29話 水の精霊
雨を降らせた翌日、朝食を済ませると……酒場にアルムの村長が訪ねてくる。
彼の話はすぐに村を発ってくれという物だった。
理由を聞き、ユーリは要求通り、村を発とうとした、その時、村長の息子シュッツが酒場に飛び込んで来て、井戸の様子がおかしいと告げる。
ただごとでは無い様子の彼に話を聞き、井戸を直す為、ユーリは魔法を唱えることにしたのだが……
マリーさんが持ってきてくれた水樽の前で、キュアウォーターを唱えると……樽いっぱいに水が湧き出す。
「これを、井戸の中に入れれば良いのかい?」
「ええ、確実……とは言えないですけど、もし駄目なら、もう一回雨を降らせます」
イナンナなら、確実だろうし。
「それで、村長さん井戸は中央と、どこにあるの?」
「北だ、ここからだと、中央より近い……とは言っても、こんなに水を作ってどうするんだ……雨を降らせれば、わざわざ行く必要も無いだろ?」
それは、もっともなんだけど……キュアを使ったのにも理由はある。
「この水には、解毒の作用があるんです、ですので、皆さんに配ってもらうのをお願いしても良いですか?」
「……分かった、解毒作用ってのは信じられないが……少なくとも、あの水よりはましだろうしな。親父、俺は動けるやつ連れて、皆に配ってくるよ……マリーさん悪いけど、これ移すの手伝ってくれ」
「あいよ! 任せな」
まぁ、信じてもらえなくても、村人の方はこれで安心だ……後は――
「フィーナさん、残りを井戸まで持って行こう!」
「うん!」
フィーナさんは、残った水を樽ごと抱えると、宿の外へと走り出していく、彼女を追い、僕も慌てて駆け出した。
苦しんでる人たちは気になるけど、今は、なにも知らずに起きてきた人が、水を飲んでも大丈夫な様に、先に治しておかないと……
あの人たちは恐らく、僕たちに仕返しをするつもりだったのだろうけど、人を巻き込みすぎだよ……一体、なにを考えてるんだろう……?
「あった! 井戸だよ、ユーリ!!」
「うん! じゃ、その水を……え?」
「ん? あれ?」
僕が呆けた声を出すと、僕の方へと顔を向けたフィーナさんは、僕の視線をたどり……その意味に気がついてくれた。
なんで? としか言いようが無い。
……僕の目には、この騒動の犯人だと思っていた人たちが……顔を青くし、倒れているのが見えた。
じゃ、あの人たち以外に犯人がいるってこと?
いや、そもそも魔法が失敗していたのかな……それなら、なんで枯れ草は無くなったんだろう?
「フィーナさん、先にあの人たちに飲ませて事情を聞こう!」
「え? ……うん、分かった」
僕たちは彼らの所に近づく……やはり、腹痛だろうか?
汗をかきながら、手でお腹を押さえている。
これで演技、と言うことは無いだろうし……
「あ、あんたらは……な、なんだよ?」
「この樽の水を飲んで、マリーさんの所からもらってきた……トーナの水だよ」
「え? ユーリ、これは――」
手でフィーナさんの言葉を遮る。
恐らく……魔法で作った水と言っても、飲まないと思う。
もし、この人たちがやってないのだとしたら? 彼らは、なんて思うだろう……
「水には一応、解毒作用があるんだよ? 薬が届くまでの気休めだけど……なにも無いよりはましだよ」
「…………その水になにも無いなら、お前が飲んでみろよ」
やっぱりだ。
さっき僕たちが思ったみたいに、彼らも僕たちの仕業と思ってるのかな?
