26話 雨
トーナを発ったユーリたちは、馬車で次の村を目指す。
そんな中、景色を楽しむユーリは肌寒さに気付く……
どうやら、気温異常が起きているようで、ユーリは納得するが、フィーナはおかしいと言う、当然、疑問をもつユーリに、彼女は気候を操っているのは精霊だと告げた。
そして、それは崩れることが余りないということも……
「アルム村に着きましたよ」
辿り着いた村は、村と言うには大きいけど……トーナの方が小さな村だと言うのが、嘘の様な寂れたようだった。
緑は無く……いや、ちょっと前まではあったんだろう、草花の大半には、土色目立ち、村人に覇気は無く、死んだ魚のような目をしている……
御者の人は、この村が冒険者の斡旋を行っていると、言っていたけど……本当にそうなのかな?
「えっと、フィーナさん……これから、どうしようか?」
「う、うん……と、とりあえず、酒場に向かってみようか?」
フィーナさんも呆気に取られているし、恐らく前は違ったんだろう……ということは分かったけど……
「では、私は村の人に食料を配ってきますので……」
「ここまで、ありがとうございました。助かりましたよ」
「いや、それは、こちらの台詞ですよ、お帰りの際は……また、トーナに顔を出してください」
そう言い残すと、御者は手綱を握り……馬車を走らせる。
「大きな村だね」
先ほども思ったことだけど、村と言うには大きい。
どちらかと言うと、街みたいな感じがするんだけど、これでも村なんだ……
「うん、街と言っても良いんだけど、ギルドが無いから街とは呼ばれないんだよ?」
なるほど、ギルドの有無で、街か村で分かれるのか……
「まぁ、私たちは酒場の冒険者だから、どこでも良いんだけどね、とりあえず……酒場に向かおうか?」
僕たちは広場を抜け、酒場へと向かった。
酒場の向かいには、座り込んでいる男性が居るけど……やはり彼もどこか覇気が無い感じだ。
うーん、この村の現状が気になる所だけど、今はフィーナさんの後を追い、とりあえず、目の前の酒場の中に足を向けた。
中はがらんとしており、人一人居ない。
……店主さえも居ない、というのは異常じゃないだろうか?
「こんにちはー! ……おかしいなぁ?」
フィーナさんは、カウンターの方へと向かい呼びかけるが……反応が無いようだ。
「留守……なのかな?」
「でも、酒場って……食事時は一応開いてるんだよ?」
そう言えば、ゼルさんの店もそうだった。
朝早いのに店が開いていたし、いつ寝てるんだろう?
「……誰だい?」
「うわぁぁぁ!?」
そんなことを考えながら、ぼーってしていたら、またも誰かが後ろから話しかけてきた。
しかも、女性の声で若干……なんていうかお化けみたいな声だ。
僕は入り口に立っているし、フィーナさんの位置からでは……丁度、僕の後ろは見えないだろう。
「ユ、ユーリ!? だ、大丈夫!?」
僕の悲鳴を聞き、心配してくれたのか、慌てて戻って来てくれてるけど……
こ、怖い……後ろを振り向いたら、白い服を着た髪の長い女性が、ゆらゆらと立っているんじゃないだろうか? ……とか、考えたら涙が出てきたよ。
「……誰だいって、聞いてるんだけど?」
もう一度、声がしたと思ったら、肩に手を置かれグイッと引っ張られた。
「ひぃ!? ごごごごごごめんなさい!?」
「謝るってことは、あんた……」
ああ、どうしよう、僕は呪われてしまうのだろうか?
「泥棒かい!?」
「ひぃぃぃぃぃ!?」
へ? 泥棒ってことは……幽霊じゃ、ない?
いや、もしかしたら、ここにいる自縛霊かも知れない。
「……マリーさん?」
駆けつけてくれたフィーナさんは、僕の後ろを確認すると、ボソッとなにかを呟いたみたいだ。
いや、そんなことよりも……
「ん? おお、フィーじゃないか! 丁度良い、この泥棒をとっ捕まえるから、手伝ってくれないかい?」
「フィフィフィフィーナさんう、後ろにお、おば……」
「誰が、おばさんだ!」
ひぃ!? おばけが怒った!?
