27話 豊穣の精霊?
アルムの酒場にて、マリーと言う女性に出会ったユーリたち。
彼女の依頼で、ユーリはアルムに雨を降らせるになり、魔法を唱えると……周りにいた男性たちに詰め寄られ、村を潰す気かと問われる。
当然、そんなつもりの無い、ユーリとフィーナは困惑するが、マリーの手助けによって、その場を去ることが出来た。
そして、酒場に着くと、マリーが布を取りに行き、戻ってくるとその顔を高揚させユーリに一言を言った。
「あんた! 凄いじゃないか!」
どうやら、ユーリの魔法は成功したようで、緑は戻りつつあった……
そして、雨は続き……やがて――
雨が上がり……日が照り始めると。先ほどの寒さが嘘のような暖かさになった。
ローブを未だに着ていたら暑いぐらいだ。
着替えた後にマリーさんの元へと戻ると、彼女は恰幅の良いその体で誇らしく胸を張ると――
「さて、今日はいつもの料金で、とびっきりの物を食わしてやる」
そう言い残し、酒場を後にした。
「えっと……僕たちはどうすれば……」
「待ってるしか、無さそうだねー」
そうなんだけど、ここは酒場なんだし……お客とか来ないのだろうか?
店主が居ないのでは帰ってもらうしかないし……
いや、もしかして……僕たちが対処しなければいけないのだろうか?
「それにしても、なにが出てくるんだろうね?」
そして、フィーナさんはやっぱりご飯なんですね……まぁ、そういう、僕も気にはなっている。
「とびっきりの料理か、気になるね、気になるけど……」
「ん?」
僕に関してはお金が無いんだけど……どうしよう。
「ああ、気にしないで、大丈夫だよー、私が持つし……それに、ユーリはちゃんと仕事したでしょ?」
確かに雨を降らせて緑は戻った。
でも、それとこれとでは違う……
うーん、やっぱり奢ってもらうのは悪いと思うし、後で皿洗いか、なにかでもして、マリーさんにお金を貰えないか掛け合おう。
少しでも、手に入ればフィーナさんの負担も減るし……うん、そうしよう。
「それにしても、マリーさん、まだ帰って来ないのかな?」
「もう少し、掛かるんじゃないかな?」
外に出て見学をしたい所だけど、さっきの人たちに会うのもなんか怖いし……
ここで、大人しく待っている方が良いのかな?
そう、考えていた、その時……扉が勢い良く、開け放たれた。
「なに!?」
フィーナさんが、音と同時に飛び跳ねるように身を翻し、僕の前へと立つ。
音に驚き声も出なかった僕も、慌てて椅子から降りると、いつでも詠唱を唱えられるように深呼吸をし、気持ちを整える……もしかして魔物?
こんな街中に魔物が来た、と言うのだろうか?
でも、大した外壁もなかったから、迷い込んでもおかしくは無いだろう、そう、考える僕の心配は杞憂に終る――
「……なんの用?」
フィーナさんの後ろから、顔を出し確認すると……そこに居たのは男性、見た所、さっきの男たちが数人だ。
「以前の様に戻ったはずだけど……まだ、ユーリに、なにか文句があるの?」
僕の前に立つフィーナさんは、今まで聞いたことのないような低く、威嚇するような声で男たちにそう語る。
「あ、いや……」
どうやら違うみたいだけど……じゃぁ、この酒場になんで来たんだろう?
依頼では無いよね、この酒場に今、泊まっている冒険者は居ないようだったし、他になにかあるのだろうか?
「お、俺たちが用があるのはアンタだ、森族のお嬢さん」
ん? フィーナさんに用?
「……私?」
さっき僕に迫ってきたように、フィーナさんに危害を加えようとでも言うのだろうか?
見た感じ、さっきより落ち着いてるみたいだし、すぐに飛び掛ってくる感じでは無い。
でも、一応、警戒だけはしておこう……
「そうだよ! アンタ……マリーさんの知り合いなんだろ? それで……わざわざ、ソレを連れて来てくれたんじゃないのか?」
男はソレと言うところで、僕を指差してきた……って僕はソレ扱いなの?
「ソレ、って……君たちは村を救ってくれた人を……ユーリをソレ扱いするの?」
「だって、精霊だろ? 豊穣の精霊エルフ、俺たちだって知ってる……森族のアンタが連れて来た、だろ? 助かったぜ」
ああ、前にナタリアが、エルフに会えば豊かになれるって言ってたな……それで、僕がエルフだと思ったのか、とは言っても精霊をソレ扱いは酷いな。
見たことは少ないけど、彼らにも感情という物がある、なのにまるで、物扱いじゃないか。
「それにしても、居るんだなエルフって……なぁ。森族のお嬢さん、俺たち金が必要なんだよ……作物を早く作れるようにしてくれないか?」
なんか、なんと言うか、こういう人って嫌だな。
昔見た、親戚の目にそっくりだ……金しか見ていないあの目だ。
気分が悪くなって来る……この気持ち悪い感情を、同じ金目的だったバルドから、感じなかったのは不思議だけど……
それは、出会い方が良かったのだろうか? あいつは一応、助けてくれたって認識だしね。
「………………」
そんなことより、フィーナさんが心配だ。
彼女はずっと精霊の声が聞えるみたいだし……
やっぱり、ソレ扱いされて、嫌な気分になっているんじゃ?
