33話 依頼
シンティアの店に向かったユーリたちは、彼女の妹、テミスと出会う。
やけに好戦的な彼女を前に、二人は怯えるものの、この町の現状を聞くことが出来た。
そして、ユーリはシンティアを守る為に、あえて仕事を手伝ってもらうことを提案する。
僕たちは新たにテミスさんを連れて宿へと戻り、ゼファーさんから話を聞きたい所だったけど……
今日はもう夜になってしまいそうなので、明日迎えに行くことにし、先に宿へと戻っていた。
「それで……弟さん依頼の話って、もしかして奴隷売りの話?」
偶々開いていたカウンターへと座るなり、フィーナさんはゼファーさんに話しかける。
勿論、僕も話を聞くために、フィーナさんの隣へと座った。
「……話を聞いてきたのかい?」
「ええ、ちょっとですけど……シンティアさんの妹さんから」
僕の言葉を聞くと、ゼファーさんは店へ向けて声を張った。
「皆さん、すみません、今日はこの方々にお話があるので、閉めさせてもらうよ? ちょっと込み合った話になりそうなんだ」
「おいおい! 折角盛り上がったところだぞ」
「ははは、それはすまないね、またサービスするよ」
ゼファーさんがにこやかにそう言うと、お客さんたちはそれぞれの席から離れ、街の中へと戻って行く。
それを確認した後、ゼファーさんはようやく話を始めた。
「今日はゆっくり休んでもらおうと……思ったんだけどね、その通り、フィーナさんを呼んだのは人さらいについてだよ……いや、恐らく……人さらいと言うよりは山賊や強盗と言った方が近いと思うよ」
ん? 山賊や強盗? ってことは、足が掴めているってことなのかな?
でも、さっきの話だと分からないって、言ってたような……
「あの、ゼファーさん……犯人の目星はついてるんですか?」
「いや、あくまで恐らくだよ、自分で言うのもなんだけど、この街で一番の酒場はここだよ、冒険者も強い、でも……」
ああ、さっき渡されたシンティアさんの薬を買っていたことと、話の内容から察するに……
恐らく、その冒険者の人たちは大怪我を負ったっていうことかな?
それなら、ヒールで治せば――
「その冒険者たちも、たった一人しか戻って来なかった……その一人も、その場で死んでしまったよ……」
「…………」
ゼファーさんの言葉に僕は呆然とし、ようやく絞り出した声はたった一言だった。
「……え?」
死んだ? 怪我で、寝込んでいるんじゃなくて……その場で?
じ、じゃぁ……この依頼って、危険すぎるんじゃないか? 人が死ぬ?
それに……もし、こっちが死ななくても、相手が死ぬ可能性があるってことだよね……
「死んだって、この店で? でも、そんな話は聞いてないよ?」
「ああ、一応……店に居た人たちにも口止めをしておいたんだ。私たちの手に負えるものじゃない、って判断してね……そこで、フィーナさんにお願いしたんだよ」
……でも、それじゃ、フィーナさんも危険じゃ?
それに、シンティアさんを襲った奴らはそいつらの仲間なのかな?
違うのであれば……例え犯人を見つけても、根本的な解決にはならないと思うけど……
「なるほどねー、でも、他にも混乱に乗じて、問題を起こしてる人がいるみたいだけど……人さらいは増えていってるの?」
僕の疑問はフィーナさんから言ってくれた。
「…………その通りだ。それと……恐らく元を叩いても、飛び火した人たちは収まらないだろうね」
「じゃぁ、どうするんですか!?」
一度、上手く拉致出来てしかも大金が手に入ったとしたら、人はそう簡単にやめれない。
その前に止めれれば良いかもしれないけど、運良く助けれるケースなんて稀だろう。
「ああ、だから……このリラーグから奴隷市場を消そう、と思ってる」
奴隷市場? そんなのがあるんだ……でも、それを無くすのは良い案だよね?
「でも、それをしたら、路頭に迷う人が多くなっちゃうんじゃ?」
ん? 路頭に迷うって……奴隷にされた人たちは自由になれるんだから、良いんじゃないのかな?
「そうだね、でも、受け入れ先も決めているし、領主様には確認は取っているよ……奴隷よりは待遇は良いはずだ」
「え、えっと、あの?」
僕が話の内容が分からないことに気がついたフィーナさんは、こっちに向き直り説明をしてくれる……こういう時の彼女は凄く頼りになる。
「えっとね、奴隷って言うのは、法律で決められた人たちが粗悪な扱いを受ける使用人、と思ってくれて良いよ? 一応、法律上では……奴隷になる人は多大な借金や反逆者、落ちた貴族、ただ生活が困難な人が主なんだよ?」
なるほど……そういう人たちが奴隷になるのか……僕は黙って頷き、続きを聞く。
「それでね、主人となる人は、彼らに衣食住を提供する代わりに、彼らを使って利益を得ても良いの。その人でストレス発散したり、力仕事をさせたり、賭け試合に出したり、身体を売らせたりしてね?」
そんな……奴隷だから仕方ないとはいえ、それじゃ……
「それって……粗悪すぎるんじゃ?」
「そうだよ、でも、彼らはそれでないと生活ができない……でも、奴隷になれば別、借金分の値段で、その人は売られるからね……買われれば生活は出来る」
それで……借金がチャラになるってこと?
それだとしても、人の尊厳を踏みにじることじゃないか?
「それに、ただ働かせるだけじゃなくて……一応、給料も出されるよ、一ヶ月で銀貨二枚ぐらいだろうけどね?」
銀貨二枚……それじゃ、タダ同然だよ。
どんなに頑張っても奴隷のままじゃないの? いくらなんでも、それは酷すぎる……。
「ここまで聞くと……良くないと思うだろうけどね、奴隷制度は良い点もあるんだよ?」
言われた通り、どこも良くないと思うんだけど……
どこら辺に良い点があるんだろう?