「えっと……ユーリ、落ち着いて?」
後ろにおばけが居ると言う、状況でどう落ち着けば良いんだろうか?
「その人は、この酒場のマスターだよ、それとマリーさん、その子は泥棒じゃなくて、私と一緒に来ただけ」
「「え?」」
マスター? おばけじゃなくて?
「なんだい、フィーの知り合いなら、早くそう言いな!」
呆然と立ち尽くす僕を退かすと、マリーと呼ばれた女性は、大きな荷物を軽々と運びながら酒場の中へと入っていく……
「客なら、とっとと座りな?」
足もちゃんと生えてたし、目の前に居る恰幅の良いおばさんは、どうやら人間のようだ。
でも、おばけじゃ無いことを理解した僕は、その場に座り込んでしまった。
「……なんで、そこに座るんだい?」
「ユーリ? な、なんで、そんな座りながら、店の隅っこに移動するの!?」
おばけじゃないのは……分かった。
でも、僕は小さい頃、親戚の家で育てられた時に、その家の子に驚かされ続けて以来、背後から話しかけられたり、ホラー映画だったりが苦手だ。
パッケージを見ただけで、ご遠慮願いたい……
ドリアードの時は、まだ見た目が可愛かったから、良かったけど……
今回のは本当に心が折れたよ……
もしかして、この村の異常現象って怪奇現象なんじゃないだろうか? そうだとしたら――
「おばけ怖い、帰りたい……」
「だ、大丈夫だよ? ユーリ、マリーさんは怖い人じゃないから……それに、おばけなんて居ないよ?」
「本当? おばけだよ? 半透明の足が無くて、血だらけだったり、怖い顔の……」
ゾンビとはわけが違う、ゾンビはホラーの中でもまだ良い、対処方法が分かってるし……
でも、おばけだと、明確な対処法が無いじゃないか……
除霊だってお経だったり、十字架を持って聖書を読んだり、なにかで吸い込んだり、それに目に見えないのだから、倒したかも分からない。
「うん、そんなのは居ないよ、大丈夫」
「それに、幽霊なんて、見えない物だろう? 見えなきゃ居ないのと同じ、じゃないか……」
「ほら、仕事するんでしょ?」
「……うん」
僕がよろよろと立ち上がると、フィーナさんは手を引っ張ってカウンターへと向かっていく、カウンター席へと座ると、マリーと言う女性は水を差し出してきた。
「悪いね、今、大した物が手に入らなくてね……」
「気にしないで、ってこの様子じゃ……仕事なさそうだね?」
「あると思うのかい?」
出された水を飲み、気持ちを落ち着かせ……僕はマリーさんに話しかけた。
「あの、作物が育たないって、聞きましたけど……どんな、状況なんですか?」
見た様子だと、どうやら植えても枯れてるように見えたけど……
「ああ、雨が降らなくてね……」
雨か……それぐらいなら――
「偶々泊まってた冒険者が、聞いたこともない魔法で、雨を降らしてくれたんだけどね……それから、熱かったり寒かったり、土の調子が悪かったり、井戸水を飲むと、体調不良になったりでね」
「「――ッ!?」」
僕たちは揃って、水を噴出してしまった。
い、井戸水って……今、飲んでる水のみずじゃないの!?
いや、普通……そんなものを、お客に出すのだろうか?
「ああ、安心しな、それは、さっきトーナの奴に貰った物だよ」
「お、驚かさないでよ……」
全くだよ……ああ、びっくりした。
でも、聞いたこともない魔法? まるで――
「でも、聞いたこともない魔法って、ユーリの魔法みたいだねー?」
「うん、そうだね……まるで本みたいだ」
しかし、本当に同じ魔法だとして……
その人が唱えたとしても、この村の現状が改善されるどころか、悪化するなんてことあるのだろうか?
