37話 酒場でアルバイト
シンティアたちを連れて酒場へと戻ってきたユーリとフィーナ。
そこで告げられた新たな依頼とは……
酒場の御手伝いだった!?
なぜか乗り気なシンティアに押されユーリたちは手伝うことになるのだが……
「はい、じゃ皆これを着てきてくれるかい」
僕たちに渡されたのは所謂メイド服。
見た所、この店には女性の店員さんは居ないっていうか、店員が店長であるゼファーさんぐらいしか見当たらないんだけど……
いつも、どうやって切り盛りしてたのかな?
いや、そんなことより……これ着るの? 僕も?
「この服じゃ、駄目ですか?」
僕は着ている服の裾を掴み、そう言うと……
「うん、ちょっと、これは……恥ずかしいね?」
フィーナさんも僕に加担してくれた。
そう、この服、ミニスカートなのは百歩譲っても良い……
でも、フリルって言うのがやたらとついていたり、布が少ない所があったりで……うん、着ることになるとは思わなかった。
「その服を着ないと汚れちゃうよ、良いのかい?」
汚れるのはやだなぁ……仕方が無い、か。
「着替えたら戻って来てくれるかい……ああ、それと先に言っておくけど……勿論、給料は出すからね」
覚悟を決めて着替えるために部屋へと向かう、僕は部屋に入り着替えようとすると……
扉の前であることに気がついた。
これ、紐が後ろにあるから……一人じゃ着れないんじゃ?
「ユーリ、これ一人じゃ、着れそうも無いよ?」
……僕はこの旅で一緒に寝るのとかは慣れた。
でも、着替えの時はそれとなく外に出て待ってたんだ。
理由は僕が元々、男だからってことだけど……
今は……っていうかこの世界に来た瞬間から僕は女性となっている。
だからと言って、僕はやったぜっと言うタイプでもなく……
「ユーリ?」
扉の前でフィーナさんは僕を呼んでいる、けど……どうしたら……そうだ、シュカ! シュカが居るじゃないか、シュカにフィーナさんの着替えの手伝いを……ってあれ? シュカは?
「どうしたの?」
「シュカが居ない?」
どこに行ったんだろう……さっきまで一緒に居たのに。
「シンティアたちと着替えに行ったよ? 後、さっきも言ったけど、一人で着るの無理そうだから手伝って?」
いや、さっきは一人じゃ着れそうも無いよ? だったよ? フィーナさん。
違う、今はそれ所じゃない……実際、これは僕も一人じゃ着れない……
「弟さんも待ってるし、早く着替えちゃおう?」
分かってる、分かってるけど……
ああ、もう! 仕方が無い、なるべく見ないようにしてやるしかない。
僕はそう覚悟を決め、部屋へと入った。
だ、大丈夫、僕自身も着替えるんだし、手伝ってーって呼ばれるまでは背を向けてれば良い……ん、だ? ってなんで僕……こんなこと考えてるんだ?
男としての感情はなにも無くなったはずなのに……
もしかして、特定の条件があれば……そういう、感情が生まれる?
いや、そんな馬鹿なナタリアには、なにも感じなかったし……
いやでも、ナタリアと合った時は婆ちゃん状態だったから、それが先入観としてあるからかな?
「ユーリー」
「ん? ……っ!?」
呼ばれて、つい振り向いたのだけど、迂闊だった……
こんな時に考え事なんてするもんじゃない、フィーナさんは紐を結んでもらうために背を向けているのが幸いだ。
幸いなんだけど……この服……思ったより露出してない?
というか、これじゃ色々強調されてしまうんじゃ? 普通の服はなかったの?
そうすれば、手伝うこともせず着れたのに。
「どうしたの?」
「ふぁ!? い、いや……な、なんでもないですよ!?」
「な、なんで……敬語なの? 変なユーリ」
変って言われても、しょうがないんだ。
僕は観念しなるべく、肌を見ないように紐をしっかりと結ぶ。
お決まりの展開なら、ここで目を瞑ったりそむけたりして……
後で、はだけるって言うのがあるから、あれだけはゴメンだ。
お客の居る前で、そんな目には合わせたくないし、なにより僕が……ん? なんで、そんなこと思うんだろう……
「ありがとーほら、ユーリの結んであげるから、あっち向いてね?」
「う、うん」
う~ん、大事な仲間だし、当然だよ、ね?
