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34話 奴隷市場

 リラーグにフィーナが呼ばれた理由は、非合法の奴隷商を捕らえる為だった。

 ユーリはこの世界に来て初めて奴隷制度の話を聞き、嫌悪感を覚えるが……市場を無くすと言う話を聞いた彼女はそれに加担することを決めた。

 その翌日、情報収集のため、(くだん)の市場に向かう前にミアヴィラーチ姉妹の元を訪ねるのだが……?

 翌日、僕たちはシンティアさんの家へと来て、玄関の扉をノックする。


「反応ないねー?」


 勝手に入るわけにも行かないし、ちょっと時間を置いてから、また来た方が良いかな?


「一旦戻ろうか……」


 僕がそう言葉に出した時、中からなにかが割れる音がした。

 普通、なにかを落として割ったぐらいじゃこんな音はしない。

 調合でも失敗したのかな? いや、それにしては断続的に聞える。

 一度中に入って確かめた方が良さそう……そう思ってドアを開けようとすると……


「ユーリ! 危ない!」

「わわ!?」


 突然フィーナさんに腕を引っ張られ、そのすぐ後にドアが勢い良く開け放たれ……いや、壊れて、なにかがドアの破片と一緒に飛んで行った。

 なにが起きたの!? と引っ張られながらも、それを目で追うと……


「あれは、昨日の人?」

「ん? シンティアを襲ってた人だねー?」

「ほほぅ……お前たちが、昨日ウチの姉を襲った連中ねぇ……」


 その声と共に店の中から現れたのは、昨日より不機嫌そうなテミスさんだ。

 ……手にはボロボロと崩れていくハンマーを持っている。

 アレで殴ったってこと? き、昨日……もし、誤解が解けてなかったら僕たちが、ああなってた可能性もあるんだよね?


