2話 屋敷の住人と俺
転移には成功したものの、可愛い女の子になっていたユウリは日本で出会った占い婆さんに再会する。
ユウリは彼女に魔法を教わる事となったが……?
「さて、これを渡しておこう」
ナタリアは赤いピアスを取り出し、僕に手渡してきた。
俺……僕たちの世界のルビーとはちょっと違うか、宝石サンゴみたいな赤い色のピアスだな、綺麗には変わりが無いけど。
「これは?」
渡されたピアスをまじまじと見てみたけど宝石? で、出来ていることは間違いないが、やはり普通のピアスだ。
この世界での身分証明……なわけではないよな? ナタリアつけてないし。
「今はユーリの世界の言語で話しているから、会話が出来てはいる。だが、私以外とはそうはいかないだろう? それは、私のオリジナルのマジックアイテムでな、発した言葉をこの世界の言語へ、聞いた言葉を脳内で自動変換してくれる」
さらっと言ってるけど、もの凄い技術だな。
これが前の世界にあったら一々多国語を覚える必要はないのか……。
「それを使えば実際に聞いているのはこの世界の言葉だ、話していればそのうち言葉は覚えるだろう。だが、書いたり読んだりするのはまた別だ、そっちは魔法の修行と同時進行でやってもらう」
「まぁ、言葉は憶えておいた方がいいよな。分かった、頼むよ」
実際、通じないと話にならないし、これはありがたい。
自分一人でやるより教えてくれる人が居た方が楽だしな。
そういえば、体やら服やらですっかりと頭から抜けていたけど、この世界ってどう言う名前なんだろう……。
自分が居る所が分からないとこの先不便だ。
今いる場所ぐらいは聞いておいた方が良いだろう。
「なあ、この世界はなんていう名前なんだ? 俺たちの居るこの地方の名前とかあるのか?」
「ふむ……名か、世界はエターレ。そして、地方の名はメルン名産品はハチミツだ」
「なるほど、所で種族とかも複数居たりするのか?」
エルフとか獣人とか頭で思い浮かべながら僕はナタリアに尋ねる。
「居るぞ、森族、フォーレと言う、獣のような耳と尻尾があり精霊と心を通わすのを得意とする種族だ。天族、パラモネ……白鳥か蝙蝠のような羽を持つ、力は弱くとも賢き種族。そして私たち、魔族ヒューマ、三種族中、唯一魔力を持ち魔法を操る……以上の三種族がこの世界には居る」
フォーレに、パラモネ……ん? 何か敵っぽい名称が出てきたけど、あれ?
「魔族? 僕たちは人族ってくくりじゃないんだな。それに、森族……エルフって普通耳が長くて尖ってるイメージがあるんだけどな」
「魔力を持っているから魔族、精霊の力を借りずとも魔法を使える唯一の種族だ。人族とは三種族を総称した時に使う。後、エルフではなくフォーレだ。エルフは自然を司る精霊で会えば豊かになれると言われている」
なるほど、そういえば昔読んだ本に、元々ゴブリンとエルフは同じ精霊族のくくりで、どこかの物語を始めとしてエルフは弓や魔法を駆使して共に戦ってくれる心強い味方、ゴブリンは最初などに出てくる敵になったんだっけか?
「因みにエルフは主に森に居て、美しい姿をしている女性型の精霊だ。ゴブリンは山などにいて醜悪な姿をしている……エルフには言葉は通じるが、ゴブリンには通じない」
「ん? ってことはゴブリンは精霊なのか?」
「いや、彼らはっと……それは、おいおい教えていくとして、最初は読み書きと魔法を覚えると良い」
途中まで言われると、かなり気になるんだけど。
「今度、教えてやる。今は取り合えず身を守る術と文字を覚えることをだな……」
「なぁ……」
僕は彼女の言葉を遮り、口を挟む。
「なんだ?」
「心を読むのはやめてくれ、何も言ってないのに会話が成立してるのは慣れないしな」
と言うか怖い、色々と怖い。
「解った、善処しよう」
ナタリアは少し困った様な表情を浮かべそう言う……つまり、半分以上癖みたいなものなのか、これ……。
まぁ、その都度やめてくれと言えばその内、そっちに慣れてくれるはずだ。
「頼むよ、……で、最初の魔法ってどんなのだ」
わくわくしながら俺はナタリアに聞いた。
なんたって魔法だ! 実は先ほどからずっと楽しみにしていたのは言うまでも無い。
「ああ、まずは簡単な魔法でな、ルクスと言う明かりを生み出す魔法を覚えてもらう」
………………ん?