……土地を回復させる魔法は……確か、イナンナだ。
本を取り出し、そのページを見てみるも、書いてあるのは……”雨を降らせ枯れた土地、腐った水濁った空気などを通常の状態まで回復させる”とだけ……
今までのことを考えると、逆の効果が出るとは思えない。
「うーん、でも、危険があるなら使えないかな……」
「なんだい、あんたも雨の魔法が使えるのかい? だったら物は試しだ、使ってみてはくれないかい?」
「え、でも……」
前の人は駄目だったのに、僕が出来るのだろうか?
「もしかしたら、前の人は魔法が暴走しちゃったのかもしれないし、試すだけ試してみよう?」
「大丈夫だ! なにかあっても、アタシがケツを持ってやるよ!」
「……分かりました」
その言葉に頷いた僕は、本を手に持ったまま酒場の外へと向かう。
どうやら、フィーナさんだけではなく、マリーさんもついて来てくれるみたいだ。
「…………」
外に出て気がついた……広場へ向かう道が分からない。
さっきまで座ってた人が居ないから、どの道だったか分からない。
「どうしたの?」
雨を降らすには……きっと中心辺りが良いんだろう。
それに広場って言うのは、大体中心にあるはずだけど――
「あの、広場って……どこですか?」
「ここに来る前に、通って来たんじゃないのかい?」
とは言っても……あの人、見当たらないし……
「こっちだよー」
ああ、フィーナさん、毎度ありがとうございます。
広場へと着くと先ほどと変わらず、人はうなだれ……水の色は濁っており、この村、全てがスラムの様な有様だ。
僕に出来るのかな? 前の人が駄目だったのに……いや、信じよう。
少なくとも、ここに来るまで本は僕を裏切ったことは無かった。
フィーナさんも、ノルドもセラさんも……助けられたんだ。
「天から舞い降りし雨水よ、恵みを授けたまへ……」
大丈夫……魔紋も本も問題なく、光ってる。
「んん? これは……」
途中、マリーさんがなにか言った気がするけど、今は集中しなきゃいけない。
僕のも暴走して、現状より酷くなったら、なんてお詫びしたら良いのか分からないし……
「イナンナ」
日が当ってた場所は影が出来、空を見ると……雨雲が集まって来ている……
後は雨が降るのを待つだけだ。
「おい! テメェ……」
声を掛けられ、周りを見てみると……
先ほどまで座っていた人たちが、僕たちの周りを囲むように立っていた。
「な、なんですか?」
「なんですか? じゃねぇよ! テメェ……あの魔法を使いやがったな!? この村を滅ぼす気か!」
「ユーリはただ、村を救おうとしてるだけだよ?」
「うるせぇ! そう言って、前の奴も雨の魔法を使ったんじゃないか!」
「その人もきっと……」
僕に詰め寄ってくる男との間に入り、庇ってくれたフィーナさんも、現状を見て強くは言えないんだろう……言葉は途中で詰まってしまっていた。
当然だ……魔法を唱えた僕でさえ、本に書いてある通りに土地が治ります、なんて胸を張って言えないんだから……
仮に、そう言えたとしても、その証拠は僕にしか分からない……無いのも同然だ。
「やめな!! この冒険者には、アタシが依頼したんだ……フィーに関してはアタシのお得意だ」
「……だったら、なんだってんだよ!」
「その、フィーが連れて来た奴なら信じるってことさ、それに――」
それに? それにってなんだろう?
「この子と、あの魔法使いでは魔法の詠唱が違う、その名もね……」
ポツポツと雨が降り始めたかと思うと、その勢いは増していき、まるでバケツ……いや、タルの水をひっくり返したかのような雨になった。
「だから、この魔法は似ているけど、まったく別の魔法さ」
……まったく別の魔法?
「――――!!!」
その言葉が雨音の所為で聞こえなかったんだろう、なにかを叫ぶ男の声は、雨音に遮られ僕には聞えなかった……
聞えようが聞えまいが、マリーさんは満足したんだろう……文句を言っていた男を突き飛ばすと、僕たちの手を引き酒場へと歩いていく……
僕の魔法に似ている別の魔法って……もしかして、全く逆の効果を生む魔法?
