32話 ミアヴィラーチ姉妹
リラーグについて、ユーリは路地から出てきた女性を見つける。
だが、その女性はすぐに引っ込んでしまい……彼女は見間違いかと考えたが、様子を見に行くと……
そこには蝙蝠の様な翼をもつ天族の女性が居た。
その女性「シンティア・ミアヴィラーチ」を救い出したユーリたちは、共に酒場、龍狩りの槍へと向かう。
そこで、ゼルの弟、ゼファーと出会い、シンティアが薬師であることを知ったユーリたちは、彼女の願いもあって家へ尋ねることになった
「美味しかったねー」
フィーナさんは満足したようで更にご満悦だ。
本当、不機嫌な時が殆どないし、いつもは戦闘時の勇敢さは微塵も無い。
それなのに、色々頼りにもなるし、良くできた人だ。
「では、私の家に行きましょうか?」
そんなことを考えていたら、シンティアさんが僕たちに立つように促した。
「あ、ちょっと待ってもらえますか? 先ほど言った通り、僕たち着いたばっかりで……荷物を置いてきたいんです」
ずっと荷物を持って歩く訳にも行かないだろうし、とりあえず部屋を借りて荷物を置いてこよう……
「そうだね、荷物置いてこようか、弟さーん!」
フィーナさんは手を上げてゼファーさんに呼びかけると彼はカギを持ってきてくれた。
「部屋はいつも通り用意してあるよ」
「私は待っていますわ、どうぞお荷物を置いてきてくださいませ」
僕たちは席を立つと荷物を置きに部屋へと向かう、案の定部屋は一緒らしいけど……馴れというのは恐ろしい物で動揺はしなくなった。
とはいえ、フィーナさんが着替えそうになったら、それとなく部屋の外へと出るようにしている、やっぱり悪い気がするからね。
荷物を置きカギをかけると、シンティアさんが待っているテーブルへと戻る。
彼女はいつの間に注文したのだろうか、紅茶らしき物を飲んでいた。
ゆったりと飲む、その姿は実に優雅でお嬢様っぽいなぁ。
「お待たせー」
「いえ、お早いですわね」
彼女はカップを置くと席から立ち上がり――
「では、行きましょうか?」
「はい、ちゃんと家まで護衛しますよ」
シンティアさんについて行き、辿り着いた場所はやけに大きい家だった。
やっぱりお嬢様なのだろうか? そんなことを考える中、一人の女性がドアの前に立っているのが見えた。
白鳥のような羽、そして……シンティアさんと同じ髪の色ということは家族なのだろうか?
でも、シンティアさんは蝙蝠の羽だし……
あれ? こっちに振り向いた……向かって来てるし、やっぱり家族かな?
なんか……その場にあった棒を拾ったけど、ゴミ拾いって訳じゃないよね?
「テミス、待ってください!」
「物質変換……」
すごいな、なんかあっという間に剣になったぞ? ん? 剣……?
「ウチの姉に、なにかようですかねぇ……? さっさと返してくれないと痛い目見るぞ?」
怖っ!? ようやく見えた顔はシンティアさんとは逆で釣り目の美人。
だが、相当お怒りのようで……眉は釣りあがり、口元も若干ヒクついている。
おまけに今作った剣を担いでるし、はっきり言おう怖い……
気がついたら、先ほどまで手をつないでいたフィーナさんは僕の前に立っているけど……尻尾は丸まっている。
「なんとか言えよぉぉぉぉ!!」
「テミス!! 待ってくださいと、言っていますわよね!? この方々は私を助けてくれた恩人ですわよ!」
「恩人? どういうことなんですかねぇ……お姉ちゃん? また、知らない人にくっついて行ったんですかねぇ? あれほど……」
またって……以前にも、そんなことがあったのだろうか?
でも、少なくとも今回はついて行ったって感じはしなかったけど。
僕の推論は当ったようで、慌てたようにシンティアさんは口を開いた。
「こ、今回は違いますわっ! いきなり路地に引き込まれまして、そこを……このお二人が偶然、気がついてくれたのですわ!」
今回はって……いや、でも……テミスさんは落ち着いたようで、持っていた剣を棒へと戻すと舌打ちをしてその場に投げ捨てた。
「で、その恩人様は……なにをしに来たんですかねぇ?」
でも、依然として態度を変える気は無いそうで……口調と視線にはトゲがある。
「こ、怖い人だね? ナタリーより怖いかも?」
「う、うん、ナタリアは乱暴だけど、優しいからね……」
そう、ナタリアはドSだけど基本的に僕たちに優しい、怪我でもしようものなら滅茶苦茶怒る。
……というか屋敷に居た間ずっと怒られてたし、フィーナさんが。
「聞えているが? 誰が怖いって?」
「「――ッ!!?」」
み、耳良いな、結構小声で話してたのに……
「テミス! 私の恩人にその態度はやめてくださらない? ごめんなさい、妹は人見知りが激しくて……始めてみる人には威嚇してしまいますの……普段は姉思いの良い子なんですけど……」
ひ、人見知りで威嚇? 普通避けるでしょ?