「え? 明かり?」
「うむ、これを上手く使えば目晦ましに使える」
ま、まぁ最初の魔法だし……いきなり隕石降らすとかじゃないのは良いとして、ファイアーボールとかそういうのじゃないんだな。
「不満か?」
「い、いや身を守るって言うからてっきり、炎の玉をぶつけるとか……そういう魔法かと思ってたんだけど」
あ、ナタリアが溜息をついてる。なんで?
「ユーリに教えるのは精霊魔法じゃなく魔法だ。……ユーリの世界の魔法の定義は知らないが、エターレでの魔法は強力なものだ」
彼女はそこまで言うと眉を釣り上げ釣り目の目尻を更に揚げて僕に指を突きつけてきた。
「ユーリの言う炎の玉をぶつける魔法だけでも、魔力の量や詠唱を間違えてしまえば最悪の場合は自身も死んでしまう可能性がある」
「んなっ危ねーもん教えようとするなよ!?」
何考えてるんだ! この世界の魔法使い。
「まぁ、それだけ魔物共に有効な手段でもある。だが、危険なのは変わりが無い。だから、最初は明かりを灯すだけの魔法なんだ。例え詠唱を失敗しても怪我の心配は無く、魔力の調整で明かるさも変わるからな」
魔力の調節も含めた特訓が出来るって訳か、なるほど……そう考えると最適と言うのも分かる。
ナタリアの言う通り攻撃魔法を練習して大失敗しました。だと洒落にならないもんな。
「わかったか? わかったら返事をしろ」
「ああ、じゃぁ早速頼むよ」
そうと解れば善は急げ! 早く魔法を使ってみたい。
というか、今の話を聞いてこの世界の魔法の事をもっと知りたくなった。
「うむ、だが、せっかくやる気になってるところを悪いが……今日は休め、身体に異常は無く見えても転移の疲労がたまってるだろうしな。なに、時間はたっぷりある魔法は逃げはしないよ」
なんだ、今から教えてくれるのかと思ってたんだけどな。
だけど確かに少しだるい気がするし……言われた通りにしておいた方が良いかもしれない。
「そうだな、残念だけど……分かった。ちゃんと休んでおくよ」
俺の言葉に満足したのだろう、綺麗な銀色の髪を揺らしナタリアは微笑みつつ頷いた。
……ん? なんだ……なんか違和感が……いや、なんか安心した? ナタリアの笑みを見て……?
なんでだ? なんで母さんの顔が思い浮かんだんだ?
「そうそう、この部屋は自由に使え必要な物は一通りそろえてある」
「…………」
俺はこの人に母性を感じてる? いや、どう見たってそんな年じゃない。
背は高いし、美人だし……俺よりは年上かもしれないが……。
「ユウリ?」
「あ、ああ……た、助かるよ、ありがとう」
彼女に名前を呼ばれて僕は慌てて答えた。
きっと異世界に来て緊張してるに違いない、そう考える事にして僕は部屋を見渡すと、意外と広い部屋だと改めて確認できた。
うん、これから色々増えていくとしても十分だっというか、このままでも十分暮らせる。
はて? でも、ここは誰の家なんだ?
ナタリアはさも当然のように使えと言った。
だが……悪いけど……目の前の銀髪で肌が異様に白い女性は見てくれは美人だが……とても広い家に住んでいるお嬢様には見えないしな。
でも、さっき服を持ってきたのはメイドっぽかったし、はて?
