変わってしまうと魔法が使えなくなる」


 おい、それ弱点じゃないか!? そこ狙えば良いだけだろそれって。


「だからな、この魔紋周辺に特別な保護結界を施すことが出来る」

「おお、それはありがたいな!」

「ただし、強度は魔力を注ぎ込んだ者によるな」


 あ、なるほど弟子を護る為でもあるんだな……それなら師匠がそうするのも納得だ……でも、あれ?


「それって、どの位の範囲なんだ?」

「うむ、今ユーリに彫ろうとしてるのは、右前腕そこから……」


 ナタリアは丁度俺の右肩辺りに手を置く……うん、右腕丸々一本だつまり。


「そこまでが保護範囲?」

「うむ、だから、強力な魔物にあったり、危険な目に遭っても右腕だけは必死で護れ、左腕はなくなっても構わない覚悟でな」


 超笑顔で言い切ったよ? ナタリア師匠様。


「おい!? 俺昨日来たばっかりだけど!? まだ雑魚魔物さえ見てないぞ!」


 スライムとかゴブリンにも会ってないのに、そんな万が一の事を話されても困る。

 いや、今だからこそ言ってるのだろうが、まだ魔法一個も憶えてないし。


「一人称が戻ってるぞ? それに万が一の話だ……ちゃんと戦えるようになったら、ユーリの言う雑魚魔物にも会わせてやる……だが、今は魔紋を入れよう」

「あ、ああ頼む」

「しかし、ユーリ以外に弟子を取るつもりはないのだが、どうしたものか……」

「デザインか? じゃぁナタリアの魔紋をちょっと変えた物で良いよ、まったく同じだとナタリアとナタリアの師匠に悪いしな」

「……私のデザイン?」


 あれ? 困ってるな、なんでだ?


「これは、なぁ……」


 腕をまくり自分の魔紋を見ながら、困り、固まっているナタリア……彼女の魔紋を覗いてみると、そこには水を象徴したような模様があった。

 ナタリア・アクアリム……名前通りで良いと思うが……。

 と言うか自分で彫ったのか?


「水の模様だよな? それは自分で彫ったのか?」

「え?」

「だから、それ水じゃないのか? いや、違ってたらいいんだけどさ」


 今度はその顔を若干綻ばせた……うん、やっぱり美人だちょっとドキっとしたぞ、くそっ僕が男だったら……もっと良い所なのに。


「これは確かに水だ。だが何故、解った?」

「だってアクアリムだろ? アクアつまり水って……もしかして、こっちだと違うのか?」

「なるほど、あちらの世界では水の事はアクアと言うのか……まぁ、さっきも言ったように確かにこれは水だ」


 彼女はゆっくりと瞼を閉じると、再びゆっくりと瞳を開きなにかを思い出したように語り出す。


「私の住んでいた故郷は水が綺麗でな、昼間は遠目からしか見れなかったが夜になるとよく水鏡に映された月を見ていた……そうだな、偶然とはいえ気づいてくれたのは嬉しいこれをいれよう」

「ああ、頼むよ、ナタリア師匠」


 ナタリアはうむっと一言言うと、僕の腕に魔紋とやらを刻んでいく……。


 その間は長く苦しい戦いであった。

 言葉に表せばすっごい痛い! 当然だ麻酔がないんだから……泣きたくなるほど痛かったってゆうか泣いた。

 でも、泣いたら。


「うるさい、これでも噛んで我慢しろ!」


 とタオルを渡された。

 だがそんな物で痛みがなくなるわけじゃない、あまりの痛さに暴れたと言うか悶絶した。

 そうしたら、今度は最初に言ってたとおり、縛られた上で作業を進められ……。

 ナタリア師匠はそんな僕の姿を見ても冷ややかな目線で作業を黙々と進めたのだ……かなりのドSである。


「ユーリは情けないな……」

「……………」


 反論はしたいが、現在進行中で悶絶中だ。


「さて……もう一回腕を出せ」


 え、今度は何をするんだ? っというか僕は今だ縛られているので腕も出したままだ。


「っとそういえば縛ったままだった。まぁ良い、薬を塗る。このままだとすぐには魔法を始められないからな」


 そう言いながら軟膏を取り出し、僕の腕に塗りたくっていく……塗られた場所から徐々に痛みが引いていき、完全とはいえないものの我慢できる程度には回復した。


「本当に縛られるとは思わなかったっというか解いてくれ」

「言わずとも今、解いてやる。だが、暴れるからだろうに私はちゃんと言ったぞ」


 言ったね、でも冗談だと思ってたんだよ。


「さて、早速だが魔法の修行だ……とは言っても今日は実際には使えない、今日はルクスの詠唱とどのような魔法か見て覚えろ」


 はい?