「その上、人が寝ている所に押し入って、さらおうなんてねぇ?」

「ひ、ひぃぃぃぃ!? な、なんなんだよぉぉぉ!?」


 思ったよりは軽症なのか、男の人は立ち上がって背を向け走っていく……


「おい、あいつ止めろ」

「え?」


 今、なんて……なんで――


「店の中にも居るんだよねぇ、邪魔だから処分させる」

「しょ、処分って、物じゃないんだから……」


 フィーナさんの言う通りだ。

 でも、確かに店の中に居たら邪魔だよね……


「良いから早く! 止 め ろ ! ! って言ってるんだけどねぇ……」


 こ、怖いって! でも、男はもう結構先にいるし……

 いくらフィーナさんでも、追いつくのには時間が掛かりそうだ。

 でも、早くしないと……テミスさんが今度は僕たちに、あのハンマーを振り下ろすかもしれない。


「我らに天かける翼を、エアリアルムーブ」


 僕は口早に魔法を唱えると、自身へとそれを掛け、空を飛んで男を追いかける。

 実際、僕が走るより飛んだ方が速い。

 それに、なにより空には障害物が殆ど無い、男は逃げるのに必死で途中途中、人に当ってるし、追いつくのは容易だった。

 男の前へと周り地上へと降り立つと――


「邪魔だ! どけぇぇぇぇ!!」


 必死の形相で男は速度を緩めずに向かってくる。


「具現せよ強固なる壁、アースウォール」


 唱え終わると同時に地面は迫り上がり、目の前には巨大な壁が現れる。

 そのすぐ後に壁の向こう側から、なにかが当る音が鳴り響き、恐る恐る壁の向こう側を見てみると……男はそこで伸びて倒れていた……

 あれはきっと顔面から行ったに違いない、ごめんなさい……でも、今回ばかりは狙う人を間違えてるよ。


「ユーリ! 大丈夫!?」

「うん、大丈夫……い、一応、人さらいの人は捕まえたよ」


 駆けつけてくれたフィーナさんは、僕が無事なのを確認してかホッと息をつくと、ロープで男を拘束する。


「無事なら良かった、でも、今度から一人で行ったらダメだよ?」


 そうだった、相手は人さらいだ……

 テミスさんが怖くて頭に無かったけど、失敗してたら怪我を負ってたかもしれないし、最悪僕が捕まってたかもしれないのか……そう考えると無事で良か――


「ユーリはすぐに迷子になっちゃうからね?」

「……そっちなの?」


 いや、まぁここから一人で帰れって言われても多分、帰れないけど……


「っと、戻ろうかー?」


 男を縛り終えたフィーナさんは、にこやかにそう言うと男の顔を叩き目を覚まさせた。


「お、お前は昨日の!?」

「さぁ自分の足で歩く? それとも、私が引き摺っていく?」


 フィーナさんはいつも通りの笑顔のまま男にそう提案をする。

 普段が優しいだけに怖いな……

 テミスさんとは違って、その怖さが僕に向くことは無いから……どこまで怖いのか分からないけど……


「ふ、ふざけるな! 誰が……お前の言うことなんざ!!」


 男はそう言うと唯一動く足を動かし、僕の方へ体当たりを仕掛けようとしてきた。


「……え?」


 ぶつかる! 僕はそう思ってとっさに目を瞑り腕を交差させる。

 だが、音はしたのに、いつまで経っても衝撃は来ない……おかしいな? どうしたんだろう……恐る恐る瞼を開けると――

 男は地面へと倒れていた。


「ユーリになにをしようとしたの? もし、怪我でもさせたら許さないよ? 私もナタリーも」


 フィーナさんはいつもとは違う雰囲気で、男の頭を押さえつけ低い声で忠告をした。

 う、うん……僕のためにやってくれたのは分かった。

 でも、同時に再度確認ができたことがある。フィーナさんって怒らせるとやっぱり怖いんだな……


「クッ……だ、誰だよそのナタリーってのは、さっきの錬金術師か?」

「ナタリーはナタリーだよ? それは取りあえず置いておいて、さっきの質問だよー? 自分の足で歩くか、引き摺られて行くか、どっちがいいのかな?」

「―――ッ!?!?!?」


 頭を押さえつけぐりぐりと地面に男の顔をこすり付けるフィーナさんは、普段からは全く想像のつかない……因みに顔はニコニコとしてる。

 ……でも、僕の知る笑顔ではなく、怒っていることが丸分かりだ。


「あ、あの……フィーナさん?」

「なに? ユーリは怪我は無い?」


 僕が呼びかけると、彼女は心配そうにしてくれたけど……切り替え早いなぁ……


「え、その、それは……フィーナさんが助けてくれたから大丈夫だよ、それよりもその人……」


 僕は必死に足を動かし、どうにかして逃げようとしている男を指差し……


「そのままだと喋れないんじゃ?」


 僕の指をたどった先をフィーナさんは追うと、ようやく現状を把握したらしく、慌てて手を離した。

 ようやく喋れるようになった男は、僕たちの顔を見ずにその場で声をあげる。


「あ、歩く! 歩くって、だ、だから、せめて立たせてくれ……」



 男を連れ、シンティアさんの家へと戻ってくると……テミスさんが腕を組み待っていた。


「遅い……どんだけ、かかってるんですかねぇ?」

「い、いや……これでも、速かったような気がしますけ……」


 ひぃ!? なんか、凄い睨まれたよ!?


「え、えっと……つ、捕まえてきたよ?」

「ああ、当然だ……おい、お前、こいつら……さっさとつれて帰ってくれないかねぇ? 後、ウチらをまた狙おうとしたら……分かってるよねぇ?」


 テミスさんの雰囲気を察したのだろう、慌てて仲間を蹴り起こすと走り去っていく……因みに彼は縛られたままだけど、大丈夫なのかな?


「で、なんのよう? まだ朝、早いんですどねぇ?」

「え、ええと……昨日ゼファーさんに話しを聞いて、それで、ちょっと調べ物をしに奴隷市場に行きたいんですけど……昨日手伝ってもらうってことを……」


 恐々と、そう言うと以外にもテミスさんは――


「ああ、なるほどねぇ……ちょっと入って待ってな……お姉ちゃんはまだ寝てるし、ウチも支度するから」



 それから暫らくして、僕たちは奴隷市場に足を運んだ。

 市場の前には門があり、兵士が立ち街の入り口のように検問をしているようだ。

 フィーナさんが兵の前まで行くと、彼は僕たちの方へと顔を向け……


「売りか? それにしては、繋がれてないようだが?」

「違うよー、私たちは冒険者で、荷物持ちを探しに来たの」

「なるほど、それは失礼した……武器になる物はここに、この(ふだ)に名前を書いて預けて行ってくれ」


 武器はここに預けていくのか……確かに奴隷たち奪われて反乱を起こされたり、中で暴れられたら面倒ってことかな?