「そういえば、ここナタリアの家なのか?」
「うむ、ここは私の家だ。心配はするな、この部屋は使ってなかったからな」
まじで? いやでも、連れて来られたとはいえ、他人が家に住んで親は大丈夫なのだろうか?
「案ずるな、私はすでに独り立ちしているし、この家は私の家だ。メイドは何人か居るが家族は居ないよ」
「そうなのかって……また、心を読んだのか?」
「そんな顔をしていれば大体分かる」
そう言いながら僕の顔を指差すナタリア、僕そんな分かりやすい表情してたのか。
しかし、独り立ちか……とは言ってもやっぱり、こんな広い部屋の家がナタリアの持ち物だとは信じられないな。
しかも、この客室……いや、僕の部屋から言ってもかなり大きい屋敷じゃないのか?
その割にはドア開けっ放しだったし、僕の服も最初から……あ、サイズが無いのか。
「いま、失礼なことを考えなかったか?」
「いや、別に」
本当に心読んでないよな?
いや、読んでたらアウトなんだが、いやいや別にこの家が本当に大きな屋敷で、ナタリアの持ち物だとして、俺の……いや、僕の服が無かったのは胸が無いからじゃなくて、身長が合わなかっただけだよね。
うん、そうだ! そうに違いない。
「ほほう? なるほど……で、他に考えることは無いか?」
「だから心を読むなって言っただろ!?」
「なんか怪しいから読んだだけだろうがっ!」
ひどい、ひどすぎるな!? これじゃ変な事を考えられないじゃないか!
「そんな事を考えるな、主に私の身体のことには特に胸には触れるな! わかったな!?」
つっても別に胸は小さくとも美人じゃないか、何処が不満なんだよ! まったく意味が分からないぞ!?
「だから、触れるなと言っているんだ!」
「だから、心を読むなああぁぁぁぁぁぁぁ!?」
ああ、もうさっき約束したじゃないか……触れなきゃ良いんだろ触れなきゃ。
「解れば良い、初めから触れなければ心を読む必要も無い」
「はぁ……何か今のでどっと疲れた気がするよ。でも、一応とりあえずこの家見て回ってから休むとするよ」
しばらく住むことになりそうだし、家の間取りは憶えておいて損はないだろうしな。
「家の中をか!? ……まさか、一人では……ないだろうな?」
ん? なんでびっくりしてるんだ?
「いや、一人だろ? もしかして入ったらいけない部屋とかあるのか?」
僕が訪ねると彼女は首を横に振る。
どうしたんだろうか?
「それなら良いだろ? ああ、もしかして迷子になるかもって思ってるのか? 大丈夫だよ、それにもし迷ったら人に聞く」
「わ、わかった。では、そのようにしてくれ、食事の時はメイドに知らせるようにしよう」
そう言ってナタリアは部屋を出て行った。
なんか変だったな……さて、とりあえずさっき言ったとおり家を見て回ろう。
間取りぐらい憶えておかないと後で……いや、すぐに困ることになりそうだ。
うん、早急にこの家を見て回ろう、特にそう、厠つまりトイレの場所を探そう、なるべく……早くに……。
さて、ところで僕こと、ユウリは困っている。
そんなに広くないだろう、と高をくくっていたこの家はかなり広い。
迷子になったと言うわけではない、部屋の場所は大体分かる。
目印になりやすい絵もあったからな……。
問題は……もっと別にある。
「トイレ、どこだよ」
と言うか、なぜこうも目的の部屋が見つからないものか……なにこれ? 物欲センサー?
