186話 月夜の花
休息と準備を終えたユーリ達はゼルの魔法を解き、地上へとでる。
嘗て、酒場だったその店は変わり果てており……その事に悲しみを覚えつつもユーリ達は歩みを進めた。
そんな彼女達がタリムの街を歩く中、生気を失った人々は彼女達……月夜の花と呼んだユーリの姿を見て活気を取り戻すのだった……
なんでこうなった……
僕の頭の中にはその言葉だけが浮かんだ。
だって周りを見てみれば先ほどの叫びを聞いて出てきた人たちが僕たち……いや、僕へと一斉に視線を向けている。
「よ、良かったな……ユーリ」
この現状を現在進行中で体験しているナタリアは引きつった笑顔で僕に聞こえる声量で声をかけてきた。
「な、なにが?」
僕は笑顔を崩さないまま聞き返すと……
「当初の予定通り、ハーレムだぞ……」
「はい!?」
何を言い出しているんでしょうか?
いや、うん……ナタリアも引きつった顔しているし、きっと何を言って良いのか分からなくなってしまったんだろう。
だとしても……
「い、いや……僕はフィーとメルがいれば十分です……」
僕がそう言いつつ前へと進む中、先ほどから聞こえてくるのは月夜の花だの、光を携えた巫女だの見当違いの言葉だ。
とはいえ、違いますよって言おうと顔を向けると泣いている老人までいて否定するのを躊躇ってしまった。
そんな中……どんっと僕に誰かがぶつかったようで視線を下へと降ろしてみる。
するとそこには少し汚れているけど元は綺麗な赤い髪なんだろう、小さな子供が居て……
「だ、大丈夫?」
慌てて声をかけると……この子が普通の子とは違うことが分かった。
「どうやら、目が見えん様だな?」
気が付いたのは僕やナタリアだけじゃないだろう、この子の目には綺麗とは到底言えない布が巻かれている。
ちゃんと見ないと分からないけど恐らくは……栄養失調による失明だ。
その証拠になるかは確証はないけどメルたちと比べるとガリガリに痩せ細っている。
でも、幸いぶつかったことに気が付いて立ち止まったのと僕がクッションになったみたいで怪我は無かったようだ。
「す、すみません!!」
その様子に気が付いたらしい父親は慌ててこちらへと走ってくる。
……そこには母親の姿は無く、僕はそのことに首を傾げた。
「いえ、大丈夫です……」
何度も頭を下げつつ子供を引き取っていく彼を見てふと僕は辺りへと目を向ける。
なんか……変だ。
こんなに人が出てきているのに若い女性がいない。
危険だと言うなら子供も家から出さないはず……だけど、男性や老人、小さな子供たちは僕たちにその目を向けている。
「…………」
まさか、いや……そのまさか、か……
僕はリラーグの方で襲ってきた男、アルの言っていた言葉を思い浮かべる。
確か、タリムの王は世継ぎをとか言っていたはずだ。
僕がその後の言葉を遮ったけど、聞かなくてもその後の言葉は容易に想像できる。
そうすると仮面は女性をさらっているはずだ。
それが理由で居たとしても家から出さないんだろう。
「ユーリ、どうした?」
「うん……ちょっと……」
そしてもう一つ気になること……なんでゾンビや魔物がいない?
ここは敵地だ……襲われてもおかしくは無い。
なのに、先ほどから出てくるのは生気は無くとも生きている人たちで、魔物ではない。
「巫女様……」
「うわぁ!?」
僕が考えている中、目の前に現れた老人に驚かされて僕は思わず声を上げる。
「み、巫女ってあの……僕はただの冒険者で」
「……いえ、それなのですが……貴女が冒険者であろうと聞いていただきたい事が……」
その声は小さく、近くに居るナタリアたちならともかく周りの人たちには聞こえてないだろう……
「聞く? って何を?」
お爺さんは言いにくそうに表情を歪め語り始める。
「五年前タリムは滅びました。ですがお告げがあったのです」
五年前……僕たちが屋敷に閉じこもった時だ。
いや、実際にはタリムが襲撃されているのは見ていた。
その時に対抗手段さえあれば……良かったのに……
僕はそう思いつつ拳を握り、横を見てみるとナタリアは唇を噛みしめていた。
きっと彼女も同じ気持ちなんだ……そんな僕たちの様子を見つつ老人は話を続ける。
「最初の犠牲の場所より、失われた冒険者と光を携えるエルフの使いである月夜の花の化身がこの地を救うと……」
「予言……?」
「はい、予言です」
思わず聞き返してしまったけど、予言? ……なんかおかしい。
月夜の花は酒場だし、それはタリムに住んでいる人は知っているはずだ。