それなら、雨を降らせて悪化させるって、ことも分かる。
……けど、それなら、別に隠れてやっても良いはずだよね?
「うひゃー、凄い雨だ、二人ともちょっと座って待ってな、拭くものを持って来てやるよ」
「ありがとー」
「…………」
本当に……そんな魔法があるのだろうか?
……あるのかもしれない、魔法は元々、攻撃用だ。
僕の魔法がイレギュラーなだけで、この世界では破壊の為の手段、ナタリアに教えてもらった魔法は攻撃魔法と補助魔法だ。
でも、回復は無かったし……以前、聞いた時には回復魔法なんて無いって、はっきり言われた。
「……ユーリ、大丈夫?」
「え? ああ、うん! 大丈夫だよ、フィーナさんは平気?」
「うん、私は大丈夫だよ?」
「良かった、あの、庇ってくれて、ありがとう」
「ユーリは命の恩人だからね、いつだって助けるよ?」
そんな、大げさな……
「それにしても、ナタリーやユーリ以外にも、オリジナルを使う人が居るんだねー?」
「あれ? マリーさんの言葉聞えてたの?」
雨音は凄かったはずなのに……
「うん、耳も良いからねー」
便利だなー、森族……ん?
「フィーナさん、あのオリジナルって……なに?」
「自分で魔法作ったり、その人特有のアーティファクトを持ってたりする人かな? ユーリの場合は本でしょ?」
……そう言えば、さっきマリーさんも、前の人は聞いたことの無い魔法を使った、って言ってたよね。
「じゃぁ、前の人も作った魔法か、アーティファクトを使ったってこと?」
「そういうことになるねー」
もし、作った魔法だったら、イナンナと同じような魔法を作り、ここで実験したとかかな? っと更に思考をめぐらせていると、マリーさんが布を抱え走ってきた。
「あんた! 凄いじゃないか!」
「え?」
「外見てみな! 外!」
なんのことを言ってるんだろう? っと思い、言われた通り、入り口から外を見てみると――
「布を取りに行った部屋で、ふと窓の外を見たら、見る見るうちだ」
土色だった草は青々とした色を取り戻し、先ほどまでスラムの様だった町並みは見違えるようになっていた。
「やっぱり、ユーリの魔法は凄いよ! なんでも治せるんだねー」
「そ、そうかな? でも、僕は本が無いと……」
「その本に認められてるんだから、胸を張って良いと思うよ?」
にっこりと笑顔を向けてくるフィーナさんに、そう言われると不思議と――
「……そうかも、知れないね」
そういう言葉が出てきた。
……でも、これではっきりと分かったことがある。
本は裏切らない、書いてあることは間違ってなかった。
土地は息を吹き返したし、多分……井戸の中の水も綺麗になってるだろう。
「さて、さっきの連中は、どんな顔をして来るのかね? っとほら布、風邪を引く前に体拭いちまいな、部屋は奥にあるからさ」
手渡された布を持って僕たちは、奥にある部屋へと入っていく……
「流石に濡れると、寒いねー?」
「そ、そうだね…………」
考えごとをしながら、フィーナさんについて行ったら……別の部屋に入り忘れたのは……言うまでも無いことだった……
「それにしても……ユーリ凄いね?」
「え?」
「さっきまで元気が無かった精霊たちが、皆元気になってるよ? 皆、ユーリに感謝してるみたい」
土地を回復させるって、精霊を活性化させる……って意味だったのかな?
なんにしても、あのドリアードのような可愛らしい精霊たちに感謝されるのは、嬉しい気がする。
「でも、ユーリが魔族で話せないのが、残念みたいだね」
「あはは、元気になったなら、それで良いよ」
あの村人はちょっと怖かったけど、以前のことを考えれば当然だろうし、それでも喜んでくれた人たちが居れば、それで十分だ。
……それにしても、前の魔法使いはどんな人だったんだろう? 後でマリーさんにでも聞いてみようかな?




