193話 エピローグ
ユーリ達が城の外へと出ると其処には思いがけない人達が居た。
彼らは援軍として来てくれた様で……その手段とはデゼルトが運ぶ空を飛ぶ船だった。
ユーリ達はその事に驚く中、可愛らしい依頼主に会い……精霊に活力を与える魔法を唱えるのだった……
僕たちは飛龍船へ乗り込みタリムから去った。
船を間近で見て分かったけど、この船は僕たちがエルフとオークにもらった物だった。
港に置いたままだったから壊されてると思ったけど、無事で良かった。
それは良いとして問題はタリムだ……イナンナを使ったと言ってもタリムには支援が必要だろう、シルトさんに相談してみよう。
それにしてもさっきのあの現象は何だったのだろうか?
幻にしてはやけにはっきりしていたようにも思えるし、なにより消える前に囁いたであろう言葉だ。
実体化していないからか聞こえなかったけど……
「ありがとう、だったのかな?」
「どうしたのユーリ?」
こちらを振り向くフィーはどこか訝しむような目だ。
無理もないだろう、僕は魔族で本来精霊が見えるはずもないんだ。
だけど僕は精霊たちを目で追った。
他の人から見れば分からない事でもフィーは何を追っているのか分かったはず。
「その、ユーリ?」
「見えてたよ、でも……今は見えない」
フィーの言いたいことは分かった、だからそう答える――
贅沢を言うなら、あのままが精霊が見えていた方が良かった。だけど、今はうっすらとも見えない。
今度またフィーに呼んでもらって話してみよう。
「そっか……きっと皆がユーリに助けてって言ったからだねー?」
へ? 皆ってドリアードたちの事だよね?
「そうなの?」
僕が彼女に質問をすると彼女はいつもの……安心させられるような笑みを見せ――
「うん、そうだよ。なにより精霊を助けられるのユーリしかいないでしょ?」
嬉しそうにそう言った。
そうか……確かに僕にしか出来ないことだ。
いや、僕とソティルそして支えてくれる皆でなければ出来ない事――
「ねぇ、フィー」
僕はすっかり晴れた空を見渡し彼女の名を呼んだ。
「ん?」
「僕、また旅に出るよ。勿論この船があればどこにでも行けるから皆で行こう……」
皆で行けば子供たちも安全だろう。
なにより船にはデゼルトって言うこの上ない護衛が付いているんだ。
「皆で弱ってる精霊を助けに行こう――」
僕にどの位のことが出来るかは分からない。
でも、何もしないよりは何かをしたい……精霊の為って言うのも勿論ある。
だけど……上手くすれば皆が今まで以上に精霊と共存する世界は作れるんじゃないだろうか?
「――うん!」
彼女の綻んだ顔を見てつられて僕は笑う。
フィーの笑顔を見て僕は改めて思う、あの時ナタリアの誘いを受けて良かった。
「ユーリ、フィーそろそろリラーグに着くみたいだってなんだ二人してにやにやと人の顔を見て……」
「なんでもないよー?」
「そうだね、なんでもない!」
ナタリアは僕たちの顔をじろじろと半眼で見てくる……二人して同じことを言ったから怪しんでいるんだろう。
「ほう、私にそれが通じるとでも思っているのか? 幸いまだメルは居ないのだぞ?」
確かに心を読まれてしまったら、僕がどう思っているか分かってしまうだろう。
でも……
「本当に何でもないよ、ただ僕をこの世界に連れて来てくれてありがとうって思ってるだけだよ」
「そうだねー? ユーリを連れて来てくれたのはナタリーだからね?」
どうやらフィーと僕は同じことを思っていた様で――
今まさに心を読もうとしていた銀色の髪の女性の蒼い瞳が一瞬揺れたような気がした。
「な、何を突然ってこらフィー!? その考えは止めんか!」
フィーは何を考えていたんだろう?