「武器は……見たところ森族(フォーレ)のお嬢さんしか、持ってないみたいだな」


 (ソティル)は置いて行った方が良いのかな? でも、なにかあったら困るしなぁ……僕がそう考えていると――


「うん、他の子は宿に預けてきてるよー」


 フィーナさんがそう答えてくれて、兵は市場に続く門を開けてくれた。


「フィーナさん、これ大丈夫なのかな?」


 僕は(ソティル)を指差しながら、彼女に聞くと。


「それは特別でしょ? 無くなったら困るから、しっかり持っておかないと駄目だよー?」


 確かに……これが無いと、ヒールが使えなくなってしまう。

 ……それに僕にとって攻撃の切り札である、二つの攻撃魔法も同時に無くなる。


「そうだね、大事に持っておくよ」

「なんの話ですか? 私もお聞きしたいですわ」

「大方、依頼の話だと思うけどねぇ? で、どうするわけ?」


 そうだった……連れてくるだけ、連れてきて、なんの説明もしてなかったよ。


「まず、さらわれた奴隷の人を探して、話を聞くんです。それで……」


 僕がそう切り出すと、テミスさんは溜息を深くつく……なんで?


「あのさぁ、奴隷がどれだけいるの? 周り見てみなよ?

 老若男女、選び放題……この中からどうやって、その人たちを探すんですかねぇ?」


 う……言われてみれば、ざっと見渡したところ、鎖で繋がれた人は沢山居る。

 彼らは道往く人に声をかけ、自身をアピールしているものもいれば、まるで興味のなさそうな目で見ている人も居る。

 ……どうやって見分けるか、最初は泣いている人を探せばいいと思ってたけど……そんな人は見当たらない……


「フィ、フィーナさん、あの……」

「表にいるのは、ちゃんと手続きを踏んでる奴隷だよ。だから、買う人もちゃんとした人が多い、多分……ユーリが探そうと思ってた人たちは……」


 フィーナさんはそこまで言うと……一つの建物を指差した。


「あそこにいると思うよ、あの建物には売り物にならない奴隷や、それに紛れて、表立って売れない奴隷を取り扱ってるんだよ?」

「だ、そうです……」

「ああ、そう……じゃ、早く行きましょうかねぇ?」


 テミスさんは、なにか言いたげな目で見てくるけど、僕はここに来たのは初めてなんだ……

 情報を集めなかったのは、僕が悪いけど……そんな目で見ないでください。


「ユーリ様、そんなところで立ってないで、行きましょう?」

「は、はい」


 建物は遠目から見ても大きい物で、中も相当広かった。

 外にいる奴隷たちは鎖で繋がれてるとはいえ、自由に動き回っていたのに反して、中の奴隷たちは檻に入れられ、中にはその折の中で貼り付けにされている者もいた。

 これは、本当に気分が悪い……見てて吐きそうになるほどの嫌気がする。


「嫌な感じですわね……」

「これが、奴隷市場の実態みたいな物だからね……」


 僕たちがキョロキョロと周りを見渡すと、職員らしき人が近づいてきた。


「今日は、どんな奴隷をお探しで?」

「えっと……荷物持ち、冒険者だからある程度の知識があって、この街以外の情報を持ってる子かな?」


 フィーナさんは最後に僕に確認をしてきたので、黙って頷いておく。


「なるほど、皆さん女性ですし……同じ方が良いでしょう、ちょうど五日ほど前に仕入れた”物”があります、どうぞこちらへ」


 ”もの”ってこの人の言い方、奴隷といっても人なのにまるで”物扱い”だ……

 だけど、ここでなにかを言っても、余計な一言になっちゃうだろうし……

 ここは我慢することにしよう。



 建物の奥だろう……薄暗い廊下を進み続け、案内された先にはボロボロの布に身を包んだ女性が居た。

 (うつむ)いて顔は見えないが、日本人のような黒髪は伸び放題になっており、おまけに、ご飯をちゃんと食べているのか心配になるほど……身体は痩せ細っている。


「言葉は?」

「教え込んでおきました、意思疎通はできます……見た通り病弱そうですが、病気はありません、健康そのものです。少し鍛えれば、荷物も持たせるぐらいなら出来ましょう」


 フィーナさんが聞くと、職員は丁寧にそこまで答えてくれた。

 けど、彼は一向に去る様子は無い、その場で礼儀正しく手を前にし立っている。