自身への疑問を残しつつも、着替え終わった僕たちはフロアへと戻ってきた。
「それにしても……」
これ、やっぱり……凄く恥ずかしい格好だ。
さっき思ったように色々と強調されていて……
うん、見る分には良いかも、知れないけど。
「あの、これ……丈の長いのありませんか?」
ノリノリだったシンティアさんも、顔を赤らめ……この有様だ。
「店にあるのはそれだけだよ、元々はナタリアさんの屋敷の制服を真似したんだけどね」
嘘……確かにメイド服だけど、スカート長いよ!?
そもそも、こんなに強調されてないし、ゆったりだし! 露出も少ないし!!
「え、えっと、フィーナさんにユーリちゃん? そんな目で見ないでくれないかな? 当初はちょっとだけ、変えるつもりだったんだ……でも、作った人が勝手にデザインを変えてしまって、そうなったんだよ」
それじゃ、受け取らなければ良いだけの話じゃないのかな……
発注段階と全く違う訳だから、受け取る理由が無い。
「ちゃんとした服を作るように、言えば良かったんじゃ?」
そうそう、全く同じこと思っていたフィーナさんの言葉に僕は頷く。
「いや、彼は常連だからね……断れなかったんだよ」
常連……とはいえ、それで着る人がいなくなったのでは、全く意味が無いと思うんだけどなぁ。
「ウチたちは、困ってるんですがねぇ?」
うん、着る時が特に困った……
それに、これ脱ぐ時も手伝ってって言われるんじゃないかな?
……うぅぅ知らないとはいえ、フィーナさんごめんなさい。
「ま、まぁ……彼も君たちが着てくれて、満足すると思うよ、とにかく今日はよろしくね」
こうして……今日一日、僕たちはこの酒場で働くことになったんだけど……
「おい、ねーちゃん、こっち注文来てくれ」
「わ、わかりました!」
「フィーナちゃん、早くエール持ってきてくれー」
「ちょっと待ってねー?」
店の中を右往左往と忙しく動き回る、僕たちの後ろには……なぜかシュカがついて来ていた。
彼女はたまに注文が聞き取れないらしくて、テーブルを拭いたりする仕事をすることになったんだけど……
店の中は満員御礼、空いた席はなく……シュカは暇を弄び、僕たちについて回ってるらしい。
別にそれが嫌とか思ってるわけじゃなくて、寧ろ……シュカはなにも起こさなくていいとすら思えるぐらいだ。
「おお~い、姉ちゃん! こっち来てくれー!」
問題は……
「ええっと……注文ですわね? あら? 紙はどこに置きましたっけ?」
シンティアさんは仕事をしようと頑張っているのだけど……良く忘れ物をする。
薬を調合する時は違うって、さっきテミスさんが言ってたけど……こう言うのは苦手みたいだ。
「お、俺に聞かれてもな……」
「ユーリ様、注文をお願いしますわ」
「うん、分かったから、シンティアさんはあっちのお客さんにお水を持って行ってくれる?」
困り果てたシンティアさんに呼ばれた僕は、彼女にそういうと……指を指した方で大きな音がした。
「おおー!! 良いぞ! 姉ちゃん、力比べだ!!」
またか……
そう思って顔をそっちに向けると……案の定、テミスさんがお客さんを殴っている現場が見て取れた。
それに気がついたフィーナさんが慌てて止めに入り、ゼファーさんが頭を下げている。
お客はお客でなぜか笑って――
「いやー強いな、天族の姉ちゃんは!」
と言い、豪快に笑っている……なんなんだ。
ナタリアが前に天族はか弱いって言ってたけど……全然強いよ?
