20話 クレープのち森?
ナタリアに許可を貰ったユーリとフィーナは、旅の準備をするために一旦、タリムへと戻る。
戻る途中、フィーナがユーリにして欲しい手続きがあると言い、月夜の花へと戻ったユーリは、酒場の冒険者の証であるアクセサリー、ペンダントをゼルより受け取り、書類へとその名を書き込んだ。
新人の冒険者となったユーリ・リュミレイユは、フィーナと共に準備をしに街へと繰り出した。
「干し野菜に、干し肉……調味料に油にランタン……後はなにを買うの?」
僕たちは今、旅の準備をしていた。
初めての旅ということもあり、足りない物だらけだ。
食料はともかく、これ以外にもナイフとか、色々買うことになった。
「後は水と……そうだね、テントは私のがあるから……寝袋かな?」
水か……必要だけど重いし、あまり量は持って行け無いだろう……なにしろ、この世界は水袋か樽だ。
ペットボトルとかは勿論、無い。
いや、あったとしても水袋と同等だろう、まぁ、緊急時は魔法を使うしか無さそうだ。
「途中に水を補給できる場所って、あるよね? それなら、そこまで持つ水ぐらいで良いのかな?」
「うん、勿論、大丈夫だよ、でも一応、少し多めに持っていこう? 持てない分は私が持ってあげるよ!」
ありがたいけど……フィーナさんって、どの腕にそんな力があるんだろうか?
「あとは……」
「あとは?」
「薬だね、ポーションとか、傷に効く薬を買わないと……魔法があるって言っても、何回か使ったら、使えないって前も言ってたでしょ?」
なるほど、確かにそうだ……ヒールは最高五回しか使えない、それ以上は僕も倒れてしまうし、回復できる手段が多いのは助かる。
「さ、行こう?」
「はい!」
それから、フィーナさんと二人で街を回ったわけだけど……
装備を見直したり、他にも使えそうな物を買ったりしているうちに、時間が掛かってしまった。
でも、これで準備はばっちり、問題はないだろう。
後で足りないものを確認するとして、僕たちは月夜の花へと戻るために帰路へとついていた。
「あ……」
そんな中、僕の目に留まったのは、あのクレープみたいな物だ。
以前、気になったものの、結局食べずに帰ってしまったんだけど……
やっぱり、美味しそうだな……
「ん? ユーリ、ガレット食べたいの?」
僕がクレープを見ているのに気がついたフィーナさんは、僕の顔を覗きながらそう言ってくる。
ガレット? クレープじゃなくてガレットって言うのか、いや、名前はともかく、アレはクレープ。
……是非とも食べたい、食べたいけど……実は僕の財布は宿代ぐらいしかない。
……目の前にあるクレープの値段は銀貨一枚……宿代を差し引いてしまうと、手元にあるのは数枚の銅貨……十枚あれば買えるけど、それすらない……
「食べたいけど、もう、お金ないや……」
「そう、ちょっと待ってね?」
フィーナさんは屋台へと走って行ったかと思ったら、なにやら店員さんと話している。
……って! 流石に奢ってもらうのは悪い。
なにより今日の買い物でも足りない分を出してもらったし、彼女は後払いとか、出世払いとかだと、気になるなら今回の仕事から差し引くよーって、言ってたけどこれは……
「フィーナさん、待って!」
「ん? 食べるんでしょ? 良いよ、私もちょっとお腹空いてたから、一緒に食べよう?」
うわぁ……凄い笑顔だ……断りづらいぐらいの笑顔だ。
「う、うん、ありがとう……」
受け取ったガレットというクレープは、苺のような果物に蜜が掛かっているものだった。
ホイップクリームではなく、蜜なのはこのタリムの名産品だからだろう……
なんとも甘い香りが食欲をそそる。
「いただきまーす」
早速、かぶりついてみると、たっぷりの蜜の甘さと、程よい果実の酸味がなんともいえないほど合っている……
……クレープと言えば、チョコバナナとかも好きではあったけど、これはこれで良いっと言うか、凄く美味しい。
「美味しい?」
「うん、凄く美味しいよ!」
僕がそう言うと、フィーナさんも自分の分を食べはじめた。
「ガレットもね、タリムの名産品の一つなんだよ?」
彼女は食べながらも器用に話してくる。
「そうなんだ、蜜があるから?」
「んーそれもあるけど……蜜を簡単に手に入れられる、森族と魔族が、初めて一緒に住んだ土地だからかな?」
「それで、これができたの?」
少なくとも日本ではスーパーや駅前、駅中など少し出歩けば手に入るクレープが、名産品と言うのにも驚きだけど……
これって、つまり森族と魔族の友好の証とでも言うのだろうか?
「うん、これは森族の蜜を使って、魔族の料理で作った物、タリムで初めて作られた物だよ」
記念碑とかではなく、食べ物か……
確かに、これなら邪魔にもならず、忘れもしない。
しかも、美味しい……実に平和な友好の証だ。
「ごちそうさま、フィーナさん、ありがとう!」
「満足してもらえて、良かったよ、所で……」
「ん?」
フィーナさんがくすくす笑ってるけど、なんだろう?
