30話 情報屋
井戸の水の中にはニーヴと言う魚の卵が入っていた。
ユーリとフィーナは協力し、精霊ウンディーネを呼び出すと、魚を井戸から取り出し、キュアウォーターで解毒をする。
マリーの話で今回の一見は、ユーリの前に雨を降らせた冒険者の仕業だと言うことが分り、また、村長の情報からその冒険者は、ユーリたちと同じ街へと向かっているようだ。
彼女たちは、話を聞くと急ぎ旅支度を始めた。
「よし……これで、良いかな?」
フィーナさんは、またも大きな荷物を背負うと、そう言った。とはいっても、僕も同様だ。
「忘れ物は無いかい?」
「うん、大丈夫だよー」
「あ、あの食料、本当に貰っていいんですか?」
「一度出した物を引っ込めるわけ無いじゃないか! 持っていきな。それに村で買おうとしても、ロクなもんが無いよ!」
そう言われると、そうだよね。
今まで農業が出来なかったわけだし、店の商品が少ないか……
「分かりました。ありがとうございます」
「ただし……また顔出しな! 今度は仕事も斡旋してやるよ」
それは願ってもないことだ。
今は村長さんから貰ったお金があるから、良いけど……ヒモは避けたい。
「その時は、よろしくお願いします」
「ああ……頼んだよ、じゃ、気をつけていくんだよ」
「マリーさんもあまり、冒険者とケンカしないようにね?」
冒険者とケンカって……マリーさん、どんだけ強いんですか!?
「あはははは! 弟子が師匠にナマいうんじゃないよ!」
へぇ~……え?
「で、弟子? フィーナさんが……マリーさんの?」
「ああ、そうだよ、この子はアタシとゼルで鍛えたのさ、まぁ……今じゃ、アタシたちより強いけどね」
ってことは、ゼルさんもマリーさんも、元冒険者ってことだろうか?
いや、じゃないと、なにか起きた時に対処出来ないだろうけど。
「なんなら、あんたも鍛えてやろうか?」
「い、いえ、僕にはもう、ナタリアが居ますので」
なんとなく、だけど……マリーさんはある意味、ナタリア以上に厳しそうな気がする……なんとなくだけど。
「ん、なんだい、ナタリアの弟子だったのかい? 通りで凄い魔法を使えたもんだね」
「そんな、僕は……まだまだですよ」
ここに来るまで魔法は本に頼ってるし、いくら苦手だとは言っても、修行はしておいた方が良いかな……
「ナタリーは、たった一人の自慢の弟子だって、言ってたよ?」
うーん、そう言って、もらえるのは嬉しいんだけど……いや……これから、そうなれば良いのかな?
全く、使えないわけじゃない、とは言われてるし……もし、駄目でも、使い方によっては役に立つはずだよね。
うん、やっぱり、暇を見つけて魔法の練習はしよう。
「まっ、鍛えて欲しいって思ったら……遠慮無しに来な!」
「わ、わかりました……」
多分、来ないと思うけど……なんとなく、やっぱり厳しそうに思えるし……
そうだ、それよりも、例の冒険者も北へ向かったらしいけど……
一応……見た目だけでも、聞いておいた方が良いかもしれない。
「あの、マリーさん」
「なんだい?」
「前の冒険者って、どんな姿をしてたんですか?」
魔法を使ったってことは……魔族には、間違いがなさそうだけど……
「一言で言えば……真っ黒な男、どうやら事故で体温が極端に低いみたいでね、黒い服を着てるんだって、言ってたね……それと、妙な仮面を被ってたよ」
え、でも……この世界って……普通に黒ずくめの人を見かけたような……
「それじゃ、見た目じゃ、誰だか分からないってこと?」
「そうだね、ただ、分かってるのは、たまに変な言葉を使う男ってことだね」
変な言葉? っと言うことは……こっちの人じゃないってことなのかな?
「別の地方から来たって、ことでしょうか?」
「さぁね、ただ……それだけじゃ相手は捕まらないと思うよ……はっきり言って、情報が無いにも等しいからね」
……う~ん、とにかく、黒ずくめの男には気をつけるしかないってことか。
「分かりました、ありがとうございます。では、そろそろ出発しますね」
「ああ、行って来な! 二人共、用心しておくんだよ」
「大丈夫、ユーリが居るからね」
いや、それは僕の台詞のような気がするよ、フィーナさん。
マリーさんと別れ、宿を出たその足で、僕たちはアルムから出発した。
北へと多分、真っ直ぐに進んでいる。
……けど、黒ずくめの魔法使いも、そっちに向かったみたいだし……
大丈夫なんだろうか?