とはいえ、飲ませるには飲まなきゃいけないし……目の前で樽の水をすくい、飲んだ。
井戸の水がどの位で腹痛を起こすのか分からないけど、僕がなにかしたと思っているのなら、飲めば安全だと言うことは解るだろう。
「これで、良い?」
「…………」
男たちは僕に続いて樽の水を飲んでいく……。
「……おい、なんだ? これ、水じゃないだろ?」
「水だよ、ただし、それはユーリが魔法で作った水、解毒作用があるってのは本当だけどね?」
行き渡ったのを確認すると、フィーナさんは再び樽を担いでくれて、僕たちは井戸へ向けて歩き出す。
「後は、井戸に入れてどうなるかだけど……フィーナさんお願い」
彼女は頷き、樽を傾け水を井戸へと注ごうとしたが……その手を止めた。
「どうしたの?」
「……違うユーリ、これ水のせいじゃないよっ!!」
どういうこと? 水のせいじゃない?
「やっぱり、薬でも入れられたとか?」
「違う……井戸の中になにかが、居るみたい」
魔物って……ゲームみたいに急に沸くの?
いや、違うはず。
少なくとも、トーナの山では卵があったし……繁殖期とかも言ってたから、それは無いはずだけど……
「いっぱい、居るみたい」
「え、それって……魔物なの?」
僕の質問に、フィーナさんは困った顔をして首を振る……そうか、精霊は、なにかが居ることしか分からないんだった。
でも……どうしたら良い?
エアリアルで飛んで、井戸の中に入る?
いや、危険すぎるよね、魔物が暴れて井戸が崩落なんて、目が当てられない……
底を覗いてみると……確かに、なにかが動いている気がする。
「ここから、マテリアル使ったら……駄目、かな?」
「止めた方が良いよ、傷がついたりしたら、井戸自体が使い物にならなくなるよ?」
うーん、じゃぁ、どうしたら良いんだろう?
キュアの水は攻撃性は無い。
つまり、毒は取り払っても魔物までは倒せない……かといって、魔法じゃ井戸を壊す可能性があるみたいだし……
放っておけば、あの生き物は、また毒を出すんじゃないか?
「ユーリ、ウォーターショットを使ってくれる?」
「え? でも、僕のじゃ水を出すだけだよ?」
使い物にならない。
それに、解毒作用があるのはキュアのみだ。
使う意味が無いと思うんだけどな。
「それで良いの、水があればそれで」
「そう? なら……撃ち放て水魔の弓矢、ウォーターショット」
魔法の名と共に作られる水、だが、それは形を成さず空中でふよふよと佇むだけだ。
いつも通り、と言ったら……そうなんだけど……
本当に、これだけで良いんだろうか?
「ありがとー」
フィーナさんは、僕が作った水に触れたけど……もしかして――
「水の精霊よ我が前に姿を現せ、ウンディーネ」
詠唱と名前だろう、彼女が唱え終わると、水が姿を変え人型になっていく……いや、正しくは人魚だ。
「ウンディーネ、ちょっと……お願いがあるの」
ん? そういえば……さっきはなんて言ってるか分からない言葉だったのに、今は普通の言葉を使ってるけど、なんでだろう?
ドリアードに対しても、そうだったような? あれ、でも……あの子は僕の言葉を理解してたような?
「井戸の中に魔物が居るから、それを倒すのを手伝ってくれる?」
フィーナさんのお願いに対し、水の精霊はコクリと頷いて、なにかを喋っているようだけど……
やっぱり、こちらにはなにを言っているのか分からない。
疑問に思っているうちに、水の精霊は井戸の中へと飛び込んでいった。
「あの、フィーナさん? なんで……今、普通の言葉を?」
「ん? えっと、具現化した精霊は、願いを聞き入れるために、どんな言葉でも通じるんだよ? あの子たちの声は森族にしか、聞こえないけどね」
へー、そうだったのか……
「私もこっちに来て長いし、この方が楽に喋れるから、つい使っちゃうだけなんだよー」
「なるほど……あの、そういえば、水の精霊さんは井戸の中に入っちゃったけど……大丈夫?」
というか……魔物が居るなら、かなり心配だ。
「うん、すぐ出てくるよー」
そう言った直後だろうか? 中から水の塊に入った、なにかが地上へと飛び出してきた。
「……あれは?」
割れた卵? それに魚?
「河とかに居る、ニーヴって言う魚の卵だね、羽化する時に中から毒を出すの、その毒で弱った獲物を食べて大きくなるんだよ?」
それは、また恐ろしい稚魚ですね……って言うか普通、稚魚って栄養を貯えてるんじゃ? って違う、そうじゃない!
