21話 新たな村
タリムを出発した二人が目指す街の名はリラーグ。
それは以前、二人が蜜を取りに行った森の抜けた先にあると言うことだ。
ユーリとフィーナは立ちはだかる魔物を倒しながら、森を抜け、その先で食事を取ることにした。
ステーキサンドイッチを堪能し、休憩を挟んだ僕たちは再び歩き出した。
目的はこの先にある村、今日はそこで宿屋に泊まるらしい。
因みに今回は地図を持ってきているのだが、やはりこの世界には方位磁石という物は存在しないらしい。
ただ、太陽が東から昇り西に沈むのは一緒みたいだ。
最悪、迷ったらそれを参考にすれば良いのかもしれない……真上だったら困るけど……いや、迷子の時のことを考えるのはよそう。
「んー、もう少しかな?」
前を進むフィーナさんは慣れた足だ。
これから行く村にも何度も行っていると言うことだし、彼女についていけば何の問題もない、その証拠に遠目ではあるが村が目に映った。
「あの村?」
「そうだよ、あの村が今日泊まる村、トーナ村だよ!」
ついに、新しい村か……うん、見える限りだと遠いなー、なんて言ったって僕らは崖上で村は崖下だ。
そして、村の向こう、つまり僕たちの正面には大きな山がある。
ここからの風景は眺めが良く、これで魔物が居なかったら、ここで少しゆっくりしたいところだ。
因みに村までの直通の道はなく遠回りしないといけないらしい。
「そうだ! フィーナさんエアリアルムーブで飛んで行こう?」
「…………そ、空を浮くのは……もう暫らくは勘弁して欲しいかな?」
なんか、軽くトラウマになってるみたいだよ、ナタリア……
それはともかく断られてしまった以上、歩いていこう。
「ユーリは辛いなら飛んで行っても良いよ?」
「迷子になりそうなので一緒に行きます」
後から分かったことなんだけど、ギルドの人は複雑と言っていたけどタリムって結構、分かりやすい道だったんだよね……
なのに、なぜか行く度に迷子になるのは……なんでだろうか?
「あはは、大丈夫だよ? そんなに複雑じゃないから」
うん、それでも何故か迷うんだ。
でも、流石に二回目を言うのが恥ずかしいから――
「フィーナさんと一緒に行きたいから、歩いていくよ」
こう答えておいた。
嘘は言っていないのだから問題はないだろう。
「そう? うん、じゃぁ、行こうかー」
若干、フィーナさんの顔が赤いのは気のせいだろうか?
まぁ、多分、気のせいだろう……
村に着くまで、いや着いた後もフィーナさんは、なんかご機嫌みたいだった。
戦闘中以外ではいつも笑顔な人だけど、二割り増しぐらいにご機嫌だ。
なにかあったのかな? でも、一緒に居たけど、なにか特別良いことが起きたわけじゃないし、うーん? なんだろう?
まぁ、不機嫌になるよりはいいよね? 不機嫌になった所を見たことがないけど……
彼女は村へと入ると振り返った。
「とりあえず、宿だけ取っておいて、荷物置いてこようかー」
僕は頷きフィーナさんの案内の下、宿屋へと足を進めた。
村と言う割にはしっかりした造りの宿屋に入ると、月夜の花とは違い、机などは無く、受付のカウンターのみだ。
「いらっしゃい……」
「二人で、食事は外だったよね?」
「ああ、外で食べてくれ……二人なら銀貨二枚、それで良いか?」
……なにか暗いなこの店、仮にも宿屋なんだし、そんな暗くしなくても……
後、なんで、顔をこっちに向けないんだろう?
「良い、けど?」
なにかフィーナさん首を傾げてるし、いや……フィーナさんのさっきの発言から察するに、ここにはよく来ているはずだ。
だったらもっと愛想がよくても良いんじゃないか? それに首を傾げているし、いつもと違うと思ってるんだろう……つまり――
「あの……なにかあったんですか?」
僕は宿屋の主人へと声を掛けてみると、声に反応した彼は、初めてこっちを向いた。
すると、今まで会話していた人が誰だったのか気がついたんだろう、フィーナさんを見て目を丸くした。
「フィーナさん!? いや、すみません! 今日はお泊りで?」
「え? う、うん、今日は二人でお願い――」
彼女もなにか感じ取ったのだろう……僕の方をちらりと見た後、フィーナさんは宿屋の主人へと向き直った。
「で、さっきユーリが聞いてたけど、なにか問題でもあったの?」
「…………はい」
やっぱり、初見の僕も変だと思うぐらいだし、よっぽどの事件なんじゃないだろうか?
「なにがあったんですか?」
「子供が一人で山へ行ってしまったんです……恐らく、母親の熱病を治す薬草を……ですが、二日経っても戻って来ていないようで……この村は皆、家族みたいなもんですから、心配で心配で……私たちも捜索をしてるんですが、見つからず……」
……大事じゃないか! 山には魔物も出るだろうし、そんなところで二日も子供は生きていられるのだろうか?