「修行なのに今日は使えないのか?」


 失敗はあるとしても、魔法を使ってみることは今日からできると思ってたのになぁ……。


「理由は簡単だ、まだ魔紋が安定していないんだ。普通は馴染むまで短くて二日、長くて一週間かかる」


 おい、聞いてないぞ?


「とは言っても、さっきの薬は魔紋の安定まで促進させる薬だ。本当はすぐにでも出来るだろうが、万が一を考えて今日は使うないいな?」

「すごい残念なんだけど一回くらいなら……」

「万が一を考えて今日は使うなっ!」


 いいな? が使うなっ! に変わったし……でも使いたいこっちの気持ちも考えて欲しいものだ。


「いいな!」


 な、何か怖いな。


「はぃ……でも約束と違うような……」

「詠唱の練習も立派な修行だ。間違えれば大変な事になると昨日言っただろう?」


 おっしゃるとおりです。


「さて反論はないか? 無いなら早速詠唱を憶えてもらう」

「全く出来ないよりはマシと思うか」

「うむ、そうしてくれルクスの詠唱は『我往く道を照らせ』だ」


 簡単だ……それにかなり短いな。


「この詠唱の終わりと共に魔紋は起動し、魔法の準備に入る」


 ん? 準備?


「詠唱するだけだと魔法って出来ないのか? 魔力を込めながら詠唱をするとかじゃないのか?」

「私はともかくユーリ、魔力の込め方は知ってるのか?」


 知らない、知るわけがない。


「じゃ、じゃぁ、どうやって魔法使うんだよ!」

「安心しろ今日は後で私のを見せてやる、見て憶えるんだ。それと、詠唱は魔紋、つまり魔法陣を起動し、詠唱に沿った魔法を発動する準備に入る。詠唱を発したところですぐに発動はしない。待機時間は魔力にもよるが5秒から10秒というところだな」


 今日はって、見て憶えられるものなのか? 魔力を形にするとか、……それをどうやるのかの本さえ渡してもらっていない以上、今日から魔法使ったほうがいい気がするんだけど……。


「使うな、見て憶えろって言われても、理由がなければ納得できないって」

「ふむ、確かに薬で安定はしているはずだ。だが、それは魔法を使わない前提での話しだ。使えば勿論、魔紋に負荷がかかるし不安定になる可能性もある。それと、魔法は見て憶えた方が良い。そもそも本を渡したとして読めるのか?」


 読めないな、納得したくないが、これから先、勝手に使って腕を失いましたとかなると怖いし、今のうちから我慢しておいた方が良いものなのだろうか?

 納得は出来ない、出来ないが……この世界に導いてくれたのは素直に嬉しいし、住むところも衣服も用意してくれた上、魔法を教えてくれるんだ我慢しよう。


「わかった、……とにかく詠唱を言えばいいんだな?」

「うむ、その通りだ」

「えっと『我が往く道を照らせ』だっけか?」


 何も起きない。


「えっと?」

「それで良い、腕を魔紋見てみろ淡く光っているだろう?」


 確かめてみると言われたとおり若干、光っている。


「おお、後は発動するだけなのかー、でも、そう考えると魔法って誰でも使えるんじゃないか? 別になんか変な感じはしないぞ?」

「そんなことはない、この世界の魔族(ヒューマ)には皆平等に魔力がある。だが魔法に転化できる程の魔力は全員持っているわけではない」


 へぇ、やっぱり一人一人の能力にばらつきがあるのか。


「心配せずとも、ユーリの魔力は高い方だ」

「うーん……でも、使ってみないことには分からないしなー」

「それは後のお楽しみに取っておけ、さて、これからルクスを見せてやろう」


 ナタリアはそう言うと部屋のランプを消した。

 真っ暗だ、何も見えない。


「我が往く道を照らせ……」


 彼女の声で詠唱が紡がれる……が、まだ何も起きない。


「ルクス」


 魔法の名が言い終わるとほぼ同時に光が灯る。

 明るさ的にはランプと同じぐらいかな? その光は彼女の手のひらに浮いていた。


「おぉぉ!! 凄いな」

「慣れると、こういうことも出来る」


 そう言うと、光の玉はまるで意志を持っているかのように動き出した。

 しばらく空中を散歩するかのように動いていた光の玉は徐々に小さくなり消えていく……。

 これが魔法か回復とか攻撃的じゃなくただ光を灯すだけの魔法。

 ……でも、僕たちの世界にはどんなに憧れても無かったもの。


「そうだ……これが、ルクスだ」


 再びランプに火を灯しナタリアがそう言ったが、正直それどころではなかった。

 早く使ってみたい。


「なぁ、これ今日」


 呆れたような目を向けられるが、そんなの関係ない。

 目の前で魔法を見せられて、自分も同じことが出来るのかも知れないと思ったらやってみたくなって当然だ。

 これで駄目だと言われたら部屋に帰ってこっそりやろう。うん、そうしよう。


「駄目だ詠唱だけにしろっ!! と言いたい所だが、その様子だと私が見ていないところでやりそうだな……見せたのは間違いだったな」


 バレてたか……だが、彼女の言っている通り間違いだ。

 あんなの見せられて我慢が出来るわけがない!


