36話 タルトと情報と酒場と
シュカより、奴隷たちの情報を得たユーリたちは、彼女の言う塔の場所を特定しようとする。
しかし、リラーグにある塔は時計塔のみで、どうやらシュカの言っている物とは違うようだ。
話に行き詰った彼女たちは休憩をすることにし、フィーナのお勧めの店に行くことにした。
僕たちはフィーナさんの提案で休憩することにし、彼女お勧めの店へと向かっていた。
因みに僕はやはり、手を握られ迷子にならないよう保護されてる。
「フィーナさん……それにシュカも、これは流石に恥ずかしいよ?」
「…………ユーリ迷子」
「そうだね、迷子になっちゃうからね?」
いや、ならないよ! って言いたいけど自信が無い……
それでも、この連行状態は恥ずかしいんだけどなぁ。
シンティアさんとテミスさんは、なにやら笑っていて止めてくれないし……諦めるしかなさそうだ。
それにしても、先ほどはシュカを見て、あからさまな視線を送ってた街の人たちだったけど、今度はあまり気にしてないみたいだ。
やっぱり……見た目で判断してたのかな?
それでも、やはり視線は感じるのだけど、嫌悪しているわけではなさそう……
この様子なら、市場が無くなった後、焼印さえなければ、身なりを整えて話は済みそうだ。
「ユーリ、着いたよ?」
フィーナさんの声を聞き、顔をあげるとそこにはおしゃれな看板の店があった。
見た雰囲気とフィーナさんの言っていたことから想像してたけど、やはり喫茶店かなにかだろう……こういう店に実は初めてくるんだよね、僕。
中に入るとそこは……
「「うわあぁ……」」
僕とシュカは、ほぼ同時に声をあげた。
大きな窓からは日が注ぎ……テーブル、イスという家具はおしゃれな物で統一され……
夜に使うのだろう……テーブル一つ一つにおかれたランプでさえ、店の雰囲気を引き立てると言う徹底振り……
温かさだけかと思えば、観葉植物で緑を取り入れ、それが丁度良いアクセントになっている。
「いらっしゃい、あれ……フィーナさん、久しぶりだね」
店の厨房の方から出てきたのは、僕たちと同年代ぐらいの少年だ。
その人は僕たちの方へと向かってくる。
「来るなら鳥を飛ばしておいてくれれば、すぐに出せるようにしたのに……まぁ、良いや、いつもので良いんだよね?」
「うん! 今日は五つね?」
少年は取り出した紙に手早く注文を書き込むと、初めて僕たちの方へ顔を向けた。
「って五人? 一人じゃなくて?」
「うん! 今日は仲間を連れて来たんだよ?」
フィーナさんが当然のようにそう言うと、少年は困った顔をした。
「いや、でもさ、ウチの店狭いだろ? 五人も座れる席ないよ」
ざっと見渡してみると確かに狭い、二人用の席はあるけどそれも五席だし、勿論、他のお客が座っている。
僕たちが座れる余裕はなさそうだ。
「持って帰るっていうのは……どうかな?」
「ウチのはすぐ食べてもらわないと、味が落ちるって、母さんが言ってたよ」
そうすると仕方が無い、出直すしかなさそうだよね……そう考え、言葉に出そうとした時、少年は良いことを思いついた! と言い、店の奥へと戻っていった。
なにをする気なのかな? まさか立って食べるとかは……ないよね?
少年が去ってちょっと経つと、彼は早足で戻ってくるなり――
「母さんが上で食っても良いって、言ってくれたよ、家で良いなら上がってくれ」
上? 上ってこの建物一階建てみたいだったけど……二階建てだったのかな?
「ありがとー、じゃ、お邪魔するね?」
「ああ、ついて来てよ……案内するからさ」
少年は僕たちを案内するため前を歩き、店の奥へと向かっていく……彼の言う通り、ついて行くと僕は驚いた。
そう、それしか表現が無いといっても良い……だって、店の奥には――
「螺旋階段だ……」
「ん? なんだ、君はこの街初めて? 母さんの作るタルトはこの街一番なんだぜ!」
それは味がとても気になる! けど、それよりも、なんで店の奥に階段があるの?