「なぁ……おい、お嬢さん、聞いてるのかよ?」
僕たちに、再び迫ってくる男は……相変わらず、気持ち悪い笑みを浮かべている。
「僕はエルフじゃ――フィーナさん?」
僕がエルフじゃないと告げようとした時、フィーナさんは僕の前に完全に立ち塞がった。
「…………」
「……あの、フィーナさん?」
「おい、自分だけってか? そりゃないぜ」
「ユーリは魔族だよ、それに、精霊も生きてる……あの子たちが居ないと、私たちはまともに生きられない……それなのに、ソレ扱いなの?」
確かに、気候に精霊が関係するなら、彼らが居ないと僕たちは成す術も無く、いずれは滅びるしかないだろう、温暖化現象みたいなものが起きるかもしれない。
そう思うと、彼らはただ可愛らしいだけの者じゃないって訳か、うん、フィーナさんに、たまには様子を聞いてみよう。
今回で効果は確認出来たし、雨で元気になるなら、それぐらい容易いものだからなぁ……って、そうじゃない! やっぱり、フィーナさん怒ってるんじゃないか!?
「あ? とは言ってもな……俺たちは見えないし、聞えないんだよ! だったら、ソレとしか言えないだろ? ってゆうかよ、一昔前まで魔物とされてた、森族が粋がるなよ? お前らは、そこら辺に居る魔物と変わらないんだからな」
コイツ今、フィーナさんのこと……いや、森族のことを魔物扱いした!?
なんで、魔物と一緒にされなければ、いけないんだろうか?
「人の仲間を、魔物扱いはやめてくれませんか?」
「お前、仲間って……お前が本当に魔族なら、仲間は俺たちだろ? ほら、精霊じゃなくても、魔法で作物どうにかしてくれよ、な!」
その言葉を言い終わると同時に、男の仲間たちは一斉にそうだそうだと、言い出した……
コイツら、自分のことしか考えてないの?
「なんなら、金でも魔法で作ってくれても、良いんだぜ? お前は馬鹿な森族や精霊とは違って、優秀な魔法使いみたいだしな?」
フィーナさんは耐え切れず、更に拳を握り、その身体をバネの様にして、飛び出そうとした。
僕はフィーナさんの服を引っ張る……理由は単純、この人たちは確かにムカつくけど、フィーナさんが殴ったら……いくら彼女が武器を使わなくても無事じゃ済まない。
なにせ、彼女の拳は魔物を倒せるほどだ。下手な武器よりは強い。
「……ユーリ?」
止めたことを不満に思ったんだろう、僕にいつも語りかける声より、硬いものが聞えた。
「フィーナさん、目を瞑って……」
僕はそう呟くすると、僕がやろうとしていることを理解したフィーナさんは、目を瞑り腕を瞼に当てる。
「じゃぁ……お望みどおり、眩しいぐらいのをあげるよ」
「へへっ、なんだ……話が解るじゃねぇか、流石エルフみたいな同族だぜ」
「我が往く道を照らせ、ルクス!!」
「――――な!? ああぁぁぁあああ!?」
男たちは強い光に当てられ、目を覆い苦しみだす。
今は辛いだろうけど、失明するレベルでの光では無いし、大丈夫だろう。
「……フィーナさんや、精霊のことを馬鹿にしたけど、僕が止めなければ、君たちタダじゃ済まないよ? それと、僕も仲間たちを馬鹿にされて、我慢の限界だ……さっきの雨もそうだけど、僕の魔法は普通じゃないよ?」
確かに、フィーナさんは犬っぽい所もある、とは言っても頼りになる人だ。
彼女が森に連れってってくれたから、本に出会えたし、それのお陰で色々と学べた。
そして、この旅も彼女が、ナタリアに頭を下げてくれたから、ついて来れた。
精霊にしたって、そうだ……あのドリアードが僕を見つけれくれなかったら、二人共、ここには居ないのかもしれない。
そんな人たちを馬鹿にされて、黙ってるのは嫌だ。
「……わ、分かった! もう、森族のことは馬鹿にしない!」
「それと、精霊もね、フィーナさんが言ったことは間違いじゃないよ? 彼らが居るから、僕たちは生きていられるんだ……なんなら、フィーナさんに頼んでみる? 頼めば、精霊たちが居なくなるかもね」
「分かったから……すまない! 早く光を……目が潰れちまう!!」
ルクスの光を消すと、男たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく……
やりすぎたかな? いや、骨が折れるよりは良いだろう、見たところ大丈夫そうだし。
「えっと……ごめん、フィーナさん」
僕がフィーナさんの顔を見て謝ると、まだ不満残る表情が伺えた。
「……ユーリは謝ることないよ、あのまま殴ってたら、どうなってたか分からないし」
そう言いながら、ほっぺたを膨らませているけど、思ったよりは怒っていないのかな?