 勿論、僕たちは本当に買いに来たわけじゃないから、そこにいられると邪魔なんだけど……


「どうしました? お気に召しませんか?」


 (いぶか)しげな表情でそう言われてしまうと……これ以上黙ってるわけにはいかないよね……


「名前は?」


 檻の中の少女に問いかける。


「………………」

「名前を聞かれているんだ! 答えないか!!」


 職員は僕の問いかけに押し黙る少女に向かい声を荒げると、棒を檻に叩きつけ始めた。

 ちょっとやりすぎだよ。


「僕が聞いているんです。それに、そう怒鳴ったら、怖がるじゃないですか……」

「……奴隷に優しさは無用です。ですが、お客様がそう言うなら、黙りましょう」


 まったく……


「ね、名前は?」


 もう一度、同じ問いかけをする。

 すると、ようやく顔を上げた彼女は僕とそう年が変わらないであろう顔をしていた。


「名前……シュカ」


 良し、言葉は言われた通り伝わってるし、これで話が聞けるけど……


「あの、私たちで話すの……って駄目かな?」


 僕の意思を汲んでくれたフィーナさんが、そう言ってくれたが……


「駄目です、以前それで奴隷を逃がされましたので」


 とはいえ、この人がいたら話を聞けない。

 なんていったって、どこに犯人が居るのか分からないし、今、僕たちが居るところは、犯人が潜伏してる確率が高いであろう奴隷市場だ……


「それとも、私が居たら話しづらいことでも……あるのでしょうか?」

「この子はどっち?」


 職員が僕たちに疑いの目を向けてくると、突然……フィーナさんが、そう聞き始めた。


「はい? どっち、とは?」

「無理やり……連れて来られた子?」

「……なるほど、そういう意味ですか……ここにいる以上、ワケアリとだけ答えますよ。ただ、これの親類はみな聞きわけが無くてですね……もう居ないそうです」

「居ないって、そんなことまで言って良いのかねぇ?」

「ええ、外にいる彼らと違って、ここの物はワケアリです。買った後に返されたら困りますからね、どうです? コレは買っても安全ですよ?」


 さっきから、コレだの、ものだの、なんなんだ……この人。


「ユーリ……これ以上聞けば、怪しまれると思うけど……どうする?」


 情報は欲しいでも、奴隷が欲しいわけじゃない……僕はシュカの方へと目を向ける。

 やはり……服は無残な姿になっていて、髪もボサボサ、食事もロクに出されていなさそうだ……


「どうしますか?」


 ここに居るよりはマシだ……唇を噛みながら……そう自分に言い聞かせ――


「いくら?」


 僕は――そう、口にした。


「金貨一枚です、なにぶん水浴びもさせてませんし、病気はありませんが、すぐに使い物になる訳ではなさそうですからね。……お客様たちは初来店ですから、サービスも含めもう一度言います。金貨、一枚でどうでしょうか?」


 金貨一枚、確かアルムの村長に貰ったお金が余っていたし、それくらいなら……


「ユーリ、大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ……」


 僕はフィーナさんの問いにそう答えると、金貨を一枚取り出し……職員へ手渡した。


「毎度、ありがとうございます……すぐに準備をしますので、お待ちいただけますか?」

「準備?」

「ええ、焼印をします」


 ……そんなの冗談じゃない、僕が欲しいのは情報であって、奴隷じゃない。


「いらない……印が必要なら、後で魔紋でも掘るから、早く出してあげて」

「ですが、焼印が無いと貴女の指示に完全には従いませんよ? 買う方が男であえて”そうする人”も居ますがね……おっと、失礼」

「買ったユーリが、いらないって言ってるんだし……早くして?」

「はいはい、おい出ろ! この方がお前の新しい主人だ……せいぜい、戻ってこないよう働け」


 牢屋の鍵を開け、職員がそう言うと……シュカはゆっくりとした動きで牢から出て、僕に向かって頭を下げた。

 そして顔を上げた彼女は、僕を睨みつけ明らかに警戒をしているのが分かった……

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