22話 少年の行方
たどり着いた村の名はトーナ。
そこで今日の宿を取るべく、二人はフィーナがいつも使う宿へと足を運ぶ。
店主の様子がおかしいことに気が着いた二人は、話を聞くことに……すると、どうやら子供が一人、行方不明になってしまっているようだ。
依頼の代金が払えないと言う主人に、憤りを感じつつもユーリは強引に依頼を成立させるとフィーナを連れ、少年ノルドが行方知れずになった山に向かうのだった……
目の前に佇む山は大きく、子供の足ではとても頂上には登れないだろう……
少し進んだところで、確認の為に地図を見てみると、大きな亀裂まではおおよそ三分の一と言ったところだ……
「ユーリ、これ使ってね」
「杖……ですか?」
フィーナさんが手渡してくれたのは一本の杖、山登りには助かるかもしれない。
……しかし、こんな立派な杖、どこに持っていたんだろうか? 不思議に思い彼女の方を見てみると……
「これ、組み立て式だったんだ」
フィーナさんは自分の杖を組み立てている途中だった。
「うん、一応、持ってきておいて正解だねー」
流石、プロの冒険者だ。
もしもの時を考えて、色々持ってきてくれていたのかな?
「よし……とりあえず、薬草のある亀裂に行こう? その周辺を探して――――ユーリ! 後ろ!!」
「え?」
僕が後ろに振り返ると、そこには見覚えのある生物が居た。
しかも、でかい……へー、こんな構造してたんだーって違う! そうじゃない!
蜂だ! 巨大な蜂が僕の近くに居た。
しかも、針を出して攻撃態勢に入っている蜂、どう考えても痛いじゃすまないでしょその針、って言うかなんか液体出てるけど、それって毒だよね?
「ユーリ!! 伏せて!」
「は、はい!」
フィーナさんの叫び声に反応し、なんとか身体を動かすと、蜂の針は先ほどまで僕の頭があった場所へと突き出された。
まずい……このままじゃ、毒液を浴びることになるんじゃないか? そう思った矢先、なにかが鈍器で殴られたような鈍い音が響いた。
何事かと思い顔を上げてみると、その音はフィーナさんの剣で、蜂が横なぎに叩き切られた音だったらしい……
「ふぅ……ユーリ、大丈夫?」
「な、なんとか……」
そういえば、まともにフィーナさんが戦っているのを見るのは、初めてかもしれない、森での戦闘は僕も必死だったし……ちょっとしか見てなかった。
魔物の死骸を見てみると、まるで、ハンマーかなにかで叩かれたかのようにバラバラになっている。
剣なのに切れないのかな? いや、そんなことは後で聞けば良いか、今は子供だ。
「魔物は倒したし、とりあえずは、大丈夫みたいだね。ユーリ、地図は?」
安全確認をしてくれた、フィーナさんの言葉に頷き、僕は地図を見直して――
「……どっち?」
「あはは、地図貸してみて?」
は、恥ずかしい……入ったばっかりだと言うのに、道が分からなくなった。
蜂に驚いたのもあるけど、いくらなんでも……
「んー……こっちみたいだね」
うん、僕は一人じゃ冒険できないな。
帰って来れない自信が沸いて来たよ……
結局、フィーナさんに案内される形になったけど、山の中を順調に進んで行った僕たちは、宿屋の店主が言っていた大きな亀裂まで辿り着いた。
「……ノルド君の姿は無いね」
「すぐには見つからないと思うよ? ここまでなら、村の人も来てるだろうし」
うん、それは分かっていた……
でも、もしかしたら、ここに戻って来ているんじゃ? とも思っていたんだけど、この様子じゃ……それは無さそうだ。
「とにかく、この周辺を探してみよう?」
「そうだね」
村人も探してはいただろうけど、少なくともあの人は家族と言っていたし、心中穏やかではなかっただろう……見落としがあるはずだ。
「フィーナさん、僕は飛べるから、亀裂の方を探してみるよ」
「うん、気をつけてね」
薬草が目当てなら亀裂には近づくはず、底を見てみると真っ暗で何も見えない、深いのか、それとも浅いのかも、分からない……
店主の言っていたとおり、苔のようにびっしり生えている草があるし、これが恐らく薬草だろう。
確かに、これなら子供でも簡単に取れそうだ。
取っている最中に崩れた、という形跡もないみたいだし……
「ん?」
なにかの視線を感じ、向こう側を見てみると……
「鹿? 角が立派だし、雄鹿だ」
それにしても、熊といい、鹿といい、元の世界と非常に似ているな。
「ユーリ、向こう側には、なにも無かったよ……」
「こっちも同じだよ」
フィーナさんは戻ってくるなり、そう言うと何故か鹿に目を奪われていた。
珍しいのかな?