さっきみたいな……怖い声じゃなくて、いつも通り会話してくれるし。
「でも、ありがとう……ユーリ」
「ん?」
「森族のこともそうだけど、多くの魔族は精霊のことを知ろうとしてくれないから、ユーリが精霊のために怒ってくれたのは、嬉しかったよ」
ああ、やっぱりそうなんだ……本が無い理由もそれなんだろう。
でも……皆、精霊を見ることが出来たら、同じだと思うよ。だって――
「うーん、僕には……必死にフィーナさんを助けてって訴える、あのドリアードを見たら、精霊は人となにも変わらないって思ったよ? それなのに、あんな言い方されたら嫌だよ、それに、あいつ……フィーナさんのことも馬鹿にしてたしね」
「……ユーリもナタリーと、似たようなこと言うんだね」
「ナタリアと?」
っと言うか、ナタリアの場合は――
『私はどうでも良い、馬鹿に構ってる暇は無いしな……さっさと行こう、フィー』
とか、言いそうな気もするけど……
「前、同じように……精霊を馬鹿にされた時、ナタリーが馬鹿にするなーって、その人に魔法で水責めやら、火責めしてたよ?」
……予想外のことだけど、なにをやっているんでしょうか? 我が師匠は……
「えーっと」
「ナタリーは私が殴ると命に関わる、とかで……変わりに水や火の精霊が居なかったら、どんなに辛いかを教えたって、言ってたけど……私が馬鹿にされた時は……」
フィーナさん? なんで目を逸らすの? と言うか、火責め水責めって普通に考えて……殴られた方がマシじゃないか?
明らかに死ぬ可能性が高いよ、ナタリア……ってあれ? ナタリアは外に出れないはずだけど、もしかして、老婆の状態でそんなことをやったのか?
……ますます、気の毒だなぁ。
元の姿ならまだ見てくれ的には……
いや、それでも、僕は勘弁して欲しいな……
「ん?……また、誰か来たの?」
再びドアの開く音がして、先ほどの男たちが戻ってきたのかと警戒すると、そこには、この酒場の主人であるマリーさんが居た。
「なにか、あったのかい? さっきの野郎共が、目を覆って走って行ったけどさ……」
そう言葉を投げてくる彼女は、出会った時と同じように大きな荷物を持って戻ってきた様だ。
先ほどの話からすると……多分、今日の料理の材料ってところだろうか? いや、それよりも……
「えっと……」
どう説明したらいいんだろう? っと言うか、魔法で退散させました、なんて言って良いのだろうか?
「あいつら、ユーリと森族と精霊を馬鹿にして……殴ろうと思ったら、ユーリが魔法使って追い出したの」
言って良いのか……
「あははははは! そりゃあ良い! なんだい、アンタ……やる時はやるじゃないか!」
荷物を置いたマリーさんは豪快に笑い、その場にあった机を平手でバンバンと叩き始めた。
「あいつらは、いつも、ああなんだよ……なにかの所為にして仕事をしない、それなのに楽をして、金を手に入れたがる」
「いや、でも……ちょっと、やりすぎたかなって思ったんですけど……」
ルクスは得意だけど、下手をしたら失明をしていたかもしれない。
今、考えると……後先を考えていなかった行動だと思うんだけど……
「いいや、良い薬だ! 相手が女だからって甘く見てた連中が悪いんだ。気にすることは無いよ、それより、食事を作ってやるから、二人ともたーんとお食べ」
「マリーさんのご飯久しぶりだな~! 今日はなに?」
相変わらずご飯に食いつく人だな、フィーナさんは……
「さっき言ったとおり、とびっきりの物さ、残念だけど……家畜が痩せ細っちまって、肉は食べれないけどね」
そう言うと、マリーさんは厨房の方へと向かっていった。
「……本当に良かったのかな」
「ユーリは優しいね、でも良かったと思うよ? あの人たちは結果的に無傷で済んだし、私も庇ってもらってちょっと……嬉しかったよ?」
「庇った? 僕が?」
はて? そんな大層なこと出来ていただろうか?
「うん!」
フィーナさんが、強く頷いたけど……うーん、心当たりが無い。
でも、彼女がそれで納得してるなら、良いかな?
「でも、今度から無茶はしないでね? タダでさえ、魔法使いは口を塞がれたら駄目なんだから」
「わ、分かった……気をつけるよ」
そう言えば、そうだった。
この世界には、無詠唱魔法なんて物は無い、絶対に詠唱が必要だ。
あんまり、自分が魔法使いだって、言わない方が良いかもしれない。
本のことも、なるべく黙っていよう、そうは言っても使う時は使うけど、それは仕方ないとしてもなるべくだ。
そう考えをまとめて、横を見てみるといつも通り、ニコニコと笑顔のフィーナさんがご飯を待っている。
暫らくすると、僕が見ていたことに気がついたみたいで……
「ご飯なにかなー?」
いつも通りの言葉が聞えた。