「……それは誰から聞いたんだ?」
ナタリアも疑問に思ったのだろう。
老人に聞くと彼は静かに首を振った……
「分かりません、ただこれが誰かの空想……作った物であることは分かっています……」
老人は悲し気な表情を浮かべ答える。
「…………ですが、例え誰かの作り話でも、皆様は月夜の花から出てきたと聞いております……どうか、あの魔物の長を――」
例えそうだとしても、縋るしかないってこと、か……
「その為に僕たちは来たんだ」
「そうだな、ゼルの敵は討ってやらんとならん」
「俺ってその、つまり勇者ご一行ってこと!? いやぁこれってもしかしてモテモテ?」
ナタリアの真面目な言葉の後に聞くとケルムの言葉の破壊力が凄い……
というか、バルドは盛大にため息をついてるし……
「そうだな、少なくとも今出てきている連中には好かれるんじゃねぇか?」
ああ、呆れられてるのがその言葉で分かるよ。
僕たちの言葉を聞き目を丸めているのは老人だ。
口元は震え、その大きく開かれた目からは大粒の涙が流れている。
「なんと……まさか、本当にあの魔物の長を倒しに来たと?」
「う、うん……さっきも言ったけど、その為に僕たちはここに来たんだよ」
老人は改めて僕の言葉を聞き「おおお……」と泣き始め……タリムの現状は見たままだと言うことがひしひしと感じられた。
「ご老人」
そんな中沈黙を保っていたドゥルガさんは口を開く――
ひときわ大きな男性に声を掛けられたお爺さんは彼を見上げ……
「あながちその妄言は嘘にはならん」
「……それは、どういう……」
「ユーリはエルフ様に認められた数少ない魔族だからな」
へぇ~…………はい!?
「ちょ!? 僕そんなこと聞いてないよ!?」
「俺がこの姿になったのはエルフ様にユーリについて行くと言ったからだと言ったのを覚えているか」
それは覚えてる……というか忘れることは出来ないだろう。
オークだった彼が魔族になっていてびっくりしたし、なによりシュカが目を回したのを覚えている。
「本来であればオーク族であり、エルフ様の騎士であった俺が魔族について行くなどは誇りを捨てるに等しい行為だ」
そ、そうなんだ……でも確かに彼は村の勇者と呼ばれていたし、騎士を辞退したと聞いた時は驚いた。
騎士は名誉あることだとは分かっていたけど、誇りを捨てるに等しい行為だとは思わなかったよ……
「確かに普通であればオークの村を追い出されば良し、最悪処刑に等しい行為だな」
「しょ、処刑!?」
「驚く事でもないだろう? オークはエルフの子であり、元々は魔族を滅ぼすために生まれた存在だ。だからこそ、村に行くには貢ぎ物が必要なんだ」
「その通りだ。だが、精霊や我が故郷を救った恩人ユーリについて行くことは許された……村の者も何も言わないのは救ったことが事実である上にエルフ様が直々に認めた魔族だからだ」
それは大変名誉なことだけど……僕としてはエルフが恩人だし、なにより――それは今ここで言うことなのだろうか?
ドゥルガさんはエルフ様が~の所から声を張っているし……お蔭で回りから――
「やっぱりだ……話は本当だったんだ!」
「ゼルの奴はお告げを聞いてこの時の為に酒場を立てたんだ!!」
うわぁぁぁ……
「ああ、では死んだはずのバルドも大魔法使いもここに居る理由はやっぱり!」
「きっと……ゼルやフィーナもだ! 奴らに気が付かれる前に少しでも戦える奴を月夜の花に集めろ!!」
こ、これは……この場からすぐに去りたい……顔がすごく熱い……
絶対真っ赤になっていることが分かる。
「は、早く行こう……僕恥ずかしくて耐えられないよ……」
「そうだな、私も屋敷にこもっていた分、注目されるのには慣れていない」
「同意見だ。ずいぶんと足止めをくらっちまったからな……」
良かった、ナタリアだけじゃなくてバルドも味方でいてくれるみたいだ。
「え? なんで? 勇者ご一行感を遠慮なく――」
「ケルムッ!!」
僕は彼に対し声を上げ、急がせる。
彼らは流石についてくることは無かったけど、声が声を呼んでしまう結果になってしまい。
僕は月夜の巫女だの、月夜の花だのエルフの使者などと拝まれ続け城に向かう羽目にあった。
ぅぅ……僕はただ家族や仲間と平和に暮らすために来ただけなのに……
「な、なんというか……言わない方が良かったのか?」
「そうだね、ドゥルガが言わなければ、僕こんな恥ずかしい目には遭わなかった……」
少なくともここまでは悪化はしなかった……そう思いつつ僕はこの日初めて彼を呼び捨てにした。




