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192話 灰となった不死の王

 ユーリの解呪魔法は見事に決まり、黒の本を焼く……

 だが、グールはその腕をユーリへと向ける……彼女の危機にナタリアは魔法を放ちグールを滅しようとするが、やはり決定打にはならなかった……

 ユーリが諦めかけたその時、彼女の名を呼ぶ仲間達の声を聞き――最後の魔法を放ったのだった……

 その灰を見つめていた僕の頭になにかが聞こえたかと思うと視界が途切れ……


「じゃぁ、お前が親をぶっ殺す力をくれるってのか? 本の癖に……」

『嘘だと思うならそれまで……だが、本が喋るなんて魔法の無いこの世界では何よりの証拠ではない?』


 一つはキョウヤの声で、もう一つは聞いた事も無い声だ……

 暗くなっていた視界がひらけてくると見慣れた部屋が見えてくる……キョウヤの家に飼われていた犬、名前はブチャ……何度見てもブチャって名前は納得がいかないな可愛いのに……

 そんなブチャ瞳は赤く染まり背中には黒い本が乗っている。

 まさか、黒い本に操られているのだろうか?


「はっ! テメェの力なんざ借りなくてもな! 俺は殺れるんだよ!!」


 見てろよ、そう言って彼は台所に包丁を取りに行く……その理由が分かった僕は目を瞑り、意識をそれから放すようにした。

 例え、尊敬できなくても育ててくれた恩はある。

 そんな人たちの死に際なんて見たくない……


『素晴らしい……私はネクノ、君にぴったりな世界がある……力こそ全ての世界が、ね?』

「ほう、異世界転生って訳か? 良いじゃねぇか魔王になるってのも悪くはねぇ……ククククク」


 この記憶は日本での物なの? だとしたら黒い本が……何で日本に?


『ならば導こう……我が主……この門を通ると良い』

「おう……ッ!! ――――――――!! ぐ、がぁああああ!!」


 キョウヤ!?

 僕は彼の叫び声を聞き慌てて目を開けると……そこには真っ黒な穴に入ったキョウヤが黒い炎に焼かれてる姿だった……


『大丈夫だ、死にはしないよ』


 黒い本は宙を浮き、語る……やがてキョウヤが動かなくなるとブチャ……本も続く様に黒い穴に入り……


『……私を扱えるのが異世界に居て……門を開いた条件を揃えられたのは子孫のお蔭……皮肉ね……ネクノ』



「「「ユーリ!!」」」

「――――!!」


 三人に呼ばれ、僕は慌てて辺りを見回す……今のは黒の本ネクノがキョウヤを連れて来た時の記憶? じゃぁ、門を開いた子孫って……

 もし、あれがクーシェの姉の意志なら子孫は一体……いや、転移魔法なんて彼女(ナタリア)しか使えない。

 でも、それを作った理由はフィーを救うためで……つまり、その時にはもうナタリアの転移魔法を作ると言う運命は黒の本に決められてたと言うのだろうか?


「ユーリ、どうした?」

「――ッ!! 何でもないよ」


 気になるけど、言っても考えてもナタリアがショックを受けるだけだ……この事は頭に思い浮かべない様にしよう……

 それに黒の本は無くなったんだ。でもそうすると別の事が気になる。

 黒の本を滅する事……それが目的であったソティルは? 同じく消えてしまうのだろうか?


『ご安心ください』

「え?」

『当初の目的は果たされましたが、私はアーティファクトの精霊です、恐らく消えると言う事は無いでしょう……ですが、そろそろお時間の様です』


 彼女はそう告げるとゆっくりと光に代わっていき……その光は僕の左腕へと入っていく。

 光が収まった後、何時もの様に頭に聞こえた声は――


『貴女様が私を手放すまで、私の主はご主人(ユーリ)様ただ一人ですよ』


 いつも通りの優し気な声だ。

 でも、僕がソティルを手放すって……まさか左腕を失うとかじゃないよね?

 だとしたらゾッとするよ……?


『ご安心ください、腕を失う結果にはならないとは思われます』


 い、いや……思われますって……まぁ、手放すことは無いだろうから気にしないでおこう。

 僕はそう頭を切り替え身体を発たせようと力を入れる。

 だが、力は上手く入らず……グラグラとする。


「だ、大丈夫!? 無理して立ったら駄目だよ?」


 そう言って慌てて、駆けつけて来てくれたのはフィーだ。

 彼女に支えられ僕はようやく立ち上がると、辺りを見回す……ナタリアはテミスさんに支えてもらっているけど……そう言えば――


「ありがとうフィー、でもどうやってここまで? デゼルトじゃ……」


 魔法じゃないけど、高い所が苦手なフィーには避けて通りたい手段のはずなのに……


「ん? えっとね? 後でわかるよー」


 後で? どういう事なんだろう……まぁ、外に出てみれば分かるか……って、そうだ!