「特別に一回だけ使って良い」

「本当か!」


 ああ、僕の師匠はどうやら話がわかる相手のようだ。


「本当だ、いいか? 良く聞け、詠唱の後に私が使ったルクスの光を思い浮かべろ。イメージが固まった所で魔法の名を呼べば魔法は発動する。ただし、イメージが固まってない時に焦って魔法の名を呼ぶなよ? 下手をしたら暴走する可能性がある」

「暴走って……ぐ、具体的には?」

「ルクスは明かりを灯す魔法だ。そこまで危険ではない、だが、失明する可能性は無いとは言いきれない」


 な、なるほど……そう言えば目晦ましに使えるって言ってたな、たかが明かりだと侮るなってことか。


「分かった、やってみるよ」


 ナタリアは頷き椅子へと腰をかける……ランプは消さないようだ。

 明かりがついていたほうが失敗したときの対処が出来るからだろうか?

 それはともかく、待ちに待ったこの瞬間だ。


「我が往く道を照らせ!!」


 詠唱の終わりと共に魔紋は淡く光る、後はイメージだ……ナタリアの出した光はランプの火の様に優しい光だった。

 ぼんやりとしたイメージを固め僕は最後の言葉を発した。


「ルクス!」


 …………何も起こらない。

 いや、正確に言えば一瞬ぽんっと小さな光の玉が出て消えた。


「な、ナタリア?」

「正直に言えば驚いている」


 うん、僕も驚いている。

 ちゃんとやったはずで危険もなかったはずだ。

 危険が本当になかったのかは解らないけどあったらナタリアが止めるだろうし……。


「いや、そう悲しそうな顔をするな、私が驚いているのは一瞬でも出せた事だ」

「へ?」

「最初はイメージがまとまらず、名を呼んでも何もでないことが殆どだ。下手をすれば先ほど言ったように焦って暴走させる奴も居る……私は魔紋が安定せずに暴発する可能性まで考えていた」


 え、それでも僕は失敗したんですが……?


「一瞬だけでも私と同様のルクスが出せたんだ……イメージは完璧だな、後はそのイメージを早く固めるようにしろ」

「ええっと、失敗じゃ?」

「ああ、失敗だ」


 うん、やっぱり失敗だ。

 でも、何故かナタリアは嬉しそうな顔をしているなんでだ?


「だが、次がある失敗だ。これは良い弟子に恵まれたかもしれないな。今回はイメージを固めるのが遅く、ギリギリ待機時間に間に合わなかっただけだ……だから、イメージを固める練習をしろ、そうすれば、すぐに使えるようになる」


 どうやら、ナタリアは褒めてくれているみたいだが……。


「僕は今、使いたかったんだけどな……」

「ユーリの世界には文字を書くのも、喋るのも最初から出来る奴がいるか?」


 ん? 彼女は急に言い出しているんだ?


「いや、文字を書くのは教わってからだけどさ……喋るのはある程度成長すれば、できるだろ?」


 そう言うとナタリアはゆっくりと首を振る。


「喋ることだって親の声を耳で聴き、その意味をそれまでの経験から推測し、口でマネをして憶える。……最初からできるわけではない。つまりユーリの言っているように成長すれば自然に喋れるようになるのではない、現に子供に語り掛けない親の子は喋るのが遅れてしまう」


 あ、それは確かに聞いたことある。


「魔法も同じだ……ユーリが分かりやすいのだと、字を何度も書き、意味を覚え、使いたい時に使えるようにするのと全く同じなんだ」


 でも、まぁ……今日出来なかったのはやっぱりショックだ。

 ナタリアの言うとおり、イメージをする早さなら詠唱の練習と一緒に一人でもできそうだ。

 次に魔法を使う時には成功できるように文字通りのイメージトレーニングをするしかないか。


「さぁ、ユーリには残念だったろうが、詠唱の練習と文字の読み書きを始めよう」

「よ、読み書きも今日からやるのか?」

「当然だ平行してやると言ったろう?」

「わ、わかった、頑張るよ」

「うむ、前向きなのは良い事だユーリ、私は良い弟子に恵まれて嬉しい。これからに期待しているぞ」


 こうして僕の魔法の修行はこの日を持って始まった。


「所で……縄の跡が付いているとメイドに何をしていたのか問われそうだな」

「ナタリアが縛ったんだろ!?」

「ユーリが動くのがいけない」


 僕はこれから先この師弟で自身の身が持つのが少し……いや、かなり心配だ。

 なにはともあれ、明日からも続けられるであろう魔法の修行、他にどんな魔法があるのだろう? 楽しみでしょうがない。

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