「えっと、ユーリ? 少しずつ……こっちに戻って?」
「え? 良いけど……どうしたの?」
なにか、あったのだろうか? フィーナさんずーっと、鹿を見てるけど気になるのかな?
まぁ、言われた通り、フィーナさんの方へ行こう。
『キィィィィィィィ……』
何事!? って、ああ……鹿が鳴いたのか……
それにしてもあの鹿、立派な角だなー。
暫らく、眺めていると鹿は僕たちとは反対方向へと去っていった。
鹿も、あのつぶらな瞳が可愛いとは思うんだけど、暴れるし、飼うのは無理だろうな……角で頭突きされたらと思うとぞっとする。
「……ふぅ、良かった~、こっちに来なかったみたいだね?」
鹿にしか見えなかったけど、フィーナさんがホッとしているってことは、魔物なのだろうか?
「向こう側にいたし、大丈夫だとは思ったけど、アレも魔物なの?」
「んー、あれは、繁殖期の時だけ魔物認定される、セルフフォーリって言うんだよ。雄だと角もあるし、足もしっかりしてるから、アレぐらいの亀裂なら飛び越えて来るよ? 多分、魔物の繁殖期って、アレのことも含めてるかもしれないね」
……つまり、アレは僕を警戒して見張っていたのか……
もし、フィーナさんが気がつかなかったら、僕はまた、下に落ちて迷子……になっていたかもしれない。
いや、待て……あの鹿は本当に警戒してたのかな?
威嚇らしきことはされていないし、なにより、泣き声が違うはずだ。
昔、動物に詳しいクラスメイトが、なんか言っていた気がする。
その時の鳴き声の真似をしていて、詳しくは覚えていないけど、短く何度も言っていた。
それが本当なら、あの鹿は「なんだアレ?」ぐらいにしか僕を見ていないんじゃないか?
それに店主が言ったのは亀裂の底に卵が有る、とだけだ。
鹿は卵を産まない……
でも、仮に繁殖期じゃなくても、鹿が危険だとは子供には伝えるだろう、もし……僕と同じように鹿と出合ったら?
「ユーリ!?」
急いで崖下を覗き込む、やっぱり真っ暗だ……なにも見えない。
「我が往く道を照らせ、ルクス」
魔法で光球を作り出し、中を照らしてみる。
底は思ったよりは深くはないようで、見てみると卵がびっしりと並んでいる。
大きさはダチョウの卵より、少し大きいくらいだ。
ヒビが入っていて、揺れている物があると言うことは……そろそろ、孵化すると言うことだろう、急がないと。
目を凝らしながら光を動かし、目的の物を探してみると……
「あった!!」
「なにが、あったの?」
「割れた卵だよ! まるで、上からなにか、降ってきたように割れてる……」
その割れた卵の中で、なにかがもぞりと動くのを確認できた。
間違いない人、それも子供だ……
「僕、降りるよ! あの子ぐらいなら、抱えて飛べそうだし」
「降りるって、下は魔物の巣じゃ!?」
「中には孵りそうな卵もあったから、急がないと! 我らに天かける翼を……エアリアルムーブ」
ナタリアに褒められた魔法の一つである、浮遊魔法を自身へと掛けると、僕はルクスが照らしている、少年の元へ急いだ。
亀裂の壁は凸凹しており、これのお陰もあって少年は無事だったんだろう……
少年の元へと辿り着くと、遠目では見えなかったが、彼の惨状が目に入った。
割れた卵の中身が乾き、ガビガビになり……
全身、擦り傷だらけで、生気の無い目をしている。
声一つ出さずに、虚ろな目で僕を見る少年は、まさしく限界だ……
だけど、まだ生きている……
「あ……ぐぅ!?」
急いで抱えると、少年はうめき声を上げた。
変な感触もするし、骨も痛めているみたいだ……
「ごめんね、上に行ったら、すぐに治してあげるから……少し我慢して」
僕が、少年にそう囁いた時だった。
なにかが、動く気配がした……孵化した?