「フィー! 外にバルドたちが……それに、女の人が!」


 あの人はフィーが助けてくれたみたいだけど、酷い状態だった。

 解毒(キュアウォーター)を使いたい……でも魔力が残り僅かしかない。

 今度こそ使っても魔法は発動しないだろう、でもデゼルトがいるなら急いでリラーグに連れていけば……


「早く、リラーグにあの人を――」

「ユ、ユーリ落ち着いて? 外に居るバルドたちの所には皆が行ってるよ? それに女の人は安全な場所にシンティアが連れて行ったから」

「へ?」

「……なぁ、フィー」


 僕が唖然としているとナタリアの声が聞こえる。

 どうやら僕たちの会話が聞こえてたみたいで、彼女も疑問を顔に出している。

 当然だ、さっき思ったようにフィーはまず空が苦手、テミスさんやシンティアさんは羽があるから良いとしても近場ならともかくここまで同じ速さで飛べるなんてことは無いだろう。

 さらに言えばバルドたちの所に向かったと言う人達だ……皆と言う以上はそれなりの数だろう……どう考えてもデゼルトには乗れない。

 デゼルトに人を数十人運ぶ力があるのは分かるけど、背中に全員を乗せる事は出来ない。


「ふふ……そんな顔しなくてもすぐ分かるよー?」

「ああ、それにしても……まさかの一言だったねぇ……その為の練習だったんだねぇ」


 二人は事情を知ってるからだろうけど、テミスさんの言葉でフィーの表情はどこか誇らし気だ。


「え、えっと取りあえず出よう……皆が無事か心配なのは変わらないよ」


 フィーが言う以上大丈夫だとは思う、でも怪我をしていたら……


「そうだな……」

「賛成だねぇ……ここ鼻が曲がるしねぇ」

「うん、行こうかー?」


 そう言うフィーはにこやかだけど大丈夫なのだろうか?

 僕の視線に気が付いた彼女はいつも通りの笑顔で――


「前みたいに気絶するのは嫌だからね? これを使ったんだよー?」


 そう言って彼女が取り出したのは緑色の小さな玉で――


「シンティアからもらったんだけど、これを砕いて鼻の下に塗ると一定時間鼻が利かなくなるんだって」


 な、なるほど……でも多分それ凄い臭いなんだろうなぁ……





 外に出ると先ほどまでは暗かった空からは光が注ぎ、僕たちの目の前にあるのは魔物たちの死骸、唯一元からいたであろう魔物――メメコレオウスは槍や斧、矢が刺さっていてそれはまるで針山の様にも見えて先程僕が味わった痛みが甦るようだった。

 でも、それよりも驚いたことがある……僕たちの目の前に広がる光景だ。

 三人の見慣れた冒険者の他に四人の見慣れない冒険者、そして緑色の肌を持つ集団。


「オークの人たち?」

「そうだよー?」


 流石に大きすぎる人はいないみたいだ。いや……だとしても、この数どうやって?


「どういうことだ?」


 ナタリアは僕へ顔を向け聞いて来たけど……


「僕に聞かれても分からないよ!?」

『ぐるぐるぐるぐる』


 僕が声を上げるとデゼルトの鳴き声と共に急に暗くなった。

 不安に駆られ空を見上げると……そこには……


「俺たちもまさかって思ったんだけどな……現実だ……」

「ああ、だが……あれに乗り、皆が来た事でこちらが優勢になった」

「というかこれってファンタジーにおいて必要だと思うぞ」


 バルド、ドゥルガはともかく……ケルムの言葉は僕にしか伝わらないよ?