「どうかなさいましたか?」
「ん?」
声の方を向いてみると、メイドの人らしき女性が手をそろえ立っていた。
「いや、ええとその……お手洗いを探してるんですけど、見つからなくて」
「そうでしたか、では私について来てください、ご案内いたします」
た、助かった……。
少し歩くと、メイドさんのお陰で目的地にたどり着くことは出来た。
問題はここからなのだが、まぁもう裸は見てしまっているし、なにより自分の身体だ。誰も悪くない誰も傷つかない、うん……問題ないな。
それにしてもさっき感じたナタリアへの違和感……ありゃ一体なんだ? 良く分からない、変だとは思うが嫌な感じはしない。
いや、嫌な感じがするはずもない……あの違和感は嘗て母に抱いていたものだ。
でも、なんでナタリアに? う~ん、いや、考えても思いつかないか、なにせ今日会ったばかりなんだ。それよりも――。
さて、一番の問題は済まされたわけだが、思った以上に広いこの屋敷はどうしたものか……。
個室を出ると、先ほどのメイドさんが脇に控えていて、僕が出てきたことを確認すると口を開いた。
「ユウリ様はナタリア様より召喚された、と聞いております。……丁度、私も仕事が一段落した所ですので、宜しかったら、お屋敷のご案内をいたしましょうか?」
「あ、丁度、頼もうと思ってたんですよ……迷惑でなければお願いします」
「かしこまりました。では、ご案内させていただきます」
ついて来てください、という言葉と共にメイドさんは前を歩いていく。
案内してくれるのはありがたいけど、名前を聞いてないな。
「えっとメイドさん? の名前はなんて言うんですか?」
「私の名前はシアと言います……」
メイドさん、シアさんは静かに透き通る様な声で答える。
だけどこちらを向かず、まっすぐ前を見て歩いていて……何となく話しづらい……けど仲良くしておいた方が良いはず。
「シアさんですか、僕はユウリ……って知ってるみたいでしたね、えっと、よろしくお願いします、それにしても広い屋敷ですね? シアさんが居なければ、迷ってたかもしれませんでした」
「この付近ではこのお屋敷は大きい方に入りますからね」
「へぇ~……」
「…………」
すっげぇ気まずい、シアさんは表情は変えないし、仕事熱心? なのか淡々と案内をこなしていかれてるんだけど……うん、でも、取り付く島が無い。
いや、頼りになるところを考えるとそうじゃないのか? でも、話しにくいしなぁ。
「シ、シアさんは……」
「はい? なんでしょうか?」
やばい、何も考えずに口に出したけど……ど、どうしようか。
「いや、えっと」
うわぁ、予想外にもじっと見られてるよ!? いや、自分で話そうとしたからだけど。
「なにか、言いにくいことでも?」
待たせてしまったからだろうか、若干眉が歪み始めている……。
まずい、なにかを言わないと!!
「いや、お綺麗だな~って」
「…………」
何言ってるんだ俺!? いや、嘘ではない綺麗だ!
男子高校生なら一度は憧れてもおかしくは無い、理想の大人の女性の見た目と言っても過言じゃない! と思う話しづらいけど……いや、そうじゃなくて今、俺は女の子な訳で……正直異性として見れてない。
いや、そこでもない! 今日あったばかりの人と話そうとしても、綺麗ですね、は無いだろ現に固まってるし……『何言ってるのこの子?』と思われても可笑しくないよな?
他に色々あるだろ、えーと……ほら! 好きな服とか! いや、そもそもこの世界ファッションはどうなってるんだ?
知らないのについていけるのか? そもそも元の世界のファッションにも詳しくないんだよな……なので却下。
他には美味しい食べ物の話とか……うん、これならまだ会話が出来そうだ……もう遅いけど。
「すみません、仕事を思い出しました、案内は他の者に任せます」
「え、っちょ……」
うわぁ……逃げられたよ、確かにあれだとは思うけど、なにも逃げなくても良いのではないのだろうか……。
ここでしばらくは暮らすことになりそうだし、後で誤解を解かないとな……。
「とりあえず部屋へ戻ろう……」
僕は誤解の解き方を色々考えながら部屋へと戻ろうとし歩き始める。
だが……暫くして俺は呆然とすることになる。
「迷った……」
それから元の部屋に戻れたのはかなり後の話だった。
この屋敷広すぎだって……。