そんな、不安はするだけ無駄だったのか……僕たちは数日に渡る旅の中、順調に次の街へと近づいていく……
そんな中、フィーナさんが訝しげな顔をしているのに、僕は気がついた。
「どうかしたの?」
「うん、おかしいなーって」
おかしい?
「あのね、アルムに居た、真っ黒な人のことを精霊に聞いたんだけど、誰もこの道を通ってないって……」
え? でも、リラーグへと向かうのは、この道じゃないのだろうか?
他に道があるなら、フィーナさんが最初に言っていると思うし……ん? でも、確か――
「精霊って、なにかが来たことは分かっても……それが、なんなのか分からないんじゃ?」
「うん、だけど、頻繁に通る気配とかはあるみたいでね……少なくとも、人らしき気配は通ってないらしいよ?」
「じゃぁ、別のルートで行ったってこと?」
フィーナさんでも知らない道があるのだろうか? と思ったけど、彼女はゆっくりと首を左右に振り、それを否定した。
「この道以外で、次の街に行く手段は無いよ?」
その通りかもしれない、なにより僕たちは……今、谷底のような場所に居る。
アルムから真っ直ぐ歩いてきたのだけど、徐々に山が近づいてきて……結局、その間を歩くことになったんだけど……
迂回しようにも山は結構大きく、登ろうにも険しく登れそうに無い。
「もしかして、空を飛んだとか?」
「それも無いみたい……シルフたちも知らないって言ってるから、だから……おかしいな? って」
それは、確かにおかしい。
でも、ここに来ていないということは……もしかしたら、魔物に負けたのかもしれない。
でも……道中、それらしき物は見なかったし……
もし、見ていたら、僕がきっと騒ぐだろう……人の死体なんて、見て気分の良い物じゃない。
「もしかしたら、魔物から逃げて、道をそれただけ……かも知れないよ?」
「う~ん、そうだよね? そう思っておこう、先回りは出来てるみたいだし、アルムのことは情報屋に話しておこうかー」
流石はフィーナさん、あらかじめ警戒してもらえば、被害は抑えられるかもしれない。
犯人じゃなかった場合は……申し訳がないけど、あの状況じゃ……他にそれらしき人は居ないしなぁ……
「ユーリ! 街がやっと、見えてきたよ」
「ん? あれが、次の街?」
立派な門と塀に囲まれた街が、僕たちの前に見える。
大きさは……タリムより大きい……うん、絶対迷う。
「そう、リシェスって言うの……あの街から馬車に乗って、リラーグに行くんだよー」
「じゃぁ、今日はこのまま泊まって、明日出発?」
「んー、今日乗って行こうか? この時間なら、夜までには次の休憩所に間に合いそうだよ?」
なるほど、じゃぁそこで、今日は寝泊りってところか……
街の前まで来ると、遠めには分からなかったんだけど、門番が立っていた。
「待て、お前たち、なにしに来た?」
大きな街だし、門番ぐらい居るよね……。
でも……なんで道を塞ぐの? というか、街に入るのに理由が要るのだろうか?