「なんで、井戸の中になんか?」
「偶々……河と繋がってたか、誰かが卵を入れたかだけど……」
フィーナさんはそう言うと男たちの方を向くが、当然、男たちはブンブンと頭を振る。
「……あの人たちじゃ、ないみたいだよ?」
「あったりまえだ!! 誰が自分たちの飲み水に、そんな危ない物を入れるんだよ!!」
うん、ごもっともだよね……
「というか……入れて飲んだなら、呆れて物も言えないよ……よっと」
樽を抱えたフィーナさんは、今度こそキュアの水を井戸の中へと入れた。
それにしても、こんな危ない魚……誰が? ってそういえば……
「その精霊さんは大丈夫なの?」
「ん? 具現化したウンディーネのこと? 大丈夫、この子は毒とか効かないから」
「そっか、なら良かった、後は井戸の中の精霊たちだけど……」
そっちが元気になってくれないと問題は解決しない。
「―――――――」
フィーナさんは、声にならない声で井戸のそこになにかを語りかける。
多分、精霊と喋っているのだろうけど……内容が分からない僕には、その時間が長く感じられた。
「うん、大丈夫みたいだよ?」
「本当!? よ、良かった」
「まだ、中央が残ってるから、行こう?」
……もしかしたら、村長さんたちが、余った水を入れてくれるかもしれないけど、元を絶たない限り、意味が無いよね。
「うん、急ごう!」
中央へと急いで向かった僕たちは、先ほどと同じようにウンディーネの力を借りて魚を取り、井戸の中の精霊を治してから、酒場へと戻ってきた。
とりあえずは、これで井戸の水は飲めるだろう……でも、なんであんな魚が……
「いや、二人とも助かった、それにしても、あいつらの処遇はどうした物か……」
「あいつら?」
この卵を入れた人たち、って意味だろうけど、犯人が見つかったのかな?
……いや、違うか、あの人たちだよね。
「それが……昨日、絡んで来た人じゃないみたいなんです。彼らも水を飲んで症状が出てましたから」
「……なに? じゃ一体、誰がこんな卵入れたって言うんだ?」
「分からないけど、そもそも、ニーヴの卵をどうやって手に入れたか、だよ?」
それだよね、誰がどうやってその卵を入れたか、以前にどこで誰が持ってきたかが分からない。
子供のイタズラって、わけでもなさそうだし……
「訳が分からないね、アタシはあいつらが犯人だと思ってたけど、違うってんじゃ、他に井戸に近づいたやつなんて……」
ん? マリーさん急に黙ったけど、心当たりがあるのかな。
「いや、居るよ……前のやつじゃないのかい? あいつは下調べって言って、村のそこらじゅう見て回ってたじゃないか」
あいつ? あいつって……
「その人って、マリーさんが言ってた……ユーリの前に雨を降らせた人?」
フィーナさんが聞くと、マリーさんは深く頷いた。
そうだとして、その人になんのメリットがあるんだろう……
いや、理由なんて無いのだろうか? なんにしても……
「その人って、今どこに居るんですか?」
「彼は雨を降らせた後、そうそうに村を発った。北へ行ったことから、目的はリラーグだろう」
目的地が一緒か……この先、なにも無ければ良いんだけど……
なにか、また問題が起きそうな気がするよ。
「ちょっと、ゆっくりしたいところだけど……急いだ方が良いかな? ユーリ、問題ない?」
「僕は大丈夫だよ」
途中、休めてる分……魔力には、まだ余裕がある。
今日、明日で本をなるべく使わなければ、魔力は枯渇することは無いはず。
使ったとしても、後一回ならギリギリ倒れないと思う。
「じゃ、理由は変わったけど、準備をして出発をしようかー」
「助けてもらって、あいつらも文句は無いだろうよ、今度はちゃんと準備する時間はあるんだし……しっかりしてから行きな!!」
そうか、今度は準備に時間が取れるんだよね……
それにしても、その冒険者は一体なにが目的なんだろう?