「ユーリは知らんでいい」
「それはちょっと気になるよ?」
「フィーの口調を真似しても教えんぞ」
駄目か……気になったんだけど仕方がない。
そう思いつつ彼女の服に大きな穴が開いていることに改めて気が付いた。
先ほどグールに刺された跡だ。
そしてそれはソティルのお蔭と言うのもあるけど、僕が彼女を助けること出来た証でもあった。
助けることが出来たんだ……
「ユ、ユーリどうした? まさかまだ傷が痛むのか?」
「……え?」
ナタリアは心配そうに僕の顔を覗き込み、フィーは血に塗れたスカート越しに僕の足をしきりに触っていた。
「ユーリ……大丈夫? 我慢してるんじゃ……?」
彼女の問いかけに首を横に振って答えると僕は何故二人が心配し始めたのか理解した。
気が付かない内に泣いていたみたいだ。
「ではどうした? どこか痛む場所がまだあるのか?」
泣いていた理由は分かる。
過去と同じように失うかと思ったんだ……だけど、今回は……そう思っても涙は止まってはくれなくて――
「…………」
「ナタリー?」
ナタリアが小さく笑うとその手を僕の頭に手を乗せてきた。
恐らく、心を読まれてしまったのだろう。
「大丈夫だ、私はここに居る……ユーリが私を助けてくれたからな」
彼女はそう言うと僕を抱き寄せ子供をあやすようにしてくる。
フィーが見ている前でだ……でも――
「――――っ」
久しく忘れていたその感覚に僕のなにかは音を立てて割れ、その場で声を上げ泣き始めてしまった。
「ユ、ユーリ……?」
「……泣くなユーリ、私は無事だ。弟子であり娘であるお前が救ったんだ分かるな?」
その声は優しく……フィーとは全く違う安心感がある。
彼女は僕が泣き止むまでそうやってあやしてくれていた……
僕が泣き止むとフィーは心配そうな顔の中に疑問を浮かべていた。
「え、えっと……ナタリー? ユーリは私のだよ?」
その顔をすぐに帰ると僕をナタリアから引き離すように抱き寄せると彼女に威嚇をするような声を上げる。
「安心しろ取ったりはしない、それに今弟子であり、娘と言ったばかりだろうに……」
ナタリアの言葉を聞いたフィーは今度は僕の方に目を向けて来る。
「ユーリも浮気は駄目だよ?」
目の前でナタリアに泣きついていたからだろう、フィーの声はいつもより怖い。
「ち、違!?」
慌てて僕は否定をし……
「実は……その――」
「実は? どうしたの?」
あっちの世界の事を彼女に話した……僕のわがままの所為で両親が無くなったことを……
「そうだったんだね……」
それを聞きフィーは納得すると無言で腕に力を入れてきた。
彼女の両親ももういない、その事を思い出したんだろう……
「さて、リラーグ着いたようだ私のメルが寂しがっていないといいが……」
「メルはナタリアのじゃないと思うんだけど……」
というか僕の娘を物扱いしないでいただきたい。
「そうだねー?」
「何を言っている、私はこの世界においてユーリの母でフィーの育ての親でもある。つまり、メルは血縁上もそうでなくても私の孫だ、反論は許さん」
母と叫んでしまった手前、反論が出来ないです……
フィーはと言うと……
「えっと……そ、そうだねー?」
反論が出来なかったみたいだ。
船を降りると待っていたんだろう、メルが僕たちに駆け寄ってきた。
「なたりあ、ふぃーなまま! ゆーりまま!」
何故だろうか、僕ってメルの中で優先順位が低い気がする。
そ、そんなことは無いよね? っと僕が不安に思っていると――
「ふぇぇ……」
「メル!?」
ナタリア、フィーと目を向け僕を見た所でメルは泣き始め……
慌てて彼女の元へ駆けつけると――
「ふぇぇぇぇ!! ゆーり、ままが……ゆーりままがぁ……」
「え、え? ぼ、僕!? メルに何かしちゃった!?」
身に覚えはない。
いや、まさか心を読まれた? でも、ナタリアと同じ力があるとは……いや、一応血は繋がっているしありえなくは――
「メル、ごめん……泣かないで?」
そう言って抱き上げても大泣きする我が子におろおろとしていると……
「「ユーリ……」」
後ろからフィーとナタリアの呆れたような声が聞こえる。
「ぼ、僕やっぱり何かしちゃった?」
「ああ、取りあえず服を着替えて来い」
え……服?