運良く生き残っていても、食料も水も無いだろう。
「フィーナさん!」
僕はフィーナさんへと声を掛けると、彼女も頷いてくれた。
「駄目です! この村には冒険者を雇うほどの貯えはありません! 報酬が無ければ依頼は成立しません……出来るのならとっくに頼んでいます」
なにをふざけたことを言っているのだろうか? 大の大人が子供を助けるのに貯えがないから駄目?
「だったら……今日の宿代を無料にしてください、それなら文句無いでしょう?」
店主は再び、目を丸くし驚いているが、そんなのはどうでも良い。
なにしろ人間は食料は勿論だが、まず水がないと生きられない。
水無しで生きていられるのは……せいぜい四、五日程度だ。
それに、この世界には凶暴な魔物が居るのだから、子供が生きているとすれば、もう一刻の猶予も無い。
……報酬だの、なんだのを言っているのはムカッと来るけど、それが、理由だと言うなら適当に言っておけば良い。
「フィーナさんも、それで良い?」
「うん、勿論!」
この人が言っている山と言うのは来る時に見えたものだろう、他に山らしき物は無かったからね。
「じゃ、急ごう! もう時間が無い!」
「待ってください!」
まだ、なにかあるのだろうか?
「アンタ……本当にそんなので良いのか? 人を捜索するのは普通、金貨何枚ぐらい……」
「お金で人の命が買えるんですか? いくら、お金があっても死んだ人は戻りません」
確かに、金があれば救える命もある。
でも、全部がそうじゃない、いくら金があっても僕の両親は助けられなかった。
それに、救える可能性がある時になにかしないと後悔する。
さっきの話だと少なくとも、この村の人たちはその子供を捜しているようだし、ここでお金がないなら仕方が無い、とか言って見捨てたら、大金目当てのあの親族と同じだ。
「それ、バルドだったら文句言ってるね」
「でも、嫌々ついて来そうだよ?」
バルドもあれで人が良いところもあるしね。
「とにかく、時間が無いので、もう止めないでください」
「待ってくれ!」
止めるなと言った直後で止めるの!? それとも話を聞いていないのだろうか?
「宿代ぐらい無料にする! でも、君たち薬草を生えてる所を知らないでしょう!?」
「あ……」
そう言えば知らなかった……フィーナさんを見ると、彼女も首を横に振る。
「薬草は亀裂の側面に生えるんです、それも苔のようにびっしり……ですから、手を伸ばせば子供でも、簡単に取れるでしょう」
なるほど、取ること事体は簡単、だったらその亀裂に滑って落ちるってことは可能性として低いだろう。
「でも――」
「でも、なんですか?」
「今の時期は魔物の繁殖期で危険です。それに、この村には薬師が居ません薬草があっても……薬は」
繁殖期? ということは、あくまで推測だけど、魔物も凶暴化するんじゃないか?
熱病の方はキュアの方なら治せるかも知れない、疫病や毒などと書かれているし、などと言う言葉がある以上、他にも効果があるはずだ。
「その亀裂っていっぱいあるの?」
「いえ、薬草が生えているのは大きな亀裂が一つです。でも、落ちないように気をつけてください。先ほども言いましたが、この時期は繁殖期で亀裂の底に卵を産む魔物が居るんです……もし、落ちたら生まれてくる子供の――」
餌になる、か……子供がそこに落ちていなければ良いけど、僕たちが落ちる分なら飛べば良いだけだ。
「地図とかってありますか?」
「ああ、あります。私の手書きのですが、できは良いはずです……フィーナさんそれにお嬢さん、どうかあの子を」
言われた通り、見た感じ良いできの地図だ。
これなら分かりやすい……そう言えば、焦るあまり子供の名前を聞いていなかった。
「その子の名前は、なんて言うんですか?」
「名前はノルドですまだ十になったばかりの少年で」
「分かった、じゃ、ノルド君を探してくるよ! 行こう? ユーリ」
「うん! すぐに行こう……荷物は最低限だけ、持っていこう」
僕は大きなリュックを降ろすと。
矢は腰にあるし、本や水袋に少しの食料などはバックパックといわれる小さな鞄に入っている。
これで大丈夫だろう……これから向かうのは山だ、寧ろ、動きやすい方が良い。
フィーナさんも大きな荷物を降ろすと、店主へ向き直った。
「これ、悪いけど部屋まで運んで置いてくれるかな? ユーリの分もね?」
「ええ、責任を持って運んでおきます、お二人ともありがとうございます!!」
「それは依頼が終わってからだよー、さっ! 改めて出発!!」
僕は頷き、フィーナさんの後を追い宿屋を後にした。