いや、それとも僕が単純に、人見知りに対する解釈を間違っていたのだろうか?
いや、やっぱり普通、避けると思う。
「……はぁ、そうやって助けてくれたから信じるって、馬鹿げてるから止めなっていつも言ってるけど?」
妹さんは僕たちに向ける声より、若干優しくなった言葉をシンティアさんに向ける。
ああ、これ単純にお姉さんのことを心配して、僕たちを威嚇してるんじゃ?
でも、僕たちにとってはいい迷惑なんだけどなぁ……
「あ、あの……なんか、私たちは戻った方が良いのかな?」
「ああ、帰れ! 信用できないんでねぇ!」
「いえ、どうぞ、家へ上がってくださいませんか? ここまで送ってもらったお礼もしておりませんし、良いですわよね、テミス?」
シンティアさんがそう言うとテミスさんは、はっきりと舌打ちをして店の中へと入っていく……
「どうやら納得してくれたみたいですわね? さぁ、どうぞ上がってくださいませ」
い、今のは果たして納得なのだろうか?
でも、シンティアさんは手招きをしてるし、ここで帰るのもなんか悪いような気がする。
「い、行こうか? フィーナさん」
「そ、そうだねー?」
僕たちは意を決して店の中に入ると……そこには、カウンターがあり中は普通のお店と言ったところだ。
薬屋さんらしいし、当然と言えば当然だよね。
「こっちですわ」
声のする方を見てみると、シンティアさんは店の奥へと続く扉を開けて待っていてくれた。
テミスさんはまったく信用ができないんだろう、僕たちを見張るように壁に寄りかかり腕を組んでいる。
やっぱり、ナタリアより怖いよ……
「お、お邪魔します」
中に入り……勧められるがままに椅子へと座った僕たちを少し待たせると、シンティアさんはティーセットを持って現れ、慣れた手つきでお茶を淹れ、それを僕たちの前へと差し出してくれた。
ハーブの良い香りが鼻孔をくすぐり、一口飲むと……ちょと癖のある味が喉を通り過ぎた。
「思ったより……美味しい物じゃないね?」
フィーナさんの口には合わなかったようだ。
……もっとも、僕も全く同じ感想なんだけど。
「普通のお茶と比べてしまいますと……そうですわね、ですが、飲みやすいようには調合してありますわ」
「確かに、飲みやすいですね」
一応薬みたいな効果もあるわけだから、苦くて飲みづらいのを想像してたわけだけど……これは少し買っておこうかな? 疲れが取れるのは嬉しいし。
「……で、そうやって簡単に信じて……後で、なにかあったらどうするんですかね?」
不機嫌そうに不満を漏らすのは勿論、テミスさんだ。
なぜ、僕たちはそんなに敵視されているんだろうか?
「お二人はそんなことしませんわ、なんて言ったって、ゼファー様のお店に派遣されてきた冒険者様たちですわよ?」
それは、安心と安全に繋がるんだろうか?
あんまり、あてにはならない気がするけどなぁ……
「だから、なに? 派遣されて来たってことは、それなりに腕が立つのは理解できる……けどさ、そいつらが安全って保証がないんですけどねぇ? 一切、なにも!」
うん、やっぱりそうなるよね?
というか、それが普通だと思う……
でも、助けたのは事実だし、そこは差し引いて欲しい気がするんだけどなぁ……
それにしても、ちょっと、警戒しすぎじゃないだろうか?
いや、でもさっきの口ぶりだと、シンティアさんは簡単に信じてついて行ってしまう人なんだろう。
それで、なにかに巻き込まれて……心配になって出てきた妹さんであるテミスさんが助けに入る、とかそんな感じなんだろうか?