「今のユーリ、服が血塗れの穴だらけだから怖がってるんだよ?」
「……あ」
そう言えばそうだった……
「ふぇぇぇぇぇぇん!!」
家に帰って服を着替えるとメルは笑顔に戻った。
とはいえ、怪我がないと分かってもらうために着替える所を見せた方が良いと言うナタリアのお蔭だけど……
いくら我が子とはいえ、まじまじと見られるのは恥ずかしい物があったよ?
でも、そのお陰か――
「ゆーりまま?」
「ん? どうしたの?」
「えへへ~なんでもないよ?」
メルは僕の膝の上で身体を揺らしご機嫌だ。
ナタリアが呼んでも答えはするものの僕の上からは動こうとしない。
よっぽど心配を掛けてしまったみたいだ、反省しないと……というか服を着替えてから帰れば良かったっと思う中、我が子を独り占めしている現状には僕も満足だ。
「くっ……何故私の服には血が無い!」
「ユーリの魔法でナタリーの血は体に戻っていったからねー?」
いつもはナタリアが独占しているような物だし今日は勘弁してほしいなぁ……
「それにさっきユーリを取ったから我慢してね?」
「いや、あれは取った訳では無くてだな?」
フィーは理由があっても複雑だったみたいだ……後でもう一度謝った方が良いかな?
そう思いつつ、僕は皆に話を切り出した――
「えっと、それで――」
内容は先ほどフィーに言った事、精霊を助ける旅に出るってことで……それは皆で行くってことだ、
オークの軍勢が乗り込める船ならば僕たちは簡単に乗れる。
子供たちを連れていくのは気が引けると言う意見はあったけど……飛龍船なら大きいしデゼルトも居るし、メイドさん達も乗れると言うと納得してくれた。
「こんどはめるもいっしょなの?」
僕の話を聞いていたメルは僕を見上げ嬉しそうな声を上げる。
その声に僕は笑顔で答えた。
「うん、メルも一緒だよ?」
話は順調に進み、休息を得てから旅に出ることになった。
勿論、ここリラーグには戻ってくると言うのを条件にだ。
その日の夜……久しぶりに家族で眠っていると……ふと目が覚めた。
いや、まだ寝ていると言った方が良いだろう。
「ご主人様、お疲れ様です」
「ソティルこそお疲れ様」
久しく足を踏み入れることが出来なかった部屋で僕は再び彼女と会話する。
「話とお願いと言うのは何でしょうか?」
そう、彼女が言う通り僕は話とお願いがあると言い望んでここに来たんだ……
「黒の本についてだよ……あれは」
「恐らく、最初にナタリア様が運命を克服した時に別の魂も貴女の世界で生まれる事になったのでしょう……その結果、黒の本は本来得るはずの主を失った」
なるほど、僕だけじゃなくてキョウヤもこの世界に生まれるはずだったのか……でも、そうだとしても気になる事はある。
「なんで、ナタリアがフィーが襲われる記憶を見た時に彼は居たの? その時にはもうキメラまでいる未来があったんだよね?」
そのお陰もあって僕はナタリアに探してもらえたわけだし……悪い事ばかりではないけど、あの記憶を見ると気になる……
「恐らくその時にはすでにナタリア様が転移魔法を作る未来が決定されていたのでしょう、そして――」
「それは黒い本の仕業か……もしくは何かしらの方法でそれを知っていた?」
僕がそう言うと、ソティルは静かに頷いた。
「恐らくそうでしょう、そして視た結果その時期が早まりご主人様がフィーナ様を救う未来への道が出来、それが現在となった……」
「そっか……」
色々と複雑ではあるけど、これは僕の胸の中にだけ閉まっておこう……ナタリアが原因だって知ったら、彼女……こちらの世界での母はきっと辛い思いをするはずだから……
「それともう一つお願いの方なんだけど……」
「はい、なんでしょうか?」
ソティルは白い本は黒い本を滅ぼすために生まれた。
その使命は終わりをつげ――彼女は意思のあるアーティファクトとして残った。
だけど――
「えっと……」
その事を告げるのが怖く……対策だってはっきりしている訳じゃない。