「例えば病気をした時、衣食住を提供するってことは、健康も提供しなくてはならないの」
それは、良いとは思う……でも、奴隷ってことは……
「それって……ちゃんと守られるの?」
「「…………」」
やっぱり、黙った……ってことはこれは守ってもらえない、ってことだよね?
「良い主人ならね、例えばナタリアさんだ」
……確かに、ナタリアなら奴隷と言うのを関係無しに診察させそうだ。
「じゃぁ、やっぱり奴隷になる人って良いこと無いよね? それなのに、リラーグだけに限ったことじゃないけど、奴隷市場なんて物があるの?」
「街がここまで発展するには……必要な労働力なんだ」
確かに、発展には人力が必要だ。
でも、安い賃金で文字通り身を削りながら街を作り上げて、その恩恵を一切受けれない?
そんなのおかしい……平和な国に生まれた僕だから、感性が違うのかな?
そんなことないよね? 奴隷なんて、誰だって嫌だろうし……見てて気分の良いものじゃないはずだ……
でも、やっぱり最初からそうなら……もしかして、奴隷を見て当然のことって思うの?
「ユーリの言ってることは……もっともだよ、良いことなんて無い。でも、今は奴隷制度を怒るより、弟さんの話に乗ってみよう?」
ゼファーさんの話? ……なんだっけ?
「奴隷市場が無くなって……受け入れる場所を決めてるってことは、勿論、仕事をしてもらうんだよね?」
「そういうことだよ、腕の立つ者は冒険者になってもらって、それ以外の人にも、出来る仕事はあるだろう? 領主から直々に声が掛かれば、市場は無くなる」
そうだった……そういう話だった。
それなら、売る場所が無くなって……奴隷売りも仕事が無くなるはずだ。
……少々酷かもしれないけど、助かる人を考えたら、その方が良い。
「でも、単純に市場を無くしただけじゃ、他で商売されちゃうよ?」
そうか、表立って出来なくなるだけで……それ、自体が無くなる訳じゃないんだ……それじゃ駄目だよ……
「ああ……だから、元々奴隷を売っていた人たちには、そのまま売っていただく」
「ん? それじゃ、奴隷はそのままだよね? 結局売られるんじゃ……意味無いと思うけど」
「いや、彼らには、その方々を紹介していただいた仲介料を払う、その人を雇っている内は断続的にね」
うーん……なんか穴があるように見えるけど……要するに派遣とか契約社員って形なのかな?
「これは私の提案だ。悪くはないはずだよ」
「なるほどー……で、その提案は受け入れるとしてだけど、私たちはどうすれば良いの?」
「ああ、まずは大元を倒してもらいたいんだ……彼らがいたら、なにも解決しないからね」
それは、ごもっともだ。
捕まえて牢にでも入ってもらって、反省してもらえばそれでいいだろう、反省するか、どうかはその人たち次第だけど……
でも、問題がある……その大元の情報が無い。
「ゼファーさん、なにか手がかりは無いんですか?」
「ああ、殆ど無いよ。唯一分かっているのは……街の中に居るだろうってことだけさ」
「手口……とかは分からないんですか?」
「それがね、被害者はただ出かけただけで消えるんだ……出かける理由も時間も違う、犯人は複数人居ると見て間違いない」
その上、騒ぎに便乗してる人たちが居るっと、かなり厄介だ……
あれ? そうすると……消えた人はどうなったんだろう?
「消えた人って、その市場に居たりするんですか?」
僕の質問にゼファーさんは、ゆっくりと首を横に振る……
ということは、そこでは売られていないってことだけど……どこに居るんだろう?
「何回か他の酒場の冒険者が市場に入ってる。でも、消えた人たちは居なかったらしい。……その筋のお得意さんとかに頼んで、奥にも行ったみたいだけど……居たのは別口で誘拐された人たちだった」
「なんで、別口って解るの?」
「犯人が街を出る前に捕まえて……牢にいれたんだ。でも、その後も同じ手口で人が消え続けたのさ」
なるほど、ね……でも、まだ手はある。
ここで活動をしているってことは、ここでの活動費が必要だ。
銀行があってすぐにお金が振り込まれるなら、それも解決することが出来るけど……この世界に銀行は無い。
つまり、活動費はここで稼がなければいけないっていうことは……
定期的に別の街から連れて来られた人たちと、交換しているってこともあるかもしれない。
「奴隷になった人って……別の街からも来たりするんだね?」
僕はフィーナさんに聞くと……
「え? うん、さっき弟さんが言ってた通り、来たりするよ」
言ってた通り? あ、そうか、街を出る前にって、ゼファーさんちゃんと言ってたね。
「その時の馬車? って……人の顔が見えたりするの?」
「ううん、奴隷用とは言っても、病気や魔物に襲われることを考慮して頑丈にできてるし、少なくとも私のより大きいし綺麗だよ?」
奴隷用と言うから……僕はてっきり、檻を乗っけた馬車を連想したんだけど、違うってことか……でも――。
「つまり、小さな家が馬車になってるって……考えていいのかな?」
フィーナさんにそう聞くと、彼女はコクリと頷いてくれた。
いきなりその馬車を狙っても良いけど、もし違う人の馬車だったら……困るし、どうにかして犯人の物を見つけないと……
それには、やっぱり知ってる人に聞くのが一番のはず。
「フィーナさん、明日……シンティアさんたちの護衛しながら、奴隷市場に行こう?」
「ん? 良いけど、なんで?」
「そこで、奴隷になった人に話を聞こう? 多分、捕まった人たちは別の街に連れて行かれる前に、同じ場所で捕まってるはずだよ」
僕はそう答えた……




