23話 医者? いえ魔法です
少年を見つけたユーリは崖の下へ助けに行く。
だが、そこには巨大な蛇が潜んでおり、なんとか逃げ切ることに成功したユーリたちは少年の傷を癒し、村へと戻る。
「ノルド!!」
宿屋へと戻ると、店主は僕の背中でスヤスヤと寝ている少年へと駆け寄ってきた。
「ああ、良かった! なんて奇跡だ! 怪我すらないとは……」
まぁ、怪我は治したんだけど、言わなくてもいいだろう。
それよりも……
「あの、この子の家はどこなんですか? お母さんの病気も治さないと……」
「え? で、ですが、薬草があっても……」
母親のことを言って顔に陰りができた、と言うことは、状況は思わしくないのだろう……早急に治さないといけないな。
「ユーリ、もしかして、本の魔法を使うの?」
「うん! キュアウォーターなら治せるかもしれない、大丈夫、一度使って飲んでみたけど、身体に異変は無かったから」
空を飛んで、タリムの薬師に頼んでも良いのだけど、薬が出来るまでの時間と、移動を考えると、先にキュアを試してみた方が良い。
治れば良し、治らないなら、すぐに飛んで行けば良いだけだ。
「魔法で熱病を!? そんな話、聞いたことも無い!」
当然の反応だよね……それよりも大きな声を出すと、少年が起きてしまうんじゃ?
「ん……」
「あ、ユーリ、その子、起きたみたいだよ?」
「ここ、ボクの村? お姉ちゃんたちが、連れてきてくれたの?」
うん、どうやら心配は無いみたいだ。
「そうだ……お姉ちゃん!」
「…………僕?」
一瞬、フィーナさんのことかと思ったけど、少年はどう見ても僕を見ている。
「そう、お姉ちゃんだよ、ボクの怪我を治してくれたよね!? お母さんも治して! 薬草ならここにあるから!」
「ノルド、もしかして頭でも打ったのか? 怪我なんてどこにもないじゃないか」
「違うよ! このお姉ちゃんが、ボクを治してくれたんだ……だから、お母さんも治せるよね?」
う……勿論、治したい気はあるっと、いうか治すつもりだよ。
でも、治せるかは分からない、とはいえ……こういう目で見られると……
「うん、勿論」
この言葉しか、返す言葉は無いよね。
「ノルド君、私たちを家に連れてってくれるかな?」
「うん! こっちだよっ」
少年は僕の背から飛び降りると、宿屋の外へと掛けていく、凄い回復力だ。
「お姉ちゃん、早く!!」
「ちょ、ちょっと、待って! フィーナさん!」
「うん!」
少年へ続き、宿屋を後にした僕たちは少年の家へと向かった。
招かれた家の中では、女性が一人ベッドへ横になっている。
確認しなくても、彼女が母親だろう。
「お母さん! お医者さんが来てくれたよ!」
僕は医者ではないんだけど、怪我を治したから、どうやら医者だと思っているのだろうか?
「……ノルド? あんた……心配させて……」
一方、母親の頭には水袋の様な物が乗っていて、起きてるのもやっとみたいだ。
「ノルド君、飲み水を汲む桶と、コップを持って来てくれる?」
少年は元気良く頷くと、取りに行きすぐに戻ってきた。
「外でやらなくても大丈夫なの?」
「大丈夫、桶の中に湧かせるから問題ないよ、じゃ……水よ倒れし者に今一度活力を、キュアウォーター」
魔法の名と共に、桶の中いっぱいに湧き出る水は、どこからどう見ても普通の水だ。
味も匂いもしない、このまま料理にも使える優れものだ。
しかし、効果の所には疫病や毒などを取り除くとある。
所謂、解毒ポーションのような物らしい……効けばいいんだけど――
僕が桶に入った水をコップに汲むと、フィーナさんが母親の身体をゆっくりと起こし、支えてくれた。
辛そうだが、これなら窒息することはないし、安心して飲ませられる。
「……これは……水?」
「薬みたいな物です。試しに飲んでみてください」
なんか、自分で言っておきながら、胡散臭い一言かもしれないが、母親は僕の顔を見た後に頷き、水を飲み干した。
これが薬だったら、すぐには効果が現れないだろう……
だけど、これは魔法の水だ。
「……これ、なんて言う薬なの?」
効果はすぐに現れた。
「魔法で作った秘薬、とでも思ってください、フィーナさん、それにノルド君もその水を汲んで飲んでおいてね、もしかしたら、感染するかもしれないから」
僕はそう言うと、桶の水をすくい口に含んだ。
しかし、他の村人も心配だし配っておこうかな?