「顔に蜜、付いてるよ? 焦って食べたからだね~」
「え? 嘘!?」
僕はポケットからハンカチを取り出し、急いで口元を拭うとフィーナさんはくすくすと笑っていた。
ガレットを食べ終えた僕たちは、その日は出発せず。
月夜の花に泊まり、地図や荷物の確認をしてから部屋で休むことにした。
出発は明日、早朝……起きれるか心配だし、今日は早く寝ておこう……
前日の心配は必要なかったようで、僕たちは前日確認してまとめた荷物を背負い、酒場の入り口へと立っていた。
「お、重い……」
「ユーリ、大丈夫?」
「なんとか……」
RPGの主人公たちは、いつもこんな物を持って旅をしてるのか? と疑問に思うほど重かった……とはいえ、必要な物しかない。
寝袋にロープ、武器となる矢に食事、水……
重いと言っても、動けないほどじゃない……フィーナさんが馬車を持っていて良かった。仮にこれで歩き続けるのは相当、体力を削られそうだ。
「途中、休憩をはさんで行くから、疲れたらそこで休憩しよう?」
「うん、分かった」
そう言えばフィーナさん、馬車の準備をしてなかったみたいだけど、それに……さっきの言い方だとまるで……
「おじさん、行って来るねー」
「おう! アイツに宜しくな!! ユーリも頼むぞ!」
「うん、行って来ます」
店の外に出ると、そこには馬車は無く、フィーナさんは街の入り口へ向かっていく……乗合馬車にでも乗るのだろうか?
いや、フィーナさんは自分の馬車を持っていた……よね?
「フィーナさん、あの……馬車には乗らないんですか?」
「うん、乗らないよ? そもそも、森を抜けないといけないから、馬車は通れないの」
なるほど、確かにあの森だと、馬車で抜けるのは厳しそうだ。
「途中の町から乗合馬車が出てるから、そこからは馬車に乗れるよ」
歩き続けってことでは……ないみたいだ。
うん、それなら、そこまで頑張ろう――
「一応、確認ね、今日は森を抜けて、その先にある村にまで……ユーリは私より前に絶対に行かないこと、後なにかあったらすぐに声を出すこと、良い?」
「分かってるよ、ちゃんと合図するし、前には行かないよ」
もう迷子はゴメンだ。
いや、そう思って前に迷子になったんだっけ?
いや、そんなことより……以前はぐれて二人とも無事だったのは奇跡みたいな物だし、あんなのはもうゴメンだ。
「よし、じゃぁ、出発~」
街を出て、僕たちは再びあの森へと向かう……
出てくる魔物は古木の形をした魔物、エイシェントウィローを初め、あの時は見かけなかった魔物も居た。
木に化けていて、近くを通りかかると襲い掛かるエルダーツリー、肉を好んで食べる、ドレイクバード。
……得に、このドレイクバードはフィーナさんに聞いた所、分類上は鳥らしい。
でも、見た目は小さなドラゴンだ。
確かに翼は鳥っぽかったし、攻撃も噛み付いてくるか、鉤爪で引っかこうとしてくるかのどちらかで、火も吹かなかった。
でも、僕にはドラゴンにしか見えなかったよ……
「魔法をいっぱい使ってるけど、魔力はまだ、もちそう?」
暫らく進んだ所で、フィーナさんは僕を見て心配そうに言ってきた。
「うん、本の魔法じゃなければ、そう簡単に枯渇しないよ、マテリアルショットぐらいなら、暫らくすると何回分かは回復するみたい」
「そっか、それなら良かった。森も、もうすぐ抜けれるから、そうしたら……少し休もう」
「うん、そうしよう」
僕はフィーナさんの提案に賛成した。
魔力があっても体力が無ければ意味が無いし、なにより朝は食べてきたとは言え、もうお腹はペコペコだ。
それに今日のお昼は楽しみにしていた……なんて言ったって、ゼルさんが持たせてくれた特製の物だ。
ふかふかのパンに、焼いた肉や野菜が挟まれる。いわゆるサンドイッチ、この世界で初めて食べるサンドイッチだ。
「ユーリ! 出口だよ!」
フィーナさんが横に移動して、僕に森の出口を見せてくれた。
見える範囲でだけど、そこには緑の絨毯がひいてあるような草原と、恐らくはこの森から続いているであろう大きな河……あれ?
「街道は無いの?」
「うん、ここの近くには大きな街がないし、通るのは冒険者ぐらいだからね? 森もこっちからだと、強い魔物も出てきちゃうし、村人がここまで来ないように、わざと街道を作ってないの」
強い魔物? っと言うことは……
「あの、ドレイクバードって言う魔物?」
彼女は頷き、僕が出した答えが正解であることを示してくれた。
「そう、あれは肉食だから、それに巣からあまり離れた場所に行かない習性を利用して、危険範囲を測ってるみたいだよ? さ、そんなことよりユーリ、森を出てご飯食べよう?」
相変わらず食べるのが好きみたいだ。
僕は少し笑うと前へ踏み出して森を出ると、フィーナさんは食事の準備をし始めた。