 とは言え、確かにこれはあるとは思うけど……これは流石に思いつかなかったよ……


『……これは私も同意見です』

「……そう言えば推古の前からフィーも突拍子の無い事を思いつくんだった」

「せ、説得は大変だったんだよ? ユーリの言葉が最優先みたいだったから……でもメルのお蔭で、ね?」


 メルがデゼルトを説得したってあの子は将来どうなってしまうんですか? 不安だよ……冒険者になるなんて言わなければいいけど……

 そう願う僕の目に映るのは――


「飛行船……いや、飛龍船って言った方が良いのかな?」


 まるで青空に船は浮かび優雅に舞う……目を凝らさずも分かる。その青空はデゼルトの姿だった……




 僕たちが空を見上げる中、突如聞こえたのは歓声だ。

 その声に驚きそちらへと目を向けると、見えたのは痩せ細った住人たち……

 先ほどは姿が見えなかった女性の人も外に出てきたみたいだ。

 彼らは空に舞うデゼルトを見つめたり、僕たちの方へ目を向けたりし何故か拝み始めている……


「急に走ったら危ないですよ!」


 そう聞いたことのある声が響き――とん、という衝撃が僕に加わる。

 慌てたフィーが器用に僕を支える手とは違う方の手を伸ばしその衝撃の正体を支えるとほっと息をついていた。

 視線を降ろすと先ほどの少年だろうか? 目を覆う布は真新しい物に変えられている。


「ユーリ様、フィーナ様! 良かったですわ、その子急に走り出してしまって……」


 声の正体はシンティアさんだ。


「どうせしみる薬かなにか使って逃げたれたんじゃ……」


 テミスさんは過去になにかあったの? 顔が凄い強張ってるけど……


「今回使ったのはそこまでしみませんわ、それにその子の治療はもうとっくに終わってます」


 そう言う彼女は顔に疲労の色を強く出していた。

 恐らくタリムの人全員を観ているのだろう……


「おねえさん……」


 僕にすがりつく子供は布に覆われた目で僕を見るように顔を上げる。


「おいしゃさんがいってたんだ、あめでびょうきを治してくれるってほんとう?」


 雨? イナンナの事だとはおもうけど……


「え、えっと……」

「ユーリ様、病気の原因となる成分が水や大地に見られまして……リラーグに振らせた雨の事はアルムやオークの方々からも効果のほどを聞いたのにで……もしかしたらと思ったのですが……駄目、でしょうか?」

「あっという間に枯れた土地が戻っちまう魔法だったって言ったらそれだってこのシンティアのお嬢ちゃんがね」


 フィーが持つ大剣とほぼ同等の物を担いで現れた女性はマリーさんだ。

 彼女もまたここに来てくれていたのか……


「マリーさん……そっか、そう言うことなら……」


 でも参ったな……恐らく魔力が足りない……いや、今なら手はあるか――


「ケルム、林檎まだある?」

「おうよ!」


 投げ渡された林檎を受け取り齧る……甘酸っぱく瑞々しい実でのどを潤した後、僕はイナンナを唱える準備へと入った。


「陽光よ我が身に降り注ぎ糧となれ――マナヒール」


 太陽の光から魔力を得る魔法……でも、まだだ……まだ足りない。

 恐らくタリムの人たちはイナンナの事を聞いたはずだ。

 どこか期待する目が僕に集まってくる。

 なのに、魔力はまだ――足りない……やっぱり少し休まないといけないだろうか?

 そう思う僕の目にふと枯れかけた花が見えた――いや、未だ懸命にそこに居る花にも驚いたけどなにより驚いたのは――


「ドリアード?」


 いつもより見えにくい気がするけど、フィーが呼んだのだろうか? そう思って彼女の方を見るとフィーは僕を見て目を丸めている。

 彼女じゃなければ誰が? そう思い視線を動かすと今度はドリアードの傍にシルフの姿が見えた。

 弱っているドリアードを励ますような動作を見せる彼女たちの声は聞こえない……

 水にはドリアード同様に衰弱するウンディーネが居て、僕たちの周りには元気になったのだろうフラニスが飛び回っていた。

 あれ? フィーって何体も実体化させられるんだっけ?


「ユ、ユーリ? どうして……?」


 どうやら僕は精霊が見えてしまったみたいだ……呆気に取られているとシルフとフラニスは僕の方へと飛んでくる。

 すると辺りに暖かい風が吹いた――それと同時に魔力がみなぎる気もした。

 そっか、魔力は元々精霊力を元にしている……だから、彼女たちが他の精霊を助けるために力を貸してくれたんだ……


「天から舞い降りし雨水よ、恵みを授けたまへ……」


 精霊は魔族(ヒューマ)を嫌っている。

 例え僕が精霊を元気づけることが出来てもそれは僕が特別だとしか考えないだろう。

 今回も人が招いた結果だ……それなのに彼女たちは力を貸してくれることを選んだ。

 なら、それに答えないと……


「――イナンナ」


 雨雲は呼び出され、ぽつりぽつりと雨は降る……

 それと同時に先ほどまで見えていた精霊たちはゆっくりと消えていく……奇跡だったのだろうか?

 良くは分からないけど、フラニスとシルフは僕の目の前まで来てにっこりと笑みを見せながら何かを囁いた気がし……雨は勢いを増していった……

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