因みに、あの騒ぎだけど開店してからすぐに別のテーブルで起きてから……今まで何度もあった。
普通だったら、店を去りそうなんだけど……
なぜか、威勢の良いお姉ちゃんが居るってことになって、あっという間に席が埋まってしまった……、お客さんの中では一種のデモンストレーションと、かしてるの?
事態が収拾したことに安堵しつつも溜息をついた僕は、注文を聞いて無いことを思い出し。
「すいません、注文はなんでしたか?」
「おう! 良いてことよ……ん?」
お客さんが僕から目を逸らしたことになんだろう? と思うと……遠慮がちに服を引っ張られる感覚に気がついた。
「シュカ、どうしたの?」
服を引っ張っていたシュカに……僕がそう聞くとおずおずと口を開いた……
「……お腹、空いた」
ああ、そういえば、僕たちは昼間食べたタルトだけだったけ?
注文を早く聞いて、ゼファーさんにシュカのご飯を一緒に頼も――
「なんだ! そっちの姉ちゃんは腹が減ったのかよ! ほら、これ食えよ!」
「あら、可愛いお客さんが来たってこと! イス半分空けてあげるから、こっちにおいで?」
お客さんたちは笑いながら、テーブルに乗っている食事を指差しそう言うが……それは、どうなんだろう?
「遠慮すんなって! ゼファーさんいつも多めに作るから、美味くても食い切れないんだよ……勿体無いだろ? あっ、と姉ちゃん注文はエール三つな」
「え? ああ、はい、エール三つですね」
「後、この子の分の飲み物もお願いね!」
お客さんが良いって言ってるんだし、良いのかなぁ? っというか僕たちが断る間もなく、シュカはお姉さんに確保されてしまった訳だけど……
「……ユーリ、迷子なる」
流石に店では、ならないよ!? いや、不安そうな目で見られても……色々と不安だろうけど……
「シュカ、僕は店の中には居るから、用があったら大声で呼んでね?」
僕がそう言うと……暫らくこっちを見ていたが、シュカは縦に首を振った。
「……ユーリ、レモネード」
そして、注文の仕方は覚えたんだね……まぁ、役に立つから良いか。
僕は注文をゼファーさんの所へ通すと……店を改めて見渡した。
「うん、凄い光景ですね」
「ああ、こんなに人が引かないのは初めてだよ」
「おーい! そっちの姉ちゃん、注文頼むよ!」
ひ、一息さえつけない。
「はーい!」
それから、どの位時間がたったんだろう……
やっとお客さんは帰って行き、僕はその場に座り込んだ。
ケロッとしてるあたり、フィーナさんは流石だなぁ……
「皆ご苦労様、今日の給料、色をつけて一人金貨一枚と食事を用意したから、どうぞ」
そういえば……もうお腹ペコペコだ……
「やっとご飯だよ~、ユーリ立てる?」
「うん、ありがとう」
フィーナさんに差し出された手を取って、僕はやっと立ち上がり、カウンターへと座ると……
目の前には美味しそうな食事が並べられていた。
「おお、美味そうだねぇ!」
「ありがとうございますわ」
「わぁ、いっぱいだね?」
僕はフォークを取り、食事にありつこうとすると……
「シュカ、どうしたんですの?」
シンティアさんのそんな声が聞えた。
そういえば、シュカあれから色んなテーブルに招かれ……ご飯をご馳走になってたような……
「シュカ、お腹いっぱい?」
「……うん」
「そうか、それならデザートだけ食べるといいよ、それぐらいは入るだろう?」
ゼファーさんはシュカの前にデザートを出してくれて、彼女はそれを見て僕の方を見てきた。
「うん、食べれるなら、食べて大丈夫だよ」
それを聞くと、シュカは黙々と食べ始めた。
「それじゃ、僕もいただきます」
本当に色々あった一日だった……この世界に来て初めてのことがいっぱいだ。
なにはともあれ……無事に一日が終わって、良かった。
そう考えながら、口に運んだ食事の味はいつもと違った気がした。