あ、でも……ノルド君のお母さんは飲んでくれたものの、急に、この水を飲んで下さい、と言われても怪しいだけだ。
なら、水はノルド君にでも、運んでもらおうか? いや、水はまだ桶にいっぱいある、男の子とはいっても重いか。
「セラさん、起きて大丈夫なのか!?」
あれ? さっきの宿屋の人じゃないか、僕が医者じゃないのは分かってるだろうし、なにより、この人はそんな魔法が無いのを知っていそうだったから、心配だったんだろう。
「顔色が良い? 本当に……魔法で治したんですか?」
「そうだよ? ユーリの魔法は特別なんだよ、生きてれば怪我は一瞬だし」
「いや、さすがに一瞬は無理だよ」
特別なのは否定はしないけど……
いつか。一瞬で治せるような、魔法が使えるようになると良いなぁ。
……でも、それは流石に高望みしすぎ、かな……
「あ、そうだ、店主さん、僕たちはちょっと疲れて、宿屋で休みたいので一つお願いをしても、良いですか?」
「え? い、いや、ノルドを探してくれた上に、セラさんを治してくれた貴女たちのお願いでしたら、一つとは言わなくても、なんでも良いですよ!」
……うん、僕は通常だ。
男性に「なんでも良い」と言われても別に嬉しくもない。
いや、そうじゃない。
「そこの桶に入っている水が、熱病を治した魔法です。僕たちは一応飲みましたので、貴方も含めて村人にすぐに、飲んで貰っても良いですか?」
「この水ですか? 分かりました。では、一口飲んだら、他の者に配ってきましょう、部屋の方は左奥の部屋をお使いください」
店主さんは水を飲むと、桶を担いで家の外へと走って行った。
これで万が一、感染の可能性があっても大丈夫だろう、これで安心して休める。
「じゃ、ユーリ、宿に戻ろうか?」
「うん……うわぁ!?」
フィーナさんの後に続き、ノルド君の家を出ようとし、歩き出そうとした時、なにかに引っ張られ、転びそうになってしまった。
どうやら、ノルド君が服を引っ張っていたみたいだ。
「あ……」
転びそうになっている僕を見て、ばつが悪そうな顔をしているし、わざとやったのではないんだろうけど……服を引っ張るのは止めて欲しい。
「えっと、お医者のお姉ちゃんありがとう」
「ん? あ、ああ、どういたしまして……でも、僕は医者じゃないよ」
そう言うと、少年は目を丸くしてこっちを見た。
「でも、ボクの怪我も、お母さんの病気も……」
「それは魔法だよ、それに僕たちは冒険者、タリムの月夜の花亭の冒険者だよ」
「冒険者……」
暫らく握っていた服を、ようやく放してくれたノルド君は、僕たちを交互に見た後、大きく息を吸った。
「ボク、お姉ちゃんみたいな冒険者になる!!」
「ユーリ、気に入られちゃったね?」
僕より、フィーナさんの方が、冒険者として凄いと思うんだけど……
でも、感謝されて……憧れの目で見られるのは、ちょっとむず痒いけど、悪い気はしない。
「じゃぁ、大きくなったら、タリムの月夜の花亭においで、僕たちはそこに居るから」
「うん!」
少年の元気な返事を聞いた後、僕たちは改めて宿へと足を向けた。
「ユーリ、嬉しそうだね?」
「うん、助けに行って良かったよ」
あの蛇には冷や汗をかかされたけど、今回はベストを尽くせたんじゃないだろうか?
お母さん、セラさんも問題は無い様だし、今日は気持ち良く眠れそうだ。
そうして、宿屋に戻った僕たちは、部屋へと向かった。
あれ? そう言えば、左奥と言われていたけど……
フィーナさんがドアを開けると、そこには僕とフィーナさんの荷物が置いてあるけど、あれ?
「ボーってしてるけど、大丈夫? 疲れた?」
「あ、あの部屋って、別々じゃ?」
「ん? 別に、別の部屋じゃなくても……それに無料なわけだし、流石に二部屋も借りれないよ?」
なんてこった。
フィーナさんは知らないが、僕は元々男だ。
……僕がなにも思わないとは言っても、一緒の部屋は良くないだろう。
「……ユーリ?」
どうする? そうだ、僕が自分で部屋を借りれば……いや駄目だ。お金が無い! なにか売るもの……も無い。
「もしかして、ユーリ……一人じゃないと、落ち着かない?」
「え? いや、そんなこと無いけど……」
……ってそうじゃない! 今の所は、実はそうなんだよって、言っておけば解決だったんじゃないか!?
「そっか、じゃぁ、そんな所に立ってないで、早く部屋に入っておこう?」
「ふぁっ!? ちょ、フィーナさん! 引っ張らないで!?」
腕を取られ、部屋の中へと引き摺りこまれてしまった……
入ってしまった以上は、もう部屋を分けるなんてのは……
「森を渡って、山登ったから……流石に疲れたね~」
「そ、そうだねー」
出来ないよ……