だとしたら、こんなに警戒する理由も分かる……っというか、それだとしたら良く今まで無事でしたね、シンティアさん。
「ですが、見ず知らずの私を助けてくださいましたわ」
「だから! それが信用に値する、とは言えないんですがねぇ……」
「ええ、っとそう言えば……さっきシンティア? が、奴隷売りがなんとか、とか言ってたけど……前は人さらいなんて、聞かなかったけど?」
「ん? ああ、ここ最近! 天族や森族、魔族、関係なしにさらっていく事件があってねぇ……」
そこは教えてくれるんだ……
「……って、それ大事件じゃないんですか!?」
「そりゃ、そうだよ、一応お姉ちゃんを助けてくれたお礼として、教えてあげるけどねぇ……あいつらは金になりそうな奴をさらうんだよ……例えば、美人とか子供とかねぇ」
なるほど、それで……シンティアさんが目を付けられたってわけか。
「それは、大変ですわ! ユーリ様、フィーナ様、お気をつけてくださいね?」
いや、うん、気をつけるけど……なんだろう。
「一番、心配なのは別の人だと思うよ?」
うん、フィーナさんそれ僕も同意権です。
そう思った僕は……深く何度も頷いた。
「ああ、うん……分かった。あんたら二人は危険がなさそうだねぇ……」
頷いた後にフィーナさんと共にシンティアさんを見ていたら、なぜかテミスさんに危険がないと思われたみたいだ。
「他に心配な方? どなたのことでしょうか?」
「…………はぁ……まぁそういうことだからねぇ、リラーグの治安はここのところ悪いんだ。あんたらもゆっくりするのは構わないが、明るいうちに宿に戻んなよ」
「えっと……心配してくれるの?」
「一応は姉を助けてくれた、恩人だしねぇ」
「そうですわね、夜は暗いですから……危ないですわね」
僕たちは頷き返事をした……まだ、明るいから大丈夫だろう。
それにしても人さらいか、フィーナさんが呼ばれた理由はそこにあるんだろうか?
「その人さらいって、いつ頃から出たの?」
「そうだね、ウチらがこの街に引っ越して来て、暫らくしてだから……三ヶ月前ってところだねぇ、一応ゼファーのおっさんも冒険者手配したみたいだけど、足が掴めなかったみたいでねぇ、困ってたよ」
ゼファーさんが手配したってことは、やっぱり……それ関係でフィーナさんを呼び寄せたのは、間違いなさそうだけど……
あんな真昼間から、分かりやすい方法でさらっているのにも関わらず、解決出来ないとはどういうことなんだろう?
あの感じだったら、冒険者なら捕まえられると思うんだけどなぁ。
「多分呼ばれたのはこの話だねー、帰ったら弟さんに聞いてみようか?」
「そうだね、それが仕事でも、そうじゃなくてもね」
一度、拉致されかけた現場を見てしまったわけだし……放置しておけるわけがない。
「解決してくれるなら、それは嬉しいねぇ、どうやら……おっとりしすぎてるどこぞの人は執拗に狙われてるからねぇ……」
それは、シンティアさんのことだね……聞かなくても、もう分かったよ。
「それは大変ですわね、その方のためにも、お二人に頑張ってもらわないといけませんわ、そのためでしたら、お薬もお茶もお安く提供いたしますわ」
その言葉に僕とフィーナさんは乾いた笑いをし、テミスさんは冷たい目で自身の姉をみている。
どうしたものかな……また狙われそうだよ、シンティアさん。
どうにかして、彼女の安全は確保したい所だけど……
「そうだ、二人にも手伝ってもらえませんか?」
「うん?」
「だから、シンティアさんとテミスさんに、仕事を手伝ってもらいたいんですよ」
シンティアさんは戦えないとは思うけど、テミスさんにはさっき能力があるし、戦えるのは間違いないだろう。
それに近くなら、僕だけではなくてフィーナさんが居る。安全だ。
「ああ、なるほどー、ユーリが守ってあげるんだね?」
……普段はこうだけど、フィーナさんほど、頼もしい人は居ない。
「確かに冒険者の近くに居れば、お姉ちゃんも安全かもしれないねぇ、もし……騙してるようなら……あんたらを石ころに変えてやるけど、それでも良いなら、良いよ」
い、石ころって……
「だ、騙してませんし、大丈夫ですよ……でも、石ころって人が石になるわけがないじゃないですか」
「ああ、普通はねぇ……でも、ウチなら出来る」
出来る? 出来るってことは……なんらかの魔法?
いや、魔法は魔族だけしか使えない、森族じゃないから精霊の力を借りれる訳でもない。
……石に変えるってことはテミスさんって……いや、間違いないよね?
「ウチは錬金術師……石を金かえることが出来るし、さっきやって見せたように、棒切れを剣にもできる。当然……人を石に代えることも簡単さ」
そう言って彼女は目を細める……それはまるで、得物に狙いをつけた肉食動物のようだった……