「以前、ナタリア様が仰られていた私の意思の事でしょうか?」
その言葉に僕は心臓が跳ねた……そう以前……ナタリアから聞いてしまったんだ。
『先ほど言ったように意志により意思を手に入れたアーティファクトは使命を終えるとその孤立した意思が消える者もある……だが新たな目的があればそれは止められるはずだ』
ナタリアは恐らく、後悔しない様に伝えてくれたんだろう……
だけど、やっぱりここまで一緒だった仲間が消えるなんて言うのは嫌だ。
だから考えて、考えて……でもこれ位しか思いつかなかった――
「うん、黒の本は無くなった……でも、似たようなものは生まれると思うんだ……」
「肯定します……仰られる通りかと思われます」
「だから、いずれまた君の力が必要になる未来があると思う……ソティルが嫌なら強制するつもりはない、それでもお願い出来るなら――」
僕は彼女が宿る左腕を見つめる。
「これからも、僕たちの力になって欲しい……君の知識が必要なんだ」
「知識ですか……今は亡き氷狼の代わりとなれと言うことでしょうか?」
その言葉に僕は首を振る。
「氷狼の代わりじゃない、ソティルとしてだよ……ただ縛り付けるのはどうかって思うから」
僕の言葉にクスリとソティルは笑う。
「ご主人様はお優しいですね」
「……え?」
「私は確かにクーシェと言う人物の記憶から出来ています……ですが、あくまで別の人格のようです……あくまでかりそめの人格、それでも私は恐ろしかった……たった数刻の間に消えないと思っていた意思と言うものが徐々に失われていくのです……ですが貴女様の声を聞き、ここまで持ちました」
その言葉は震えていて、彼女自身がどれだけ怖かったのかが伝わってくる気がした。
「別れを告げるつもりだったのですが……本当にご主人様は酷く優しい方ですね」
彼女は優しいと繰り返し、その瞳には涙が見えた……
「ソティル……」
僕としても仲間は失いたくない……もう、ゼルさんの様に失うのは……辛い。
だから、僕はもう一度彼女に告げた……たった一つの……これが僕が思いついた方法だ。
「じゃぁお願いするよ、僕たちの力になって欲しい……その知識と知恵、魔法で今までと変わらず人々の助けとなって欲しいんだ……ソティル」
「……畏まりました我が主、ユーリ・リュミレイユ様……その言葉通り、貴女様たちの傍で人々の助けとなりましょう」
ソティルは微笑み、視界はだんだんと白くなっていく――やがて夢は覚め、鳥の鳴き声で朝だと僕は気が付いた。
横を見てみると我が子はすでに起きていたのだろう眠そうに眼をこすっている。
「おはようゆーりまま」
「おはようメル、フィーはって……またか」
僕は我が子に朝の挨拶を告げるといつも通り抱き枕にされていることに苦笑しつつ、彼女を起こしにかかる。
「フィー! フィーってば!」
「ぅぅ~ん……んぅ」
とはいえ、仕事が無い時のフィーの寝起きの悪さは筋金入りだ。
なかなか起きてくれなくて……困っていると彼女の声が聞こえた。
『以前の様にナタリア様の真似をしたらいかがでしょうか?』
というソティルの案に苦笑を浮かべ……僕は彼女に頭の中で答えた。
大丈夫だよ……多分そろそろ――
「そろそろ食事だ、起きないか!」
ノックの音と共に聞こえたのはナタリアの声で――
「なたりあ!」
メルの声を聞きガチャリと言う音と共に彼女は部屋へと足を踏み入れる。
すると駆け寄ったメルを抱きしめ……
「なんだ? メル……ユーリも起きているではないか……原因はフィーか……」
過去に覚えでもあるのだろうか深いため息をつき、その様子に僕は困ったように笑う――
すると彼女は大きく息を吸い。
「フィーー! 起きろと言っている!!」
「――っ!? ナ、ナナナナタリー!? ご、ごめんなさい!?」
ナタリアの声を聞きフィーは飛び起きる。その様子にメルはキャッキャと笑い、僕たちの新しいいつも通りの朝は始まりを告げた。