「えっと、リラーグへ向かうための馬車に乗りに着たんだけど……もう一つ用事が」
「なるほど、通って良いぞ……通行料は一人、銀貨一枚だ」
お金取るの!? タリムじゃ、そんなことしてなかったと思うけど……
「このぐらい大きな街になると、目的に応じた金額で街に入れてもらうようになるんだよ?」
僕が呆然としていると、フィーナさんがこっそり耳打ちをしてくれたけど、そうなのか……
ここで文句を言っても仕方が無い、電車や入館代だと思えば良いか……
「なんだ、そちらの可愛らしいお嬢ちゃんの方は初めてか、さては田舎の出だな? 払ってもらう理由は色々あるが……これだけ大きいとな、面倒事も多いんだ……すまないな」
謝られてしまったけど、この人が悪いわけじゃないし、ルールはルールだ。
「いえ、ちょっと……ビックリした、だけなので、気にしないでください」
「確かに受け取ったよ、客人だ! 門を開け!」
先に渡していたフィーナさんに続いて銀貨を渡すと、門番たちは向こう側へ声を張り上げ……徐々に門が開く……
すると当然、街並みが見えてくるのだが、門から真っ直ぐ見える所には露店が並び、冒険者らしき人たちが溢れかえっている。
「馬車は、馬小屋から出ているから、場所は……」
「大丈夫、場所は分かってるから」
フィーナさんがそう言うのが聞えると、彼女が街の中へと入っていくのが見え、暫らく街並みに感動していた僕は慌てて後を追った。
「まずは、情報屋に会いに行かないとね? 丁度、この街で仕事をしてる子がいるから、そこに行こうか?」
彼女はそう言うと、手を差し出してきた。
「ん?」
「握ってないと、はぐれて迷子になっちゃうよ?」
……なにもそこまで迷子には、いや……この人混みに流されたらなりそうだな。
恥ずかしいけど……ここは男じゃなかったのが幸いだと思っておこう。
フィーナさんの手を握り、街中を進んでいくと古びた酒場が見えた。
ここは、フィーナさんの馴染みの店なんだろうか?
彼女に手を引かれ、中へと入ると思ったより小奇麗な店内だ。
「ん、ああ……アンタかってことは、あいつに依頼か?」
店主らしき男性は、フィーナさんの顔を見るなり……そんなことを言葉に出した。
「うん、今、居るかな?」
「ちょっと、待ってろ? お~い、アル! お得意さんのお嬢さんが来たぞ」
店の奥へと声を投げかけると、そこから出てきたのは赤髪の青年だ。
身体は細く、左足にベルトで固定してあるナイフを持っているが……はっきり言って、僕より弱く見えるほどひょろひょろだ。
「フィーナちゃん、お久しぶり~で、今日はなにが欲しいんだい?」
「今日は欲しいんじゃなくて、流して欲しいんだよ?」
「ふーん、なにを?」
話の流れから言って、彼が情報屋で間違いなさそうだけど……
「黒ずくめで、仮面の不思議な魔法を使う、冒険者に警戒をして欲しいの」
「……魔法使いねぇ?」
「その人がアルムの土地を枯らしたり、井戸にニーヴって言う魚の卵を入れたかも、知れないんです」
僕がそう言うと、アルと言う青年は僕の方へと顔を初めて向けた。
「なるほど、それは怖いね……ところで君は?」
「ユーリって、言います」
「ユーリちゃんか、まぁその情報確かってわけじゃないんでしょ? だとしたら、流して良いものか困るなぁ……不確かな物を流して、狙われるのは勘弁だ」
そう言われると、そうなんだけど……どうにかして、流してもらえない物だろうか?
「でも、恩人様の依頼となったら……話は別か、良いよ! 今回はフィーナちゃんの顔に免じて、流してあげるよ……」
「ありがとう、じゃこれ、先払いにしておくね?」
フィーナさんはお礼を言いつつ布袋から、金貨を取り出して彼に手渡した。
「毎度~、ああそうだ、君フィーナちゃんと一緒に来たってことは……ゼルのおっちゃんの所の冒険者でしょ?」
「え、は、はい」
頷きながら、声を出し肯定すると、彼はジロジロと僕を観察し始めた。
な、なに? なんか、凄い見られてるけど……
僕は、なにかをしてしまったのだろうか?
「魔法使い、か……右腕に魔力が集まってる……でも、面白い性質をしてるね」
「え?」
なんのことだろうか? 魔力が早く回復することかな?
でも、なんで……そんなことが分かったんだろう……
「それよりも、依頼は終わりかな……フィーナちゃん」
「うん、それだけお願いね、ユーリ出発するよー?」
「え? あ、うん」
酒場を出て振り返ると、アルと言う人は手をのんきに振っている。
あの人、なんなんだろうか……不思議と怖い感じでは無いのだけど……
その所為か、余計になんか、気になるような人だ。
僕はフィーナさんに、再び手を引かれながら、馬小屋へと向かっていく……
「後は途中、休憩所を挟んでの馬車の旅になるから、ゆっくりできるねー」
「うん、そういえば……リラーグって、この街より大きいの?」
「そうだよ、ナタリーが言ってた通り、ユーリの為になると良いね?」
そういえば、そんなことを言ってた。
薬学と錬金術の街だったけ……一体どんな街なんだろう?