僕たちが、その階段を上っていくと、家の前……扉へと着いた。
これが、彼たちの家なんだろうけど……
「ねぇ?」
「なんだい?」
「この街には……こういう階段が他にもあるの?」
他愛の無い言葉に少年はしっかりと頷いた。
「ああ、この街って建物の感覚が狭くてさ、こうやって家と家を繋ぐ階段があるんだ……まぁ、そんなことは良いから、入って入って!」
少年に家の中へと招き入れられ、僕たちはイスに座ると、彼は再び早足で出て行った。
去り際に僕たちに向かって……
「すぐに注文の品持ってくるから、待っててくれよ~」
そう、はにかんで去っていく……
でも、僕はタルトのことなんて、すっかり忘れ考えをめぐらせる。
……塔みたいな建物……でも、時計塔ではなくて、別の塔。
それなのに、塔が他には無くて……シュカの話からすると、僕たちが思ってるより、広い部屋に閉じ込められた?
「ユーリ……?」
「どうしたんですの?」
もし、もしもだけど……一応、フィーナさんたちに聞いてみよう。
「あの、この街にさっきの階段が……ずっと続く建物ってあるかな? 一番上が時計塔と変わらない建物とか」
「おいおい、さっきの話かよ……それは後で、今はタルト食べに来たんですよねぇ?」
「うん、でも、意外と手がかりになると思うんです……だって、”あの階段がずっと続いていれば、視界を奪われたシュカには、塔に登ってるように思えるでしょ?”」
僕の言葉に……シュカ以外の皆がはっとする。
……この推論は間違ってないはずだ。
外に出る危険性もなく、なにより……この街の構造を利用した場所が作れるはず……
ただ、問題なのは……そういう場所がいっぱいあるかもしれないってことだけど、それでも、場所をかなり絞れるんじゃないかな?
「ある……とは思うけど、流石に数が多いよ? 塔と変わらない高さの位置にある建物って……結構あったような?」
「ですが、しらみつぶしに街を探す手間は、省けるかもしれませんわね? それで場所はどこですの?」
……うーん、三人よりこの街に詳しい人が居れば良いんだけど、そうすれば情報が……情報? そうだ!
「フィーナさん、この街に情報屋っていないのかな? ほら! アルさんみたいな」
彼女は人差し指をピンっと伸ばし眉間につけると、考える素振りを見せる……暫らくその状態が続いたかと思うと、少年が再びこの部屋へと来た。
「お待たせしましたって……どうしたのフィーナさん?」
彼は僕たちの前にタルトを並べ……それが終るとトレイを手に立ち尽くす。
「情報屋……いることはいるよー、でも、あの人は……う~~ん、苦手なんだよね?」
苦手? フィーナさんが……?
「ど、どんな人なの?」
「クロネコって異名を持っててわがままで、色々と大変なんだよ? 依頼すると、料金とは別に交換条件を持ってくるしねー、そもそも、その情報も気分で売るか決めるから……買えるかどうか、分からないよ?」
名前からして……ネコっぽいのかな?
それもあって犬っぽい、フィーナさんとはウマが合わないとか?
でも、フィーナさんが嫌なら……いや、でもまさか、建物に侵入して調べるわけにも行かないし、入れる場所だったら違うだろうけど……
「ど、どうしても、駄目?」
フィーナさんにもう一度だけ聞いてみる。
これで駄目と言われたら、無理強いはしないで、多少、危険を覚悟してでも探すしかない。
「うぅ……う~ん……ユーリが言うなら、頼んでみようか?」
「フィーナ、優しい」
シュカがぽつりと言った言葉が聞えたのか、そうでは無いのか分からないけど、フィーナさんは少し笑って見せた。
「さぁ、方針も決まったことですし、早速おすすめのタルトを食べてみましょう? 先ほどから気になっていたのですわ」
そうだった! 僕たちの前に出されたタルトは知っている物そのままだった。
色とりどりの鮮やかなフルーツが上に盛られ、見栄えが良く美味しそうだ。
「これは、美味かったねぇ……」
テミスさんは食べたことがあったのかな? っと彼女の方を見てみると……そこには、すでに空になった皿が置かれていた。
は、早いな……僕は若干苦笑いしつつも、目の前にあるタルトをフォークで小さく切り、口へと運ぶ……
「美味しい……」
「でしょ?」
「なんで、フィーナさんが自慢げなんだよ」
お世辞抜きに美味しい。ふわふわのスポンジと甘いカスタード、周りはビスケット生地なんだろうか? ちょっと固めではあるけど、それが良いアクセントになってる。
それに、フルーツだ! フルーツは昨日も食べたのだけど……やはり、カスタードと一緒に食べると違うね。
甘みと酸味が丁度良いし、食べるごとに違うフルーツが口に入るから、飽きがまるで来ない……あまり食べたことは無いけど、これは美味しいって断言できる。
その証拠に僕の目の前にあった物は、もう無くなってしまった。
「…………」
ん? シュカどうしたのかな、見てるだけで手を付けてないけど……もしかして、甘い物嫌いだったのかな?