いや、孵化したなら、割れた音があるはずだ。
それに動いたのは奥の方だし、なにか大きな物が動いた気がしたんだけど……
ルクスで照らしてみようかな?
「――――ッ!?」
ルクスを動かし、照らした先に居たのは……身が凍るような大蛇、人なんか簡単に丸呑みに出来そうなでかさだ。
ここは蛇の巣だったのか……
僕たちを獲物と判断したんだろう、大蛇は長い舌をチロチロと出しながら、ズルリズルリとこっちに向かってくる。
まずい! と瞬時に判断した僕は、急いで少年をしっかりと抱きかかえると、上へと飛び上がった。
卵を割った少年は放って置いたと言うのに、僕が動くと同時に追ってくる大蛇は、逃げる物を追って来る習性でもあるのだろうか?
このままでは、追いつかれる……
でも、これ以上、スピードを出したら、弱っている子供に負担が掛かってしまう。
……でも、上に声は……声は届くはずだ!!
「フィーナさん!! 杖を落として!!」
そう叫ぶと、程なくして僕の要求通り、杖が落ちてきた。
それが、あれば……なんとかなるはずだ。
「我が意に従い意志を持て! マテリアルショット!!」
杖を目で捉え、魔法を唱える。
動作は単純、大蛇へ向けてただ落とすだけ……
見事、大蛇の頭へと命中した杖は砕けたが、効果は十分あった。
僕は、大蛇が怯んだ一瞬を逃さず、亀裂を後にした。
「叫び声が聞えたけど、なにがあったの!?」
「蛇……それも、尋常じゃなくでかい蛇が、とにかく、ここは危ないから離れよう!」
今のは本当に危なかった。
両手は塞がっていたし、矢とか取り出せないし、フィーナさんが杖を持ってきてくれていなかったら、と思うと……
それよりも、この子を早く治してあげたい所ではあるが、とりあえず安全な所まで我慢してもらうしかない。
山の麓まで戻り、僕は少年を地べたへと下ろすと詠唱を唱えた。
「ヒール」
全身をくまなく治すと、少年は心なしか楽になった表情をしている。
「水も飲ませた方が良いよ?」
そう言う、フィーナさんから手渡された水袋を受け取り、少年へ飲ませてあげる。
すると、余程、喉が渇いていたんだろう、奪い取るよう水袋を取り、中身を全て飲み干してしまった。
「……お腹空いた」
うん、どうやら一先ずは安心そうだ。
「干し肉ならあるから、とりあえず……これでも食べて――」
鞄から干し肉を取り出した瞬間、奪われてしまった。
うん、一先ず所か、元気みたいだ。
体力は戻ってないはずなのに、子供って凄いなっと思ったのも束の間、少年は干し肉を食べ終えると、電池が切れたかのように倒れこんでしまった。
「安心したのかな? 寝ちゃってるみたいだねー」
「あはは、とにかく、無事でなによりだよ、村へ連れて行こう」
僕は眠りこけている少年を背中に担ぐ。
「重いんじゃ? 私が連れて行こうか?」
「大丈夫だよ、それに、もし魔物が出てきたら、僕は魔法だから大丈夫だけど、フィーナさんはそうはいかないでしょ?」
「んー、確かに、そうだね……じゃぁ、魔物が出てこないうちに戻ろうかー」
頷いて返事をし、僕たちはトーナ村へと向かった。