その様子を見てたフィーナさんが――
「食べて良いんだよー、それは君の分だよ?」
っと言うと……その言葉を待っていたとばかりにフォークを手にし……タルトを食べ始めた。
もくもくと食べてるってことは嫌いじゃなかったみたい、やっぱり酷い目に遭ってきて、まだ怖いのかな……
仕方が無いか、シュカはもう奴隷じゃないとはいえ……さっきまでは、そうだったんだから、その不安や恐怖がトラウマになっているかもしれないんだ。
「それで、ユーリ」
「ん?」
突然、フィーナさんに呼ばれ、僕は彼女に向き直る。
「クロネコに頼むとしてだけど……その、あんまり期待はしないでね?」
きまぐれで仕事をする件だろうか?
それはもう、相手次第のことだし、どうしようもないしね……
「分かった。情報が得られなかったら、その時はその時に考えよう」
「ありがとうございました~今度、来る時はちゃんと鳥で知らせてくれよ?」
「あはは、分かったよ?」
タルトを食べ終え、店を後にした僕たちは街中を歩く。
「これから、情報屋に行きますの?」
「この時間だと、昼寝の邪魔しちゃうから無理かな? 機嫌損ねると絶対、情報売ってくれないからねー」
きまぐれな上、機嫌損ねても駄目なんだ、聞いてる限り……凄く面倒そうな人だね……
「昼寝の後はご飯の準備だし、明日行くしかなさそうだね?」
「分かった……じゃぁ、今日は宿屋に戻る?」
「そうだねー」
それなら、戻って休憩するとして……シュカは勿論、連れて行くけど……シンティアさんたちはどうする? 今朝のこともあるし、やっぱり心配だ、酒場に泊まってもらおう。
「シンティアさんたちも……暫らく、酒場に泊まりませんか?」
「んなこと言ってもねぇ、滞在するのにも結構掛かるからねぇ……」
確かに……かといって、僕たちがシンティアさんの家に厄介になるのもなぁ……
「弟さんに事情を話しておけば、大丈夫だと思うよ? 部屋が空いてればだけど……一応聞いてみよう?」
それなら、良さそうだけど……
「大丈夫なの?」
「うん、あのお店はどっちかって言うと……酒場で儲かってるから、そういう優遇はしてくれるよ~」
なるほど、じゃぁ……一応聞いてみても良いかもしれない。
「そういうことでしたら、お願いいたしますわ、家が汚れるってテミスが怒りますの」
「あはは……そ、そうですね」
汚れるって言うのは恐らく、血で汚れるってことかな?
あの様子だと……それで間違いないよね?
「ま、まぁ……取りあえず、酒場に行こうかー?」
「う、うん」
フィーナさんの言葉に僕は頷き、全員で酒場へと戻った。
戻った先で、ゼファーさんに部屋の件を聞いてみると。
「そうか、分かったよ。そういうことなら、遠慮無しに部屋は使ってくれて構わないよ。……それと、ちょっとだけ……お願いがあるんだけど、良いかな?」
「なんですか?」
「君たち全員にお願いしたいことさ……お客さんから昨日の子たちは接客してくれないのか? って言われてね、暇な時で良いから、手伝ってくれないかな?」
それってつまり、ウェイトレス的なことをやってくれってことだろうか? いや、そうだよね?
「まぁ、一度やってみたいと思ってましたの! 私で良ければ、いつでもお手伝いいたしますわ、勿論、皆様もよろしいですわよね?」
「それは、助かるお願いするよ」
あれ? なんか……
「え? 私たちもやるの?」
「ああ、頼むよ」
もしかしなくても、これって。
「み、皆で手伝うの?」
僕の悪い予感は当ったみたいで……シンティアさんはより笑顔になり。
「ええ、そうしましょうっ!」
パンっと手のひらを合わせて、答えた。




